マッチング・アプリで「いいね!」1000越え女王の「あなた何様?」発言に凝縮された結婚できない理由
※写真はイメージです(Getty Images)
結婚相手を見つけ、2人で退会するのがマッチングアプリのゴールだ。しかし、アプリで「いいね!」をもらうことで承認欲求を満たし、結果的に結婚が遠のくユーザーは多い。ジャーナリスト・速水由紀子氏が上梓した『マッチング・アプリ症候群 婚活沼に棲む人々』(朝日新書)から一部を抜粋、再編集し、同氏が取材したアプリに依存するある女性の実態を紹介する。
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35歳、168センチ。スタイル抜群の元モデルのアヤさんは20年間クラシック・バレエを続け、野菜ソムリエやヨガインストラクターなど多くの資格を持つ菜々緒系の美人だ。艶やかなロングヘアに胸を強調した白ワンピースの写真はパッと目をひき、1000以上の「いいね!」がついている。
そんな彼女は常時、マッチング相手7、8人と同時進行し、新宿や恵比寿にある高級ホテルのレストランでゴージャスなディナーを楽しんでいる。
「あなたに会えるなら、とわざわざ北海道やハワイから飛行機で駆けつけてくる人もいる。当然、食事代は全部自分もちでいいと言う方しか会わない」。あっさりそう言い放つアヤさんなら、幸せな結婚なんて秒で手に入る……と思ったが、実はアプリに登録したのはもう3年前だ。
こんなモテ女性が3年間も相手が見つからないなんてなぜ?
俄然、興味が湧いてきた。
「女王」のことを知ったきっかけは、偶然、知り合った男性会員Bさんのぼやきだ。
「この前、マッチングした女性の会おうという誘いを断ったら、私に会うために会社を休んで全国から飛行機で駆けつける人がたくさんいるのに、と逆ギレされた」
そんな女性会員がいるのかと興味を持ちいろいろ聞いていくと、容赦ない弱肉強食の世界で最強種に属する猛禽女性ユーザーの生態がリアルに浮かび上がってきたのだ。
個人で飲食店を営む小柄でシャイな感じのBさんが、大手マッチング・アプリに登録したのは3年前。今までにリアルで会ったのはほんの3、4人という。
■自分に都合のいい人にしか会わない
Bさんは恋愛に大きなコンプレックスがある。これまでの恋愛で本命を落とすための当て馬的な役割をさせられることが多く、「自分は本命になれない」ということがトラウマになっていたのだ。それがアプリに登録してますます強くなったという。
「モテる女性は複数進行が当たり前で、同時に何人ものマッチング相手と会って振り落としていく。ぼくはいつも最初に振り落とされる立場だから、最初から複数進行の女性はお断りなんです。プロフィールにもそう書きました」
だが、どんな巡り合わせか皮肉なことに、そんなBさんにアヤさんが「いいね!」を送ったのだ。会おうと誘うアヤさんへの返事は「お誘いはありがたいが、複数進行ならお断りします」。今まで褒めちぎるだけのメッセージに慣れていたアヤさんはこの返事に逆上した。「私に会いたいという人が何十人も待っているのに失礼すぎる。あなたは何様なんですか?」何通かのメールで立て続けに攻撃されたBさんは、今、アヤさんをブロックして防戦している。
このバトル、どちらも気持ちはわかるが、お互い結婚できない理由がここに凝縮されている気もする。つまり自分に徹底的に都合のいい相手としか会わない、それ以外は価値がない人間という偏った考え方だ。都合の良い相手というのはセフレだったり財布代わりや一方的な精神安定剤だったりするわけで、良い結婚相手とはむしろ真逆なベクトルなことも多い。
同時進行から始まるのが当たり前のマッチング・アプリで、Bさんのように「他に候補がいるなら自分を選ぶな」というのは、実は自分を特別扱いしろという傲慢さの裏返しだし、それに逆ギレして「私のようなセレブには会ってもらっただけで喜ぶべき」というアヤさんもあまりに傲慢すぎる。たとえ「いいね!」が1000の美女、イケメンでも、気に入らなければ断られるのは当たり前なのだ。
こんな2人がほんの弾みでマッチングするのだからアプリは怖い。
■理想の結婚を目指すための努力
「いいね!」が1000超えなのに、なぜか結婚からは遥かに遠い。そんなアヤさんに興味を抱いた私は、話を聞いてみることにした。ダメもとだったが、意外にもあっさりOK。「いいね!1000超えのアプリクイーンにインタビューしたい」というコンセプトを気に入ってくれたらしい。
渋谷の某ホテルのラウンジに現れたアヤさんは、写真通りのはっきりした目立つ顔立ちに、鎖骨を見せる光沢のある黒ワンピがよく似合っている。背筋をピンと伸ばした姿勢やベルトで強調したウェストの細さに、日頃の女子力磨きの成果がうかがえた。元モデルだけあってメイクもうまく、「東京カレンダー」にワイングラスを持って登場しそうな雰囲気だ。
ひとしきりアヤさんのアプリ道について話を聞く。
最初は警戒していたが、やがて少しずつリラックスし始めたアヤさんの口から出てきたのはあまりにも意外な過去だった。
実はアヤさんは32歳まで既婚の経営者と5年間、不倫関係にあったのだ。
何度も別れたりよりを戻したりを経てこのままでは一生結婚できないと気づき、ついにきっぱりと決別。理想の結婚を目指すために、美容や資格、フィットネスの努力を重ねてアプリに登録した。20代からの貴重な5年間を不毛な不倫関係に費やしてしまったという焦りで、自分磨きの目標の設定がぐっときびしくなったという。
しかし、ここであることに気づいて衝撃を受ける。
「別れた彼は、高級レストランの10万円近いコースでもすっとブラックカードで支払ってくれる人。いつの間にかそういう金銭感覚の相手としか付き合えなくなっていた」
どんなに好きな相手とでも、毛玉のついた服を着て夕食にコンビニ弁当を食べるような生活は絶対ムリだと思った。住所は港区か世田谷、新宿、渋谷、品川区以外は許せない。子供も欲しいし、いい大学にも入れたい。子育て中もエステやフィットネスは欠かせない。だからマッチング相手に高級レストランの支払いを求めるのは、相手の経済力や生活力をチェックするための第1次審査だ。それに応じる人しか第2次審査デートに進めないという。
■本気で好きになった年下のイケメン
「第2次審査は相手の子供が欲しいか、の見極め。ルックスとか頭脳、才能とか……どうしてもその人の遺伝子が欲しい!と思える人なら」
が、次々につく「いいね!」の中には別の罠があった。
実はアプリ初心者の頃に出会い、本気で好きになった年下のイケメンに、やり逃げされてしまったのだ。彼も「いいね!」1000超えの人気者で、プロフィールにはIT経営者、年収1000万円、未婚、と書かれていた。白シャツが爽やかな坂口健太郎似の41歳で、新宿のレストランで会った時も、「アヤさんとは結婚を前提に考えていきたい。他の男性にはもう会わないでほしい」と情熱的に話していた。
その真剣さに負けて二次会はバーへ、そしてそのままホテルに宿泊した。セックスもおしゃべりも音楽も相性は最高で朝まで夢のように楽しい時間を味わい、この人こそが運命の人だと実感したという。が、相手はアヤさんと関係を持った後、LINEの連絡もぷつんと途絶え、すぐにアプリを退会して姿をくらましてしまった。セックスだけが目的のヤリモクが運営に訴えられないように、よく使う手だ。
「いつもならそんな失敗はしない慎重派なのに、この時だけは『ど真ん中のタイプ』だったため見誤った。ディナーの料金も請求しなかったし単に遊びたかったんでしょうね」
その悔しさはいまだに尾を引いている。それ以来、自分も多くの「いいね!」を集めて、マッチング相手を転がすことしか考えられなくなった。
「相手が自分のためにどこまでしてくれるかを見極めて、それを付き合うかどうかの判断材料にしています。相手が支払う額はその証明っていう感じですね。口先だけでなんとでもごまかせる言葉より、苦労して稼いだお金のほうがよっぽどバロメーターになる」
理想の結婚のためだった努力が、いつの間にか「いいね!1000」のアプリクイーンを維持することに変わっていた。アプリは一度ついた「いいね!」がずっと保存されるわけではなく、毎月「いいね!」が新しく増えないと目減りしていく仕組みだ。何か呟いたり、写真を追加したり、新しいコミュニティに参加したりして活動しないと、プロフィールが人々の目に触れる機会も減り、「いいね!」はどんどん減っていくことになる。
■女王の座を守るための集票活動
そこでアプリ有名人を目指す人々は、毎晩、水面下で自分に「いいね!」をくれそうな、そこそこの男性・女性に足跡や「いいね!」をつけまくり、気がある演出をしている。そうすることで自分の存在を認知させられるし、こんな素敵な人から足跡をつけられた、「いいね!」を送ろうという気持ちにさせられるからだ。
アヤさんもこの人なら自分に興味を持つのでは? という男性に足跡をつけたり、時には「いいね!」をして相手のアクションを誘導する。Bさんに「いいね!」を送ったのも、そういう女王の座を守るための集票活動だ。
あるマスコミ関係の38歳男性は、毎晩100人近くに足跡をつけるという。
「100人中、10人『いいね!』がくればいいかな……と。自分から『いいね!』をつけるより、向こうからつけてもらったほうがうまくいくことが多い。200超えあたりから、『いいね!』の数だけでも興味を持ってもらえるので、多いに越したことはないですね」
たかが「いいね!」一つにそんな政治的な意味があったとは。「いいね!」を1000もらってもそれで結婚できるわけでもないし、ポイントや現金に還元できるわけでも、「いいね!」最多賞をもらえるわけでもない。
すべて自己満足だ。
アプリのビギナーは、こんな水面化の熾烈な足掻き合戦に驚愕するに違いない。
アヤさんがBさんに「いいね!」をしたのもそんな演出戦略の一環だった。「いいね!」を限りなく集めることも、マッチング・アプリの沼から出られない依存の麻薬と言えるかもしれない。
だが、いつまでクイーンを続けたら満足できるのか。
「子供を産めるリミットが近づいているので、そろそろ覚悟を決めないと。でもこれまでがんばってきた努力の投資は必ず取り返したい」
それから3ヶ月。アヤさんはまだ第2次審査を通過する相手に出会えず、毎日山のように来る「いいね!」の数と反比例して結婚は遠のきつつある。
●速水由紀子(はやみ・ゆきこ)大学卒業後、新聞社記者を経てフリー・ジャーナリストとなる。「AERA」他紙誌での取材・執筆活動等で活躍。女性や若者の意識、家族、セクシャリティ、少年少女犯罪などをテーマとする。映像世界にも造詣が深い。著書に『あなたはもう幻想の女しか抱けない』(筑摩書房)『家族卒業』(朝日文庫)『働く私に究極の花道はあるか?』(小学館)『恋愛できない男たち』(大和書房)『ワン婚─犬を飼うように、男と暮らしたい』(メタローグ)『「つながり」という危ない快楽─格差のドアが閉じていく』(筑摩書房)、共著に『サイファ覚醒せよ!─世界の新解読バイブル』(筑摩書房)『不純異性交遊マニュアル』(筑摩書房)などがある。
dot.
2023/07/10 11:00