光源氏についていえば、これを対権力観・対女性観の両者から考えることもできる。後者の女性観でいえば、『源氏供養』には彼にかかわりを有した女性たちの名が登場する

(「桐壺更衣」以下、「空蝉」「夕顔」「若紫」「末摘花」、さらには「花散里」そして「明石の君」等々)。注目すべきは女性への蔑視感が皆無だという点だろう。恋の成就の成否は別にしても、多情ではあったが、そこに“野暮”はなかった。「情を掛けた女性たち」への“マメ男”ぶりこそが、光源氏の真骨頂だった。この対女性への真摯さは、「貴族道」を構成する大きな要素ともいえる。

 そして、対権力観にあっては、“引き際”という身の処し方だ。たとえば、政敵の右大臣家との確執に敗北した折に、自らが都を去って須磨への流謫を選択したことだ。難を避けることで、“堪える”ことを自然体でなしえた人物といえる。式部が「光ノ君」を通じて提示したのは、そうした「貴族道」の世界でもあった。

 以上、ながめたように、『源氏物語』には、まさに光源氏という王朝人の行動が凝縮されていた。物語という叙述のスタイルを取りながら、『源氏物語』自体には、王朝人の心性が語られている。虚構世界ながら真実が伝えられている。史実云々では語り尽くせない、心の綾なり・彩りの描き方が“勘所”なのだろう。

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関幸彦

関幸彦

●関幸彦(せき・ゆきひこ) 日本中世史の歴史学者。1952年生まれ。学習院大学大学院人文科学研究科史学専攻博士課程修了。学習院大学助手、文部省初等中等教育局教科書調査官、鶴見大学文学部教授を経て、2008年に日本大学文理学部史学科教授就任。23年3月に退任。近著に『その後の鎌倉 抗心の記憶』(山川出版社、2018年)、『敗者たちの中世争乱 年号から読み解く』(吉川弘文館、2020年)、『刀伊の入寇 平安時代、最大の対外危機』(中公新書、2021年)、『奥羽武士団』(吉川弘文館、2022年)などがある。

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