五十四巻にわたる長編の大河小説『源氏物語』は、平安時代の大ベストセラーである。さらに後世にも絶大なる影響を与え続け、紫式部は男女の秘事を広めたため成仏できなかったという伝承まで広まった。『源氏供養』は式部の霊を供養することに力点がおかれた異色の作品である。歴史学者・関幸彦氏は、小説とはいえ、『源氏物語』がある種の実在性を以て、王朝貴族たちに迎えられていたことは間違いないと指摘する。関氏の新著『藤原道長と紫式部 「貴族道」と「女房」の平安王朝』(朝日新書)から一部抜粋、再編集し、紹介する(2024年1月7日に配信した記事の再配信です)。
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光源氏のあざとさ、罪と罰
ある作家の表現を借りれば、“いずれの御時”にも“あやしい”のは男女の仲というものらしい。『源氏供養』は、その色恋沙汰を広めた式部の罪と罰、そしてその救済が主題だった。同時にそこには光ノ君、すなわち源氏の君への弔いも懇請されていた。ある種の“あざとさ”を伴った光源氏への救いも語られていた『源氏物語』とは、その光源氏を介して、王朝の男女の諸相を描いた作品ともいえそうだ。時代を超え共通する、恋と愛にまつわる男女の営みの物語である。取沙汰されるのは、性欲、嫉妬、憎悪、呪詛、さらに諦念といった男女の諸相だった。
『源氏供養』には、そうした光源氏の前半生がちりばめられている。