この法律案について、C県とA県に住むベテランの農家と若手の専業農家に率直な感想を聞いてみた。
「我々は、命令は受けない。その義務もない」
「そもそも町工場でもあるまいし、急に言われても増産などできるはずはない。田んぼや牛を工場のように扱ってもらっては困る」
「そんなことより、都市近郊の大規模農地の転用許可をいとも簡単に許可したり、若者が農業を継げるような政策を普段から採ってほしい」
「とんでもない法案だ。戦前・戦中でもあるまい。時代錯誤もはなはだしい」
案の定ではあるが、いずれも口を揃えたような反応だった。
ドイツにも似たような名称の法律があるにはあるが、内容は、農水省案ほど政府に権限を持たせたものでもなければ、農家の自由意志を制限するようなものでもない。
そもそも日本政府の案は「有事」の内容が曖昧で、単なる現象としてしかとらえていない。日本が被害を受けた受け身の「有事」を指すのか、直接間接に日本が能動的に関わって起きた結果の「有事」を含むのか、自然災害やパンデミックなどの感染症はどの程度のものを指すのかもはっきりしないし、「不測の事態」をそもそもあらかじめ定義できるわけがなかろう。強権を発動する政府のイメージが戦前の姿に重なる。農家は、またしてもお上の犠牲者にさせられるのだろうか。
「有事」の食料危機における対策は起こってしまった時のその場しのぎではなく、平時からの取組みこそが優先されるべきであろう。有事に備えるとはそういうことで、普段から食の安全保障のために、緊急時にも強い農業をつくらなければならない。