実は選抜大会で優勝した後、部員の頭髪をスポーツ刈りでもいいことにしていました。彼らの希望だったからです。しかし、手綱を緩めすぎたように感じていました。
松坂を呼んで、「お前が短くすれば、みんな刈るよ」と諭すと、彼は私の意をくんでくれました。「山は登ったら下りだ。しっかり地上まで戻らないと、夏の山は登れない」。選手に常々そう話していましたが、松坂はその意味を理解してくれていたんだと思います。
プロ入りするときには、五つのアドバイスを贈っています。(1)自信過剰を戒めよ(2)健康に注意せよ(3)ケガをしないように心がけよ(4)笑顔を絶やさない人間になれ(5)常に感謝の心をもて。「ベーブ・ルースになれ」とも言いましたね。ファンに愛される選手になって欲しかったからです。
プロ入り後の成長については分かりません。大リーグに挑戦し、レッドソックスでワールドシリーズを制覇するまでは飛ぶ鳥を落とす勢いでした。年に1度はあいさつに来てくれましたが、雲の上の存在になったと感じました。
しかし、その後は故障で苦しみました。それでも納得いくまで、とことん野球を続けた姿が、人間・松坂だったと思います。2021年10月の引退試合をテレビで見て涙が出てきました。ボロボロになっても、きちんと下山してきてくれたと感じたからです。「ありがとう」「おかえり」と伝えました。(取材・構成/安藤嘉浩)
〈『高校野球 名将の流儀』(朝日新書)では、高校時代の村上宗隆や山田哲人といった現役選手のほか、イチローや松井秀喜など、球界に名を刻んだレジェンドたちへの教えも多数紹介。本書は朝日新聞の連載「高校野球メソッド」「名将メソッド」をもとに構成しています〉