【エピソード1】

Gさん:先生、7回目と8回目の治療は必要ないのではないでしょうか。

医師:次の治療はあまり気が向かない、ということですね。リンパ腫は確かに消えたように見えますが、良くない細胞が残っている可能性があるので、予定通り8回行う必要があります。

Gさん:まあ、そうなのかもしれませんが。でも、会社のことも気になるし、そろそろ復帰しないと……。それにリンパ腫が消えているんだったら、もう治療は必要なさそうだし。副作用、結構大変ですよ、我慢してましたが。

治療中の体調や気持ちは変化するもの。患者は正直に、素直に体の状態や気持ちを医療者へ伝えることがよりよい治療に結びつく
イラスト/浜畠かのう 『治療効果アップにつながる患者のコミュニケーション力』(朝日新聞出版)より
治療中の体調や気持ちは変化するもの。患者は正直に、素直に体の状態や気持ちを医療者へ伝えることがよりよい治療に結びつく イラスト/浜畠かのう 『治療効果アップにつながる患者のコミュニケーション力』(朝日新聞出版)より

医師:やっぱりそうでしたか。でも、1回目を始める前にいろんなことを考えて8回と決めていたわけですし、最後まで、というのは私たちの考え方なんですよ。

Gさん:でも、リンパ腫が消えてるのにあと2回、というのはどうも気合が入らないような、ですね、はい。

医師:そうですか。分かりました。これ以上、無理にと言うことではないですし、いいですよ、しなくても。

Gさん:本当ですか? よかった!

医師:ただ、一つだけお伝えしておきます。もし、再発したら、そのときは残りの7、8回目だけ、というわけにはいきませんよ。もう一度、最初からになります。

Gさん:そ、そうですか。分かりました。ちょっと家族や会社の者とも相談して、考えます。

【このときの医師の気持ち】

ここまでがんばったからこそ悪性リンパ腫がほぼなくなるところまで来られたのに。しかも、あんなに「たいしたことはない」と言って元気そうにしていたのだから、もう2回の治療を受けてほしかったところだ。でも、最後は患者さん自身が選ぶことなので、やりたくないものを無理にするわけにはいかない。再発した際、また最初からということははっきり言ったので、すべきことはした、というところだろう。

【解説】

 抗がん剤治療は経験した人でなくては分からない体の辛さに加えて、特段何もしないで3~4週間入院し、退院してまたすぐに病院に戻るという、社会から切り離されたような疎外感にも耐えなければいけません。Gさんは口では「たいしたことはない」と言っていましたが、本音は決してそうではなく、毎回耐えられない苦しさと絶望感に悩まされていました。その分、検査の結果がんが消えていると知り、「もうこれ以上苦しい薬物治療を受けたくない、受ける必要もない」という気持ちだけが前面に押し出されて、医師とのやり取りがこのようになっています。何のために治療を始め、どうなればいいと考えるのか、また医師との信頼関係に悪い影響を与えかねない、という意味で「目的力」が不足したのがエピソード1です。うれしい気持ちが強かったのでしょうが、後先のことを考えずにそのときの気持ちを口にしたという点で、「発信力」にも問題があったと言えます。

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医師との会話の成功例は