■7~10%は男性不妊が原因
この大胆なビジネスが軌道に乗り始めたとき、人々はすんなり受け入れたのだろうか。議論は起きなかったのかスコウに訊ねた。「もちろん多くの抵抗がありました。特に精子に問題がある夫側からの抵抗です。それでも私には明確なビジョンがあったので突き進みました。カップルの15~20%が不妊だった場合、その原因の半分は男性側に問題があると考えられます。つまり全体からみると7~10%は男性不妊が原因です」。最近は「マイクロ・テセ」という、精子が一匹でも見つかれば、それを卵子と顕微授精(ICSI:Intra Cytoplasmic Sperm Injection)といって精子を卵子に直接注入する方法で結合させる方法もあるが、マイクロ・テセの手術ができる医師はそれほど多くなく、AIDを勧めることが多い。
不妊の原因がどうしても見つからない場合、あるいは原因が見つかっても治療法がない場合は選択肢が三つある。一つはそのまま子供を持たない人生を送ること。二つ目は養子縁組で養子をとること。そして三つ目はドナーを使うことである。カップルのどちらに原因があるかによって精子提供か卵子提供となる。精子凍結・解凍技術の開発はアメリカで最初の精子バンクを作ったジェローム・シャーマン医師だと言われている。
「精子の凍結・解凍技術がなければ、フレッシュな(生の)精子を使わないといけません。そうするとドナーとカップルがほぼ同時に病院に行かないといけないので、互いに出くわすリスクがあります。でも、精子凍結・解凍の技術があれば、そういうリスクもなく、さらに精子を選択する範囲が広がります」。不妊治療において大きなブレークスルーが起こったのは1980年代の半ば、スコウがビジネスの夢を実行に移そうとしたときだ。そのころはエイズが広がり始めたときで、多くの国でフレッシュな精子の使用が違法とされた。
「まず精子を凍結して半年後に解凍して検査します。すると潜伏期間が過ぎているのでその精子がHIV(エイズウイルス)に感染しているかどうかわかります。エイズのまん延によって精子凍結を余儀なくされたのです」。クリオスが現在、1千人以上のドナーを有する世界最大の精子バンクとなり、100カ国以上に精子を輸送することができるようになったのもこの凍結技術のおかげだ。