大野和基著『私の半分はどこから来たのか――AIDで生まれた子の苦悩』(朝日新聞出版)※Amazonで本の詳細を見る
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 その資金を元手に9平方メートルの広さしかない部屋を借り、1メートルの長さのテーブルを置いて精子凍結の施設にした。自分の手で町中にポスターを貼って宣伝して回った。交通手段は自分の自転車だった。宣伝を見て集まった提供者の凍結精子を自転車でマーメイド・クリニックに持っていくと、1週間後に最初の妊娠に成功した知らせが来た。2週間後には5人の妊娠が成功し、そこからは口コミで、大学教授や医師、そしてあちこちの病院にいたるまでこのニュースが広まった。公立病院からも凍結精子を使いたいという問い合わせが連日あり、供給が追いつかないほどにまでなった。

「自分から宣伝する必要がなくなりました。ドナーの選択、精子の数や状態などからみても最高の精子を提供したからです。妊娠率もすぐに4倍になりました。これは私が長年独学で精子について勉強していた成果です」。成功には運とタイミングがつきものだが、スコウの場合、医学部で習うレベルかそれ以上の専門レベルに達するほど精子について勉強した。経済学者のスコウが精子について強い関心を持っていた80年代、彼はビジネススクールに通っていた。帰宅後、ビジネスの勉強をしたあと朝4時まで精子について調べていた。

「精子の形態学、DNAの構造、運動性、先体反応だけではなく、体外受精、子宮など精子に関連するありとあらゆる専門書や論文、記事を読み、長年独学で勉強しました」。精子頭部先端には、ゴルジ装置から派生して、卵子を囲む細胞外基質や透明帯を消化するのに必要な酵素を含む先体が存在するが、受精能獲得精子が透明帯と結合すると先体は胞状化し、先体内の酵素を放出する。この現象が先体反応と呼ばれるもので、スコウはこれについても「頭が混乱するほど勉強した」という。「最終的に達した結論は、精子が子宮を移動するときに十分な濃度があれば、卵子に到達し、結合できるということです。卵子に結合できるのは最初に到達した精子ではなく、100番目と150番目の精子かもしれませんが、結合するには濃度と運動性が重要なのです」

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