そして、2006年に日本醸造学会が「国菌」に認定した麹菌。醤油、味噌、酒、鰹節。これらはみな、麹菌がもたらす日本独特の発酵食品だ。
「平安時代にはもう、種麹屋があった。微生物を売る商売として、世界で初めてだと思いますよ。しかも灰を使って純粋に麹菌だけを取り出す驚くべきテクニック。『延喜式』には、当時の京都に、穀物、魚、肉、野菜という4種類の原料から作る醤油屋があったことが伝えられています」(同)
これらの麹は、黄麹菌のみをより分けて繁殖させたバラバラの形状だ。中国などアジア諸国で使われる麹は、クモノスカビや毛カビなど様々な微生物が混在して繁殖した団子状の「餅麹」であり、性質も異なる。そして、沖縄発祥の独特の麹、黒麹菌を忘れてはならない。黒麹はタイ米を原料にした島酒の泡盛をつくり、鹿児島に持ち込まれ芋焼酎の仕込みに使われてきた。これほど麹菌は多種多様である。
●文化遺産“和食”の根幹
13年に日本の伝統的な和食がユネスコの無形文化遺産に登録されたが、その根幹は醤油や味噌、納豆、漬物、日本酒といった発酵食品だ。しかしこの「和食」には、長寿を支えてきた沖縄の伝統料理や黒麹を用いた泡盛は含まれておらず、小泉さんは琉球大学農学部のメンバーらと推進委員会を作り、独自に世界遺産登録を目指して運動を続けている。
一方、世界ではどんな発酵食品が食べられてきたのか。代表的なのはアジアからヨーロッパにかけて広い分布を持つ乳酸菌発酵のチーズやヨーグルト類だろう。主食として世界じゅうで食べられているいろいろなパンも、酵母による発酵過程を経て食欲をそそる香りを生み出す発酵食品だ。キムチはもちろん、ピクルスやザワークラウト、カタクチイワシ科の魚の漬物アンチョビも、食べたことのある人は多いだろう。
ブドウを原料としたワインも、大麦とホップでつくられるビールも、ありとあらゆる酒が発酵食品だ。また、メキシコの蒸留酒テキーラは、原料の竜舌蘭(りょうぜつらん)の農園の景観と醸造所を中心とした古い産業施設群が世界遺産に登録されている。