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「光る君へ」に関する記事一覧

好みは草食系より肉食系 「男女の仲」を知っている必要があった平安時代の「女房」たち
好みは草食系より肉食系 「男女の仲」を知っている必要があった平安時代の「女房」たち 『源氏物語』が織り成す王朝の雅を象徴する人物、紫式部。彼女については『源氏物語』と表裏一体の関係で論ぜられてきたが、歴史学者・関幸彦氏は、ロマン的要素とは別に、宮廷世界のドライな現実についても目を向け、一方で王朝の女房たちの“女子力”にも注目している。「言わずもがなではあるが、摂関政治を根底で規定したのは、その“女子力”だった。」と関氏は言う。一条天皇の後宮に出仕した彼女たちの存在は、后妃たちにとって知的装置となっており、とりわけ“男女の仲”について伝授する役割を担っていた。同氏の新著『藤原道長と紫式部 「貴族道」と「女房」の平安王朝』(朝日新書)から一部を抜粋、再編集し、女房たちの役割について詳しく紹介する。
アマゾンCM女優「瀧内公美」が海外撮影で受けた衝撃 「すごく自由になっていく感覚があった」
アマゾンCM女優「瀧内公美」が海外撮影で受けた衝撃 「すごく自由になっていく感覚があった」 昨年、「大奥 Season2 幕末編」(NHK)の阿部正弘役や、アマゾンプライムのCMで話題になった瀧内公美さん(34)。今年は1月からスタートしたNHK大河ドラマ「光る君へ」の出演も控えており、人気女優への階段を着実に上がっている。【前編】では、女優になるきっかけとなった地元での出来事や下積み時代の苦労などを語ってくれた。【後編】では「活動の幅が広がった」という昨年の仕事や、「光る君へ」で夫婦役を演じる柄本佑さんとの関係、次なる目標などについて聞いた。
吉高由里子が感じた「平安の心をゆさぶられる風景」と、道長への「万感の思い」
吉高由里子が感じた「平安の心をゆさぶられる風景」と、道長への「万感の思い」 2024年の大河ドラマ「光る君へ」は、平安時代の女流文学者・紫式部が主人公。紫式部は『源氏物語』の作者としてあまりにも有名だが、その実像は謎に包まれている。そんな、紫式部や「我が世の春」を謳歌した藤原道長など隆盛を極めた藤原氏が台頭した時代がまるっと分かる、週刊朝日ムック『歴史道vol.31 藤原氏1300年の栄華の謎』では、紫式部(まひろ)を演じる吉高由里子さんにインタビュー。クランクインから約半年、平安女子を演じるにあたっての思いや意気込みを語ってもらった。
紫式部が活躍した道長の最盛期 藤原家の時代の到来を支えた「姉」の活躍
紫式部が活躍した道長の最盛期 藤原家の時代の到来を支えた「姉」の活躍 道長の姉である詮子は十七歳で円融天皇に入内、女御となり懐仁親王(一条天皇)を生み、「三道」(道隆・道家・道長)時代の到来に力を与えた女性だった。彼女は、道長の第二夫人明子を結びつける媒介役にもなり、何より、関白(内覧)の行方をめぐり、一条天皇が、伊周か道長かの選択を迫られたおり、道長の内覧就任の道筋を作った立役者だ。道長にとっては、最大の恩人といえる。歴史学者・関幸彦氏の新著『藤原道長と紫式部 「貴族道」と「女房」の平安王朝』(朝日新書)から一部を抜粋、再編集し、道長を支えた姉詮子を一条朝の流れとともに紹介する。
娘3人は天皇の后に 「引退」した直後に異国船襲来 勝ち抜けた藤原道長に残った「不安」
娘3人は天皇の后に 「引退」した直後に異国船襲来 勝ち抜けた藤原道長に残った「不安」 康保三年(九六六)、藤原道長は兼家の五男として誕生した。十五歳で「従五位下」、二十二歳で左大臣源雅信の娘倫子と結婚、翌年には源高明の娘明子を第二夫人として迎えた。倫子との間に二男四女、明子との間には四男二女を設け、そのうち彰子はのちに一条天皇、妍子は三条天皇、そして威子は後一条天皇の后となった。関白の地位で全盛を迎えつつあった長兄道隆と次兄道兼が疫病にて没し、「内覧」(関白に準じる職掌で、天皇に奏上する文書に前もって目を通す地位)の宣旨が出されたのが、道長が三十代に差し掛かった頃だ。順調な一方で、中関白家との確執もあり、人間関係に悩む日々が続いていた。関幸彦氏の新著『藤原道長と紫式部 「貴族道」と「女房」の平安王朝』(朝日新書)では、政治家としての最盛期を迎えた藤原道長の二十五年間が描かれている。同著から一部を抜粋、再編集し、紹介する。

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吉高由里子「光る君へ」視聴率最低スタートでも“余裕”のメッセージを出したワケ
吉高由里子「光る君へ」視聴率最低スタートでも“余裕”のメッセージを出したワケ 1月7日よりスタートしたNHK大河ドラマ「光る君へ」で主演を務める俳優の吉高由里子(35)。本作は平安時代中期を舞台に、「源氏物語」を書いた紫式部の人生を描いていくが、初回の平均世帯視聴率は12.7%(関東地区、ビデオリサーチ調べ)と、大河ドラマの初回視聴率としては過去最低となった。
道長は年上女子の“お眼鏡にかなった”好男子 女性たちのサポートで押し上げられた「運命」
道長は年上女子の“お眼鏡にかなった”好男子 女性たちのサポートで押し上げられた「運命」 永延元年(九八七)、藤原道長は二十二歳で宇多天皇の孫にあたる源雅信の娘倫子と結婚をしたが、この婚姻の成立には倫子の母の強い後押しがあった。またその翌年には、源高明の娘明子を第二夫人として迎え入れる。この仲立ちを積極的になしたのは道長の姉詮子だった。姉詮子は道長の関白(内覧)就任にも大きく関わっている。関幸彦の新著『藤原道長と紫式部 「貴族道」と「女房」の平安王朝』(朝日新書)から一部を抜粋、再編集し、年上女性に応援される道長の人間性を紹介する。
天皇が挑発した「女性が鬼に食われた」場所での肝試し 「いとさりげなく」こなした藤原道長の豪胆
天皇が挑発した「女性が鬼に食われた」場所での肝試し 「いとさりげなく」こなした藤原道長の豪胆 寛和元年(九八五)五月下旬の闇夜、花山天皇の遊び心から、闇夜の肝試しをすることになった道隆・道兼・道長の三兄弟(「三道」)は、それぞれの指定の場所へ向かう。当時は、物怪や鬼神は日常のものであり、兄2人が恐れをなすなか、道長は堂々と柱まで削って戻って来た。関幸彦氏の新著『藤原道長と紫式部 「貴族道」と「女房」の平安王朝』(朝日新書)では、『大鏡』〈道長伝〉の中で描かれた藤原道長の豪胆さを表すエピソードを紹介している。一部を抜粋、再編集し、紹介する。
「板谷由夏」がデビュー24年で花開いた理由 業界人が称賛する「ねっとりとした情念」
「板谷由夏」がデビュー24年で花開いた理由 業界人が称賛する「ねっとりとした情念」 1月からスタートした大河ドラマ「光る君へ」で藤原道隆の嫡妻を演じる板谷由夏(48歳)。昨年秋、初主演となったドラマも話題となり、50歳を前ににわかに注目が集まっている。バイプレーヤーとして高い評価を得ていたものの代表作はなかった板谷だが、最近は新たな道を切り開いている。

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    【大河ドラマ「光る君へ」スタート】平安装束でドアを開け妙な勧誘も撃退 私はこうして平安沼に落ちました
    【大河ドラマ「光る君へ」スタート】平安装束でドアを開け妙な勧誘も撃退 私はこうして平安沼に落ちました 吉高由里子演じる紫式部が主人公となる今年の大河ドラマ「光る君へ」。波瀾(はらん)万丈の戦国時代から、舞台は一気にスローな平安時代に移ったが、その平安時代にドはまりしている人がいる。このドラマ「光る君へ」や、源氏物語、枕草子などの平安文学で出合う「会ふ」から「をし」まで、1576の用語を解説した『平安 もの こと ひと事典』の著者の砂崎良(さざき・りょう)さんと、監修者の承香院(じょうこういん)さんだ。
    藤原道長を支える、職業人として成長した紫式部 二人の間にあった女性たちの「悲しみ」
    藤原道長を支える、職業人として成長した紫式部 二人の間にあった女性たちの「悲しみ」 『紫式部日記』は紫式部の女房としての成長の記録という側面がある。初めのころは、道長におびえるようすもあるが、後半になると道長に部下として信頼され、また紫式部も道長にトップとして仕える喜びも描かれている。この二人の関係は実際のところどうだったのか、平安文学と紫式部に詳しい京都先端科学大学の山本淳子教授の新著『道長ものがたり 「我が世の望月」とは何だったのか』から抜粋・再編集して探ってみる。
    貴族政治の頂点に立った道長の対人スキルと、優雅さだけではない時代の風の“つかみ方”
    貴族政治の頂点に立った道長の対人スキルと、優雅さだけではない時代の風の“つかみ方” 生きていく上で、人間関係のストレスは避けては通れないもの。それは当然ながら、藤原道長や紫式部が生きた時代にも共通していた。日本史上最も長い平安時代は、平安京にイメージ化される時期と、それから脱皮して京都と呼称される段階とに区別できる。十世紀以降の後者の“王朝時代”について、人物を介して時代を見直すアプローチを行ったのが歴史学者の関幸彦氏だ。関氏の新著『藤原道長と紫式部 「貴族道」と「女房」の平安王朝』(朝日新書)から一部抜粋、再編集し、紹介する。
    貴族の必須アイテムは「和歌」と「管弦」 道長と紫式部が生きた時代に起きた激動とは
    貴族の必須アイテムは「和歌」と「管弦」 道長と紫式部が生きた時代に起きた激動とは 藤原道長や紫式部の時代は、東アジア世界の転換期にあたっており、その影響は日本にももたらされた。歴史学者の関幸彦氏は、古代律令システムが中国(唐)を“お手本”としたのと比べると、『源氏物語』を誕生させた王朝時代は、“お手本”が希薄になっていった段階だと説く。「真名」(漢字)から「仮名」(平仮名・片仮名)への転換、天皇号の漢風表現からの脱却は、大陸的文明思考からの離脱を意味するものだった。関氏の新著『藤原道長と紫式部 「貴族道」と「女房」の平安王朝』(朝日新書)から一部抜粋、再編集し、紹介する。
    紫式部と藤原道長に「禁断の恋」はあったのか 晩年の『紫式部集』で明かされた「真実」
    紫式部と藤原道長に「禁断の恋」はあったのか 晩年の『紫式部集』で明かされた「真実」 紫式部と彼女の時代の最も影響力のある男性、藤原道長との間に秘められた恋愛はあったのか。『紫式部日記』と彼女が晩年に編集した『紫式部集』の間で描かれる二人の関係性の違いを通じて、紫式部が道長に対して抱いていた感情の複雑さを垣間見ることができる。紫式部と道長、この二人の間には一体何があったのか、平安文学と紫式部に詳しい京都先端科学大学の山本淳子教授の新著『道長ものがたり 「我が世の望月」とは何だったのか』(朝日新聞出版)から抜粋・再編集して解説する。
    【大河ドラマ「光る君へ」スタート】平安貴族は3時起床で7時出勤 日記で愚痴るほど過酷だった働き方
    【大河ドラマ「光る君へ」スタート】平安貴族は3時起床で7時出勤 日記で愚痴るほど過酷だった働き方 2024年の大河ドラマは、吉高由里子演じる紫式部が主人公の「光る君へ」。紫式部と藤原道長の関係を軸に、1000年の時を超えて読み継がれるベストセラーとなった『源氏物語』はいかにして生み出されたのかを描く。
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