永井貴子
コロナ禍で小学校教師の“うつ”が増加中? 親の“正義”からも苦しめられ
※写真はイメージです (GettyImages)
ストレスによる心身の反応について地方公務員と教職員の比較(週刊朝日2020年11月20日号より)
いつ終わるとも知れない感染症対策と“密”監視。コロナ禍が今、小学校教師の心をむしばんでいる。その裏にあるのは、コロナ前から続く業務過多。現場の教師たちに話を聞くと、悲鳴に近い叫びが聞こえてきた。日本の未来を支える基礎教育を、このまま崩壊するに任せておいていいのか──。
6月ごろから全国の小学校で徐々に分散登校が始まった。だが、張り切る教師たちを待っていたのは、想像を絶する「重労働」だった。
例えば登校時の体温チェック。都内の私立校に勤める教師は、毎朝7時15分には校門に立つ。子どもたちが検温シートに記入した体温は37度以下か。親の印鑑は押してあるか。さらに全ての子どもの体温をサーモグラフィーでチェックする。この教員はこうこぼす。
「教師には残業代が出ないので、実質、朝1時間のサービス残業です。校長は、『エンジンかけて、がんばりましょう!』って言いますが……」
都内の公立小学校で1年生を受け持つ女性教師は、学校が再開後は「トイレに行く時間すらない」と、ため息をつく。
「朝、トイレを済ませると、次に行けるのは夕方。水分は口に入れないようにしています」
こうなる理由の一つは、休み時間の忙しさだ。感染のリスクが比較的低い校庭での遊びは、各クラスの交代制。ほとんどの子どもは休み時間も教室で読書やお絵描きをして過ごす。顔や体を寄せて“密”にならないよう常に「監視」し続けなければならないのだ。
「給食は5分でかっ込んでます。1学期中は感染防止のため、40人近い児童への配膳を担任がすべて担当していた。今もおかわりの配膳は教師の仕事。5分で『おかわり!』って叫ぶ男の子もいますからね」(前出の公立小学校の女性教師)
子どもたちが楽しみにする行事も、今年は教師たちの悩みの種。秋の運動会では、「ソーシャルディスタンス」を気にするあまり一風変わった光景が繰り広げられた。
2メートルのバトンを用いた「ロングバトン・リレー」、次走者の腰につるした1メートルのテープを引き抜く「テープリレー」、1メートルの間隔を空けた「ソーシャルディスタンス綱引き」、「口パク・ダンス」……メディアはこぞってもちあげたが、先の校長は首をかしげる。
「2メートルのバトンを持ちながら走るなんて、危険極まりない。マスコミに振り回されて、学校は児童の安全を守るという本来の趣旨が置き去りになっているのではないか」
親心から来る「正義」の声も、時に教師らを苦しめる。3月、文科省が修学旅行を「中止ではなく延期に」と全国の小中高校に要請した。報道に勢いを得て、教育熱心な父母らが集まる地域では、「卒業後に行けばいい」という声が上がった。別の公立小学校教師は「とんでもない」と語気を荒らげる。
「今の6年生の担任は、来年には新しいクラスを受け持つ。その授業を放り出して修学旅行の引率に行けというのか。そもそも、卒業した元教え子に指示をする権限などないんです」
重なる疲労とストレスは確実に体をむしばむ。中高と違い小学校は担任が国語、算数から体育、音楽まで全教科を受け持つため、準備も大変。一日中授業があり、病院に行く時間もない。
■妊娠報告したら「異動してくれ」
関東地方のある公立小学校では、こんなことがあった。仕事熱心と評判のベテラン男性教員が、「手がしびれる」とボソリとつぶやいた。同僚が病院の受診を勧めても、「授業に穴を開けられない」と頑なに拒む。保健室の先生が付き添って強引に受診させると、脳梗塞と診断された。即入院で、一命を取り留めた。
「教師を支える会」代表で臨床心理士の諸富祥彦・明治大学教授は、教育現場の“ブラック”な実態についてこう話す。
「いまの教師は夏休みもなく研修に追われている。日本の教師の労働時間はOECD加盟国中でも長く、残業時間は優に月95時間以上。残業代も出ない公立小学校教師の初任給は時給にすると700円に満たないという説もあります」
そこにコロナ禍が加わった。雑務や残業が激増して夜まで仕事漬け。休校中の遅れを取り戻すために学校は土曜授業を増やし、教師の休みはさらに減った。取材した教師たちはこう口をそろえる。
「コロナで疲れ果て、うつっぽい人が周囲に増えた。自分でも『うつかな』と思うことがあるが、病院に行く時間はない。1回の受診はできても、定期的に通院して治療を受けるなんて不可能です」
教師を追い詰めるのは仕事だけではない。保護者からのクレームや、管理職や先輩、同僚からのパワハラやいじめに苦しむ教員からの訴えがあとを絶たない。首都圏のある教職員組合には、教師からのSOSがひっきりなしに飛び込んでくる。
つい最近も、学校に妊娠を報告すると校長ら管理職に「異動してくれ」と言われたと訴えがあった。組合に所属する教師はこう話す。
「団塊の世代の退職と入れ替わりで入ってきた世代が今30代で、まさに出産ラッシュ。教師はブラックな職業というイメージが広まって人手不足なうえに、コロナ禍で猛烈に忙しいから、病気や妊娠中の教師は追い出したいんでしょう。だから、異動願を強制的に書かせるんです」
世間に認識されていない小学校教師たちの窮状。多くの負担を教育現場に押しつけている現状を、私たちは見直さなければならないようだ。(本誌・永井貴子)
※週刊朝日 2020年11月20日号
週刊朝日
2020/11/13 08:02