水野マルコ
多頭飼育現場からレスキューされた兄弟猫の運命の分かれ道 「また一緒に暮らす日まで」
仲良し兄弟の可愛い寝姿(提供)
飼い主さんの目線で猫のストーリーを紡ぐ連載「猫をたずねて三千里」。今回、お話を聞かせてくれたのは神奈川県在住の会社員の石井さん。子どものころからの“猫と暮らしたい”という願いを叶え、NPO法人のシェルターから2匹の兄弟を迎えました。人懐こい彼らと幸せに暮らしていましたが、思いがけない事態が起きて、兄弟は2度と会うことができなくなります……。今の心境を語って下さいました。
* * * 私は今、夫と、さくらという雄猫と暮らしています。推定8歳ですが、とても甘えん坊で、私や夫の膝に乗るのが大好きな子です。さくらには、ふぶきという兄弟がいて、2年前まで私たちは賑やかに、幸せいっぱいに暮らしていました。
残念ながら、ふぶきは一昨年、虹の橋を渡りました。急に容態が変化して、まさに“さくらふぶきが舞い散る”ようにあっという間のできごとでした。あの子のことを記録に残したくて、今回、応募しました。
◆おにぎりみたいな顔に「世界一かわいい」
私にとって、さくらとふぶきは“人生初”の猫。ずっと猫と一緒に住むのが夢でしたが、5年前の2017年の春にマンションを購入。ついに念願の猫を迎え入れることにしたのです。
迎えるなら保護猫がいいなと思っていました。また、私たちは共稼ぎで長時間のケアはできないので、子猫よりは成猫、さみしくないように1匹より2匹がいいかなとも考えました。
引っ越す前月から、NPO法人が主宰するシェルターを訪問。2度目にシェルターを訪れた時、「世界一かわいい!」と思う2匹がいました。それが、当時3歳(推定)だったさくらとふぶきなのです。大柄で、何といっても“おにぎりみたいな大きな顔”が特徴(笑)。少し離れたところにいても、兄弟とわかりました。
スタッフの方から、多頭飼育で飼いきれなくなった家から兄弟8~9匹と一緒にレスキューしたと聞きました。人に懐いていて、夫の膝にすぐに乗ってきたんですよ。夫はもう、いちころです。
ルックスがよく似ている、ふぶき(手前)とさくら(提供)
2匹とも目が悪いことに私は気づきました。ふぶきは左の眼球がもともとなくて、さくらは左目が白濁して、明るさだけ感じるみたい。どちらも、子猫時代に罹った猫風邪の影響のようです。
でも私は目のことは気にならなかったし、夫なんて(スタッフさんに言われるまで)気づかなかったくらい。猫自身、不自由なく動きまわっていて、片目がないふぶきのほうが、さくらよりむしろ運動神経がよい感じでした。とにかくかわいい2匹でした。
猫を迎えるにあたり、ひとつだけ心配がありました。夫に猫アレルギーがあったのです。でも、環境の工夫である程度は解決できると思ったのです。
たとえば人間が居住するスペースと、猫が動けるスペースを分ける。カーテンは毛のたまりやすい布のカーテンから縦型のスクリーンに変える。空気清浄機を2台設置して、ソファーをペットの毛がすぐ取れるものに買い替える。事前の準備が功を奏し、夫は健康を害すことはなかったですね。
猫たちも、わりとすぐに家に馴染みました。最初、ふぶきはキャットタワーのハウスに隠れて様子をうかがっていましたけど、家でくつろいで過ごすさくらを見て「ここは大丈夫」と学んだようですね。
家に来て二日目、右は隠れながら食事するふぶき(提供)
少し慎重なふぶきと、マイペースなさくら。どちらかというとふぶきのほうが兄のような存在ですが、とにかく仲良く四六時中一緒。そんな2匹を抱くと、思ったよりやわらかくて、「赤ちゃんみたいだ」なんて思いました。
それから、私の生活は猫が中心になりました。夜は猫が気になって早く帰るようになり、日々の様子が見られるようにカメラも猫部屋に設置。夫婦で旅行に行く時は猫シッターさんに来てもらいました。
仲良しな姿に癒されて……(提供)
◆何かまずいことが起きている
猫たちは毎日もりもりと食べて、追いかけっこをして遊んで、とにかく元気いっぱいでした。2匹とも体重があっという間に5キログラムを超え、獣医さんから「これがこの子たちの限界ですよ」といわれるほど。ただ、ふぶきは、さくらに比べて少し、お腹の調子を崩しやすいようでした。
家に来て一週間するとすっかり家に馴染みました(提供)
予兆は2019年。家に来て2年経った時、ふぶきのうんちが出なくなり、元気を失くしたのです。便秘でした。
病院に連れていくと、すぐさま「摘便(てきべん)」という処置が施されました。先生に、固くなったうんちを肛門から掻きだしてもらったのです。すると、翌日からふぶきはすっかり元気になったので、「この子は便秘をしやすいから気を付けてあげよう」と思ったものです。
その後しばらくは元気に過ごしていたのですが、一昨年の10日2日、ふぶきがごはんを食べなくなりました。よく観察すると、うんちが出ていません。また便秘かなと思って、病院に連れていくとやはり便が詰まっていて、先生が摘便をしてくれたのですが……。
前と違って、ふぶきの体調はよくなりませんでした。
その病院では、摘便をする時に(暴れないように)麻酔をしていました。だから最初は、今回は麻酔が切れるのが遅いのかと思いました。しかし、帰宅してもふぶきはつらそうにぐったりして、ごはんを食べません。翌日になっても元気がでない。水を飲もうとしても飲めず、尿の色も濃い。私はふぶきの中で何かまずいことが起きていると感じました。
その翌朝、夫とふたりでふぶきを病院に連れていきました。まさかそのまま、ふぶきと「お別れ」することになるとは、夢にも思いませんでした。
夫の膝で幸せそうに甘えるふぶき。名前はさくらと共に漫画から命名した(提供)
◆目の前で心臓マッサージ「うそでしょう?」
病院に連れていくと「黄疸が出ている」といわれました。私たちは猫を飼うのが初めてで、猫の黄疸は見たことみたこともありません。「とにかく状態がよくないので至急、処置が必要です。このまま預からせて下さい」と言われ、先生にふぶきを託したのです。
そして、家に帰ってしばらくしたら、病院から電話がありました。「危ないので早く来て下さい、心臓が止まりかけています」と。
慌てて病院に戻ると、ふぶきは心臓マッサージを受けている最中でした。
「ふぶき、なんで」
「うそでしょう?」
その後のことは、はっきり覚えていません。
ふぶきを家に連れて帰ってきて寝かせたのですが、さくらは、大好きな兄弟がそこに寝ていることに気づかず、匂いも嗅ぎにきませんでした。私も夫も、ふぶきを家に置いておくのがつらく、病院で紹介してもらった霊園に、その日のうちに預けました。箱でこしらえた棺に、大好きなおもちゃを入れて……。
推定6歳半。早すぎるお別れがつらく、夫婦で泣きました。私は2日ほど、仕事を休みました。
◆ 人間も動物も運命には抗えない
ふぶきは亡くなった日に病院で血液検査をしていて、後から結果を聞きました。白血球が高かったので、急性の感染症だった可能性もあるということでした。でも結局、死因はわからずじまい……。
ふぶきの遺影をのぞくさくら。「兄ちゃん、僕は元気でやってるよ」(提供)
生き物なので、私たちより先に亡くなるのは頭ではわかっていたけど、目の前で起きたことはあまりに急で覚悟なんてできていなかった。もしかしたら、摘便時に何かあったのではないか、麻酔をかける前に検査をすれば別の結果になっていたのではないか……原因のわからないふぶきの死に、悩み、葛藤しました。
とはいえ、その病院を選んだのは私たちです。いちばんわけがわからなかったのは、ふぶき自身でしょう。あっという間にお空にいって。
人間でも事故でふいに亡くなることもあるし、いつでも死ぬ機会は隣にあるんですよね。車に急に轢かれたり、思いがけない病で倒れたり……。人間であっても動物であっても、「運命」にはあらがえない。
そのうち、私はこう自分に言い聞かせるようになったのです。
「短い期間でも、私たちはふぶきを毎日、徹底的に愛していたじゃないの」と。
そうです、ふぶきと出会い、愛したことには悔いがないんです。ふぶきだって、私たちに愛されていると感じていたんじゃないか。それは幸せなことなんだという思いにたどり着きました。
……そう思うことで、ふぶきの旅立ちを、受け入れることができたのかもしれません。
ふぶきの死後、さくらの心身にも少し変化がありました。
ふぶきがいなくなり3か月ぐらい経って、さくらが吐いて体調が悪くなって。すぐに病院に連れていき、血液検査をお願いしました。でも、数値上はとくに問題が見つからなかったんです。体調不良は、半年ほど続きました。
今は落ち着いて、ご飯もよく食べています。前よりもさくらは、長い時間、私に“くっつく”ようになったかな?ひとりぼっちになって、さみしかったのかもしれません。
石井さんに甘える最近のさくら(提供)
◆いつかまたみんなで会える日まで
さくらはシェルターにいた時も、いろいろな猫の近くに寄っていき、兄弟だけでなく「仲間」の猫がすごく好きな様子でした。
だからこれから先、1匹でいるよりも、元気なうちにお友達にきてもらうのもいいかなと、最近になって思うようになりました。
さくらも、そのお友達も、みーんな一緒に、いつかお空で暮らしましょう。
だからそれまで待っていてね。私たちが心から愛した猫、世界一かわいいふぶきへ。世界一幸せな飼い主より。
和室を改造した猫の寝室(提供)
(水野マルコ)
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2022/01/29 14:00