「一緒にスタートアップやろうよ!」

(何言ってんだ、この人は?)

 真弓はあぜんとしたが、すぐ断るのも悪い気がした。

「とりあえずランチしようか」

 この時、真弓は女性向けアパレルメーカーでプロマネをしていた。結婚して家庭もある。橋本も簡単に話に乗ってくれるとは思わなかったが、「誰か紹介してもらえるかも」くらいの淡い期待はあった。真弓が表参道のカフェに行くと、待ち構えていた橋本がテーブルにファイルを置いた。事業計画書だった。

「へえ、すげーじゃん。まりタン、マジなんだ」

 そう言ってみたものの、真弓はまだ半信半疑。だがページをめくるうちに顔色が変わった。

「ふーん。クラウドの受付システムかあ」

(面白いかもしれない)

 真弓は橋本より1年早い03年に大学を卒業した。やはり氷河期世代。なんとか潜り込んだのが大手生命保険会社のIT子会社だった。そこでエンジニアとして働いた。しばらくすると日本でミクシィが生まれ、インターネットでコミュニケーションするSNSがブームになる。

「コミュニケーション」に未来を感じた真弓はミクシィに転職した。だがフェイスブックやツイッターが日本に上陸し、LINEが生まれて窮地に追い込まれる。社内がゴタゴタし始めたのでアパレルメーカーに移った。「ファッションを軸にした新しいコミュニケーションサービスを作る」との触れ込みだったが、実態は物販サイト。真弓は「自分がやりたい仕事ではない」と違和感を抱えていた。

■サイゼリヤで作戦会議

 事業計画書を読み終わった真弓の結論は、こうだった。

「これって俺がやりたかったコミュニケーションじゃん!」

 それから3カ月、二人は仕事が終わると渋谷のサイゼリヤに集合し、作戦を練った。橋本が資金調達、真弓がテクノロジーを担当し、ベンチャー投資家(VC)を口説くための資料を作るのだ。米国では「会社版のLINE」と言えるビジネスチャットが伸び始めており、「うまく波に乗れるかも」と二人で盛り上がった。資料作りが2時間を超えた頃、安いワインを頼み、夢を語り合った。

(敬称略)(ジャーナリスト・大西康之)

AERA 2021年9月6日号より抜粋

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