
「ここ(金町)の物件が空いているけどやってみないか?と誘われたんです。当時、結婚して実家の三郷に戻っていたこともあり、近いしお前やってみろというノリですね。ラーメンだけでなく他の料理もできたので、立ち呑みで〆にラーメンが食べられる居酒屋のコンセプトでいこうと決めました」(長尾さん)
独立志望だった長尾さんだが、ひょんなことから「七彩」に籍を残しながら自分の店を開けることになった。こうして10年9月、「立ち呑み居酒屋 金町製麺」はオープンした。
昔から金町にはよく遊びに来ていて土地勘もあったし、過去に店の立ち上げに関わった経験もあったので、長尾さんは前向きだった。だが、オープン直後から店には閑古鳥が鳴いていた。営業時間は夜のみで、夜中2時まで開けていたが、一向にお客さんが来ない。
オープンから半年経った11年3月11日には、東日本大震災が起こった。
「東日本大震災で考えがガラッと変わりました。毎日みんな疲れて帰ってきているのに、一杯飲むのに椅子がないのはつらいだろうなと。そう考えて、12日から椅子を置き始めました」(長尾さん)
すると客入りが変わり始めた。地元の人が気軽に寄ってくれるようになったのだ。ブログを始めて限定ラーメンの情報を発信するとリピーターも現れ始めた。さらに、ラーメンフリークの中でも話題になり、そのうち他の店のラーメン店主が通う店にもなった。

小麦粉を丸めて足で踏んでこね、パスタマシンで伸ばして麺帯にし、注文直前に切ってゆでるという実にアナログな手打ち麺は大変魅力的で、ここでしか食べられないと話題だ。
「お酒が飲めて本格的なラーメンが食べられるお店があまりなかったですからね。いろんなラーメンを出しているのも新鮮だったようです。町中華とも違う、ラーメンにこだわった居酒屋スタイルで何とか12年続けてきています」(長尾さん)
「鈴ノ木」の鈴木店主は、長尾さんの麺打ちがルーツになっている。
「うどん屋さんのように手ごねして打つ昭和な作り方をしているお店はなかなか少ないと思います。『鈴ノ木』の自家製麺はこれがベースになっています。グルテンの出し方や理論、麺に仕上がるメカニズムなど全て長尾さんから学ばせていただきました」(鈴木さん)
長尾さんは「鈴ノ木」がオープンしてからの鈴木さんの飛躍ぶりに驚くばかりだ。
「1年間ほど、毎週土曜日に働いてくれましたが、とにかく真面目で熱心に学んでくれたと思います。お店には何度か行かせてもらいましたが、本当に成長したなと感じます。うちで手打ちで作っていた麺がああいった形で生きていてうれしく思います。埼玉でも指折りの名店に成長しましたね」(長尾さん)

とにかく麺がおいしい両店。職人の麺作りの極意は伝承することによって広がり、また各店でさらに発展し、おいしい麺が生まれる。(ラーメンライター・井手隊長)
○井手隊長(いでたいちょう)/大学3年生からラーメンの食べ歩きを始めて19年。当時からノートに感想を書きため、現在はブログやSNS、ネット番組で情報を発信。イベントMCやコンテストの審査員、コメンテーターとしてメディアにも出演する。AERAオンラインで「ラーメン名店クロニクル」を連載中。Twitterは@idetaicho
※AERAオンライン限定記事