ここで一度、郭璞の注釈に戻ります。実は郭璞は、貘について、竹だけはなく鉄や銅も食べると記しているのです。なぜ銅や鉄を食べると思われていたのか、理由は諸説あり、よくわかっていません。とにかく、郭璞注には「銅や鉄を食べる」という、現実のパンダとは異なる特徴が混じっているのです。

 実は「蜀にいる鉄を食べる珍獣がいる」という情報は、郭璞注だけでなく、3世紀の作品に複数確認でき、この伝承が3世紀にはすでに存在していたことがわかります。しかし、その多くは、「」「竹」「二色」など、パンダを思わせる特徴とは結び付いていません。いつ、どのようにして結び付いたのかはわかりませんが、文献上ではっきりそれが確認できる最初期のものが郭璞注です。さきほどお話ししたとおり、郭璞注は後世に強い影響力を持ちましたから、「獏」とは「熊に似て、二色で、竹や銅や鉄を食べる」という解釈が基本的には踏襲されていきます。

 その一方で、銅や鉄を食べるという特徴に非常にインパクトがあったためか、むしろこの点が獏の最大の特徴のようになり、「竹を食べる」とか「黒と白の毛」とか、現実のパンダに近い情報のほうが軽視されているかのような文献も現れてきます。

 たとえば、宋代はじめ、10世紀後半に編纂された『太平広記』に、貘とは「蒼白(黒っぽい色と白っぽい色)」の2色で、「てん【へんは舌、つくりは忝】鉄(鉄を舐める)」と述べる一方、「熊」も「竹」も現れない文献が引用されています。この貘を、部分的にも郭璞の注釈の記述を引き継いでいるのだからパンダであるとみなす考え方もできますが、仮に情報の大元がパンダであったとしても、すでに現実のパンダの情報から切り離されている以上、「蜀にいる鉄を食べる動物」という空想上の動物となっているとみなすべきではないかとも言えます。

 ちなみに、唐代に編纂された『酉陽雑俎(ゆうようざっそ)』という物語集に「天鉄熊(てんてつゆう)」という動物が出てきます。これは「舐鉄熊(てんてつゆう)」、つまり「食鉄獣」のことではないかと言っている現代中国の研究者がいます。もしそうであるとすれば、これも空想上の「鉄を食べる動物」の一種ということになるかもしれませんが、「熊」とついているところがまだ多少なりともパンダの面影を残しているようでもあります。

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パンダとマレーバクの混同から、空想上の動物へ