東南アジアに生息するマレーバク。奇蹄目バク科に属する哺乳類で、同じ科には中南米に分布し全身が褐色のアメリカバクなども含まれる(写真:Raymond Boyd/Getty Images)
東南アジアに生息するマレーバク。奇蹄目バク科に属する哺乳類で、同じ科には中南米に分布し全身が褐色のアメリカバクなども含まれる(写真:Raymond Boyd/Getty Images)

■パンダとマレーバクの混同から、空想上の動物へ

――今は「貘」というと夢を食べる空想上の動物か、もしくはマレーバクなどバク科の動物を意味します。

 マレーバクは本来、現在のミャンマー南部からマレー半島に生息している動物ですが、早くから中国の南方にも入ってきていたそうです。唐代の有名な詩人である白居易(772~846年)は、「貘屏讃(貘屏賛とも) 并序」という作品のなかで「貘」のことを、「象鼻,犀目,牛尾,虎足,生南方山谷中(象のような鼻、犀のような目、牛のような尾、虎のような足で、南方の山奥にいる)」と書いています。

 これはどう考えてもパンダじゃないですよね。ゾウのような鼻、ウシのような尾ということ、今われわれが「バク」と呼んでいるマレーバクのほうがよっぽど近いわけです。そうすると、白居易が述べている貘は、先ほどの郭璞からの流れ、すなわちパンダに結び付けられそうな貘とは切り離して考える必要がありそうです。

――なぜ、まったく異なる2種類の動物に同じ字が当てられたのでしょうか?

 これは私の推測になりますが、体の色が2色に分かれている珍獣がいるという情報自体は紀元1世紀から存在しています。そのため、マレーバクを目撃した人、あるいはその目撃情報を間接的に聞いた人が、体が黒と白の2色であったところから、「あれが、例の“貘”か」と考えてしまったのではないでしょうか。

 ウシやウマなど身近にいる動物なら実際に観察ができて、その特徴も広く知れ渡っているでしょうが、人間との関わりの薄い動物の情報は更新されるのが難しい。では、こういうなかなか会えない動物の情報はどう伝わっていくかというと、前述のように、権威ある過去の書物から集められるわけです。

 説明が前後しますが、今回ご紹介した文献の編纂に関わった人々は必ずしもみなが動物に詳しい専門家というわけではありません。「文献を読み、書く立場の人々」は基本的にはそれまでの文献資料を広く読み比べることで情報を蓄積したり整理したりするわけです。そのなかで、「白と黒の2色に分かれた珍しい動物」の目撃情報を得ると、「それこそが郭璞のいう“貘”であろう」と考えるのも道理ではないでしょうか。

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なぜパンダとマレーバクは混同されたのか?