ジャイアントパンダ(写真:Maryna Rayimova/Getty Images)
ジャイアントパンダ(写真:Maryna Rayimova/Getty Images)

――パンダは古代から中国大陸にいて、四川省の限られた地域にしかいない現在よりもずっと広い範囲に生息していたとされています。それなのに、中国の人たちはパンダの存在に気づいていなかったのでしょうか。

 気づいていなかったということはないと思います。確かに人との接触の機会は少ない動物でしょうが、まったく遭遇しなかったとも考えにくいですし、遭遇した人の話を伝え聞いた人はさらに多くなるはずですから。ただ、家畜として重要な動物でもなく、またトラやクマのように人を襲う可能性がある要注意の動物でもないがゆえに、広い範囲で情報が共有される機会が少なく、地域ごとに、また時代ごとにそれぞれに呼ばれていたのではないでしょうか。

 また、中国に限らずですが、古代社会では文献を書き、読む人は限られたごく一部にすぎなかったということにもあらためて注意が必要です。パンダのように人間との関わりが深くなかった動物は、「実際のパンダを知る人」からの情報を、「文献を記すことのできる人」のアンテナがとらえる、きわめて稀な接触機会を得てようやく文献に載るものだと考えなければなりません。しかも、さきほどお話ししたとおり、パンダの呼称は時代や地域によりバラバラであったと思われますから、パンダは、情報源ごとに異なる形で文献に記載され、統一化もなされにくかったために、文献からまとまった形でパンダの姿を見出すのが難しいのだろうと思います。

 現在でも研究者が文献に見えるさまざまな動物の名を、パンダを指すものとして提示しています。むかしの中国の文献でパンダの呼称が統一されていなかったことはほぼ間違いないので、あとは、これらの動物の名がパンダを指していると確認できるような記述を見つけ出せればいいわけです。

 文献で確認できるそれらしい生き物として挙げられるのが「貘(ばく)」です。紀元100年ごろ、許慎(きょしん、生没年未詳)という人が書いた、現存する最古の字書『説文解字』では「貘」という字に、「似(熊に似ている)」「黄黒色(黄色と黒色。ただし、「黄」は現在の黄色よりも暗く、薄茶色や灰色に近い色であったと考えられる)」「出蜀中(蜀地方、現在の四川省に出てくる)」という説明が付けられています。四川にいる2色の熊ということで、パンダではないかと思いたくはなりますが、この情報だけでは『説文解字』の「貘」がパンダであると断言することは難しいと思います。

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なぜ「貘」がパンダとされたのか?