組織運営上の課題は、財源の確保だ。18年度の収入は約1500万円だった。今年度は倍増の目標を掲げる。四つのプロジェクトが同時進行しており、企業や個人の寄付が頼りだ。JICA(国際協力機構)から転職してきた事務局長、秋葉光恵(26)は、「ずっと最前線で活動したいので8千万円の予算規模に早く到達したい」と言う。

 しなやかな組織を背負って永井は疾走する。ただ、その突破力をしても「政治」の殻を破れないこともある。中国・新疆ウイグル自治区へのアプローチがそうだった。

 近年、中国政府はウイグル人の分離・独立運動を警戒し、弾圧を強めた。100万人以上のウイグル人を逮捕し、新疆の収容所で洗脳しているとも伝わる。中国内の抑圧から逃れてトルコや中東を目ざすウイグル人は少なくない。その一部がテロ組織と接触して軍事訓練を受け、経由地のタイやインドネシア、マレーシアでテロを実行する。

 内政の弾圧がウイグル人を過激化させ、結果的にテロがアジアに拡散する。永井は源流の新疆で過激化予防事業を展開できないかと調査に赴いた。

 ところが、まったく身動きが取れなかった。

「何をしても全部、公安に見られて調査になりません。ウイグル人と喋っていると公安がついてくる。長時間、話をしたら、その人が拘束対象になってしまう。NGOの概念もありませんでした」

 と、永井はふり返る。「中国には手を出すな」と止めたのは、恩師の早大教授、山田だった。「調査を続けたら間違いなく刑務所に入れられる。絶対にだめだ」と山田は制した。スパイ容疑で拘束されたら万事休す。永井は方針を変えた。

 現場は、いつも揺れ動いている。4月上旬、永井は受け入れたギャングから脅迫されていた。「おまえを殺す」「賄賂を取っているのをばらしてやる」と執拗にチャットで迫ってくる。弱みを見せたらつけ込まれる。「きみのプロファイリングはできている。脅しはきかない。冷静になれ」と応じた。矛先がナイロビの日本人スタッフに向いて青ざめた。活動を止め、スタッフを避難させる。最終的に先輩ギャングが脅迫者をなだめて鎮まった。

 永井の新しいストラテジー(戦略)は、「いま、ここ」の間断ない変化に集中しつつ、別の回路で本質を強く意識しているところにある。ソマリアへ飛び立つ前、途方もないことを口にした。

「現実的な対処と並行して、やはりアル・シャバーブとの対話の場をつくるべきです。どんな相手でも、アクセスの方法はあるはず。関われれば交渉の糸口がつかめる。仮にですよ、お金で半年間、停戦合意ができる、となれば悪くはないですね」

 重要な情報は現場に潜む。爆発音とどろくモガディシオで永井は紛争解決の根源を見据えている。

 (文中敬称略)

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