イラスト:オカヤイヅミ
イラスト:オカヤイヅミ

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 口にするものは大切だといいながら、私は料理が苦手である。昔からずっとそうだ。実家にいるときも、母親に頼まれて手伝ったことはあるが、調理自体に手を出したことはない。母親はとても料理好きで、離婚後に調理師として働いていたせいか、とにかく料理については研究熱心だった。なので最初から最後まで自分で作り、私に求められていたのは料理を食べての感想だった。子供の頃からそういう日が続いていたので、私が率先して料理を作ったのは、大学の受験勉強のときの夜食くらいだった。しかしそれは、ほとんどインスタントラーメンに、炒めた野菜をのせたものばかりだった記憶がある。

 食が大切と感じたのは、ひとり暮らしをはじめてからだった。それまでは母親が作る料理を食べていればよかったのが、生活のすべてが自分にかかってくる。まず考えたのは、便秘をなんとかしたいということだった。

 40年前はインターネットなどなかったから、食に関する本を何十冊も読んだ。そして玄米小豆御飯がよさそうだと決め、安月給なのに高額の圧力鍋を買い、それで無農薬の玄米と小豆を入れて炊いて食べた。赤飯が好きなので、それはもちもちとしておいしく、これに比べたら白米は味気ないと感じた。そしてそれを食べて3日後、私の腸内は大移動を起こし、20年以上溜まっていたものが、どーんと出てくれた。あまりの量にびっくりしたが、こんなに体って軽いのかと、スキップしたくなったのを覚えている。

 いい結果が出たので、しばらく朝晩は玄米小豆御飯と味噌汁の食事、昼間は会社から出られず出前も取れないので、玄米小豆御飯に青菜を炒めたもの、卵焼きなどの簡単なおかずの弁当を持っていった。しかし玄米食を続けているうちに、何となく胃に負担を感じるようになり、玄米小豆御飯を食べる回数を減らし、玄米と胚芽米をまぜて炊き、一鍋分を食べ終わると、次に玄米小豆御飯を炊くようにした。色のついた米ばかりを食べているので、会食で白米の御飯が供されると、「銀シャリ」という言葉を思い出した。食べ比べると玄米に白米をまぜているほうが、体の感じがよかったので、玄米小豆御飯にはさよならして、それからは胚芽米の割合が多めの玄米御飯を食べていた。

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