受賞作「Eye to Eye」は東京都現代美術館でのグループ展「翻訳できない わたしの言葉」で4月18日から再展示される(写真:東京都写真美術館提供、井上佐由紀撮影)

 第48回木村伊兵衛写真賞が金仁淑さんに決まった。映像作品が同賞を受賞するのは初めて。金さんは、写真と映像を同時に用いる新しい表現方法で、多様な個性を見つめてきた。AERA2024年4月8日号より。

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 その年の写真芸術の先端を表彰する「木村伊兵衛写真賞」。その第48回の受賞者が金仁淑(キム イン スク)さん(46)に決まった。受賞の対象は映像インスタレーションだ。木村賞は写真集や展示の実りを対象にしているが、明確な映像作品が選ばれたのは初めてだ。

 同賞の選考委員は写真家の大西みつぐ、長島有里枝、澤田知子、今森光彦の各氏。

〈金さんは写真と映像を同時に用いる作家だが、ずっと『多様な個性を見つめる』というまっすぐな姿勢が貫かれている。日本に移住したブラジルの子どもたちの異なる背景や社会問題などを声高に訴えることよりも、そこにいるたくさんの個性に私たちを静かに出会わせ対峙(たいじ)させる〉(大西みつぐ氏・選評から抜粋)

人間はそもそも多面的

 受賞作「Eye to Eye,恵比寿映像祭2023 Ver.」は東京都写真美術館で開催された恵比寿映像祭2023のコミッション・プロジェクトで発表された。この作品では、10チャンネルに分かれた映像が映し出される。縦2メートルで8面あるスクリーンには120を超える等身大のビデオポートレートが。登場するのは日本に移住し暮らすブラジルの子どもたちと教師たちだ。

 多面的な構造を持たせていることが大切なインスタレーションで、そこに映し出されている人々は、実際の出会いの場のように、後ろからも横からも見つめ合う。そして鑑賞者もその輪の中に加わることになる。人間とは、そもそも多面的な存在だ。映し出された人々も、鑑賞者もそのことを率直に知り、体感していくなかで思いを巡らせることになる作品だ。

 金さんは滋賀県愛荘町にあるサンタナ学園(コレジオ・サンタナ)を長期にわたり訪れた。同学園は1998年に日系ブラジル人2世の中田ケンコさんが設立。ブラジルをルーツにする子どもたちを受け入れている保育・教育施設だ。認可された学校ではなく、施設はプレハブと家屋を合わせたもので、経営状況も厳しい。会話は主にポルトガル語。日本国籍を持たない子どもたちは義務教育の対象にはなっていない。

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