夏井:百五十メートルほどの坂の両側が全部遊郭だったから、さぞや圧巻だったはず。
でも、そのことを知っているのは、もはや私たち世代くらいまでで、今じゃ全く面影はなくなってしまった。
奥田:遊郭だった家屋は残ってるの?
夏井:いいえ、もうほとんどが更地になってしまったの。
奥田:それにしても遊郭街のどん突きにお寺があるというのは、いいもんだ。子規の句に、仏さまと傾城が相並ぶ句があった謎が、今やっと解けました。
虫干や釈迦と遊女のとなりあひ
傾城の悟り顔なり蓮の花
夏井:その頃の情緒を理解するためにも街並みが残っているとよかったんだけど、残念ながら当時の艶やかさは今や皆無なの。
奥田:でも、想像はできる。僕らは想像するのが仕事だから、エピソードを聞くだけで、目の前の空き地に当時の光景がブワッと顕れる。ぜひ、行きたいなあ。
夏井:わずかに名残を伝える建物も残ってはいる。遊郭らしい造りで、入り口は狭くて、ズンズン奥に進んでいく構造。しかもその奥には、何かあった時に逃げられるための階段もある。
残念なのが、その界隈で一番大きな「朝日楼」という遊郭が取り壊されて、駐車場になってしまったこと。あれは本当にもったいなかった……。
奥田:防災上とか、保存資金とかの問題かな?
夏井:遊郭という「女性の性を売り買いしていた場を残していいのか」という意見もあったとか……。
奥田:何ともったいない……。というか、女性の人権を考えればこそ、残すべき意義があっただろうに。かつてここにこういう建物があった。それをしっかり忘れずにいよう、と。
夏井:まさにそう。かつて女性たちが性を搾取された場所だからこそ、取り壊すべきなのか残すべきなのか、もっと議論がし尽くされるべきだったなと。なくなってなおさらに残念で……。