奥田:「取り壊してしまえ」は、「なかったことにしてしまえ」と同じだから。

夏井:朝日楼が壊される時に参加した見学ツアーでは、残したいと考えている参加者も多くてね。建築の専門家などは、写真も残して、図面も全部保存して、「いずれまた再建となった暁には、確実にかつての遊郭を再現できるように、ちゃんと情報は残します」と言われていた。

奥田:心強いなあ。そういった情報があれば、現代の防災面もクリアして、再建することは可能だから。まさに映画『幕末太陽傳』(一九五七年、川島雄三監督)に出てくるような、豪華な建物だったんだろうなあ。

夏井:ツアーに参加して非常に切なくなったのは、一つひとつの部屋の異様なまでの狭さで……。ああ、こんな狭いところで客を取らされていたのかと。

 私の記憶が確かであれば、朝日楼はコの字型に建っててね、そのコの字の真ん中に、立派な桜の木があってそばに井戸があった。その桜と井戸を見た瞬間に、鳥肌が立っちゃって。この桜と井戸は、何人の女の生きざまと涙を見てきたんだろうって。

 そういった女性たちの魂を無残にもかき消して、なかったことにしてしまったのが何とも残念で。むしろ、ちゃんと朝日楼を再現して、松山市の文化遺産として残すことが、かつてこの地に生きた女性たちの証になるんじゃないかと。もし朝日楼がちゃんと復元されれば、ドラマや映画の収録にも使えるはずで。松山市にとっても江戸から明治、大正、昭和と歩んできた日本の歴史を振り返る観光資源にもなるのにね。

奥田:松山市のみならず、日本人すべてにとって歴史、文化、風俗の参考になる。過去をことごとく捨て去りがちの日本だけど、現代に生きる僕らが残しておくべきことの一つに違いない。

夏井:鎌倉時代には一遍上人が歩いていた坂。明治時代には子規や漱石が歩いた坂に、令和の今、伊月庵が建っていることに胸が躍るよね。そして、こうやって奥田さんと酒を飲みつつ大いに語り合っている。

夏井いつきさんと奥田瑛二さん
夏井いつきさん(左)と奥田瑛二さん、松山/出逢いのスナップ
暮らしとモノ班 for promotion
【Amazonブラックフライデー】先行セール開催中(28日23:59まで)。目玉商品50選、お得なキャンペーンも!