奥田:子規が漱石に「よし、俳句を教えてやるから、俺の弟子になれ」と言ったわけじゃなかったんだね(笑)。
夏井:階下でワイワイ人が集まって楽しくやっているから、思わず下りてきてしまった。
そんな二人が歩いた坂(現・上人坂)の突き当たりにあるのが宝厳寺でね。これがまた由緒正しいお寺で、創建は七世紀にまで遡るとか。しかも鎌倉時代に時宗を開いた一遍上人の生誕地と伝えられているの。鎌倉時代に流行した、念仏を唱えながら踊る「念仏踊り」の一遍上人。
それでね、ここからが重要なんだけど、子規が生きた時代には、宝厳寺への坂の両脇には遊郭がずらっと立ち並んでいたの。
奥田:あらま。お寺さんへの坂の両サイドが遊郭? いいねぇ(笑)、いい眺めだ。
夏井:漱石の小説『坊っちゃん』にも、〈山門のなかに遊郭があるなんて、前代未聞の現象だ〉と書かれている。漱石も、遊郭街のどん突きに寺があるって何なんだ、と驚いたんだろうね。今は、その坂が上人坂と呼ばれていて、そこに伊月庵がある。
奥田:ああ、それが子規が「色里」の句を詠んだ寺なんだ。
色里や十歩はなれて秋の風
この句を読んだ時、遊郭街を、少し離れたところから眺めているイメージだなと。なるほど、実際には宝厳寺の山門から詠んだわけだ。まさしく十歩先には遊郭があった。