おなかがすいた、のどが渇いたなどの生理的欲求は生物の基本的な欲求のひとつです。※写真はイメージです(Getty Images)
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 人の心に潜むさまざまな欲望。そのなかには心の健康に欠かせない欲求があると、心理学者の榎本博明氏は語る。新著『60歳からめきめき元気になる人 「退職不安」を吹き飛ばす秘訣』(朝日新書)から一部抜粋、再編集し、紹介する。

【図】人の欲求は階層をなしているとの説

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健康に生きていくうえで満たすべき基本的欲求

 欲に目がくらむとか、欲望に負けるなどという言い方があり、また禁欲という言葉もあるように、欲を好ましくないものとみなし、欲を抑え克服することで立派な人間になっていけるという考え方がある。

 それに対して、心理学者マズローは、欲求というのはけっして悪いものでも抑えるべきものでもなく、満たすべきものだという。そして、人間が健康に生きていくうえで満たすべき基本的欲求として、「生理的欲求」、「安全の欲求」、「所属と愛の欲求」、「承認と自尊の欲求」の4つをあげている。

 そして、これら4つの基本的欲求の間に階層構造を想定している。下層にある欲求ほど低次元の欲求であると同時に、まず満たすべき基本的な欲求ということになる。下層の欲求がある程度満たされると、それより上層の欲求が人を動かすようになる。これが有名なマズローの「欲求の階層説」である。

 最下層に位置づけられているのが「生理的欲求」である。生理的欲求とは、飢えを避けようとする食欲、渇きを癒そうとする水分補給の欲求、疲労を回復しようとする休養や睡眠の欲求など、生命の維持のために最低限必要不可欠な欲求が中心であり、性欲や刺激欲求、活動欲求なども含む。

 あらゆるものを失った人間にとっては、生理的欲求が他のどんな欲求よりも優先すべき動機となるとマズローは言う。たしかに飢えに苦しむ者にとっては、生存のために空腹を満たすことが何よりも喫緊の課題であり、そんなときには自由を得ること、恋人をつくること、自尊心をもつことなど、とりあえずはどうでもよくなってしまう。極端な場合は、盗んででも、人を騙してでも、食い物を手に入れない限り生きていけないということだってあり得る。そんな状況では、自尊心もへったくれもない。

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マズローの「欲求の階層説」とは何か