だからといって晩年の言動と俳人としてのアイデンティティーは矛盾しない。思うに、ああすることができたからこそ、金子は「存在者」になり得た。

●今どきの新自由主義なんて信用しません

 インタビューは金子の書斎の隣にある応接室で行った。仮眠から覚めて出てきてくれた彼は、こんな話もした。

「俺の部屋に飾ってある、亡くなった女房の写真がね、こっちを見ている気がするんだよ。苦労させたからね」

──今の社会をどうご覧になりますか。

「非常に危険だと感じています。できそこないの奇術師みたいな連中が政治の先頭に立っているからね。アメリカのスランプ、トランプか、あの人も危ないと思いますよ、私は」

──戦後72年。かつてない状況だと。

「イエス。まったくその通り。機が熟したな、というぐらいに感じています」

──私ももう40年近く記者の仕事をしていますが、近頃はわけがわかりません。自分のいる世界が不気味です。

「私みたいなチンピラ俳人も同じです。戦争反対なんて偉そうにしていても、みなさんうわべは真顔で聞いてくれるようでいて、実は笑っていたりして。金子兜太自身も笑っているんじゃないか、なんて思いに陥ることがある。いつも何かしら、ごちょごちょごちょごちょ、地球上を動いてますなあ。そういう情勢を見て、経団連とかが、一番いい状況に乗っかろうと一生懸命なんじゃないですか。資本主義は本来、“自由”が前提なんです。自由主義を忘れた資本主義というか、独占段階に入ったというか。今どきの新自由主義だなんてのは、ぜんぜん信用しません」

 さる2月25日、戦没した画学生らの作品を展示している長野県上田市の「無言館」の敷地内で、「俳句弾圧不忘の碑」の除幕式が行われた。筆頭呼びかけ人だった金子は、最後まで出席すると言い張っていたのだが。

 15年11月の「秩父俳句道場」で金子と対談し、碑のアイデアを持ち掛けて事務局長となり、その建立に寝食を忘れて打ち込んだフランス出身の俳人で比較文学者のマブソン青眼(49、本名ローラン・マブソン)が、除幕式の司会を務めた。金子に碑とともに贈るサプライズにしようと完成させた、弾圧された俳人たちの句や似顔絵に鉄格子をかけて展示する「檻の俳句館」をも見据えて彼は、

「弾圧事件の関係で亡くなった俳人は、少なくとも3人。この碑にしても、いろいろな抵抗はありましたが、何よりも彼らの名誉回復を、という思いによって、ここに除幕するものです」

 とする趣旨の言葉を述べて、やはり呼びかけ人である無言館館長の窪島誠一郎(76)と除幕の紐を引いた。金子が鬼籍に入ってしまう前に会ったマブソンの「兜太先生の俳句はGAFA(Google、Apple、Facebook、Amazonに代表されるプラットフォーマー)にも支配されない、レジスタンスなんだ。AI(人工知能)には不可能な、時間やイメージの飛躍を恐れない凄み、感性と知性がひとつになった人だけにできること」という言葉が忘れられない。

 金子は、そのような存在者だった。

(文中敬称略)

(ジャーナリスト・斎藤貴男)

AERA 2018年3月19日号