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寅年だからこそ考えたい。スーパーキャット・トラそしてライオンの実相と受難
寅年だからこそ考えたい。スーパーキャット・トラそしてライオンの実相と受難
今年2022年の猫の日(2月22日)は、2が6つ並ぶことから「スーパー猫の日」とネーミングされ、企業が当日限定で社名変更するなど、例年以上の盛り上がりを見せたようです。加えて今年は寅年。ビッグキャット・虎の年でもあります。翳りを見せないネコ人気と裏腹に、世界の野生のネコ科動物の現状は非常に厳しいものです。今回は絶滅がもっとも危惧されるトラ、そして卑劣なゲームハンティングのターゲットにされているライオンについて、流布する誤解や誤情報の訂正と合わせて解説します。この世にも美しい生き物が、野生では5,000頭もいないのです 2010年の寅年にはじまったトラ再生プロジェクト。12年後の成果は? ヒョウやライオンやトラ、チーターやヤマネコからイエネコまで、現生するネコ科41種の共通の祖先は、中新世(約2300万年前~530万年前)の前期にユーラシア大陸西部付近で発生し、後期ごろまでユーラシアとアメリカ大陸で繫栄したプセウダエルスス(Pseudaelurus)と考えられています。細身のしなやかな体はヒョウとトラとジャガーを合わせたような独特の斑模様に覆われていました。プセウダエルススから派生したシザイルルス(Schizailurus)を経て、およそ1200万年前には「ネコ科(Felidae)」が登場しました。 そして大型猛獣(ヒョウ亜科)と小型のネコ族との分離の後、600万~500万年前ほどからヒョウ亜科の種の分化がはじまります。現在では絶滅しているホラアナライオン、アメリカライオンなどの現生の最大種をしのぐ大きな種も生まれています。 現生種ではまず、ウンピョウとヒョウ属の分化がはじまり、続いてヒョウ属の中でヒョウ、ライオン、ジャガーの属する系統とトラ、ユキヒョウが属する系統に分かれたとされています。ヒョウ属の捕食肉食動物としての優れたデザイン特性は、その発生当初からすでに完成形に近かったともされ、環境の違いなどに特化して分岐しながらも、そのどの種もが美しく洗練されたハンターとしての特徴を共有しています。 ライオンはアフリカからユーラシア西部、トラはユーラシア東部、ジャガーは中南米、ヒョウはユーラシア大陸とアフリカの各所で、生態系の頂点に位置する強力なアンブレラ種ですが、生息環境の減少や劣化、人間による狩猟圧によってほとんどの種が著しく数を減らし、中でもトラとライオンは絶滅危惧ⅠB(絶滅危機)とされています。さらにトラの数は今世紀に入り全世界の野生種の成獣が2,000~3,000頭程度にまで落ち込み、前回の寅年にあたる2010年に、トラの個体数を12年間で二倍に増やす国際プロジェクトが発足しています。 Wild Tiger Numbers Increase to 3890 | WWF 国際的取り組みが効を奏し、20世紀初頭(その当時のトラの推測頭数は10万頭)以来一貫して減り続けてきたトラの数は、1,400頭だったベンガルトラが2,200頭、アムールトラが400頭から550頭などと微増に転じていますが、ボトムネック(一旦激減した種の多様性が失われて、再拡大が困難になる現象)問題もあって未だ予断を許す状況ではありません。 絶滅が懸念されているトラが、アメリカの富裕層によって推計1万頭ほど飼育されているという報告があります。また、動物と触れ合えることを売りにした商業施設では、トラの幼獣を飼育展示し、餌やりや撮影などのイベントが人気ですが、生後3~4か月過ぎるとアトラクションも危険となるため、その個体は排除され、忽然といなくなってしまうんだとか。動物保護団体は育ったトラを殺したり、闇ルートで売買しているのではないかと懸念しています。アジアで進化したトラは水の中もお手の物です 実態とかけ離れたアムールトラ最大最強幻想はなぜ生まれた? トラ(Panthera tigris)は、インドからインドシナ半島・マレー半島、インドネシア、中国、ロシア、北朝鮮など中央アジアから東北アジアにかけて生息する、アジアを代表する大型ネコ科猛獣です。 英語のtigerの語源は、古代ギリシャの地理学者ストラボーンによれば、かのメソポタミア文明発祥の黄金の三角地帯、ティグリス・ユーフラテスのティグリス川と同じアヴェスター語のtiγriš=矢に由来し、トラの敏捷な動きを矢に喩えたようです。あるいは、流れるようなその縞模様を川の流れや矢の軌道と重ねたのかもしれません。 最新の分類ではトラは6亜種(基亜種ベンガルトラ P.t.tigris スマトラトラ P.t.sumatorae インドシナトラ P.t.corbetti アモイトラ P.t.amoyensis アムールトラ P.t.altaica マレートラ P.t.jacksoni)。 このうち体格がトラの中のみならず現生ネコ科でも最大であるという記述が多く見られるのはアムールトラ(シベリアタイガー、満州トラなどとも)で、分布域はロシア東端のシベリア、中国北東部・北朝鮮などの寒帯・亜寒帯で、寒冷な地域に住むために全身が長い毛皮に覆われています。けれども近年の調査計測によれば、アムールトラの体格はそれほど大きいものではなく、ベンガルトラと同等、体高はベンガルトラ以下であるともされます。ネパールのチトワン郡付近のベンガルトラのオスは平均で体重が230kgを超えるともされ、トラの中では最大の個体群と考えられています。最新のDNA解析では、アムールトラは絶滅したカスピトラの地域個体群であり、それに基づけばアムールトラのサイズはカスピトラの体格(オスの体長約2m、体重200kg内外)と同じ程度であると考えるのが妥当です。実際最新のサイズ計測の記録でも、体重が180kgほど、体長が2m以下となっており、これを「餌が乏しくアムールトラが小さくなった」という声もあるのですが、もともと平均的にそのサイズだと考えるほうが蓋然性は高いのです。 とはいえ、長毛で美しいアムールトラの姿態や、温厚で賢い優雅な森林の王としての威厳が損なわれるものでもありません。圧倒的に大きなネコ科猛獣の一種であることに変わりありません。しかしなぜ、このように「アムールトラは最大のネコ科」という俗説が発生したのでしょうか。 昭和31(1956)年刊行の子供向けの動物図鑑「学習図鑑シリーズ 動物の図鑑」(小学館)が動物の体長や体重などのデータを載せています。「体長」とは鼻先からお尻の頭胴長であることを明記していて、ネコ科猛獣の体長もそれに合わせて記載しているのですが、トラに関してだけは体長の記載が明らかにおかしく、一番小さな亜種として紹介しているバリトラですら「体長2.1m」と、ライオンの「体長1.95m」(これはアフリカライオンのオスの比較的正確な平均値と思われます)より大きいと記述されていました。ベンガルトラは「体長2.5~3.2m」アムールトラは「体長最大3.5m」としています。これは明らかに1m前後ある尾の長さを含めた「全長」を「体長」と取り違えており、1m差し引きますとほぼ実際のトラの体長になります。それでもアムールトラのみ、真偽が怪しい最大狩猟記録を全体の種の体長(1m差し引いても2.5mと極めて大型になります)としている不可解さが残ります。 事実は不明ですが、この時代以来トラの大きさについては「体長3m、体重350kg」というあり得ない平均サイズが、書籍や報道などで多く見られるようになります。このような間違いはそろそろ正確なデータに統一したいところです。ベンガルトラの地域個体は、トラの中でも最大です 黒くて立派な勇者のシンボル・オスライオンの鬣は最強モテアイテム! ライオン(Panthera leo)はサハラ砂漠以南のアフリカ大陸東部と南部に亜種アフリカライオンと、インドのギル国立公園保護区に、北アフリカライオンの系統と思われるインドライオンが分布し、その総数はおよその推計で2万5,000頭ほどと見積もられています。トラほどではないものの、トラと同様に(あるいは減少率的にはトラ以上に)絶滅危機が迫る絶滅危惧ⅠB類とされています。 オスの体長は2m前後、ベンガルトラやアムールトラなどのトラの最大種と同等、またはやや短めですが、肩高は110cm前後とトラの最大種よりも高く、体高は野生の現生ネコ科最大。体重も最大トラ亜種と並んで現生ネコ科最大です。腹部は引き締まり、広いサバンナを駆けるのに適した体型を獲得しています。 大型種のトラとライオンの分岐はおよそ300万年前ほどにははじまったとされており、実際トラの原種と思われる250万年前の化石が中国で見つかっています。分岐がかなり遡るにも関わらず、そして生息環境や習性や見た目が大きく異なるにも関わらず、現生ネコ科猛獣の頂点ともされる二種が、専門家ですら骨格のみでは判別が難しいほどに体格が似通っているというのは、あまり指摘されませんが不思議なことであり、ある種の「収斂進化」ともいえるかもしれません。もしトラとライオン(加えてジャガー)がいなくなれば、大型の草食獣や爬虫類を狩れる肉食獣はいなくなり、結果として生態系にも歪みが生じてくるでしょう。 ライオンの象徴であるオスの鬣(たてがみ)は、地域差や個体差が大きく、暑い地域では薄くなる傾向があり、モヒカン刈りのように短いものから、お腹付近までもさもさになる毛深い個体までバリエーション豊かです。鬣は若いオスが狩りの成功を重ねて自信を高めるほど豊かにふさふさになり、また黒くなっていきます。テストステロンの分泌量と大きく関わっている「男らしさ」のシンボルなのです。そしてそれは当然メスの関心を強くひき、鬣がふさふさで真っ黒なオスにメスはメロメロになるようです。バッファローを狩るオスライオン。攻撃力はサバンナの王にふさわしいものです ライオンプライドの真相と今なお変わらないライオンの虐殺 もう一つのライオンの特徴と言えばネコ科の猛獣では珍しい群れを作る群居性の習性を持つこと。ライオンの群れは「プライド」と呼ばれ、支配者であるオスが十数頭ほどのメスを従えたハーレムを作ると考えられがちです。そして、オスはメスに狩りを任せて自分はゴロゴロして大食らいしている怠け者のように語られがちです。ですがこれは大きな誤りです。 そもそもなぜ、ライオンは群れを作るのでしょうか。群れで狩りをする方が効率がよいという説がかつては唱えられていましたが、これは否定されています。メスライオンたちはオオカミのような連携や集団戦略は立てられません。なので、集団で狩りをしてもさほど成功率はあがらないからです。さらには群れで獲物を分け合うより単独で中型~小型(イボイノシシやインパラ、ヌーやシマウマの幼体など)の獲物を狩り食べる方が個体の食べられる量は多くなります。しかしその場合、大きな群れを作るハイエナやジャッカル、リカオンなどの肉食動物がうようよといるアフリカでは、しとめた獲物を横取りされてしまう危険性が高いのです。また見晴らしのいいサバンナで子育てするライオンは、体格が大きく目立つ分、子供を狙われがちでもあります。メスライオンにはこれらは大問題でした。そこで群居することを選んだと考えられています。 プライドのメスライオンたちは全て血縁関係で、母娘、叔母姪、姉妹従姉妹の関係にあります。よそ者のメスは厳しく排除されます。そう、群れを主催(統率)しているのは彼女らメスライオンであり、ミツバチのコロニーによく似る母系集団なのです。 オスライオンは若い時にこの母系集団から独立し、血縁の仲間(兄弟・従兄弟)とともに小グループで放浪して生きることになります。そして彼らはアフリカの強大な動物たちを協力してハントして腕を磨きます。一方血縁構成のメスの群れは繁殖とボディーガードを求めて、別血統のオスたちを品定めし、これと選んだオスのグループを迎え入れるのです。 つまり、オスライオンは群れの統率者でも主催者でもなく、「雇われの契約者」なのです。群れの経営(生き抜く算段)はメスたちの領分。「俺にはあずかり知らぬこと」と流浪の剣客さながらに関与しません。メスたちが集団で必死に襲い掛かっても蹴散らされているバッファローやキリンなどの大型動物を、オスが後から現れて一撃で仕留めている様子がよく動画で収められていますが、これを人間の視点で「だったら最初からオスがやれよ」というのは不当な言い分です。オスからすれば狩りの参加はあくまでサービス行動。彼らの仕事は繁殖と外敵(別のオスライオンやハイエナなど)から群れを守ることで、据え膳待遇が当たり前というわけです。 しかし彼らの生涯は過酷なもの。「雇われ」のオスたちがメスのプライドに逗留するのは平均で2~3年ほど。別のオスグループとの闘争で負けて追い出されると、別の群れを探して放浪するのです。 このようなシステムを持つ群れは、イヌ科や、ゴリラやチンパンジーやニホンザル、人間も含む霊長類に見られる序列制・階級制が厳格に統率された集団とは異なる、単独性を維持したネコ科独特のコミュニティの在り方として興味深いものです。 さておき、強く大きく、世界中で繁栄してきたライオンは、人類にとって有史以来トロフィーハンティングのターゲットにされてきました。 これは決して過ぎた昔の話ではなく、欧米の植民地であった歴史のあるアフリカでは、今なお欧米の富裕層によるライオンをゲームハンティングするツアーが各地で盛んにおこなわれているのです。需要にこたえるためにライオンが人工的に繁殖させられ、狩場に放出されて虐殺されています。トラについては差し迫る絶滅危機と、エキゾチック趣味から保護対象とされても、ライオンは未だに虐殺の対象なのです。 もし、この世からトラとライオンがいなくなったら、と考えてみて、砂を噛むような苦いむなしい思いをするのは筆者だけでしょうか。トラもライオンも、人と同じく豊かな情緒と知性を持つ生き物です (参考・参照) 学習図鑑シリーズ 動物の図鑑(小学館) 残りおよそ3,000頭。絶滅に瀕しているトラを救うために。|WWFジャパン ライオンなどの野生動物を趣味で射殺する「トロフィーハンティング」団体がオークション開催 米国で飼育されるトラ、その痛ましい現状とは | ナショナルジオグラフィック日本版サイト ライオンVS.カバ、異例の対決 | ナショナルジオグラフィック日本版サイト
tenki.jp 2022/02/28 00:00
12月号軽井沢朗読館館長/元NHKアナウンサー 青木裕子 Aoki Yuko死別の悲しみをなぐさめてくれる一冊
12月号軽井沢朗読館館長/元NHKアナウンサー 青木裕子 Aoki Yuko死別の悲しみをなぐさめてくれる一冊
『月夜の森の梟(ふくろう)』 小池真理子 著朝日新聞出版より発売中 「月夜の森の梟」は小池真理子さんが夫の藤田宜永さんを亡くされた「死別体験」がテーマのエッセイで、新聞連載中すみずみまで読んだ。それも二度ずつ。一年以上の週ごとのタイトルが新たになってこのたび一冊になった。連載中は次週が待ち遠しかった。長く生きていると死別体験はいやでも積もってくる。自分の体験と重ね、つらかったり悲しかったりだったが、いつも読後は不思議なやすらぎに包まれた。  連載は六月に始まり、巡る季節に合わせてその時々の軽井沢の自然の状況、植物や動物に作者が目を留め、そこから思い出すことを語っている。 例えば最初のエッセイは「高原では、今、ツツジの花が満開である」から始まる。近所の大きなツツジを見て作者は夫とのなにげない日常を思い出す。春は野鳥がよく囀る。梟の鳴き声がする。小池さんは梟について語る。「私の耳には『ほーほー』とは聞こえない。もっと複雑な、うまく擬音化できない、森の木霊のような声。月の光に満ちた森の奥に、梟の声だけが響きわたる」。それで思い出した。私も軽井沢に移住しはじめのころ、真っ暗ななかで背後の木立のあるあたりから「おい、おい」と男の人の呼ぶ声を聞いた。低音でやや太くてくぐもった感じがする。怖くて怖くて汗びっしょりになりながら、金縛りのまま明け方を待った。それが梟だと分かってどんなにホッとしたことか。  仲むつまじいつがいの小鳥たち。キツネ、サル。生まれて死んで、横たわればだれかの空腹を満たす。野生にとって生と死は同時にあってあたりまえ。最後まで弱みを見せない彼らはときに潔く消えていく。おとぎ話ではないほんとうに森を歩いている野生動物が人間の死別の痛みに伴走してくれる。軽井沢在住30年を超える小池さんは藤田さんを亡くされた後も森の中に暮らしている。  小池さんはエッセイを書くにあたって新聞に載せるぎりぎりまで待って、その時に感じたことを一番大切に書いたそうだ。書きためることはしなかった。連載は回を重ねるたびに日本全国の読者から怒濤のごとく手紙が舞い込んだ。読者それぞれの「死別体験」が百万人いたら百万通り違う。そこのところを一人一人が小池さんの文章から違った方向へ翼をひろげ、百万通りの手紙を書き綴ってきてくれたと聞いている。小池さんの文章からにじみ出る作家本来のやさしさが、この人になら話せるという気持ちをかきたてるのだろう。  小池さんと藤田さんは二匹のかぎりなく野生に近い猫と一緒に暮らしていた。主の片割れを失った猫たちの反応がいじらしく印象深い。三五年一緒にいる私の夫は本来猫好きだが、我が家は私の好みで犬を飼い続けている。しかし、もし夫が私より先に逝ったら、「猫のしっぽ」に出てくる藤田さんのように、片手でしっぽを握って猫に行き先を案内してもらって喜んでいるだろうと連想が浮かんだ。「おれを先に殺すな」と夫が言いそうだ。  若いときの情熱的な思い出も書かれていて、こちらは恋愛小説風なところもあって楽しめる。  私ごとになるが、2013年に軽井沢町立図書館の館長になってから、毎月第二土曜日の午後二時から館長朗読会をおこなってきた。去年の四月に館長職を辞して、名称も「名誉館長朗読会」となった今も続いている。最初の年の旧盆八月に、「お盆だからお化けが帰ってくる話を」ということで、そのてのことでは右に出る者はない小池真理子さんの「流山寺」(『水無月の墓』所収)を取り上げた。企画のお手紙をさしあげたらなんと作家ご本人が来てくださり、お客さんの席に座って朗読を楽しんでいかれた。次の年の八月も小池さんのお化け話を朗読。次の年も、というわけで少しずつ近づいて、ときに藤田さんもご一緒して、朗読が終わったあと舞台上でお話をしていただくまでになった。  小池さんの短編小説は一筆書きのように休む間もなく聴き手を引っ張って行く。会場は水を打ったように静かになる。最後の一行で、止めていた息が一斉に放たれ、図書館の多目的室にため息があがる(コロナ以前の情景)。朗読者としてはお客さんの反応は痛快のひと言。毎年のお盆の朗読会は、生と死が混沌とした世界にみんな投げ込まれて訳がわからなくなり、死が身近に感じられ、一瞬だけど人間の本来持っている死の恐怖から解き放たれた。  14年前に看取った私の母の電話番号がまだ携帯に入っている。消去するとなんだか母との連絡手段がなくなってしまうような気がする。こだわっている自分が馬鹿みたいと思っていたが、小池さんのこの本は「それでいいのだ」と思わせてくれる。
最初の読者から 2021/12/03 17:33
息子を殴った恋人に礼…母子の虐待の連鎖描いた桐野夏生の新作 「救いを見いだせず、やや絶望的な気持ちで書き進めた」
息子を殴った恋人に礼…母子の虐待の連鎖描いた桐野夏生の新作 「救いを見いだせず、やや絶望的な気持ちで書き進めた」
主人公の小森優真は空腹を抱えて町をさまよい、「理想の家族」が住む家に潜り込む。そこで小さなピンクのソックスを盗み出す……(撮影/写真部・東川哲也)  桐野夏生さんが新作『砂に埋もれる犬』で親から虐待を受けた少年を描いた。なぜ、このテーマに挑んだのか。AERA 2021年11月8日号で10代の子どもたちの深い闇について語った。 *  *  *  主人公の小森優真(ゆうま)は小学6年の少年だ。母親の亜紀が転がり込んだ男の家で、4歳の弟・篤人(あつと)とともに暮らす。食事を満足に与えられず、小学4年の途中から学校にも行っていない。ゴミだらけの部屋で弟と食べ物を奪い合う、荒廃した生活だ。空腹に耐えかね、コンビニ店長の目加田(めかた)浩一に賞味期限切れの弁当を分けてもらう場面から、桐野夏生さんの新作『砂に埋もれる犬』は始まる。  桐野さんは、3年ほど前に女子高生が主人公の『路上のX』(朝日文庫)を書きあげたころから、「次は男の子を書きたい」と思っていたという。 「『路上のX』は、女の子が大人の男たちに性的にも経済的にも恋愛対象としても搾取される物語です。書き終えてから、これだけでは足りない、少年たちは何によって損なわれるのかを知りたい、と考えるようになりました」  2014年に埼玉県川口市で17歳の少年が祖父母を殺害する事件が、15年には川崎市で中学1年の男子生徒が10代の少年たちに殺害される事件がそれぞれ起きた。こうした陰惨な出来事も「少年」という存在について考えを深める契機となったという。これらの事件を調べるなどして行きついたのが、虐待の連鎖だった。 ■亜紀の物語でもある  亜紀は、男を優先して子どもを虐げる母親に育てられ、同じことを優真と篤人に繰り返す。自分の恋人が優真を殴れば、男におもねり礼すら言う。 「優真の心を損なったのは、ネグレクト(育児放棄)、虐待という家庭環境ですが、亜紀も虐待による犠牲者の一人です。とすれば、これは優真・篤人の物語であると同時に、亜紀の物語でもあると考えたのです」  優真は、ある事件をきっかけに不登校になる。だが、勉強は嫌いではなく理解力も高い。貧困と飢え、暴力のなかで必死に生き抜くため、大人の喜びそうな表情を作るといった処世術も身につけている。  児童相談所(児相)に保護され、里親となった目加田の家から中学に通い始めたときも、最初は「良い息子」を演じた。しかし、次第に女性を性的に支配したいという欲望を募らせ、同級生の花梨(かりん)らに攻撃的な行動を取るようになる。  桐野さんは「被害者であるはずの少年が加害に至るメカニズムを、自分なりに解き明かそうと試みました」と話す。 「子育てを通じて、10代の子どもたちの、どす黒くてもやもやとした感情や、一歩間違えば死をも選びかねない危うさを感じていました。特に男の子の場合は性的な抑圧が爆発の引き金になるのでは、と想像したのです」 きりの・なつお/1951年生まれ。『柔らかな頬』で直木賞、『東京島』で谷崎潤一郎賞。2015年に紫綬褒章を受章。21年5月、女性初の日本ペンクラブ会長に就任した(撮影/写真部・東川哲也) ■母から愛されていない  優真は母親から愛されていないのではないか、という不安のなかで育つ。「ひどい母親を捨てた父親は偉い人だ」という歪(ゆが)んだ父親信仰と、女性嫌悪(ミソジニー)を抱くようになる。 「虐待がもたらす傷が性的な欲求を歪ませ、本人も爆発を止められなくなる。私の想像ではありますが、実際にこうしたベクトルが働くとすれば、虐待は本当に残酷なことだと思います」  優真や同級生にとって、スマートフォンは友だちづきあいに不可欠のツールだ。内閣府の20年度の調査によると、中学生の約7割がスマホを利用している。優真も、スマホがあればクラスに溶け込める、「真の仲間」を探せると信じていた。しかし、実際はスマホを通じて同級生から残酷な仕打ちを受けてしまう。  昨年11月に東京都町田市で小学6年の少女が自殺した事件でも、遺族は少女への悪口がチャットに書きこまれていたと訴えている。 「スマホさえあれば友だちができるというのは幻想にすぎず、むしろ世界中でいじめに利用されています。狭い世界で生きる子どもたちが、リアルだけでなくバーチャルでも居場所を奪われたら、死を思うようになっても不思議ではありません」  虐待されてきた優真は他人との適切な距離感がわからず、不満や鬱屈(うっくつ)を暴力でしか表現できない。このため、同級生たちの不信を買うばかりだ。両者の間には、絶望的な隔絶が横たわっている。 「同質的な人間関係のなかだけで生きる花梨たちにとって、優真のような子は『気持ち悪い』存在としか映らないでしょう」  自分が関心を持つ分野、自分にとって都合の良い情報ばかりが集まりがちなネット社会の特性も、異質な人々への「想像力の欠如」に拍車をかけていると、桐野さんは考える。 「想像力のなさは、他人が起こした結果のすべてを個人の能力や努力に帰する『自己責任論』にも通じます。価値観の違う人を『上から目線』でしか見られない人が増えれば、優真のような辺縁に置かれた人は、ますます社会から排除されてしまう。そこに恐怖すら覚えます」  里親の目加田夫妻や児相の職員らは、それぞれのやり方で優真を思いやり、理解しようと努める。しかし、その思いは届かず、優真は心を閉ざすようになる。 AERA 2021年11月8日号より ■口やかましく「しつけ」  特に目加田は「しつけなければ、本人が恥ずかしい思いをする」と、食事のマナーやあいさつなどについて口やかましく優真に干渉する。子どもを虐待死させた親からよく聞かれるのも「しつけのためにやった」という弁明だ。 「優真は食事や入浴などの基礎的な生活習慣も教えられず、半ば野生動物のように育ちました。いわゆる『しつけ』は、そんな彼の心には響かないでしょう」  優真に最も必要なのは、彼が何をしても受け入れるという愛情なのだろうか。 「反抗的で、感情を素直に表に出さなくなった優真はもう、大人たちが無条件に『救ってあげよう』と思える相手ではなくなっています。たとえ彼に深い愛情を注ぐ人が現れても、すぐに心の傷が癒やされ、歪んだ認識が改められるほど、人間は簡単な生き物ではありません。人を信頼し愛する心というのは、鍛え上げないと育ちません。たとえ花梨が、優真に優しく接していたとしても、状況は変わらなかったと思います」 ■全く救いを見いだせず  桐野さんは「全く救いを見いだせず、やや絶望的な気持ちで書き進めました」と明かす。 「どうすれば彼を救えるのかも、私には分かりません。主人公が愛情を受けて立ち直る、といったきれいごとで終わることはできませんでした」  本作のタイトルは、スペインの画家フランシスコ・デ・ゴヤ(1746~1828)の絵画から取った。絵の一部は装丁にも使われている。 「あがいてもあがいても、虐待のくびきから逃れられない優真のイメージ」が、ゴヤの絵に重なったという。  18歳未満の子どもに対する児童虐待で、全国の児相が相談対応した件数(厚生労働省調べ)は20年度、20万5029件と過去最多を更新した。国立社会保障・人口問題研究所の17年の調査によると、過去1年間のうちに、ひとり親家庭の15%が電気料金を、14%弱が水道料金を滞納したことがある。優真や亜紀のような親子は、フィクションのなかだけに存在するのでは決してない。  桐野さんは最後、次のように言った。 「優真のような子どもや、優真がそのまま成人したかのような壊れた男たち、そして亜紀のような母親たちは、現実社会のあちこちにいるはずです」 (フリーライター・有馬知子)※AERA 2021年11月8日号
読書
AERA 2021/11/06 11:00
冬季五輪開催の中国、炭疽菌で死者も 日本に入ってくる恐れはないのか
永井貴子 永井貴子 上田耕司 上田耕司 坂口友香 坂口友香
冬季五輪開催の中国、炭疽菌で死者も 日本に入ってくる恐れはないのか
 来年2月に北京で冬季五輪が開催され、中国は新型コロナウイルス対策に万全の対策をとるとみられる。米国のトランプ前大統領はコロナウイルスを「チャイナ・ウイルス」と呼んだが、発生源はよくわかっていない。米国で炭疽菌の事件があった2001年、日本でもテロに備えた生化学物処理訓練が行われた (c)朝日新聞社  その中国で今夏、別の感染症で感染者、死者が出た。現地報道によると、山東省で8月、炭疽(たんそ)菌の感染者を2人確認。そのうち1人は発熱、気だるさ、嘔吐(おうと)、下痢などの症状で、治療を受けたが死亡したという。  炭疽菌は「バイオテロに利用されやすい菌」と厚生労働省研究班のバイオテロ対応ホームページは指摘する。日本では家畜の法定伝染病だが、東京都健康安全研究センターのサイトによると、1974年以降に国内で感染はみられず、米国で2001年に粉と一緒に同封した郵便物が送られたことがあった。  この都のサイトによると、潜伏期は1~7日程度、主に皮膚炭疽、腸炭疽、肺炭疽があり、いずれも治療しないと死亡することがある。  冒頭の事例で、死亡した10代の男性の家では7月に病気の牛を処理していたとみられるという。中国政府は炭疽患者が昨年224人あり、死者はなかったとする。  日本でみられなくなった感染症が、中国で多くの患者がいるのはなぜなのか。農林水産省の担当者は、その遠因として中国には口蹄疫(こうていえき)など家畜の伝染病が多くあることを挙げる。獣医師で医療経済ジャーナリストの室井一辰さんも、中国で最近、アフリカ豚コレラの大発生など、家畜の伝染病が問題になっており、国土が広く、さまざまな野生動物が生息し、自然界の病原菌が人間社会に入りやすいのではとみている。 「日本では家畜の伝染病が発生すると、病気の個体だけでなく、集団全体を殺処分し、かなり厳しく対応している。中国はそこまで徹底しきれていないのではないか。結果として病気が蔓延する」(室井さん)  日本に入ってくる恐れはないのか。動物を介した感染について、農水省の担当者はこう話す。 「中国から生きた動物が入ってくることはない。生肉も輸入しておらず、加工・冷凍食品はすべて加熱されている」  冬季五輪開催で、中国には世界中から人の往来が増える。十分な感染症対策が求められる。(本誌・浅井秀樹)※週刊朝日  2021年10月29日号
中国
週刊朝日 2021/10/20 11:30
人間社会を利用してしたたかに生きる野生動物の姿 「自然界の報道写真家」宮崎学の軌跡
米倉昭仁 米倉昭仁
人間社会を利用してしたたかに生きる野生動物の姿 「自然界の報道写真家」宮崎学の軌跡
日中に雪が溶けて、夜間に小雪の降る毎日。輪郭がうっすらと浮かび上がったニホンジカの死体の前脚に、早朝カケスがやってきた。カラス科のカケスは、死肉を好んで食べる。1月27日6時36分(撮影:宮崎学)  写真家・宮崎学さんの作品展「イマドキの野生動物」が8月24日から東京・恵比寿の東京都写真美術館で開催される。宮崎さんに聞いた。 *   *   *  長野県南部、南アルプスと中央アルプスに挟まれた伊那谷に拠点をかまえる宮崎さんは、半世紀以上にわたって野生動物を追い続け、ネイチャー写真の新境地を開いてきた。 「よくも悪くも、自然はどんどん変っています。写真家としてその時代性を撮りたい」と、宮崎さんは言う。  今回の写真展はその集大成といえるもので、出だしの写真に写るニホンカモシカは森林破壊を思わせる大規模に伐採された山の斜面で悠然と若木の芽を食べている。  それは人間がつくり出した環境を貪欲に利用しようとする野生動物の姿でもあり、その後の宮崎さんの作品を暗示しているようで、実に興味深い。初めて、カモシカにであう。中央アルプス1700メートルの高山(撮影:宮崎学) ■「ごくつぶし」と呼ばれて  宮崎さんがニホンカモシカの撮影を始めたのは1965年ごろだった。  当時、宮崎さんはカメラの交換レンズなどを作る会社に勤めていた。写真雑誌「アサヒカメラ」の月例フォトコンテストにムササビなどの作品を応募して写真の腕を磨いた。  入選を繰り返し、自信がついてくると、撮影がほぼ不可能と言われる動物にどうしても挑戦してみたくなった。それが、絶滅が危惧され、「幻の動物」と呼ばれていたニホンカモシカだった。  目撃情報を丹念に聞き集め、週末になると山に分け入った。そして、ようやくニホンカモシカに出合えたのは本格的に探し始めてから半年後のことだった。  厳冬期の中央アルプス。墨絵のように見える急峻(きゅうしゅん)な雪の斜面をニホンカモシカはゆっくりと歩いていた。  それは小さな黒い点のようだったが、生命の塊が動いているように見え、宮崎さんは猛烈に感動した。そして、「狂ってしまった」。  尋常ではないほど撮影にのめり込んでいった。大雪が降れば会社を休み、山にとんでいった。 <後ろ指さされっぱなしでしたよ、ほんとに。カメラを持って山をほっつきあるいている、ごくつぶし、あんな道楽息子いないと、よくいわれた>(「Anima」90年7月号)  しかし、無理は続かなかった。撮影を始めて3年目、体を壊し、入退院を1年以上繰り返した。会社も退職。地元のガソリンスタンドでアルバイトをしながら撮影を続けた。経済的な壁にぶつかり、生活は「血みどろ」だった。 ツキノワグマ(撮影:宮崎学) ■無冠の金字塔「けもの道」  筆者は7年前、宮崎さんの撮影フィールドを案内してもらった際、このガソリンスタンドを通りかかった。宮崎さんはハンドルをにぎりながら言った。「俺はここで虎視眈々(たんたん)と牙を磨いていたんだよ」。  72年、写真絵本『山にいきる にほんかもしか』でデビューすると、宮崎さんはそれまでにない斬新な撮影方法に挑戦し始める。森の中にわなを仕掛けるように無人の自動カメラを設置し、ありのままの野生動物の姿を写すことだった。  最初は「けもの道」を横切るように黒い糸を張り、それに動物が触れるとシャッターが切れる仕組みを作った。「これがうまくいった。いけるぞ、と」。黒い糸はやがて赤外線センサーに変わった。  2年ほどかけて装置を改良し、撮影が軌道に乗ってくると、「食うものも、食われるものも同じ山道を歩いて生活していることを発見した」。それは、宮崎さんが従来の動物写真家とはひと味違う独自の道を歩み始めた瞬間でもあった。  78年、それまで誰も見たことのなかった動物たちの姿をあらわにしたネイチャー写真の金字塔「けもの道」を発表。そこに登山者の足元が写った写真を交えているのが「自然界の報道写真家」を名乗る宮崎さんらしい。  写真展を開催した銀座ニコンサロンは入場記録を打ち立てるほどの大盛況となった。  しかし、写真界の重鎮からは「宮崎は自分の手でシャッターを切っていない。邪道だ」と、ずいぶん嫌みを言われたらしい。そんなこともあってか、「けもの道」は何の受賞もしなかった。ハチクマ。オスが持ってきたハチの巣をくわえ、翼を震わせて歓喜するメス(撮影:宮崎学) ■15年かけた労作と決別  続けて81年に発表した「鷲と鷹」は15年かけて国内の全種類のワシとタカを撮影した労作である。 「若いときに目標を立てて、北海道から沖縄までクリアした。それは自分自身への挑戦でもあって、『クリアできなかったら、お前はダメだぞ』と言い聞かせて、撮り続けた。でも、作品をまとめた段階で、この方法では表現に限界があると悟ったんです。こんな、人と同じことをずるずる続けていたらダメだ、もう次に行かなきゃと」  当時はごく一部の人しか撮ることのできない写真だったが、「いまなら簡単に撮れる。アマチュアでも野鳥を撮っている人の機材なんか、すごいんだから」と、宮崎さんは言う。 「大切なのは撮影テクニックと時代を見据えた企画力。その両輪によって、『腐らない写真』をいかに撮っていくか、ですよ」  その言葉どおり、宮崎さんは次々と斬新な発想の作品を発表していく。 枝にとまる瞬間。フクロウは目を保護するために、しゅん膜とまぶたを閉じる(撮影:宮崎学)  90年に土門拳賞を受賞したフクロウの撮影ではネイチャー写真の世界にスタジオ写真の撮影手法を導入した。 「フクロウの模型を木に置いてライティングのテストを繰り返してから本番に挑みました。ぼくはいつも絵コンテを描くんです。ストロボの置き方、影の出具合、背景とのバランスとかを考えて、カメラを最終的にセットする。絵コンテを撮影小屋の壁に貼って、それが撮れたら破いていった」  94年に発表した作品「死」では、輝かしい動物写真とはまったく異なる、「死」という野生動物の日常に光を当てた。死骸がほかの動物に食い荒らされ、ウジに覆われ、土に還っていく。そんな「自然のしくみ」を克明にとらえた写真はグロテスクであると同時に、すがすがしさを覚える。 ■「人は自然をきれいに見すぎる」  そして今日まで続く「アニマル黙示録 イマドキの野生動物」は、大都会の野生動物という、まったく新しいネイチャー写真の地平を切り開いた。人間社会の毒を含んだ、ざらりとした動物写真は宮崎さんの真骨頂といえる。 「人は自然をきれいに見すぎる。自然界に対して夢を抱きすぎてしまっている」と、宮崎さんは言う。 「動物側から見た風景は180度違う。連中は実にしたたか。貪欲に人間を利用してやろうとしている」東京の新興住宅街のたんぼで暮らすキツネ(撮影:宮崎学)  そして、今回の写真展について「50年間のニホンカモシカの足跡みたいな感じ」と言う。  実はデビュー作となったニホンカモシカは、撮影したころを境にどんどん数を増やしていった。  当時、森林が大規模に伐採され、日の当たるようになった山の斜面に若木が育ち、その芽はニホンカモシカの格好の食料となった。  台風や山火事によって自然環境が大きく変わることを「自然撹乱」というが、野生動物にとっては原因など知ったことではなく、森林伐採も宅地開発も自然撹乱のようなものだろう。  宮崎さんが写したニホンカモシカは人間を利用して繁殖するしたたかな野生動物の姿、そのものだった。 ■森に飲み込まれていく日本  自然環境は人間社会と関係しながら変化し続けている。それを嫌う動物もいれば、好む動物もいる。  薪炭用や建築材料として1千年以上続いてきた木々の伐採が衰退して半世紀。いま、日本の森林は猛烈に豊かになり、「森林飽和」と言われるような状態になっている。 「これから限界集落がどんどん森に飲み込まれていきますよ。カモシカも西日本にまた広がっていくと思うね。そんな自然を読みながら仕事をしている。そこにネイチャー写真家として生きる存在意義がある。撮影のアイデアをいっぱい箇条書きにしてためているけど、もう、そういうのを残して閻魔様(えんまさま)の元に行かなきゃかな、とは思っているけどね(笑)」 (アサヒカメラ・米倉昭仁) 【MEMO】宮崎学写真展「イマドキの野生動物」 東京都写真美術館 8月24日~10月31日
けもの道アサヒカメライマドキの野生動物写真家宮崎学東京都写真美術館
dot. 2021/08/23 17:00
感染症はコロナだけじゃない! 「高」致死率のウイルス保有「マダニ」が生息域拡大の恐怖
國府田英之 國府田英之
感染症はコロナだけじゃない! 「高」致死率のウイルス保有「マダニ」が生息域拡大の恐怖
空前のキャンプブームだが、肌の露出を極力少なくするなどの対策を忘れずに(gettyimages) 人気アニメ「ゆるキャン△」シリーズが厚生労働省とコラボして、蚊・ダニの媒介による感染症対策を啓発するポスター。厚労省のホームページから誰でもダウンロードすることができる。夏のキャンプでは十分に注意しよう 人気アニメ「ゆるキャン△」シリーズと厚生労働省がコラボして啓発。厚労省ほHPから誰でもダウンロードできる  子どもたちも夏休みに入り、緑の多い公園で遊んだりキャンプに出掛けたりする家族も多いだろう。ただ、羽を伸ばす前に知っておいた方が良さそうなニュースがある。マダニを媒介とする致死率がとても高い感染症が、今年に入って、いままで感染者が出ていなかった地域で確認されたことが報じられており、「ウイルスを持ったマダニが生息域を広げ、感染地域が拡大している可能性がある」と専門家らが懸念を強めているのだ。  その感染症とは、「重症熱性血小板減少症候群(SFTS)」と呼ばれるもの。SFTSウイルスを保有したマダニに咬まれることによって感染する。2011年に中国で初めて確認され、日本でも13年に感染者が確認された比較的新しい感染症だ。それだけに一般人はおろか、医療機関にもまだまだ認知されていない。 ■犬猫にも感染の可能性  潜伏期は6~14日。発熱、倦怠感、頭痛や消化器症状が多いとされるが、重症化するケースも少なくない。  有効なワクチンなどの治療薬はなく、国立感染症研究所によると、13年以降、これまでに596人の感染報告(今年4月28日時点)があり、うち76人が死亡している。ただ、報告後に死亡した数字は含まれておらず、実際の死者数はもっと多い可能性がある。致死率は10~30パーセントと言われており、非常に怖い感染症である。  ちなみに人間だけではなく、犬や猫などの動物も感染する。厚生労働省のホームページによると「ネコでは発熱・元気消失・嘔吐・黄疸などの症状を示し、重症化して約6割が死亡」と、人間を上回る非常に高い致死率を示している。また、野良猫に咬まれた女性がSFTSを発症した例もあり、体液などを通じて、動物から人への感染も起こり得るので、ペットにも注意が必要だ。  これまでは宮崎県や鹿児島県、広島県、山口県など、西日本を中心に感染が報告されてきた。だが、今年に入り、静岡県、旅行先で感染したと思われるケースを除くと、関東では初となる千葉県(2017年の検体の再調査でSFTSと判明)、愛知県と、これまでに感染がなかった県でも続々と初の感染者が確認されている。全国の感染者数も16年までの3年間は年間で60人前後だったが、その後、増加傾向にあり19年には初めて100人を超えた。  いったい何が起きているのか。  感染研は、理由の一つとして、SFTSだと診断できる医療機関が増え始めたため、多くの地域で報告されるようになっている可能性を指摘しつつ、こう懸念を示す。 「ウイルスを保有したマダニが、西日本から拡大しているのではないか」  マダニは動物の血を吸って成長する。主に野生動物が生息する場所や、民家の裏山、畑などに住むとされる。本来、人間との接点は少ないはずだ。  だが、感染研によると、近年、外来種を含め野生動物が増加している地域があり、それに伴いマダニの数も増える。さらにマダニがくっついた野生動物が人の生活圏に入ってくることで、マダニがわれわれの身近な場所に運ばれてきている恐れがあるという。  確かに、民家の屋根裏に野生動物が住みついたなどという話題は、見聞きするところだ。 「人間の感染が報告されていない地域でも、SFTSに感染し抗体を保有している野生動物がいる例もあります。今後、感染地域が拡大する可能性は高いと考えられます」と感染研は警鐘を鳴らす。 ■ゆるキャン△コラボで啓発  新型コロナウイルスの感染拡大が続く中、「密」を避けようとキャンプを始める人も増えてきている。  感染地域が拡大する恐れを注視している厚労省も、今年はキャンプを題材にしたアニメ「ゆるキャン△」とコラボしたポスターを作成。「例年よりマダニ対策が目立つ内容にした」(同省)と、肌の露出を控えたり、虫よけ薬の活用、ペットの対策も万全にするよう啓発している。また、マダニに咬まれた際は無理に引き抜くと体液を逆流させる恐れがあるため、医療機関で処置してもらうよう呼び掛けている。 「新しい感染症であるため、医療機関が診断できていない場合もあると考えています。発生地域以外のお医者様にもSFTSを疑って診断していただくことが重要だと思います」(感染研)  医療機関頼みではなく、公園やキャンプに行って遊ぶ側も、マダニについての対策とSFTSの知識を身につけておく必要がありそうだ。(AERA dot.編集部・國府田英之)
dot. 2021/07/24 09:00
ゴジラとコング…もし本当にいたら強いのはどっち? 動物研究家が語る爬虫類と霊長類バトルの真実!
岡本直也 岡本直也
ゴジラとコング…もし本当にいたら強いのはどっち? 動物研究家が語る爬虫類と霊長類バトルの真実!
世界累計興行収入が500億円を突破した「ゴジラvsコング」 (c)2021 WARNER BROTHERS ENTERTAINMENT INC. & LEGENDARY PICTURES PRODUCTIONS LLC. パンク町田/1968年8月10日東京生まれ。ULTIMATE ANIMAL CITY代表(UAC)。NPO法人生物行動進化研究センター理事長、アジア動物医療研究センター(日本ペット診療所)センター長、昆虫から爬虫類、鳥類、猛獣といったありとあらゆる生物を扱える動物の専門家であり、動物作家(写真:本人提供)  小栗旬のハリウッドデビュー作となった映画「ゴジラvsコング」の世界累計興行収入が500億円を突破した。「ゴジラvsコング」は、「GODZILLA ゴジラ」(2014)、「キングコング:髑髏島の巨神」(2017)、「ゴジラ キング・オブ・モンスターズ」(2019)に続く人気怪獣映画シリーズ「モンスターバース」の第4作目。日米を代表する怪獣のドリームマッチがハリウッドでついに実現したとあって、公開前から注目を集めていた作品だ。先日、記者も映画を鑑賞した。ネタバレになるので内容は紹介できないが、スピーディーな展開でかなり楽しめたといっていい。それに「もし、この世界に、ほんとうにゴジラとコングが実在していたら……」といったありもしない想像が浮かんだ。  リアルに戦ったら、どっちが勝つと思うか――動物研究家のパンク町田さんに、そんなバカバカしい質問をぶつけてみると、 「ゴジラを爬虫類、コングを霊長類と分類するなら、あの2体が戦うことはありえない」  と、バッサリ。どうやらこの戦い、「動物の本能」や「身体の構造」を考慮すると、映画とはまったく違う展開になってしまうようだ。  ならば、町田さんには映画のストーリーを完全に無視してもらい、動物研究家の視点から「ゴジラvsコング」の勝負の行方を検証してもらった(ゴジラを爬虫類、コングを霊長類として検証)。 *  *  *  今回の映画に登場するゴジラとコングのスペックは、下記のように公表されている。 【ゴジラ】 身長:393フィート(約120メートル)/攻撃法:放射熱線、テールハンマー、背びれカッター/熱線エネルギー放射量:3.15×1014ジュール[10の14乗]/尾の長さ:582フィート(約177m)/尾の最高スワイプ速度:時速89マイル(時速約143キロメートル)/水中移動速度:40-50ノット(時速約74-92キロメートル)/声の大きさ:最大174デシベル/歯の長さ(根元から先まで):4-5フィート(約1.2-1.5メートル)/歯の数:60本/足の一番幅広い部分の合計:64フィート(約20メートル)/血液量:530,000ガロン(約200万リットル)/骨の引張強度:3,000メガパスカル 【コング】 身長:337 フィート(約103メートル)/攻撃法:クェークスラム、フィンブレイカー、空中戦斧/パンチの威力:最大マグニチュード 4.2相当/骨の引張強度:2,800メガパスカル/声の大きさ:最大170デシベル/歯の長さ(根元から先まで):2.5-4フィート(約0.8-1.2メートル)/歯の数:32本/腕の最高スイング速度:時速62マイル(時速約100キロメートル)/最高二足走行速度:時速78マイル(時速約126キロメートル)/最高四足走行速度:時速104マイル(時速約167キロメートル)/足の一番幅広い部分の合計:55フィート(約17メートル)/好きな食べ物:葉、竹、大ダコ  町田さんが2体のスペックを比べて真っ先に気になったのは、「呼吸法」だ。 「100メートルを超えるような大きい生物が、あれだけ素早いスピードで動くには大量の酸素が必要です。なので、2体とも非常に優れた呼吸システムを持っているといえますね。ゴジラに関してはいえば、爬虫類なので肺呼吸と鳥類のような気嚢器官(肺の補助器官)を持っている可能性が高い。おそらくそれが上腕骨や大腿骨などの骨の中にまで入りこんでいるのでしょう。あと、背ビレのような突起がかなり大きいのは、表面積を増やし、皮膚呼吸と放熱をするために進化したと推測します。ただ、コングに関しては霊長類なので、気嚢器官を持っているとは考えにくい。でも、肺呼吸だけでは酸素が足りなくなる。いったい、どうやってあんなに動けているのかは、ちょっとこれだけの情報では判断が難しいですね」  また、町田さんは、ゴジラを環境によって体温が変化する「変温動物」、コングを環境が変化しても体温を一定に保つ「恒温動物」だと推測。ちなみに恒温動物は、つねに身体の中(多くは細胞)で熱を作り出しているため、コングのような大きな身体で激しい運動をしてしまうと、放熱が追いつかないため、熱がたまりすぎ、数分で脳死する可能性もあるという。  つまり、戦いの時間が長引けばコングは死んでしまうので、ゴジラが有利だろうと町田さんは推測。しかし、前述したように、町田さんはそもそも「ゴジラとコングは映画のように戦うことはありえない」と語っている。それはなぜか。 「現生種において、人類以外の霊長類は、蛇や大型のトカゲのような爬虫類が大嫌いです。なので、コングはゴジラを見た時点で絶対近づかない。おそらくゴジラと100~200メートルほどの距離はとるはずなので、映画のように接近して殴り合うような戦いには、まずならないでしょうね。もし、攻撃したとしても、遠くから石を投げたり、長い棒でゴジラを突っつくくらいが精一杯。場合によってはゴジラの尻尾を見ただけでも、逃げ出す可能性もあります」 ■食べる必要ない生物に接近戦しない  では、爬虫類であるゴジラは、どんな反応をするのか。 「ゴジラに関しても、尻尾をバンバンと動かして、口をあけて威嚇などを行う程度でしょうね。ボクサーでいえば、尻尾はジャブのようなもの。ゴジラもコングと同じで、まずは距離をとるはずです。ゴジラは、コングを食べて生きているわけではないですからね。食べる必要のない生物にわざわざ接近して戦うっていう行動は基本的にはとらないと思います」  だが、霊長類らしきコングなら自分の家族や仲間などが危険にさらされるような状況に陥れば、相手に接近して戦う可能性もゼロではないという。では、そうなったと仮定して、ゴジラとコングは、どちらが強いのか。 「身長はゴジラのほうが高くても、力はコングのほうが圧倒的にあると思います。普通に考えれば、同じくらいのサイズ感であれば、爬虫類よりも霊長類のほうが力はあるからです。おそらくですが、コングのパンチが1発、2発入るだけで、ゴジラは相当痛い。失神はしないでしょうけど、戦意を喪失させるには十分な破壊力です。通常サイズのチンパンジーやゴリラでも300~500キロの握力がありますからね。ゴジラの頭は意外と小さいので、コングがアイアンクローをしただけでも下手したら勝つかもしれない」  陸上で接近して戦ったらコングが有利と言い、「殴り合いでは相手にならない。曙がホイス・グレイシーと戦っても勝てなかったのと同じですよ」とみる。 ■ゴジラ最大の必殺技  一方のゴジラは接近すると、どんな攻撃を繰り出すのか。 「ゴジラの身体の構造からして、パンチやキックはおそらくコングのようにはできない。噛みつきや尻尾での攻撃が基本になるでしょうね。でも、その程度の攻撃は、コングは避けてしまうでしょうから、接近戦ではやはりゴジラの分が悪い。ゴジラの水中移動速度は時速約74~92キロみたいなので、水中で戦えば有利になるでしょうね。コングはきっと泳げないでしょうから」  だが、ゴジラには最大の必殺技がある。口から吐き出す「放射熱線」だ。 「コングが勝つには接近するしかないのですが、ゴジラが放射熱線を使ったらコングに勝ち目はないでしょうね。あんなものを浴びて生きていける生物はクマムシぐらいですから!(笑)。もし、うまく避けられたとしても、コングはその場から逃げ出すに違いない。人間を襲う猿ってたまにいるでしょ? ああいう猿でも、猟銃を持った人間には絶対近づかない。それと同じです」  ちなみにゴジラが吐く放射熱線のエネルギー放射量は「3.15×1014(10の14乗)ジュール」。これは、いったい、どのくらいの威力なのか。  福島大学環境放射能研究所に聞いてみたところ、「日本の夏の快晴時の1日の日射量を『1億年分』集めたエネルギーに相当する」ということらしい。何やらイメージしづらいが、莫大なエネルギーであるということはわかる。たしかに過去の作品では車や建物が溶けたり、一瞬で焼き切れたりするなどの描写が存在する。コングがいかに知性と腕力を駆使しても、あれを食らったらやはり勝負ありか。町田さんは「防ぐには『新世紀エヴァンゲリオン』のATフィールドくらいしかないですよ」と笑う。  架空の生物に理屈を当てはめること自体、野暮なこと。だが、たまにはこんな楽しみ方もありではないだろうか。「ゴジラvsコング」を制作したレジェンダリー・ピクチャーズは、次回作に着手しているという噂もある。今度はどんな戦いが実現するのか。楽しみに待ちたい。(文/AERA dot.編集部・岡本直也) ◎パンク町田/1968年8月10日東京生まれ。ULTIMATE ANIMAL CITY代表(UAC)。NPO法人生物行動進化研究センター理事長、アジア動物医療研究センター(日本ペット診療所)センター長、昆虫から爬虫類、鳥類、猛獣といったありとあらゆる生物を扱える動物の専門家であり、動物作家。野生動物の生態を探るため世界中に探索へ行った経験を持ち、3000種以上の飼育技術と治療を習得している。UACの1セクションであるアジア動物医療研究センターでは種の保存を考え、希少動物の医療研究も日本一の臨床データ数を誇る。独特の容姿と愉快なキャラクターがうけテレビ出演も多数。その他動物関連での講演、執筆など多方面で活躍中
dot. 2021/07/22 11:30
これは「象たちの反逆」ではないか 下重暁子「北へ旅する十五頭の群れ」
下重暁子 下重暁子
これは「象たちの反逆」ではないか 下重暁子「北へ旅する十五頭の群れ」
下重暁子・作家 ※写真はイメージです (GettyImages)  人間としてのあり方や生き方を問いかけてきた作家・下重暁子氏の連載「ときめきは前ぶれもなく」。今回は、野生動物について。 *  *  *  このところのニュースで、私が一番気になっているのは、十五頭ほどの象の群れの行方である。  中国雲南省の自然保護区から抜け出して、北上中。その間、二頭が酒造所で酒に酔い、群れから脱落したが、旅の途中で生まれた子象も含めた十五頭は、リーダーに従って黙々と歩いている。  その歩みは確信に満ちて目的地が決まっているかに見える。野生の動物が季節や何らかの理由で、長い長い旅をすることは知られている。  象は群れで移動する動物だが、ちょうど今が移動の時期だったのだろう。これまでの移動距離がだいたい五百キロというから、東京・大阪間の道のりを、森を越え、川を渡り、道路をいくつものりこえ、歩いてきたことになる。  象が酒に酔うことははじめて聞いたが、二頭以外の象は、一心不乱に北を目ざしている。なぜ? どこへ?  象の群れは、おおむね雌と子象からなり、雄は群れを離れて雄どうしで暮らすと聞いたことがあるが、あの群れに雄はいないのだろうか。  彼らは耳のあまり大きくないアジア象だ。私は大きな耳のアフリカ象の群れをケニア郊外の早朝のサファリで見たことがあるが、突然姿を現した彼らは、ただ静かに朝露の残る草を食(は)んでいた。こちらが物音を立てるのが気になるほど穏やかな空気が漂い、音を立てぬよう、立ち去った。  象は知能に優れた動物である。人間とも昔から親しい存在で、動物園やサーカスでも人気者。白象は普賢菩薩の乗り物としても馴染みである。人間の言葉も親しくなれば理解できるし、字や絵を描くことも知られている。  その感覚は鋭く、人間などの及ぶところではない。  長い鼻の先で小さなものを掴むこともできる。嗅覚にもすぐれ、長い鼻を上げて遠くの空気の匂いをかぎ分ける。そして耳。あのたっぷりした耳で様々な音を聞き分けることができるというから、道中、車が通りすぎる音も、人声も充分に分かっているはずである。  北上を続ける象たちも、いつも暮らしている森林とは違い、ここは人間たちの暮らす都市であることも知っているのだろう。その上でなおかつ旅を続けているのだ。  今もまだ、象牙の乱獲のために犠牲になる象が少なくはないというのに、彼らは人間たちを恐れてはいない。  食べ物で方向転換させ、保護区にもどそうという試みもされたがひたすらな歩みは止まらない。  これは何を意味しているのだろうか。  人間は、動物たちがそれぞれの営みをしていた場所を侵蝕し、とりあげた。そのため、動物は食物を求めてさまよわざるを得ない状況になったのだ。  日本でも熊や猪、野生動物が街に出没する。インドのムンバイでは、野生のヒョウが深夜、鶏を襲いに街へ出てくるという。象の群れも動物たちの反逆の一つではないかと思えるのだ。 下重暁子(しもじゅう・あきこ)/作家。早稲田大学教育学部国語国文学科卒業後、NHKに入局。民放キャスターを経て、文筆活動に入る。主な著書に『家族という病』『明日死んでもいいための44のレッスン』ほか多数 ※週刊朝日  2021年6月25日号
下重暁子
週刊朝日 2021/06/18 07:00
森の守護獣?危険な猛獣?もしもクマが山からいなくなったら…?
森の守護獣?危険な猛獣?もしもクマが山からいなくなったら…?
春の山菜取りから夏山登山・川遊び、秋の紅葉狩り・きのこ狩りと、例年であれば、人々が山でレジャーを楽しむ期間は、そのまま日本列島に自然分布する唯一の猛獣「クマ」の活動期にあたります。 近年、毎年のようにクマ関連の事件が多発するようになっています。その原因についてさまざまに推測され、「クマは飢餓状態にあり困って人里に下りてくる」という意見から「クマは明らかに数が増えている。人を恐れなくなっているクマにはより徹底的な駆除が必要」という意見まで、クマをめぐってさまざまな主張や議論がなされています。今、日本のクマは実際どういう状態で、彼らが絶滅したらどんな影響があるのでしょう。「クマ問題」について考えてみました。ニホンツキノワグマは近年、数が増えているとされていますが… クマは絶滅しても生態系に影響がない? 世界にはクマ科の現生種は、あのジャイアントパンダを含めて8種類。このうち日本には本州以南にアジアクロクマ(ツキノワグマ)の島嶼亜種ニホンツキノワグマ(Ursus thibetanus japonicas)、北海道にはヒグマの島嶼亜種エゾヒグマ(Ursus arctos yesoensis or U. a. ferox Temminck, 1844)の二種が分布しています。 毎年、ヒグマは約300~600頭、ツキノワグマは約2,000~4,000頭もの個体が捕殺されています。以前にはヒグマはおよそ2,000~3,000頭、ツキノワグマはおよそ1万頭前後が生息しているとされていたのですが、捕殺数の多さから、どうももっと多いのではないかという推測もされています。 最新の推計によればヒグマは全道で4,000~1万7,000頭(北海道環境生活部環境局 2014)、ニホンツキノワグマは既存情報の集計から約1万2,000~1万9,000頭(環境省 2011)、とりわけツキノワグマは階層ベイズ法によれば最大値9万5,000頭以上との推測(ただし捕殺数から生息を類推する階層ベイズ法では捕殺が増加すると生息数も増大するという矛盾した問題も出てくるため、その数値の確度については疑問や異議が提示されています)もあります。約10万頭という推測はやや多すぎる気がしますが、3万程度の頭数は十分あり得ます。というのも、ツキノワグマの分布域拡大は、2000年代に入ってから各地で顕著な傾向だからです。ツキノワグマの個体数がもともと多い秋田や岩手などの東北地方での分布域が拡大しているばかりか、生息数が少ないとされてきた近畿や中国地方の街中、クマの分布が認められなかった茨城県、神奈川県の丹沢や箱根に接する街中などに出没するなどし、時に人を襲い命を奪うといった事象も起こっています。 クマは大きな体と強い力を持つ動物で、自然界に天敵がいません。でありながら積極的に草食獣を捕らえて食べることはほとんどないため、オオカミやライオン、タカのような生態系の頂点に位置するアンブレラ種とは言いがたく、生態系の中での役割があいまいなため、人間に害を及ぼすくらいならば徹底的に殺処分して数を減らすか、絶滅させてもかまわないといった極端な意見も時折提示されます。 本当にクマにはなんら役割がなく、死に絶えても何も影響はないのでしょうか。愛嬌のある見た目からファンも多いのですが、元来肉食の猛獣です 元肉食獣「クマ」は、日本列島の森林を維持管理するマネージャーとなった クマ科の共通の先祖は、中新世の約2,000万年前、食肉目から分岐したDawn Bear(暁の熊 Ursavus elmensis)まで遡ることが出来ます。小型の犬ほどの大きさで、ジャコウネコのような長い尾をしていたようです。その後クマ科はユーラシア・北米大陸で徐々に巨大化していきます。食肉目の肉を食いちぎる裂肉歯が退化し、臼歯が丸みを帯びて尾は短くなり、足は太く短く、体重や骨格が太く重くなって、ネコ科やイヌ科に見られるかかとを上げてつま先で歩行する趾行(しこう)から、かかとまでべったりと地に付けて歩く蹠行(しょこう)性に変化しました。 この変化は、獲物となる草食哺乳類の巨体化に対応してサイズアップしたとも考えられ、その進化分岐の過程では、約200万年前に、史上最強の陸生肉食哺乳類とも目されるアルクトテリウム・アングスティデンス(Arctotherium angustidens)が出現します。後ろ足で直立したときの背丈は4.5m、四足状態での肩高ですら2.5m、体重は1.5~1.8tもあったとされます。 このアルクトテリウム・アングスティデンスを含むアルクトテリウム属(Arctotherium)は、ショートフェイスベアともいわれ、現代のクマよりも足が長く健脚で、強大な牙があり、当時多く生息していた巨大な草食獣を捕らえて食べる肉食に特化した種だったと考えられています。 現在のクマ科の多くは雑食です。更新世の終わり、寒冷化とともに地球上に大繁栄していた大型の哺乳類が次々と絶滅、小型化したすばやい草食獣たちを大きなクマが捕らえることは困難となり、クマは植物食に傾く雑食に適応したとされています。 現代、肉食に特化しているのはホッキョクグマのみで流氷を盾にして潜み、アザラシやセイウチなどの海生大型哺乳類を獲物とします。北極という特殊な環境のおかげで彼らはその巨体で本来の肉食の生態を維持出来ているのでしょう。 私たちはまず、クマが本来肉食獣であり、獲物を捕らえて食べる本能を内に秘めていることを理解する必要があります。そして次に、クマが寒冷化に適応して進化した、寒帯から冷温帯に順応した生き物であるということも把握しておく必要があります。 日本列島が大陸とつながっていたとされる氷河期時代、ヒグマとツキノワグマは再三にわたり大陸から渡ってきて、全土に住み着きました。今よりも冷涼な更新世の氷河期時代、日本列島は現在の秋田県や青森県にまたがる白神山地のブナ原生林のような落葉広葉樹の森林がずっと南まで広がっていました。やがて地球が温かくなり照葉樹林が広がり始めると、ヒグマは本州以南からは絶滅し、ツキノワグマの生息分布も北日本に偏在するようになります。クマは暖地の照葉樹のシイやカシのドングリも食べますが、何より好物はブナやナラなどの寒冷地のドングリです。 クマは夏から秋にかけて、ドングリ類の実を、木によじ登り太い枝に腰掛けて小枝を折り取り実を食べます。食べ終わった残りの枝はどんどんお尻に敷きこんでいきます。こうして出来た大きな鳥の巣のようなハンモックは「熊棚」と呼ばれ、ヤマネなどの樹上性の小動物の棲家になる他、枝を折り取ることで日光が林の中に差し込むギャップが作られ、サルナシやヤマブドウなどの植物の生育に役立ちます。この熊棚によるギャップは台風の倒木などで出来るギャップの6倍ともいわれており、森の新陳代謝の大きな役割を果たしています。 また、行動半径の広いクマは、消化されなかった木の実の種子を多く含んだ糞を広範囲に落とし、樹木の拡散と更新にも貢献しています。人にとって大きな脅威であるスズメバチも、クマにとってはご馳走。巣ごと襲って幼虫を食べてしまいます。 海から川へ遡上してくる鮭も、ヒグマが食べ、広域を歩き回ることによって、その排泄物を通じて川沿いだけではなく山奥まで海の滋養がもたらされることになります。 一方、寒冷期に列島に住み着いて狩猟採集で生計を立てた日本人の祖先は、縄文・弥生時代の温暖化に応じて、氷河期時代の馴染み深い落葉広葉樹を低山の森林に手入れすることで維持し、南方種である稲栽培と融合させて里山環境を作り上げました。 つまり人類とクマは、森林が全土の七割を占める日本列島において、ともに広葉樹の森を維持するマネージャーのような役割を果たしてきたのです。人間の生産活動や食べ物の好物(木の実、山菜やタケノコや蜂蜜など)がかぶるクマが、里山や低山などの接触地帯で衝突してしまうのは、ある意味仕方のないところもあるのかもしれません。クマが木に登り、木の実を食べながら枝を座布団にした熊棚 クマの絶滅は森林の壊滅。その理由とは? クマが人里に出現する理由として、「かつては農村で維持管理されていた里山が放棄され、緩衝地帯がなくなったからだ」という言説がよく聞かれます。しかしすでに述べているとおり、里山環境はクマにとっては好物の木の芽や木の実、蜂の巣などが豊富にある好ましい場所なのです。里山整備がクマの街中の出没を防ぐ手だてになるとは思われません。 また、林業の衰退によってスギ・ヒノキの人工林が荒廃し、むしろ植物相が自然林に近くなり、えさが豊富にあるからクマが増え、増えすぎた個体が山を降りてくる、という見立てについても大きな疑問があります。というのも1990年代から目だって顕著になってきた病害虫による森林木被害が、近年いっそう増しつつあるからです。それはカシノナガキクイムシ(Platypus quercivorus)によるカシ、シイ、ナラ類の枯死問題です。かつては木炭材として盛んに利用されてきたそれらの樹木が戦後利用されなくなり大径木化することでカシノナガキクイムシの大繁殖を招き、各地で大量枯死を招いているのです。 また、地球の寒冷期に繁栄進化したブナにとって、人類の産業活動による環境汚染は大きな負荷と衰弱をもたらしています。世界自然遺産の白神山地のブナ原生林では、本来3~5年ごとにしか実をつけないブナが毎年実をつける現象が確認されています。一見よいことのように思われますが、ブナのシイナ化(中に種子のない殻だけのうつろな実)が多発し、このためブナが必死に毎年花をつけているのです。消耗したブナはいずれ枯死することになります。ブナ林の減少・死滅は、分類樹モデルによる予測では最悪の場合10~30年後には現在の半分以下に減少し、世紀末にはほぼ壊滅するとの試算もあります。 今のところブナ・ナラ林は漸減しつつも維持され、かたや山村・農村の過疎化や農地の放棄で、一時的にクマたち野生動物には食糧が手に入りやすい状況です。しかし中長期的に見ると、ブナやナラの死滅、続いてカシやシイが死滅すれば、野生動物たちの食糧が激減する深刻な岐路が必ずやってくるでしょう。クマの大切な食糧源のブナの実。ブナは危機に直面しています いわば、森の守護獣であるクマを保護するためには、彼らが肉食獣であり、ときに人を襲う可能性があることを理解し、適度な狩猟圧に加えて、彼らの住処である森林を良質に保つための努力を続ける必要があります。 木炭の使用・需要は炭素排出になりますが、森林が維持されれば排出される炭素は適切にふたたび植物に吸収されます。その循環の中で、クマとの共存をはかっていくことが出来るのではないでしょうか。 広大な森林が屋台骨となっている日本列島。クマが絶滅するときは山が死滅するときであり、その次にはこの国に暮らす人間に大きな困難が襲ってくるかもしれません。 参考・参照 ・日本の動物 旺文社 ・生物大図鑑 動物 世界文化社 ・「ツキノワグマおよびヒグマの分布域拡縮の現況把握と軋轢抑止および危機個体群回復のための支援事業」報告書 ・クマ類の出没対応マニュアルの改定について ・クマ類による人身被害について [速報値] ・林野庁 ナラ枯れ被害量の推移 ・クマやオオカミの駆除へ、人への襲撃増加で ルーマニアクマは日本列島の広大な森に寄り添い生きてきました
tenki.jp 2021/06/05 00:00
写真家・水口博也 「遺書」として出版した写真集で訴えたかったこと
米倉昭仁 米倉昭仁
写真家・水口博也 「遺書」として出版した写真集で訴えたかったこと
南極半島の空と海、雪山のすべてが薔薇色に染まる夕暮れ。風景に変化を与えたのは、海面に跳ね泳いだジェンツーペンギン(撮影:水口博也) クジラの作品で世界的に有名な写真家・水口博也さんが写真集『黄昏 In the Twilight』(創元社)を出版した。南極からアフリカのサバンナまで、世界中を巡り、黄昏どきの光のなかで写した作品を収めている。水口さんに話を聞いた。  水口さんは本書をつくった動機について、あとがきでこう書いている。 <ふと、「黄昏」について撮りたく、そして書きたくなった。こうしてできた本である。(中略)自身が生を終えたときにどんな残照が風景を飾ってくれるかについても、いまという瞬間をどう輝かせるかと深く関わっている> 「つまり、自分の遺書です。この歳になると、まわりで亡くなっていく人間が多くて、自分もいつ死ぬか、わからん。だから、撮りたいことは撮っておこう、書きたいことは書いておこうと思って」  67歳の水口さんは、そう言って笑う。これからも「遺書2、遺書3を出すつもりです」。  写真家としての「遺書」で水口さんは何を訴えたかったのか。その一つが「風景の中の動物をとらえる」ことだという。 「こういう取材がいいのだろうか、この仕事のスタイルを変えないと。そう、ずっと思っていました。『これが仕事だから』という理由で続けるならば、ぼくらが批判してきた人間と同じになってしまう」  そんな反省の弁を口にし、これまで野生動物を追い写してきたこと、そして最近の動物写真を取り巻く状況の変化について語った。 「例えば、クジラの水中写真なんていうのは、むちゃくちゃ強引に寄って、という撮り方をせざるを得ない。そのインパクトは相当大きい。それを意識せざるを得ない。だから、そういう撮り方はやめようと。実際、ぼくはもう10年くらい水中写真を撮っていないんです」 太陽が水平線に沈みゆく瞬間。海面に突き出されたミナミセミクジラの尾びれの濡れた皮膚が、鋼のように夕焼けの空を映しだす(撮影:水口博也) いま、クジラの写真は世の中にあふれかえっている  海の豊かさを象徴するクジラの姿。水口さんはその息づかいが伝わるような作品を世に送り出してきた。そこにはクジラの素晴らしさを知ってもらうことで、保護につなげたい、という目的があった。 「まだクジラの情報が少ないときは、その写真を啓蒙や教育に使った。それが唯一の免罪符だった。でも、そんな写真は、もう世の中にめちゃくちゃあふれているんですよ。啓蒙的な意味で写真を撮ることと、それが生み出すマイナス面とを天秤にかけて考えると、ちょっと言い訳できない。もう、必要ないでしょう、と」  昔は必要な写真は自分で撮影していたが、最近はそのような目的であれば、他の写真家と融通し合い、使うことができるという。だから、「一から撮らなくても、啓蒙、教育活動に使う写真を入手できる環境がすでに出来上がっているんです」。  しかし、アート、創作活動として水中でクジラの姿を撮り続ける写真家もいる。 「それは否定しません。こう表現したい、という気持ちがあれば当然でしょう。でも、それは相手に対してシビアなことを要求することになる。相手とは自然です。動物です。その、やっていることに意味はあるのか、作品性に必要なのか、相当に自問せざるを得ない」  写真集にはクジラやイルカ、シャチのすてきな作品がたくさん収められているが、水中で写したものは1枚もない。 「遠くからとか、きれいな風景の中で、『ああ、いいなあ』と感じられる作品を写していけるのであれば、その方法がいいと思って。それでつくった1冊なんですね」 ケニア、アンボセリ国立公園の夕暮れ。ヌーが休む前を、ゾウの群れが夜をすごすキリマンジャロ山麓に向けて移動を開始する(撮影:水口博也) クジラを追いかけてきた水口さんがアフリカを訪れたわけ  一方、「黄昏というと、アフリカのサバンナがあまりにもきれいなので、その写真をたくさん入れることにしました」。  今回、とても意外だったのは、クジラ類の作品で知られる水口さんがこれほど多くの陸上動物、しかもこれまでの作品とは関係なさそうなアフリカのサバンナで撮影してきたことだった。しかし、その理由を聞くと、(やっぱり、水口さんだなあ)と、納得した。  話は恐竜時代が終わった後、約5000万年前にさかのぼる。それまでクジラの祖先は陸上に住んでいたという。その後、彼らは海に入り始め、初期のクジラが生まれた。 「クジラの祖先にもっとも近いといわれている動物がカバなんですよ。それから、ゾウの社会のかたちと、マッコウクジラの社会のかたちがものすごく似ているんです。だから、カバとゾウを見たいというのが、そもそものアフリカ行きの大きっかけだったんです」  マッコウクジラは血縁関係のあるメスだけで緊密な群れをつくるという。子どもは母親だけでなく、群れ全体で面倒をみる。メスの子どもは成長しても群れに留まる一方、オスは群れを離れ、1匹で暮らす。 「それが、ゾウとそっくりなんです。だからゾウの社会を勉強すると、クジラの社会が想像できる。全部見えるじゃないですか、水中にいるクジラと違って。だから、ゾウを見ていると、すごく楽しい」 「それで写真集の2枚目の写真をゾウにしたんですか?」と、たずねると、満面の笑みで、「はい」。 針葉樹の深い森が茂る島々を散在させるアラスカの沿岸水路。陰に沈む森を背景に、シャチのポッドが背びれを連ねる(撮影:水口博也) 「ぼく自身がめちゃくちゃCO2を出して自然に影響を与えている」  では、出だしの1枚は、というと、これまた、とても意外だったのだが、北海道・美瑛で写した黄昏の風景なのだ。 「去年までは1年の半分を海外で過ごしていたんですが、今年はこんな状況で、一気に国内取材が増えました。日本の森を回ってみると、楽しくて。森やきれいな水と空気。それはものすごく貴重な日本の宝。これまで、クジラとかを啓蒙的な意味合いを持って撮影していましたけれど、それ以上の意味を持つと思いました。今回の写真集はそのテーマに向けての第一歩でもある」  冒頭、あとがきについて触れたが、ここではコロナ禍を背景に<「旅」をはじめとする自分自身の取材や仕事のしかたについて、じっくりと考えなおす時期>だったと書いている。その一つが温暖化への影響だ。  2000年以降、南極半島では温暖化の影響が目に見えるかたちで進んだという。その現場に水口さんは通ったわけだが、「ぼく自身がめちゃくちゃCO2を出して自然に影響を与えている。年に何十回も海外に行くんですよ。空撮だ、といって、ヘリや飛行機を使う。サファリカーを乗り回す。ですから、普通の人よりもCO2をはるかに出している」。  コロナをきっかけに国内に向かい始めると、そこには興味深いテーマがあった。エネルギーをあまり使わない取材方法にも合致していた。 「実は、この写真集はそんな大きな過渡期の1冊になったとも思っているんです」                   (文・アサヒカメラ 米倉昭仁)
アサヒカメラ写真集動物動物写真環境問題
dot. 2020/11/18 19:00
ぎんなんが臭い!ちょっと謎なその理由とは?美味しいけれど毒があるって本当!?
ぎんなんが臭い!ちょっと謎なその理由とは?美味しいけれど毒があるって本当!?
黄金色に輝くイチョウと銀杏(ぎんなん)の季節です。ぎんなんといえば、おそろしく強烈な臭(にお)いを発することで知られています。これはいったい何のためなのでしょうか。うっかり踏んでしまったときの対処法は? 固い殻からあらわれる、ぷりっとした黄色い粒! 旬のぎんなんは、美味しくて栄養もたっぷりです。ところが、ぎんなんには毒があるって本当!? その成分は人間にとって臭いテロ!?踏んだ靴はどうすれば… ぎんなんは、イチョウの種子です。私たちが美味しく食べている黄色くて丸っこい粒は、いわれてみればたしかにタネっぽいですが…白くて固い殻や、それを包んでいる果肉のようなやわらかい部分が「タネの皮」だなんて! なんと、まるごと1つの種子、だったのですね。 強烈な臭いを発しているのは、果肉みたいな種皮。道を歩いていてこの独特な臭いがしてくると、たいていの人は息を止めて一目散に通りすぎていきます。あまりの臭さに一瞬気絶する、という人も!? ぎんなんが実るのは雌木だけなので、街路樹などにはイチョウの雄木だけが使われることも多いそうです。そもそもこの悪臭の正体は? ぎんなんのニオイ成分は、おもに「酪酸(らくさん)」と「エナント酸」の2つです。 酪酸は蒸れた足の臭いのような、人間から出る排泄物系の臭い、そしてエナント酸は腐った油の臭いのような、腐敗臭を発します。排泄物に腐敗物がブレンドされた、人間的にはできれば避けたい種類の悪臭です。もしお散歩でうっかりぎんなんを踏んでしまったら、 臭いを定着させないように、一刻も早く洗い落としましょう! 腐臭のもとは酸性なので、重曹をふりかけるか重曹水にしばらく漬けるとよいそうです。この靴捨てようか…と諦める前にぜひお試しください。 2012年、反捕鯨活動で知られるシーシェパードが、南極海で活動中の調査捕鯨船に「強い異臭を放つ薬物入りの瓶」を投げつけて妨害した、というニュースがありました。その薬物こそ、酪酸だったのですね。人の活動にダメージを与えるほど強力な悪臭成分、ぎんなんの臭いは、私たちに生理的な危機感や恐怖さえ感じとらせているのかもしれません。 動物退散!! イチョウは臭い作戦で太古から生き残ってきた? ぎんなんの種皮は、おそろしく臭いばかりか、肌に触れるとかぶれることがあります。拾うときは素手ではなくビニール手袋などをつけてくださいね。 それにしても、黄色く目立ってジューシーで、まるで「美味しいから食べて♪」と誘っているように見せかけながら、近寄ると臭くて有毒成分さえ含んでいるという、この謎対応。たいていの野生動物は、臭いに怯えてピュ〜と退散! サルはキャッと悲鳴を上げるレベルといいます。そんなことで植物として繁殖できるの!? じつは、臭さにひるむことなくぎんなんを食する動物が、少数ながら存在するようです。胃の中からたくさんのぎんなんが発見されたタヌキの例も。何でも食べちゃう雑食王として知られるタヌキですが、ぎんなんを好んで食べているのか単に分け隔てなく食べているのかは、不明です。 一説には、イチョウがぎんなんから悪臭を発するのは、根こそぎ食べ尽くされないようにするためともいわれています。たしかに、もしぎんなんがいい香りだったら…サルたちが集団でやってきて根こそぎかぶりつき、種は全部その辺に捨てられて広がらなかったかも? イチョウは、2億年を生き残ってきた最古の木で「生きた化石」と呼ばれています。繁殖するためにターゲットを絞って食べてもらう「臭い作戦」が成功した証しでしょうか。 恐竜はぎんなんが大好物で、皮ごとモリモリ食べていたようです。フンと一緒に種があちこちにばらまかれ、イチョウは繁殖! 氷河期に恐竜とともに絶滅しかけましたが、中国の一角で生き残ったただ1種類のイチョウが、驚きの生命力で世界中に増え育ち、現在に至ったといわれています。 日本では、お寺や神社にイチョウの古い木が多いことから、まず薬として中国からぎんなんがお坊さんによってもたらされ、お寺などを中心にまかれた種が育ち、日本中に広まったのではと考えられています。ヨーロッパに伝わったのも、江戸時代に日本に来た博物学者ケンペルが長崎の出島で初めてぎんなんを食べ「この松の実のような味がする実がなる木を、ぜひ見たい」と切望したのがきっかけ。街路樹として世界で大活躍しているイチョウですが、その始まりをつくったのは、ぎんなんの魅力だったのですね。 毒があるって本当!? レンジで簡単♪旬の一粒を味わいましょう ぎんなんを一度に多く食べて、おう吐、下痢、呼吸困難、けいれんなどを起こす「ぎんなん中毒」の事故は、けっこう多いのだそうです。41歳の女性がぎんなんを60粒(すごく美味しかったのでしょうね…)食べて4時間後に、おう吐・下痢・めまい・両腕のふるえ・悪寒などを起こしたという症例もあります。 ぎんなん中毒は、「ビタミンB6欠乏症」によって起こると考えられています。ぎんなんにはビタミンB6にそっくりな構造をもつギンコトキシンが含まれていて、体内に入るとビタミンB6になりすましてじゃまをするようです。ぎんなんを大量摂取すると、ビタミンB6の「脳を鎮静状態に保つ」ための作用がじゃまされるので、脳は興奮状態となり、けいれんが起きたりするのですね。ぎんなんを食べてしばらくしてから不調を感じたときは、早めに医療機関を受診するようにしましょう。 ぎんなん中毒は加熱などでは防止できないため、食べる量を自制するしかありません。「ぎんなんは年齢の数より多く食べてはいけない」という言い伝えもありますが、ご長寿なら食べ放題というわけでもなさそうです。ビタミンB6は、鶏のささみやマグロ、ニンニクなどに多く含まれている栄養素。その人のビタミンB6の欠乏状態によって、同じ数のぎんなんを食べても症状のあらわれかたは違ってきます。 また、幼児の場合は数粒で中毒症状が出ることもあるので注意が必要です。ぎんなんの風味はこども向きではありませんが、家族の茶碗蒸しからいくつももらったり、おつまみに手を出したりして思いがけず大量摂取することもありえますから…。 焼いても揚げてもお吸い物に入っていてもうれしい、旬のぎんなん! 生命力がぎゅっと詰まった1粒を、大切に味わいたいですね。もっとも簡単な食べ方は、封筒に入れてレンジでチンする調理法です。殻をたたいて割り、紙の封筒にひとつまみの塩と一緒に入れて口を数回折り、電子レンジで1〜3分加熱するだけ。1分くらいずつ焦げ目の様子を見て加減しながら加熱すると、美味しくできますよ。 イチョウ並木も地域によっては、いよいよ見ごろに。黄金色に包まれてのお散歩も楽しみですね。 <参考サイト・文献> 『「酪酸」のにおい (江頭靖幸教授)』/東京工科大学 『ギンナン』/東京都福祉保健局 『イチョウの大冒険 ー世界でいちばん古い木』アラン・セール(冨山房インターナショナル) 『イチョウの絵本』濱野周泰/編(農文協) 『僕らが死体を拾うわけ』盛口満(どうぶつ社) 『毒 青酸カリからギンナンまで』船山信次(PHP文庫)
tenki.jp 2020/11/17 00:00
コロナ後も「新たな感染症は必ず見つかる」 野生動物と人の生活圏が重なり危機はすぐそこに…
川口穣 川口穣
コロナ後も「新たな感染症は必ず見つかる」 野生動物と人の生活圏が重なり危機はすぐそこに…
AERA 2020年8月31日号より  新型コロナの猛威に震える世界だが、次の新興感染症のリスクも身近に迫っている。長い歴史の中で知られることのなかった新たな感染症が、近年次々広まる背景には何があるのか。AERA 2020年8月31日号で専門家らに取材した。 *  *  *  新型コロナウイルスよりも致死率の高い、正体不明の肺炎が流行している──。  7月9日、在カザフスタン中国大使館が突如、ホームページ上にそんなメッセージを掲載、カザフスタン在住の中国人に注意を呼び掛けた。同じ日までに同国で発表されていた新型コロナウイルスによる死者は250人程度だったが、この「謎の肺炎」では1月以降1700人以上が死亡しているとしており、大きなニュースになった。  一方で、複数の中央アジア関係筋はうがった見方で証拠もないとしつつ、こんな見解を示す。 「新疆ウイグル自治区で新たな感染症が発生して、その責任を国境を接するカザフスタンに押しつけようとしたのではないか」  実際、国際感染症学会が運営する感染症モニタリングサイトProMED-mailを引用した一部報道によると、カザフスタン国境に近い新疆ウイグル自治区のチョチェク市の病院で6月、感染性肺炎の集団感染が発生し、患者や医療スタッフが隔離されたという。また、関連は不明だが、同市では6月初旬、鳥インフルエンザによるガチョウの大量死が報告されている。  結局、「謎の新型肺炎」騒動はカザフスタン保健省がフェイクと否定し、WHOも新型コロナの見落としか通常の市中肺炎ではないかとの見解を示したことで事実上終息した。新疆ウイグル自治区での集団肺炎の真偽も明らかでない。しかし、コロナ禍のさなかでの新たな流行病の恐怖に世界がざわついた。  近年、新型コロナに限らず、次々と新たな感染症が出現している。コロナウイルス関連では重症急性呼吸器症候群(SARS)と中東呼吸器症候群(MERS)が知られ、2009年にはブタ由来のインフルエンザのパンデミックが起きた。今年8月には中国で「新型ブニヤウイルス」による死者が増えているとの報道もあった。これは日本でも60人以上の死者を出しているマダニ由来の感染症「重症熱性血小板減少症候群」のことで今年新たに出現したウイルスではないが、00年代以降に発見された新興感染症のひとつだ。  なぜ、長い歴史のなかで知られていなかった新たな感染症が次々に生まれるのか。また、新型コロナの「次」の新興感染症の危機は迫っているのだろうか。パンデミックインフルエンザウイルスの出現機構を解明したことで知られる北海道大学人獣共通感染症リサーチセンターの喜田宏特別招聘教授はこう話す。 「近年発生する新興感染症はどれも、ヒトとそれ以外の脊椎動物の両方に感染する人獣共通感染症です。人口爆発に伴う森林伐採や灌漑(かんがい)などで地球環境が激変し、野生動物と家畜やヒトの境界がなくなった結果、1970年ごろから次々に新たな感染症が生まれるようになりました」  野生動物とヒトの生活空間が重なり接触機会が増えたことで、動物のウイルスの一部がヒトに感染するようになったのだ。  人獣共通感染症の原因となるウイルスは、自然宿主と呼ばれる野生動物と共生している。自然宿主には無害だが、中間宿主となる家畜など別の動物に感染すると、宿主の身体で増殖しやすいウイルスが優勢になり、人間にも感染することがある。  インフルエンザを例にとると、自然宿主であるカモが越冬のためシベリアから南へ飛来し、糞便と共に排泄されるウイルスが水を介して別の鳥や動物に感染する。ウズラなどキジ科の陸鳥に感染したあと、ニワトリに広がって感染を繰り返すと、全身で増殖する高病原性鳥インフルエンザウイルスが生まれる。また、鳥とヒトのウイルスにブタが同時感染し、遺伝子再集合という仕組みによって新たに生まれるのがパンデミックインフルエンザウイルスだ。09年の「新型」をはじめ、過去のパンデミックインフルエンザはいずれもブタ由来と考えられている。  新型コロナも、コウモリだとされる自然宿主から中間宿主を経てヒトに感染するウイルスとなった可能性が高い。中間宿主はセンザンコウやヘビだとする説があるが、確定していない。ただし、特異な点もある。 「ヒトで流行するようになったばかりのウイルスは普通、伝播性は高いものの体内での増殖は緩やかです。ヒトからヒトへ感染を繰り返すうちに増殖しやすいウイルスが選ばれる。しかし、新型コロナは当初からヒトで増殖しやすく、病原性の高いウイルスでした」(喜田特別招聘教授)  インフルエンザなどの知見をもとに考えると、新型コロナウイルスは1月以降武漢で流行した段階で、既にヒトからヒトへの感染を繰り返していた可能性を示唆している。 「中国圏は新型コロナのほか、SARSや過去のパンデミックインフルエンザであるアジア風邪、香港風邪などの発生源となってきました。これは、生きた鳥や野生動物を扱う市場が多くあり、自然宿主から中間宿主、ヒトへのウイルス感染が起きやすい環境だからです。さらに、動物が持つ未知のウイルスは無数にある。今後も新たな感染症は必ず生まれます」(同)  新たに生まれた感染症はいったん流行が収まっても終わりではない。より大規模に再流行したり、別の地域で発生したりする再興感染症となりうるのだ。1976年にスーダンで初めて流行したエボラ出血熱は、今もアフリカ各国で流行を繰り返している。13~14年の流行では西アフリカで1万人以上が死亡した。アフリカで発生して世界に広がったウエストナイル熱は00年代に入ってアメリカとカナダで流行し、600人以上の死者を出している。人類が闘うべき感染症は増え続けている。  一方、有史以来人類が根絶に成功した感染症は天然痘のみ。WHOは次の目標としてポリオと麻疹の根絶を目指すが、これら三つはヒト独自の感染症だ。 「人獣共通感染症はヒトでの流行が収まっても、自然界でウイルスが受け継がれるため根絶できません。発生を予知して被害を食い止める先回り対策しかない。既に知られた感染症は自然宿主と伝播経路を突き止め、モニタリングして発生に注意を払うこと、未知のものは野生動物が持つウイルスの遺伝子と実験動物に対する病原性を網羅的に調べ、結果をデータベース化しておくことが必要です」(同)  北海道大学人獣共通感染症リサーチセンターでは海外の研究機関とも協力し、野生動物から網羅的にウイルスなどの微生物を分離、ライブラリー化を進める。分離したウイルスを実験動物に感染させ、病原性を示したものが次の新興感染症の「第1候補」だ。これまでに、マウスで致死性を示す新型のアルファヘルペスウイルスがインドネシアのオオコウモリから、クリミアコンゴ出血熱に似た症状を起こす新型のナイロウイルスがザンビアのキクガシラコウモリから、ヒトとコウモリのウイルスが遺伝子再集合して生まれたと見られるオルソレオウイルスがザンビアのブタの糞便から見つかった。これらのウイルスなどが近い将来、猛威を振るうかもしれない。世界はいま新型コロナ一色だが、新たな感染症も迫っている。(編集部・川口穣) ※AERA 2020年8月31日号
新型コロナウイルス
AERA 2020/08/28 09:00
<ライブレポート>和楽器バンド コロナ禍で揺らぐ有観客ライブのこれからに大きな足跡を残す
<ライブレポート>和楽器バンド コロナ禍で揺らぐ有観客ライブのこれからに大きな足跡を残す
<ライブレポート>和楽器バンド コロナ禍で揺らぐ有観客ライブのこれからに大きな足跡を残す  和楽器バンドが新型コロナウイルス感染拡大後としては初となるアリーナ規模での有観客ライブ【真夏の大新年会2020 天球の架け橋】を2020年8月15日、16日に横浜アリーナで開催した。本レポートは公演2日目の模様をお伝えする。  開演時間の16時ぴったりに暗転すると、本来であれば、大好きなメンバーの名前を呼んだり、黄色い声が会場内に響いたりする場面が見られるはずだが、会場にいた観客全員がその気持ちをグッと抑えて、代わりに拍手やペンライトでライブの幕開けを出迎えた。野生動物や山や森、地球といった自然写真を背景に<鬼さんこちら>というコーラスが響き、幕が落ちると、スタンバイしていたメンバーたちが現れ、オープニング映像からそのまま「IZANA」へ。ステージ中央で神々しく歌う鈴華ゆう子(Vo.)が作詞・作曲したこの曲は、古事記を元に壮大なファンタジーの世界観が展開するが、自然災害など運命に抗えず起こる別れによって苦しんでいる人達を癒やすことを願って書かれたものでもある。新型コロナウイルスという未曾有の事態に世界が混沌に包まれているが、その状況に光を射す一曲だろう。  和楽器バンドは、新年の挨拶とその年の意気込みをファンに直接伝える恒例のライブ【大新年会】をデビュー当時から行っていたのだが、今年は直前で中止が決定。会場の客席を半分にして開催された本公演は国内外で有料配信もされ、ファンは会場もしくは画面越しと、それぞれがライブ参戦方法と楽しみ方を選んだ。今回のセットリストは、中止決定前に決まっていた内容で、ステージ上のパフォーマーを最低限にするなど、ガイドラインに沿ったうえで最大限できる演出で繰り広げられた。  海外進出第一弾シングル「Ignite」では、炎が勢いよく焚きつけられ、一気にヒートアップ。和太鼓やベースの鼓動を肺の辺りでドンドンと感じることができたのだが、これは久しく忘れていた感覚だ。いたるところで紫色や白色のペンライトが輝き、楽器移動が難しい黒流(和太鼓)と山葵(Dr.)、いぶくろ聖志(箏)以外の亜沙(Ba)や神永大輔(尺八)ら前方メンバーは、ステージの端まで、行けるところまで走り回った。  ポップな「World domination」でペンライトを先導したり、<おりゃさ>のリズムに合わせてジャンプを煽ったりと、掛け声NG、シンガロングNGでありながら、ソーシャルディスタンスを取ったおかげか、観客は両隣・前後を気にせず思いっきり腕を振ることができたため、いつものライブと変わらずかなりの運動になったはずだ。実際、ライブ終了後に汗だくになっている観客を何人も見かけた。  全体的な映像演出では、前述のような自然写真や、数百年前のものと思われるような日本の風景が多数使われており、終始、ザ・日本を感じるライブであったが、「シンクロニシティ」ではブルージーな町屋のギターと力強い蜷川べにの三味線がいいスパイスになっていた。ステイホーム期間中はほとんど動かなかったと話す町屋が、タガが外れたようにステップを踏む姿を目にして、思わず口元が緩んだ。  黒流と山葵による和太鼓&ドラムの対決コーナーでは、ファンも嬉しい写真&動画撮影OKの時間が設けられ、アイドル並みのポーズやご自慢の筋肉を見せつけた。そして、ここからライブ終盤に突入。鈴華は扇子をペンライトに持ち変えて、オーディエンスを先導し、「雪影ぼうし」から「地球最後の告白を」、そして本編ラスト「情景エフェクター」へと流れる。鈴華はMCで、ライブ直前まで不安でいっぱいで、再び公演中止になる可能性が十分あることも覚悟していたと話していたが、<君がいるのならば ここで歌ってもいいかな>という歌詞が、まさにその気持ちを代弁しているかのようだった。筆者の席から観客の表情を観ることは難しかったが、ぴょこぴょこと上下に動く肩や後ろ姿だけでも、みな心の底から楽しんでいることが伝わってきた。きっと、ステージ上にいたメンバー達は、マスクでオーディエンスの顔半分が隠れてしまってはいるものの、喜びを十分に感じ取れたのではないだろうか。  誰一人声を上げることなくマナーを守ってメンバーを見送りつつ、即時にクラップで再登場を待ち望む。いつしかアンコール待機中の定番となっていた「暁ノ糸」の大合唱が今回はリモート映像で再現された。映像は全国から集まった歌唱映像を繋げたものだ。そして「ありがとうございます!」と清々しくメンバーが再登場。鈴華は「昨日は90%くらい不安でステージに立っていましたが、たった一日で気持ちの変化がありました。たった昨日のことなのに、今日は全く違うステージで歌っているような気持ちにさせてくれたのは、皆さんでした。幕が下りた瞬間から皆さんから毅然とした意志が伝わってきて、これは今までのステージで感じた大歓声や拍手、ペンライトからは感じられない初めての経験でした。人間って声とか表情以外にも伝えられる力を持っているんですよ!」と従来のライブとは違う雰囲気のなかに発せられるエナジーがあったことを告白しつつ、「これからも『ライブをします』と発表していきます。ライブが急に中止になることもあるかと思いますが、やるという意思は常に発信していきたいと思っています。明日以降もよろしくお願いします!」と意思表示をした。  そして、自粛中に書き上げ完成させたニュー・アルバム『TOKYO SINGING』から、配信がスタートしたばかりの新曲「Singin’ for...」をファンへプレゼント。山葵が作ったロックチューンは、出だしからアンセム感が炸裂する。アップビートに負けじと、オーディエンスも小刻みにペンライトを振り返し、<いつまでも歌うよ何度でも I’m singin’ for you and me>と先ほどの決意を再度伝えた。最後は「千本桜」で盛大に締めくくり、自粛後初のアリーナクラス有観客ライブとして有終の美を飾った。  なお、本公演はコロナ禍で苦境に立つ日本の伝統芸能文化をサポートする“たる募金”プロジェクト第一弾として、廃業を発表した津軽三味線老舗メーカーである東京和楽器への支援寄付が行われ、会場に設置されたたる募金箱には2日間で約150万円、オンライン配信の課金システムでは約65万円が集まった。この支援はウェブサイトで引き続き受け付けている。 Text by Mariko Ikitake Photos by KEIKO TANABE ◎【真夏の大新年会2020 天球の架け橋】セットリスト ※2020年8月16日(日)公演 1. IZANA 2. Ignite 3. Valkyrie-戦乙女- 4. いろは唄 5. セッション1(町屋・いぶくろ・蜷川) 6. World domination 7. 起死回生 8. オキノタユウ 9. セッション2(鈴華・町屋・黒流) 10. Break Out 11. シンクロニシティ 12. ワタシ・至上主義 13. 和太鼓ドラムバトル 14. 雪影ぼうし 15. 地球最後の告白を 16. 情景エフェクター <ENCORE> 17. 暁ノ糸 18. Singin’ for... 19. 千本桜
billboardnews 2020/08/18 00:00
覚悟とギリギリの判断。写真家・前川貴行が語る野生動物への向き合い方
米倉昭仁 米倉昭仁
覚悟とギリギリの判断。写真家・前川貴行が語る野生動物への向き合い方
ホッキョクグマ(カナダ・ハドソン湾)。「この親子のポジフィルムをルーペでのぞいているとき、ひょっとすると僕たちと野生動物との間に、僅かながら接点があるのではないかと考えるようになった」(前川さん)■キヤノンEOS-1N HS・EF300mm F2.8 L IS USM・プロビア・絞り開放・1/60秒  動物写真家の前川貴行さんが、世界各地で出合った野生動物をまとめた写真集『SOUL OF ANIMALS』(日本写真企画)を出版した。  本書は写真雑誌「フォトコン」(同)で2011年から今年まで通算約7年にわたる同名のフォトエッセーを編んだもの(現在も連載中)。A5判、304ページに写真と文章が収められている。手にすると小版型ながらも黒を基調としたデザインと相まって、ずっしりとした重みが伝わってくる。  これまで大型の写真集を出してきた前川さんにとって、このようなスタイルの本を出すのは初めてという。 「小さなサイズで分厚い本にしよう、というのは藤森邦晃編集長のアイデアなんですが、写真集として作品を見てもらえるだけでなく、読み物としても楽しんでいただけるしっかりとした本にしました」(前川さん、以下同)  見開き写真にエッセーを綴った一話完結の構成なので、気の向くままにページをめくり、どこからでも気軽に読めるのが楽しい。 コシジロハゲワシ(ケニア・マサイマラ国立保護区)。「生と死が交錯する瞬間にいたるところでぶつかる。そのたびに思うのは、他の命の犠牲の上に、自分の命が成り立っているという厳然とした事実だ」(前川さん)■キヤノンEOS-1D MarkV・EF300mm F2.8 L IS II USM・ISO100・絞りf8・1/3200秒 新しい動物がぽんぽん撮れるわけじゃない  ソフトカバーの表紙に指をかけ、パラパラと300超のページを一気にめくってみる。よくもまあ、これだけの動物を撮ったものだ。ホッキョクグマ、マウンテンゴリラ、オジロワシ、ザトウクジラ……。計76種。  これまで、さぞかし多くの国を訪れたと思いきや、「15、16カ国くらいじゃないですか」。意外と少ない。(写真集では全部で12カ国)。 「動物写真って、ぽんぽんと新しいものが撮れるわけじゃないんですよ。だから、同じ地域を繰り返し訪れる。例えば、ボルネオ島にオランウータンの撮影に行くにしても1回では終わらなくて、何回も通って写真を撮りためていく」  次々と現れる作品からは「この動物を見てみたい、写してみたい」という、真っすぐな子どものような好奇心が伝わってくる。密猟者に殺され、茶色い骨になったマルミミゾウなど動物保護区の裏側の風景も写しているが、これまでの前川さんの写真集とは違ったやさしさが感じられる。野生動物と向き合う作者の原動力に触れた気がした。 チンパンジー(ウガンダ・キバレ国立公園)「僕にできることは、けっして自分が脅威にならないという念を発しながら、そばに居続けることだけだった」(前川さん)■キヤノンEOS-1D X・EF16-35mm F4 L IS USM・ISO2500・絞り開放・1/125秒 「傑作をものにしたい」熱い気力が満ちあふれていた  エッセーは26歳でこの道を志した前川さんの動物写真家人生の集積でもある。作者の生い立ちや創作の内側などを綴っている。自らの身辺を見つめるなかで、「自分が動物を撮る」ことの意味を問う。「動物写真家」とはどんな職業なのか? ページをめくると、変わりゆく撮影に対する心持ちの道筋をたどるような気分になる。  連載第一回目を再録した本書の出だしは「ホッキョクグマ」の親子。若き動物写真家が初めて取り組んだ被写体。気持ちが先走っていた。 <傑作をものにしたいという熱い気力だけは満ちあふれていた。どんな写真を撮るのかあれこれ考えたが、これだという揺るぎない答えが出る訳もなく、ただがむしゃらにシャッターを切った>  ところが、中盤に差しかかると、こんな文章が目にとまる。たぶん、書いたのは40代後半だろう。 <だんだんと、撮ることの意味とかに、あまり重きを置く必要がないかなと思うようになった。撮りたいから撮る。腹が減るから食う>(アカビタイキクサインコ)  カメラを支える肩から力が抜け、写真家としての円熟味が増している。四十にして惑わず、の境地だろう。 そばにいることを少しだけ許容してくれるときが訪れる  一貫して変わらない思いにも気づかされる。最初はやはりホッキョクグマ。 <この親子のポジフィルムをルーペでのぞいているとき、ひょっとすると僕たちと野生動物との間に、僅かながら接点があるのではないかと考えるようになった。(中略)ただの思い込みにすぎないにせよ、このとき以来、その考えは動物と対峙するさいの根底を成している>  野生動物の写真を撮ること、それは彼らとの「接点」を模索することだという。それが目の前であろうと、はるか遠くであろうともだ。 <目には見えない意識を交錯させてコミュニケーションをする。分かり合えるなんて思いはしないが、長い時間を共有すると、そばにいることを少しだけ許容してくれるようになる。変化が訪れるのだ。それこそが野生動物を相手にする上で、最も重要なことかもしれない>(エゾクロテン) ニホンツキノワグマ(福島県・会津地方)。「やはりクマはいい。人を謙虚にさせる。それまで培ってきた自信など、ものの見事に粉砕されてしまう」(前川さん)■キヤノンEOS-1D X Mark II・EF24-105mm F4 L IS II USM・ISO400・絞りf5.6・1/160秒 毎回ギリギリの判断をしながら接近していく  しかし、そこには常に葛藤がある。彼らの世界に「どこまで踏み込むか」。 「例えば、貴重な種であればあるほどその動物を保護しなければならないわけです。でも、ぼくの仕事はただ遠くから見守るだけじゃなくて、ある程度切り込んでいかなくてはならない。その過程で必ず何らかのストレスを動物に与える。なかなかリスキーなことだと思っています」  見方によっては好ましくない行為であり、実際にそれを指摘されることもある。 「でも、『動物を守る』ことだけを考えて、物理的にも精神的にもすごく距離をおいて撮ったところで、写真として何の意味もなさない。ぼく自身の命をかけて撮るというか、魂がこもったものでなかったら写真家なんてやっている意味はないと思うんです」  危険でないか、動物に過度なストレスを与えないか、毎回ギリギリの判断をしながら接近していく。 「例えば、オランウータンのでっかいボスに近づいていって、嫌だなと思われたら殴られる。そういう結末になると思うんですね。それはまだいいかな、と思って」 サブタイトルに込められた覚悟  実際、「ツッコミすぎちゃうこともある」と言う。  その結果、ニホンイノシシに「尻やふくらはぎを何度か噛まれ」、ヤクシマザルの「オスたちに取り囲まれ、叩かれたりもする」。 <そんなときは逆らわず、じっと動かずされるがままにしている。そうすると大抵の場合、危険なやつでは無いとサルたちに伝わり、ある程度のことは放っておいてくれる。その上で、様子を見ながらシャッターを切っていく>(ヤクシマザル)  プロ、アマチュアを問わず、野生動物の撮影に対してさまざまな意見があることは承知している。その上で、最終的に自分で決め、責任を持った行動しなくてはならないと言う。  本書のサブタイトルは「肉体の奥に秘められた魂に焦点を合わせる」。そこには前川さんの覚悟が込められている。                   (文・アサヒカメラ 米倉昭仁)
アサヒカメラ動物写真
dot. 2020/08/06 17:00
「崖の上のヤギ」のコラボグッズも出現で地域活性化?飼い主は「前より毛並みいい」
菊地武顕 菊地武顕
「崖の上のヤギ」のコラボグッズも出現で地域活性化?飼い主は「前より毛並みいい」
小雨の中、姿を現したヤギの「ポニョ」(7月17日、菊地武顕撮影)  千葉県佐倉市で飼われていた子ヤギが柵を乗り越えて逃げ出し、京成電鉄の線路沿いにある急斜面の擁壁に住み着いたことが話題になっている。危険極まりない場所と子ヤギの愛らしさの対比が、人気の秘密なのだろうか。この目で確かめるべく、記者は現場に向かった。  京成船橋駅で尋ねてみたところ、駅員は丁寧にヤギが住みついた「崖」の場所を教えてくれた。 「一番近いのは、臼井駅です。といっても、かなり歩きますよ。電車の中から見るのもいいんじゃないですか。佐倉駅に向かう途中、左側に風車が見えてきます。その反対の右側にいます」    記者は駅員の助言を無視し、臼井駅から歩いてみた。そぼ降る雨の中、30分弱。ようやく話題の擁壁に着いたが、ヤギがいない!!  「高さ20m、幅400m」(京成電鉄広報部)の広大な斜面を凝視しながら2回往復したが、いない。  ひょっとして早朝のうちに緊急捕獲された? 必死にスマホで検索をかけるが、そうした報道はない。  あきらめてスマホから目を上げたところ、白いものが視界に。どこから現れたのか、草の下で雨を避けながらジッとしている。  見物人は増えてきたが、動きのなさに失望。50代女性が「せっかく来たんだから、出てきて欲しい。でも雨だからかわいそう」と矛盾したことを言う。  彼女たちのその願いが届いたのか、単に腹が減ったのか、ヤギは急に動き出した。草の生えているところを何カ所かピョンピョンと飛び跳ねて移動し、食む。確かにかわいい。  だが、現場は急斜面の崖で、すぐ横には電車が行き来する線路。事故の危険はないのだろうか。成田の猟友会に所属しているという60代男性は「滑ったり転んだりしたらどうすると心配する人もいるけど、それは野生動物を知らない人。落ちたりしないよ」と言い切った。    ヤギの脱走について、飼い主の60代男性を直撃した。 「私は5町(1万5000坪)の田んぼを持ってまして、20年前から草刈りの代わりにヤギに草を食べさせてきました。これまで15~20匹を飼いました。最後のヤギが去年11月に老衰で死んだので、5月上旬に生後3カ月の雌を買ったんです。それが、5月中旬に1mの柵を超えて逃げ出した。大人のヤギでも越えない高さなのに。野生の遺伝子が強いんでしょう。そういえばなかなか懐かず、餌を持って行っても奥の方でジッとしていて寄ってこなかったし」  逃走の3、4日後、擁壁にいると通報があった。 「警察と消防レスキュー隊が捕獲しようとしたんですが、飛び回るヤギについていけませんでした。その後、市役所の人が『釣り上げる方法がある』と教えてくれて、竿とテグスを買っていざやろうとした頃、テレビやネットで話題になりました。ヤギを傷つけるような方法を取るのは残酷だという意見も出るだろうから、止めました」  結局、手を出せないままの状態が現在まで続いているという。佐倉市は7月15日、公式サイトに次のような見解を掲載している。 「飼い主と市による捕獲作戦の実施予定はありませんが、飼い主は餌による誘導やワナによる安全な方法での捕獲を検討し実施しており、市は飼い主からの相談に応じて専門機関等に知見を求めるなど、飼い主の捕獲活動のサポートをしています。今後は、ヤギのいる場所が京成電鉄の管理地であるため、飼い主、市、京成電鉄の三者で対応策を協議してまいります」  ところがこの間、複数の報道がなされたことも影響したのか、なぜかヤギの人気が急上昇。なんとTシャツやトートバッグなどのオリジナルグッズも販売され始めた。  市内の「そばカフェ301」渡辺和崇店長が、自ら風車、電車、ヤギをデザインした10点、市内の画家MyToshiさんとのコラボグッズ5点をオンライン限定で販売。売り上げの一部を「ヤギ対策費捻出」として市に寄付するという。 「2カ月前、常連のお客さんから話を聞き、準備を始めました。コロナ禍の中、久々の明るい話題として地域活性化につなげようと思ったからです。1週間に100点くらいオーダーをいただいています」(渡辺さん)  ヤギ対策費と呼ぶのは、捕獲だけではなく、ヤギの安全対策にも使って欲しいとの願いからだ。  飼い主の男性は渡辺さんのグッズから触発され、ヤギの名を「ポニョ」と命名。「逃がした責任は私にあります」ときっぱり言い切ったうえで、こう語った。 「ヤギの習性に詳しい方々から、いろんな捕獲方法の情報を提供していただいてます。たとえばヤギは群れて動く習性があるので、何匹かのヤギを擁壁に入れたら、そのヤギと一緒に戻ってくるのでは、とか」  一方で、複雑な心境も吐露した。 「あの場所だとストレスがないんでしょうね。毛並みもうちにいたときよりツヤツヤしてます。線路に落ちることはまずないでしょうし、軌道内には草がないからあえて入り込むこともないでしょう。あの場所でひっそりと寿命をまっとうしてもらうのもいいんではないかなあと思います」  取材を終え臼井駅に着いた記者。上りではなく下り電車に乗って佐倉駅方面に向かった。擁壁を通過するとき、ヤギは設置されていたハシゴを器用に下りるところだった。 (本誌・菊地武顕) ※週刊朝日オンライン限定記事
週刊朝日 2020/07/18 15:04
緊急対談!佐藤優VS香山リカ 「コロナ禍」という不条理
緊急対談!佐藤優VS香山リカ 「コロナ禍」という不条理
 大都市のロックダウンや外出自粛など、世界規模で大きな爪痕を残し続けているコロナウイルス。「コロナ禍」という不条理が社会にもたらす影響について作家の佐藤優氏と精神科医の香山リカ氏が語り合った。近く刊行される佐藤優・香山リカ『不条理を生きるチカラ コロナ禍が気づかせた幻想の社会』(ビジネス社)より内容の一部を抜粋する。 ■未来モデル「疫病の克服」は幻想だった!? 香山 先般、「AIに奪われる仕事、奪われない仕事」というのが話題になり、私もさかんに授業でその話をしてきたのですが、その前提としていたAI(人工知能)がマネジメントしてつくられる社会の「未来モデル」もご破算です。 佐藤 そうした「未来モデル」もコロナ禍で裏切られましたね。シンボリックなのは、この三月に、新型コロナウイルスの感染拡大でアメリカの株価が乱高下を繰り返したとき、自動売買するAIが“前例がない”値動きのために機能不全を起こしたことです。私たちの世界がいかに脆弱なシステムで動いているのかを示したと言えます。(略)  テレワークが一年続いたら、元の「九時~五時体制」には戻らないでしょう。テレワークの怖さは成果主義が進むことです。オフィスで机を並べていれば、「一生懸命やってるからいいか」と緩い評価にもなりますが、結果でのみ評価されるからです。会社は個人の就労時間を管理し切れず、無際限無定量に働いて成果を上げることが奨励され、極端な能力主義になっていくでしょう。 香山 CNNはいち早く「WFH(Work from Home)」という番組を立ち上げ、テレワークの仕方から問題点までを実際のレポートを通して伝えていますが、私の勤務する大学でもこれまで「デジタル?AI?邪道だ」とそっぽを向いていた教員がZOOMの使い方を覚えなければならなくなったり、夫がリビングを占拠して仕事をするので主婦の行き場がなくなってストレスからメンタルをやられたり、混乱が続いている印象です。その中で、いち早く適応し、成果を上げられる人は強いでしょうね。過剰な適応ぎみぐらいじゃないと、ついていけない。 佐藤 そう思います。また、次世代通信の5Gが一気に普及するでしょう。基地局を数多く設置しなければならず、日本では遅れると見ていました。しかし、このままテレワークが進むと需要が急増します。 香山 昨年、北京を訪れ、HUAWEI研究所のショールームで、5G技術のデモを見せてもらいました。遠隔医療、オンライン授業など、まさにこの事態を見越していたかのように5Gを前提に社会のインフラが組み直されているのを見て、日本の遅れを実感しました。でも、これで日本もそれに追随するしかなくなるのでしょうか。 佐藤 それ以外の選択肢はないと思います。はたして、このような危機的状況の中で、経済や社会の組み立てががらっと崩れてしまうのか。半年くらいで新型コロナ禍の嵐が去るならば、長く続いてきた制度が潰れることはないと思いますけれども、一年以上続けば、社会と経済の構造が大きく変化すると私は見ています。どちらのシナリオになるのか、現時点では何とも言えないというのが正直なところです。 ■コロナ禍によって「世界の景色」は変わる 香山 フランスの作家で佐藤さんもその作品『服従』の解説を書いているミシェル・ウエルベックは最近、友人への書簡という形で、「コロナの前から悪い方向への変化は止めようもなく始まっていた。コロナが起きたからといって一気に悪化するのではない。コロナの収束のあと、“前より少しだけ悪い社会”が実現するだけだ」とシニカルなことを言っています。  コロナ禍でウエルベックが言うように、「少しだけ悪い社会」が出現するのか、それともガラリを変わるのかは別として、「世界の景色」がこれまでと変わることは間違いないでしょう。問題はどれくらい、どっちの方向、つまり望ましい方向、望ましくない方向、どっちに変わるかということです。でもまあ、「望ましい」かどうかも、それが人間にとってなのか、動物や環境にとってなのかでずいぶん違いますよね。たとえば、人間が家にこもっている間、地球環境はずいぶん改善したと言われています。二酸化炭素排出量は抑えられ、野生動物が市街地の道路や公園を闊歩し、ベネチアの運河は透明度が増してゆったり泳ぐクラゲの姿がとらえられたりもしています。 佐藤 三月下旬、イスラエルの情報機関・モサドの元幹部から私に電話がありました。彼の話は興味深いもので「ポスト新型コロナ禍」の世界を考えるヒントになるのではないかと思います。今、イスラエルの商都テルアビブの町は、外出制限のために食品や薬品の買い物や通院で外出している人以外、誰もいない状態だといいます。イスラエルは三月中旬には全世界から原則、入国禁止にするなど厳重な防疫態勢をとっています。国民に向けては自家用車でやむなく外出するとき乗車できるのは二人まで、タクシーは後部座席に一人、公共スペースや職場などでは人と人との間隔を少なくとも二メートル空けるなど細かな制限が設けられ、違反者は刑罰に問われます。罰則付きの外出制限は他国でも行なわれていますが、イスラエルらしいと私が思ったのは、新型コロナウイルス感染者のスマートフォンにハッキングして行動を把握するというものです。侵入したスマホのGPS情報から、感染者がどこをどう移動し、誰に会ったのかがわかる。感染拡大の恐れがあると判断した場合、その人のスマホに警告を送るというのです。これは、議会の承認を経ず、ネタニヤフ首相の独裁で行なわれています。 ■戦前戦中の翼賛体制の再来か? 香山 政府はいまだにこの検査の遅れや極端な少なさの理由を「オリンピックもあって最初は増やせなかった」と認めることもなく、緊急事態宣言であいまいな自粛要請を続けるだけなのに、国民はそれに腹を立てることもなく、粛々と従っています。歴史の本で読んだ戦前戦中の翼賛体制もかくありなん、という感じです。 佐藤 歴史は反復するといわれますが、確かに香山さんの言うように、現在日本は日中戦争期の翼贅体制のような雰囲気になっています。翼賛とはもともと「天子(天皇)の政治を補佐する」という意味です。これは強制ではないという建前で、人々は自発的に最高権力者を支持し、行動することが期待されていました。その一方、期待に応えない者は「非国民」として社会から排除されました。あれから八〇年ほど経ちましたが、いまの日本人の反応は当時と非常に似ています。これは日本の国民的特質と言ってもいいかと思います。 香山 安倍総理は会見で「敬意、感謝、絆があればウイルスに勝てる」とまで言いました。そんな非科学的なことを言われたら、ふつうは「バカにするな」と激怒しそうですが、多くの人は「感動した」などと言う。そして、死活問題だからと自粛要請に従わずに営業している店を警察に通報する、「自粛警察」なる市民の動きも出てきています。 佐藤 いやな動きです。政府も無意識のうちにこの動きを利用しています。日本人の同調圧力を利用すれば、あえて法律や条例までつくる必要はないと考えているのです。 ■コロナ禍が再燃させた黄禍論 香山 さらに不安を覚えるのは、今回のコロナ危機を受けて、欧米諸国では、アジア人が差別を受けるという報道が見られることです。これはかつての「黄禍論」を思わせます。また過去の歴史をふりかえると、パンデミックをふくめて社会的大事件が勃発したときには差別が一気に表面化します。関東大震災の朝鮮人虐殺もこうして起きたのでしょう。 佐藤 不安心理の中で、どの国でも人種主義的発想が出てきます。中国共産党中央機関紙の「人民日報」に掲載された論評が興味深いです。同紙は、米紙ウォール・ストリート・ジャーナルが新型コロナウイルス関連記事で「中国は真の『アジアの病人』」との見出しを掲げたことに、「人種差別的色彩を明らかに帯び」、「人間として守るべき一線を踏みにじった」と指弾しました。この報道に対して、当のアメリカではカリフォルニア大学バークレー校のキャサリン教授がこう同調しました。「大手メディアがこのような考えを示すことで、世界にさらに多くの恐れと焦り、そして中国人その他アジア人に対する一層の敵意を引き起こしうる。これは極めて有害で間違ったことだ」 香山 アメリカの言論人にも反対する人がいることには救われますが、驚くべきことにその後、トランプ大統領自身が「ウイルスは中国の武漢の研究所から流出したものだ」と中国を標的に仕立て上げる発言を繰り返しています。また日本でも、櫻井よしこ氏や高須克弥氏、さらには自民党国会議員の山田宏氏が、執拗に「武漢肺炎」「武漢ウイルス」と表記し続けています。感染症に地名をつけて呼ぶことはやめるよう、2015年にWHOが勧告を出しているにもかかわらず、です。 佐藤 わが国に国際常識に欠けた政治家がいるのは残念なことです。二一世紀の現在になっても、米国で黄色人種が世界に禍いをもたらすという黄禍論が存在するのは、とても危険です。なぜなら肌の色は自分で選ぶことができないからです。人種間戦争などという妄想にとらわれるのではなく、今は人種や民族を超えて、新型コロナウイルスとの闘いに勝利することが人類の共通の課題です。欧米諸国とアジア諸国がいがみ合っていても誰も得をしません。ウイルスという目に見えない敵を克服するために、人種や民族にかかわりなく、世界のすべての人の英知を結集していくことが重要です。こういうときに人種的憎悪を煽ることは、厳に慎むべきです。 ■「優生思想」の台頭と「内面化」への傾斜 香山 ウイルスは差別しない、ともいわれます。人種や収入に関係なく、誰もが感染して命を落とす可能性は確かにある。国際的にもセレブや経営者で犠牲になった人もいます。しかし、その反動で、逆に優生思想が台頭するのではないかとも危惧しています。そんなに簡単に「誰もがコロナの前では同じ。だから同じなんだ」などと単純に思えるとはとても思えない。 佐藤 おしゃる通りです。密集したスラムに住んでいる人たち、医療機関にかかる経済的余裕のない人たちの方がコロナのリスクは高いです。もともと欧米社会には人種主義が根深く存在します。しかし、ナチスによるユダヤ人虐殺などから、人種主義は地中深くに埋め込まれました。それが今回のコロナ危機によって再び表にあらわれてきたということでしょう。もっとも、人種主義や優生思想は欧米に限ったものではありません。日本でも優生思想が強くなっています。一例をあげると、生物学者の福岡伸一氏が新型コロナウイルスに関して、「病気は免疫システムの動的平衡を揺らし、新しい平衡状態を求めることに役立つ。そして個体の死は、その個体が専有していた生態学的な地位、つまりニッチを、新しい生命に手渡すという、生態系全体の動的平衡を促進する行為である」と言っています。福岡氏は頭が良いので表現に気をつけていますが、これは選ばれた個体だけが生き残るということですから、明らかに優生論です。 香山 イタリアなど感染が激烈だった地域の病院では、人工呼吸器の台数が限られているときに誰を優先させるか、といった“命の優先順位”の議論も実際にあったようですね。 佐藤 福岡氏の議論はキリスト教の「二重予定説」とも類似しています。二重予定説とは、神の救済にあずかる者と滅びる者は予め選ばれているという考え方です。二重予定説に基づけば、神の意志はわからないので、誰が助かるかもわかりません。そのため、私たちにできることは、日々を一生懸命生きていくことだけということになります。アルベール・カミュの『ペスト』にも、イエズス会のパヌルー神父がペストを前にして、人々が悔い改めることが重要だと説く場面があります。死がコントロール不能だという事実に直面すると、人々はどうしても宗教やスピリチュアルに接近していくのです。イスラエルの歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリ氏も『21Lessons』の最終章で「瞑想」に言及していますが、現在のような状況が続く限り、人々が内面化していくことは避けられないと思います。 (構成・前田和男)
dot. 2020/06/08 08:00
英語圏リーダーたちの「コロナ禍での言葉」 英語から読み解く各国の事情
英語圏リーダーたちの「コロナ禍での言葉」 英語から読み解く各国の事情
AERA 2020年5月18日号より(写真:gettyimages)  ステイホームにロックダウン。毎日耳にするようになったコロナ禍の言葉。英国のエリザベス女王、米ニューヨーク州のクオモ知事、カナダのトルドー首相、ニュージーランドのアーダーン首相のそれぞれの言葉を、ジャーナリストで英語講師の鈴木あかねさんが英語の観点から読み解いた。 *  *  *  海外報道に触れることで多面的な情報収集ができることはもちろんだが、そのお国柄や背景も浮かび上がってくる。  世界各国が一斉に「拡大する新型コロナウイルスへの対処」という課題を与えられた状況で、各国首脳らのリーダーシップも比較された。ここでは政策の成否には触れず、英語圏のリーダーの言葉の力に注目した。  鈴木さんが指摘するのは「それぞれがナショナリズムをくすぐる表現を用いた」点だ。英国なら「プライド」、カナダは「思いやりと団結」、ニュージーランドは「親切さ」。 「行動制限を強いるにあたり『私たちならできますよね』と持ち上げながら、人々を励まし、不安を和らげ、勇気を与える。モチベーション管理のお手本のような言葉ですよね」  なかでも「今回は本気のスピーチだった」と鈴木さんが見るのが、英国のエリザベス女王。「プライド」という言葉を繰り返して、英国人の誇りに訴えかけた。 「EU離脱による英国分断への危機感も強かったのではないでしょうか」  自制心を持ち、静かに笑みをたたえて仲間を大事にする、まさにコリン・ファースが『ブリジット・ジョーンズの日記』などで演じたような「理想の英国人像」も垣間見える。  一方、米ニューヨーク州のクオモ知事は「逃げない」姿勢で市民の信頼を勝ち得た。移民歓迎国のカナダのトルドー首相は難しい単語を一つも使わず、誰にでも伝わりやすい言葉で協力を呼びかけた。  トルドー首相が説明する「ソーシャル・ディスタンシング」は、日本でもそのままカタカナになったほど一気に広がった。  もともとsocial distance(社会的距離)は社会学や文化人類学の用語で、social distancingは感染症の予防戦略を示す言葉として使われてきた。 「最近、physical distancing(物理的に距離を取る)のほうが適切なのでは、と世界保健機関(WHO)やワシントン・ポスト紙などが提案しています。“ソーシャル”はそもそも“人づきあいをする”というニュアンス。コロナ禍によるストレス下では、ネットや電話での交流はむしろ推奨されていますよね」  他にも海外報道を読む際に知っておいたほうがよい表現を一覧にした。  言葉だけでなく、その裏側にあるものにもぜひ、注目してみてほしい。 ●英語圏リーダーたちが発したコロナ禍での言葉 ――エリザベス女王が恒例のクリスマススピーチ以外で国民に語りかけるのは異例のことだった(以下、エリザベス女王) I hope in the years to come everyone will be able to take pride in how they responded to this challenge. みなさんがあとになってこの危機を振り返るとき、自分は正しく行動したと誇りを持てますように And those who come after us will say the Britons of this generation were as strong as any. That the attributes of self-discipline, of quiet good-humoured resolve and of fellow-feeling still characterise this country. 後世の人たちはコロナ世代の英国人もまた強かったと語り継ぐでしょう。自制心を持ち、静かだけれどいつも笑みをたたえつつ覚悟をし、仲間を大事にする気持ちこそが英国人気質なのですから The pride in who we are is not a part of our past, it defines our present and our future. 英国人としてのプライドとは英国の過去ではなく、いま現在、そして未来の私たちによって規定されるのです ――米ニューヨーク州のクオモ知事の支持率は新型コロナ以前は50%程度だったが、コロナ禍で77%に急上昇。次期大統領に、という声も出ている(以下、クオモ知事) I accept full responsibility. If someone is unhappy, somebody wants to blame someone, people complain about someone, blame me. There is no one else who is responsible for this decision. 私が全責任を取る。不満や他人を非難したい気持ち、苦情があれば、私を非難してほしい。私以外にこの決定に責任がある人物はいない ――カナダのトルドー首相は夫人のソフィーさんに陽性反応が出て、夫妻で自主隔離の措置をとった(以下、トルドー首相) I want to remind all Canadians that social distancing doesn’t mean we have to stop talking to each other. Pick up the phone, write an email, FaceTime. The strength of our country is our capacity to come together and care for each other, especially in times of need. So call your friends, check in with your family. Think of your community. Buy only what you need at the store. But if you’re heading out to grab groceries, ask your neighbour if you can get them anything. And if you know someone who is working on the front lines, send them a thank you. ソーシャル・ディスタンシングとは交際断絶という意味ではありません。電話、メール、テレビ電話をしましょう。カナダの強みは団結力と思いやりです、とくに危機の際にそれが発揮できることです。友達に電話してください。遠い家族の様子を聞いてください。地域社会を見回してください。食料品店では必要なものだけを買ってください。食品調達に出かけるなら近所の人にも何か必要なものはないか訊ねてください。前線で闘っている人(医療関係者)を知っていたら「ありがとう」の一言を送ってください ――ニュージーランドのアーダーン首相による新型コロナ対策の標語がこちら。「親切に」「家にいよう」「手を洗おう」が3本柱(以下、アーダーン首相) Be kind. We’re all in this together 親切にしよう。みんなで一緒に立ち向かおう ●英語でコロナを読む必須表現16 「英語で情報をとる人は米ジョンズ・ホプキンス大学のデータや英フィナンシャル・タイムズ(ウェブ版)の感染増加グラフをチェックしている」と鈴木さん。英語圏でのコロナ報道で使われる表現を紹介する。 cases【感染事例】 当初の報道では「感染者数」の意味で、casesの方が多用された。感染者の顔が見えるようになってからはCovid-19 patientなど「患者」という語も使われるようになっている。 Coronavirus, Covid-19 【コロナウイルス】 発音は「コロナ」ではなく「コローナ」。後者はコーヴィッド・ナインティーン。 death rate【死亡率・致死率】 fatality rate, mortality rateも同義。 essential workers【社会機能に必要不可欠な働き手】  国連の定義では医療従事者、水道電気、警察消防、食品、運輸など。英国ではkey workersという言い方も。 exponential【指数関数的】 コロナ感染者数が指数関数的に増加するため、各メディアは対数グラフを用いて、増加を説明。この言葉が頻繁に用いられた。 infection【感染】 コロナ感染拡大と言いたいときはシンプルにthe spread of coronavirusでOK。 lockdown【都市封鎖】 restrictions(外出制限)、travel restrictions(移動制限)もほぼ同義で使われている。 panic buying【買い占め】 トイレ紙だけでなく、パスタ、ラーメンなどが世界中の棚からなくなった。 pre-existing conditions【基礎疾患、既往症】 underlying conditionsも同義。 quarantine【隔離】 国が用意した施設などで留め置かれる状態に使われがち。自宅で自主的に隔離するのはself-isolation, home isolation。 social distancing【ソーシャル・ディスタンシング】 濃厚接触を避けるために人との距離をあけること。ディスタンシングのアクセントは冒頭の「ディ」。 Stay home【家にいよう】 ここでのhomeは副詞でgo homeと同じ用法。ただしイギリス英語ではstay at homeとatをつけるのが一般的。 trajectory【軌跡・軌道】 各国の感染数増加を示すグラフの「線」の部分をこう呼び、医療崩壊を防ぐためにflatten the curve(カーブを平らに)しなければならないという説明が各メディアで広まった。 work from home【在宅勤務】 「テレワーク」は使われない。学校閉鎖はschool closure。 Wuhan【武漢】 ここのwet market(野生動物を食品として売買する市場。常にフロアが濡れていることが語源とか)が感染源になったのではないかと非難する声も出ている。 PPE【保護具】 Personal Protective Equipmentの頭字語。face maskやsurgical gownなどが世界中の医療機関で不足している。 (編集部・高橋有紀) ※AERA 2020年5月18日号
新型コロナウイルス
AERA 2020/05/14 11:30
コロナショックで動物園休園  “パンダロス”を乗り切れ
コロナショックで動物園休園  “パンダロス”を乗り切れ
アドベンチャーワールドの彩浜(さいひん)=2月24日 (撮影/中川美帆) 神戸市立王子動物園のタンタン=2月2日 (撮影/中川美帆) 臨時休園している上野動物園。全国の動物園では休園が続く=3月21日 (撮影/多田敏男) 上野動物園の公式ツイッターではパンダの様子などを配信している ドイツのベルリン動物園のモンモン(夢夢、メス)と双子のモンシャン(夢想、オス)、モンユァン(夢円、オス) =2月9日 (撮影/中川美帆)  コロナショックの影響で全国の動物園が休園している。一番人気のジャイアントパンダに会えない「パンダロス」が長引く。ツイッターやユーチューブなどでパンダの様子を伝えるところも出てきた。暗くなりがちな今こそ、パンダで癒やされませんか。 「久々に会えてうれしかった」 「毎月の楽しみが彩ちゃんに会えること。ライブ配信でかなえられた」 「また会いに行ける日を楽しみに頑張ります」  こんなコメントが寄せられたのが、ユーチューブで3月18日に約1時間ライブ配信されたパンダ「彩浜(さいひん)」の動画だ。  和歌山県白浜町にあるテーマパークのアドベンチャーワールドは、新型コロナウイルスの感染防止のため、2月29日から3月22日まで休園していた。  休園中もパンダを見てもらおうと、仮想現実(VR)システムに対応した動画を用意。目の前にいるかのように楽しめるようにした。3月18日から毎日1回、午前11時から配信している。終了日は未定で、パンダの体調などにより配信できない場合もある。  写真共有アプリ「インスタグラム」でも、「ジャイアントパンダレクチャー 彩浜」という約12分の動画を3月16日から配信している。パンダの帽子を被った飼育スタッフが、竹やリンゴを食べる彩浜の元気な姿を披露。「現在の体重は56kg」「ミルクを1日3回飲んでいます」といった説明をしていた。  彩浜がプレゼントされたハート形の氷を割ってしまうハプニングもあり、臨場感にあふれている。ちなみにパンダはもともと寒いところで暮らしているので、氷は好物だ。  ライブ配信された時には、視聴者による「いいね!」のハートマークや、スタッフへの感謝のコメントがあふれた。再生回数は3月24日時点で2万6千回を超えている。  アドベンチャーワールドには、オスの永明(えいめい、27歳)とメスの良浜(らうひん、19歳)、娘の桜浜(おうひん、5歳)、桃浜(とうひん、5歳)、結浜(ゆいひん、3歳)、彩浜(さいひん、1歳)の6頭がいる。  その集客力は高く、全国からファンが集まる。“パンダジャーナリスト”の筆者も東京在住ながら、年間パスポートを購入している。  白浜町(人口約2万1千人)によると、2019年に町を訪れた観光客は約350万人に上る。一大観光スポットのアドベンチャーワールドは町の活性化にも貢献しているのだ。  コロナショックは観光産業に大打撃となった。ホテル・旅館の予約は減少し、南紀白浜空港と羽田空港との定期便も減便。「白浜の街は火が消えたようだった」(白浜町民)という。  アドベンチャーワールドは3月23日から営業を再開したが、利用できる施設は制限されている。桜浜、桃浜、彩浜の3姉妹がいるパンダ舎は、屋外の運動場だけ見られるようになっている。  日本でパンダを飼育しているのは、アドベンチャーワールド、上野動物園、神戸市立王子動物園の3園。  リーリー(力力、オス、14歳)、シンシン(真真、メス、14歳)、シャンシャン(香香、メス、2歳)の3頭がいる上野動物園は、2月29日から臨時休園している。これほど長く休むのは、2011年の東日本大震災以来だ。  上野動物園の入場者数は、17年6月のシャンシャン誕生をきっかけに大幅に増えていた。2018年度は496万9547人で、19年度は500万人達成が期待されていた。  シャンシャンは繁殖のため中国へ旅立つので、日本にいるのは今年末まで。残すところ10カ月弱。時間が限られているのに休園で、「パンダロス」がいつまで続くかわからない状況だ。  ファンの声に応えるべく、上野動物園もユーチューブやツイッターで写真や動画を連日配信している。音声入りなので、シャンシャンが竹をバキバキと割る音まで聞こえる。  3月19日に配信された動画は、シャンシャンの声が入った特別バージョン。動物園に行ってもガラスの向こう側にいるので、普段は声を聞くことができない。ファンにとっては貴重なプレゼントとなった。  王子動物園ではタンタン(旦旦、メス、24歳)が暮らす。屋内施設は3月31日まで閉鎖されているが、タンタンが外にいれば見ることができる。  パンダが最初に来たのは2000年。1995年に発生した阪神淡路大震災の復興のシンボルとして、中国からコウコウ(興興)とタンタンがやって来た。コウコウは繁殖できないこととがわかって中国へ戻り、代わりに来たオスは10年に死亡した。それから約10年間、タンタン1頭だけとなっている。  神戸市は中国野生動物保護協会とパンダの共同繁殖研究の協定を結び、タンタンを借りている。この期限が今年7月なので、市は延長を望んでいる。  王子動物園も、タンタンの写真などをツイッターに投稿。スタッフが上から撮った写真もあり、通常は見られない“お宝ショット”も堪能できる。  このように休園中などでもネットを活用すれば、パンダで癒やされることはできるのだ。一方で、新型コロナウイルスの影響は意外なところにも波及している。  一つはパンダの誘致が揺らいでいることだ。中国の習近平国家主席は4月に来日する予定だったが延期になった。来日では新たなパンダの誘致が期待されていただけに、受け入れを検討していた動物園関係者は残念がる。  受け入れを検討していた主なところは、1頭いる王子動物園(神戸市)のほか、大森山動物園(秋田市)、八木山動物公園(仙台市)、日立市かみね動物園(茨城県日立市)。各自治体は、パンダが来た場合の経済効果などに注目してきた。安倍晋三首相も18年10月に中国の李克強首相と会談した際、新たなパンダ貸与の希望を伝えていた。  もう一つの影響は上野動物園のパンダの引っ越しだ。園内ではパンダ舎の建て替えが進んでいる。現在の東園から西園に移る予定で、移転は73年以来なんと47年ぶりだ。  新パンダ舎では、ガラス越しでなくじかに見られるエリアができる。建築面積(屋根がある部分の面積)は現在の約3倍、屋外の面積は約1.4倍に広がる。屋外ではもとの生息地の環境を再現しており、野生に比べ活動量が少なくなりがちな動物園のパンダの体を鍛える狙いもある。新パンダ舎の周りにはレッサーパンダ舎なども配置。一帯を「パンダのふるさとゾーン」とする計画で、全体の事業費は約22億円だ。  東京都建設局が18年5月に発表した時点では、完成予定は今年3月頃。だが、実際にパンダが引っ越すのはずれ込みそうだ。工事が終わるのは4月以降になりそうで、パンダ舎が完成しても中国側のチェックを受けるまでは使用できない。コロナショックで日本と中国の往来がままならない現状では、中国側のスタッフがいつ来日できるのか見通せない。  パンダは海外の動物園でも大人気だ。現在、日本を含め、21カ国と3地域で飼育されている。筆者はこのうち、オーストラリア以外の全ての国・地域のパンダ舎を過去に訪れたことがある。  新型コロナウイルスの影響が深刻な欧州では3月23日時点で、パンダがいる9カ国全てで閉園。SNSでパンダの様子を伝える動きが広がっている。ドイツのベルリン動物園は、3月19日(日本時間)にツイッターとフェイスブックへ動画を投稿。昨年8月に生まれたオスの双子のうちの1頭、モンユァン(夢円、ニックネーム:ポール)に、飼育スタッフがミルクをあげるシーンが見られる。  デンマークのコペンハーゲン動物園には、昨年4月に中国から来たオスのシンアル(星二)とメスのマオアル(毛二)がいる。3月20日に広大なパンダ舎の様子を、フェイスブックで40分ほどライブ配信した。  トランプ大統領が国家非常事態を宣言した米国では、パンダがいる3カ所の動物園が全て休園している。アトランタ動物園には4頭いて、動画も配信している。  このように、海外のパンダのかわいらしい姿も、ネットを通じて見ることができる。ネットで動物園名などを検索すれば、動画にアクセスできるはずだ。  コロナショックは長引いており、出入国は世界的に制限されている。国内でも人が集まる動物園などの休園は続く。動物園が再開しパンダを見に行く場合でも、密集しないように他人との距離を取り、他者に感染させないようマスクをすることなどが求められる。  今回はパンダに絞って紹介したが、ほかにも各地の動物園や水族館が、シロクマやカバ、ペンギンやアザラシなどの写真や動画を配信している。動物を見ることでストレスを発散し、新型コロナウイルスの危機を乗り切りたい。(文、写真/パンダジャーナリスト・中川美帆) ※週刊朝日オンライン限定記事
動物新型コロナウイルス
週刊朝日 2020/03/29 10:10
感染症の世界史
感染症の世界史
 新型コロナウイルスの流行で在庫が減ったのはマスクだけではない。感染症関係の書籍にも注目が集まり、書店で在庫切れ(増刷待ち?)になりつつある本も出てきた。石弘之『感染症の世界史』(親本2014年刊)もそんな一冊。  人類の歴史は感染症との戦いの歴史だったという話から本書ははじまる。感染症の拡大は、文明の発達と不可分だ。農業や牧畜の発明によって定住化が進み過密な集落が発達したこと。熱帯林などの開発で人と野生動物の境界が曖昧になったこと。交通機関の発達で病原体が遠距離を短時間で移動するようになったこと。いずれも感染症の拡大に寄与した。  人に病気を起こす病原体は2001年現在ざっと1400種。マラリアは紀元前1万~前8千年ごろからあったが、都市化の進行にともなって世界的に大流行する感染症が出現する。13世紀のハンセン病、14世紀のペスト、16世紀の梅毒、17~18世紀の天然痘、19世紀のコレラと結核、そして20~21世紀のエイズとインフルエンザ。  読みながら、感染症について私たちはこれまで何も知らなかったのだ、と思い知らされる。  日本も当然、例外ではない。結核は戦前の日本では国民病とされるほどだったし、1918年と19年、2度にわたって「スペインかぜ」が世界的に流行した際には合計2300万人以上が感染し、死者は合計38万6千人に達した。第2次大戦中、東南アジア戦線ではマラリアが流行し、日本軍はルソン島で5万人以上、インパール作戦で4万人、ガダルカナルで1万5千人がマラリアで死亡した。 <感染症の流行も「自然災害」である>という一文が印象的だ。<感染症の流行と大地震はよく似ている。周期的に発生することはわかっていても、いつどこが狙われるかわからない>。しかも<すべての災害のなかで、感染症はもっとも人類を殺してきた>のだ。  人口の集中と高齢化は感染症のまたとない温床となる。全体に脅しの強い本だけど、学ぶは防御の第一歩。新型コロナが突然の脅威ではないと知るだけでも有効。 ※週刊朝日  2020年3月20日号
今週の名言奇言
週刊朝日 2020/03/17 19:15
【現代の肖像】動物学者・今泉忠明「見えているものの少し奥を探して 」
【現代の肖像】動物学者・今泉忠明「見えているものの少し奥を探して 」
人間は「家畜」の世界。動物の世界とは違う。自然に入らなければ、本来の野生の姿は見えてこない(撮影/馬場岳人) ※本記事のURLは「AERA dot.メルマガ」会員限定でお送りしております。SNSなどへの公開はお控えください。  まるで推理小説に出てくる名探偵だ。森に残されたわずかな痕跡から、今泉忠明はそこで暮らす動物の生態に迫る。それを支えるのは、動物学者の父から受け継いだ膨大な知識と観察を繰り返す行動力。そして時代を超える想像力だ。動物を知ることは、人間を知ること。今泉はいま、自然の手触りを子どもたちに伝えようとしている。 「先生、ヘビ! ヘビいる!」  調査の拠点となる東京・奥多摩のコテージに入った瞬間だ。先に中に入った同行者の女性が、やにわに寝室から飛び出してきて窓の外を指さした。 「え、ヘビ? どこ?」  今泉忠明(いまいずみ・ただあき)(75)は躊躇することなく、のしのしと部屋の奥に入る。その後ろを追いかけてガラス戸の外をそーっと覗くと、いた。寝室に接続された木組みのバルコニーの床の隙間から、鈍色のヘビが顔をぬーっと上に突き出している。 「こいつはアオダイショウですね」  瞬時にヘビの種類を判断すると、今泉は音を立てないようにゆっくりと寝室のガラス戸を開け始めた。捕獲するのだ。全員が静かに興奮しながら、一匹のヘビを見つめる。  その、ただならぬ気配を感じたのか。アオダイショウは急に体の向きを変えると、海に潜るようにバルコニーの床下に消えていった。 「ああ、行っちゃった……」  バルコニーに出て、隙間から下を覗いてみる。暗い。おまけに黒い土の上に無数の落ち葉が散乱していて、迷彩柄のように視認性が悪い。ヘビはもう葉の下に潜ってしまったのかもしれない。  諦めて、視線を上に戻したときだ。今泉がバルコニーの柵に足をかけているのが見えた。 (先生、何を?)  そう声をかける前に、跳んだ。年齢を全く感じさせない軽やかな身のこなし。両足できれいに着地を決めると、今泉は素早く身をかがめてバルコニーの床下を懐中電灯で照らした。 「うーん……いない……いないなぁ……」  数分後。今泉はむくりと体を起こすと、服についた土汚れをぱっぱっと手で払いながら「あーあ、残念!」と言って、わっはっはと笑った。 奥多摩のコテージで動物調査の参加者らと団欒のひととき。メンバーは20~40代の若い世代が多い。「いずれは彼ら一人ひとりが子どもに自然の楽しみ方を伝えられるようになってほしい」(今泉)(撮影/馬場岳人) ■動物の“痕跡”を収集、事実の突き止めに2~3年  動物学者の今泉は、20年前から月に1度、奥多摩の山に入り、そこに生息する動物の調査を続けている。専門は動物行動学。調査研究の対象は、主に哺乳類全般の分布や食性、繁殖などだ。  近年では、児童書『ざんねんないきもの事典』(高橋書店)の監修者として今泉の名前を知った人も多いだろう。2016年5月に刊行された同書は、19年9月時点でシリーズ累計350万部を超える大ベストセラーとなった。  同書には世界中のあらゆる生き物が登場するが、それらの膨大な知識は、学者だった父親から受けた動物学の手ほどきと、幼い頃から山に通い続ける徹底した“現場主義”によって支えられている。  今年5月、今泉の奥多摩調査に同行した。  山道を探索する今泉の歩き方は独特だ。常に下を見ながらゆっくりと歩く。時折立ち止まると、地面に落ちている葉や木の実をひょいと拾い上げ、くるくると回転させながら形を確認する。 「こっちはリス、こっちはアカネズミですね」  今泉から2個のクルミの殻を手渡された。よく見ると、一つは縦に真っ二つに割られており、もう一つは左右に丸い穴が開けられている。 「リスは殻の継ぎ目に歯を差し込んで、てこの原理で割るから断面がきれいなんです。アカネズミは、殻の両側を器用にかじって中の実を食べる。経験を積むほど穴の大きさが小さくなるんだけど、これは少し大きいからまだ若い個体でしょうね」  動物調査といっても、実際に野生動物に遭遇することは稀だ。調査の大部分は、こうした葉や木の実などの食痕、糞、足跡など、動物たちが森に残した“痕跡”の収集に時間が費やされる。  今泉にくっついてさらに2時間ほど山道を歩くと、小川にかかる橋の上で動物の糞を見つけた。 「お、これは多分……キツネの糞かなぁ」  今泉は身をかがめると、パッカブルベストのポケットからデジタル計測器や重量計を取り出し、手際よく糞の長さや重さを測り始めた。 「時刻は17時11分、場所は奥多摩湖近辺の橋、長さ43・6ミリ、乾燥重量3・8グラム……」  発見した動物の糞や足跡は、全てメモに記録する。日付、天候、気温、発見場所、大きさ、重さ、色、形など、記録内容は実に細かい。さらにデジカメで撮影し、証拠写真を残す。動物の巣穴や獣道を見つけたときは、近くに感熱式の自動撮影カメラを複数台設置して、数年にわたり行動を記録することもあるという。 今泉が館長を務める伊豆高原の「ねこの博物館」には、絶滅したスミロドンから希少種のトラ、ライオン、チーター、ヤマネコに至るまで、100点近いネコ科動物の剥製や骨格標本が展示されている(撮影/馬場岳人)  こうして作成したリポートは、もうすぐ1千枚に達する。 「痕跡を記録することで、そのエリアにどんな動物がいるのか、何を食べているのか、繁殖期はいつかといったことが、少しずつわかってきます」  一つの「恐らく確からしい事実」を突き止めるまでにかかる時間は最低2~3年。しかしその集積が、やがて点つなぎの図形のように、今まで見えなかった巨大な野生の生態を明らかにしていく。 「何かの役に立つからというより、楽しくてずっとここまでやってきたって感じですねえ」  今泉は在野の研究者だ。国や大学、企業の研究組織にも属していない。月に1度の奥多摩の動物調査に同行するメンバーも、研究者ではなく素人ばかり。美術館の事務員や下北沢の洋服店のスタッフ、雑誌編集者の母とその娘など、いずれも仕事や講演会を通じて今泉と知り合った。  都内で編集プロダクションを経営する女性編集者は、以前勤めていた職場の飲み会で今泉と意気投合。6年前から奥多摩の調査に参加している。最初は山も動物にも興味がなかったが「先生の話が面白過ぎて毎月通うようになった」と話す。 「不思議なんですけど、先生の解説を聞くと、そこらへんにある草とか虫でも、目に入るもの全てに意味があるように見えてくるんですよね」 ■父と兄とで小4から山へ、動物学者の父に全て教わる  今泉が本格的に山に通い始めたのは10歳のとき。  生まれは東京・阿佐谷。木造2階建ての家に両親、兄、弟、妹、父方の祖父母、母方の祖母の家族9人で住んでいた。終戦直後は駅の近くに森や田んぼがあり、よくザリガニを釣って遊んだ。  小学4年生になると、動物学者の父に連れられ、兄と高尾山に通うようになる。当時は観光地化が進んでおらず、動物の探索や捕獲も自由にできた。 「ヒミズ、アカネズミ、ヒメネズミ……色々捕まえましたね。朝早くに電車で行って、一人50個ほど罠をかけるんです。とれるのは3~4匹ぐらい。それでも楽しくて夢中で山を走り回ってました」  捕まえた動物は自宅に持ち帰り、剥製(はくせい)や骨格標本にした。効率的な罠の仕掛け方、体長・体重の厳密な測定方法、内臓の美しい取り除き方。それらの全てを父から教わった。 「父は、標本を作りながら世界中の珍しい動物や進化の話をたくさん聞かせてくれました。あとね、科博(国立科学博物館)の研究者だったから、自宅にコウモリとかイリオモテヤマネコがいきなり送られてくるんです。ほかにもイヌ、ハト、モグラ、ヘビとか、まあ色々飼いましたねえ」 トガリネズミの頭骨。蓋をした容器に頭とカツオブシムシを入れておくと、虫が肉を食べてきれいに骨だけが残るという。父と作った数百の骨格標本は、国立科学博物館に寄付し、資料室に眠っている(撮影/馬場岳人)  こうして多種多様な生き物に触れ、父に手ほどきを受ける中で、今泉は自然と父と同じ動物学者の道を志すようになった。  父親の吉典は、日本の動物分類学の草分けだ。東京大学の獣医学実科を卒業後、今泉が生まれる前は農林省管轄の「鳥獣調査室」に勤めていた。  若き日の父の話を聞くため、都留文科大学名誉教授で、現在は岩手県でナチュラリストとして活動する今泉の兄・吉晴(78)の元を訪ねた。 「当時は第2次大戦中で公な研究活動ができず、父の仕事は専ら木炭の管理と配給でした」  鳥獣調査室には高名な学者も名を連ねていたが、戦火が激しくなると全員疎開してしまったという。 「父は『その間に本局にある一級の研究資料を読んで思う存分勉強ができた』と笑っていました」  戦後、吉典は戦中に進めた研究成果を『日本哺乳動物図説』(洋々書房)にまとめて発表する。 ■徹底した経験主義で大学卒業後も就職考えず 「この本は間違いなく当時の動物学の最先端でした。しかし、ここに描かれた“死んだモグラのスケッチ”を見てもわかるように、ほとんどの情報は剥製や標本、外国の論文を基に書かれていて、生きた動物はほとんど観察されていませんでした」  吉晴は「終戦直後までの日本の動物学は、海外の学者らが発表した研究成果の“後追い確認”が主だった」と語る。父の吉典は、そのような状況を打破するため、戦後に国立科学博物館の研究員になると、精力的に全国の山や森を巡り始めた。 「そのとき弟の忠明も、父の助手として日本列島総合調査や採集旅行によく同行していたのです」  こうして今泉は、父や兄と共に、既存の図鑑にはない数々の新発見や成果を上げていく。  1972年、28歳のときに高知県の足摺岬で、絶滅危惧種(現在は絶滅)のニホンカワウソを調査、生息を確認。また翌73年には沖縄県西表島に赴き、2週間泊まり込みで格闘した末、世界で初めて野生のイリオモテヤマネコの撮影に成功。写真は新聞一面に掲載され、翌年から国がイリオモテヤマネコの本格調査を行うきっかけを作った。  こうした活動と並行して、個人では上野動物園2代目園長の林寿郎から依頼を受け、70年から富士山に生息する哺乳類を調査。標高1450メートルの山小屋に4年間一人で住みながら、キツネやノウサギ、ニホンカモシカなどの生態を調べた。  そのほかにもアメリカの国立公園でハイイログマの観察をしたり、インドネシアのコモド島でコモドオオトカゲの食性と毒性の調査をしたりと、その行動範囲と研究対象は限りがない。 「野生の特徴がまだ残っている」からネコが好き。「僕は『ねこの博物館』の館長なのにネコになつかれないんです」と笑う。写真のネコはおねむな様子だった(撮影/馬場岳人)  今泉は「僕は徹底した経験主義。研究室に閉じこもるよりも山にいるほうが性に合う」と笑う。  そもそも今泉は、自分がいつから動物学者と呼ばれるようになったのかさえも自覚がない。  11歳のときに、フランスの海洋探検家・ジャック=イブ・クストーが制作したドキュメンタリー映画「沈黙の世界」に感銘を受け、一時は海洋学者を志した。東京水産大学(現・東京海洋大学)に進学し、海洋生物の統計調査法などを学んだが、在学中も「父親の助手兼運転手兼コック」として駆り出される日々。そのうち高度な社会性を有する哺乳類の研究に強く惹かれるようになった。  卒業間近になっても就職は考えなかった。他大学から助手の誘いもあったが、結局断った。野生に触れる機会が失われると感じたからだ。 「と言っても、父からお給料をもらえるわけじゃありませんから。20代の頃は随分アルバイトもしました。ガソリンスタンド、製氷所の氷作り、お歳暮の伝票書きと配達ね。忙しかった~(笑)」  やがて今泉は、自身の生き方の指針となる一冊の本と出会う。アメリカの動物学者G・B・シャラーが著した『セレンゲティ・ライオン』だ。 「28のときにこれを読んで、シャラーが本を売ったお金で動物調査を続けていると知り、衝撃を受けました。『そういう道もあるんだ!』ってね」  以来、今泉は動物調査を続けながら、フリーランス記者として自然科学系の雑誌に寄稿するようになる。そこから図鑑の執筆や監修の仕事が少しずつ増えていった。これまでに制作に携わった本は、500冊を優に超える。  今泉の名を子どもたちに知らしめた『ざんねんないきもの事典』(初巻)の企画発案者で、現在はダイヤモンド社で今泉と共に『わけあって絶滅しました。』シリーズを手掛ける編集者の金井弓子(30)は、「あの本の監修者は今泉先生以外にあり得なかった」と語る。 ■3代続いた動物学者の道、次世代のために道標を残す 「企画の骨子を作る上で色々な参考書を読んだのですが、大学の研究者は話は面白いけれど、どれも専門分野が限られていた。あらゆる動物の生態を語れるのは、今泉先生だけだったんです」  金井は、今泉と本を作る中で、その視点や考え方にも大きな影響を受けたと言う。 「先生は動物学者だけど、動物のことばかり考えているわけじゃない。『動物を学ぶことは、最終的には人間を見る目を養うことでもあるんだよ』と教えてくれました」  今年8月下旬。  台風一過の真夏日に今泉に案内され、富士山麓の青木ケ原樹海を訪れた。  今泉はいま、過去に行った富士山の動物調査を個人で継続し、「富士山動物分布マップ」の作成にも力を注いでいる。林道に自動撮影カメラを仕掛けているほか、富士山麓の周遊道路を自動車でゆっくり走りドライブレコーダーで森を撮影する。こうしてカメラに映った動物の種類と位置をつぶさに記録して、富士山周辺にどんな動物が生息しているのか、一目でわかる地図を作っているのだ。  林道の脇に車を止めると、今泉は大室山の方角に向かって樹海の中を歩き始めた。 「いま歩いている地点が、ちょうど50年前に父とヒミズの分布調査をしたところです」  青木ケ原は、今泉にとって思い入れの深い地だ。父との採集旅行で何度も訪れた場所。そして、わが子に自然との付き合い方を教えた場所でもある。  息子の智人(40)は「父(今泉)とは、小学5年生までに富士山頂に3回登った」と思い出を語る。  「火のおこし方や水の大切さ、闇に対する恐怖心の抑制……。富士山麓でのキャンプを通じて、父からさまざまなことを教えてもらいました」   現在、智人は国立の研究機関に勤め、水産資源調査の高度化の研究に携わっている。研究者の道を目指す上で、今泉に相談したことも多い。 「記憶に残っている父の言葉は二つあります。一つ目は『人生は楽しく、自分がやっていて好きなことを見つけなさい』。二つ目は『武士は食わねど高楊枝』です。フリーランスの研究者としての父の生き方が、よく表れた言葉だと思います」  父から、兄と自分へ。そして自分から、わが子へ。期せずして3代続いた動物学者の道。  今泉がいま願うのは、次世代への「継承」だ。 「僕はね、自分の人生だけで答えを出そうなんて考えてない。真実はそんなに簡単に姿を見せてくれませんよ。『多分こうだろうなぁ』と思いを巡らせながら死ぬのが一番いいよね。だからその前に、次の世代の人たちの道標になるような記録をたくさん残しておきたいんです」  今泉は、さらに樹海の奥へと進む。少し前を歩きながら話す今泉の背中に、赤い西日が差した。  もうすぐ、夜がやってくる。 「自然は誰に対しても公平です。動物にも、人間にもね。だから僕は、もっと子どもたちに『山に遊びにおいで』って声をかけてあげたい。お金なんていらないから。何もなくなっても、安心して帰ってこられる場所を作れたらいいですよ」  今泉が歩みを止めた。目の前には緩やかな丘陵が広がっている。ここが目的地のようだ。 「ああ……ここは50年前から変わらないなぁ」  今泉は父とこの場所にテントを張り、動物の痕跡を追いかけ、幾度もの夜を過ごしてきた。 「暗くて不安になったときは、痕跡から夜の動物の姿を想像するんです。『きっと動物たちもこちらを見てるんだろうな』と思うと、夜も怖くない」  風が通り過ぎていった。遠くで鳥が高く鳴いた。  次第に先が見えなくなる世界で、どこまで想像力の射程を伸ばせるのか。  目には見えないけれど、確かにいる。現代を生きる動物たちの息遣いに、今泉は耳を澄ませる。 (文中敬称略) ■いまいずみ・ただあき 1944年 東京・阿佐谷に生まれる。父親の方針で幼稚園には行かず、幼い頃は善福寺川で魚をとって遊ぶ。   54年 父、兄と、高尾山でネズミやモグラを採集。標本作りに没頭する。自宅にチチブコウモリが送られてきて、飼育係に任命される。そのほかモグラ、モモンガ、ムササビ、リス、ハトなども飼っていた。   57年 杉並区立杉森中学校に進学。野球部と柔道部に入り練習に励む。   60年 成城高校へ進学。高校2年生のとき、スウェーデン人学者らと富士山麓のコウモリの生息調査を行う。   64年 東京水産大学(現・東京海洋大学)の水産学部増殖科に進学。生物の統計調査などの手法を学ぶ。   67年 自宅に2匹のイリオモテヤマネコがやってきて1カ月間飼育する。   68年 大学卒業後、日本列島総合調査やIBP(国際生物学事業計画)調査に父の助手として参加。父とはヒミズとヒメヒミズの棲み分け調査、兄とはエチゴモグラとコモグラの縄張り分布を調査する。   70年 上野動物園の2代目園長の林寿郎から富士山に生息する哺乳類の調査依頼を受ける。以後、山小屋に一人で住みながら、4年間調査を行う。   72年 絶滅危惧種(当時)のニホンカワウソの生息調査を行い、生息を確認。   73年 イリオモテヤマネコの生態調査を行う。史上初めて野生のイリオモテヤマネコの撮影に成功する。アメリカのイエローストーン公園、ヨセミテ公園などを視察し、野生動物保護のシステムを学ぶ。   84年 インドネシアのコモド島にコモドオオトカゲの調査に行く。   95年 未確認生物のイエティを探して、ヒマラヤ山脈に向かう。道中、ベトナム政府に怪しまれ一時監禁される。結局イエティは確認できなかったが、幻の動物サオラを目撃。 2007年 父が亡くなる。享年93。イリオモテヤマネコの研究を託される。   19年 20年前から奥多摩の動物調査を行う。並行して「富士山動物分布マップ」の調査・作成も進めている。 ■澤田憲 1983年、静岡県生まれ。フリーランスの編集・ライター。「AERA」「週刊朝日」で記事を執筆するほか、児童書を中心に書籍の編集・執筆も行う。 ※AERA 2019年10月7日号 ※本記事のURLは「AERA 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AERA 2020/02/13 13:30
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