森で暮らす夫婦が出会う自然の営み 仲良し夫婦は「喜び二倍、悲しみは二十倍」?
小手鞠るい(こでまり・るい)/1956年、岡山県生まれ。『欲しいのは、あなただけ』で島清恋愛文学賞受賞、ほか受賞多数。2019年には『ある晴れた夏の朝』で小学館児童出版文化賞を受賞(撮影/植田真紗美)
AERAで連載中の「この人この本」では、いま読んでおくべき一冊を取り上げ、そこに込めた思いや舞台裏を著者にインタビュー。「書店員さんオススメの一冊」では、売り場を預かる各書店の担当者がイチオシの作品を挙げています。
小手鞠るいさんによる『空から森が降ってくる』は、ウッドストックの森の中の一軒家での日々の暮らしの中で見つけた、美しく厳しい自然や野生動物との交流、旅先でのできごとなどが綴られたエッセー集。著者の小手鞠さんに、同著に込めた思いを聞いた。
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ニューヨーク州郊外ウッドストックにある森の一軒家に住む小手鞠るいさん(63)。『空から森が降ってくる』には、たくさんの自然に囲まれた生活が描かれている。
とても印象的なこのタイトルとよく似た表現が1999年に出版された『ウッドストック森の生活』のあとがきに出てくるのだが、純然たる「続き」という意味合いはなかったらしい。
「あの時は落ち葉などが空から降ってくるって感じだったんですけど、今回はもっと幅広い意味を込めて、自分の中からこの言葉がもう一回出てきたということです。同じ1行を書くにしても、今回はもっと深まったんじゃないかと自分では思っています」
エピソードのひとつひとつから、小手鞠さんが季節ごとに咲く野の花々や紅葉を、森にやってくる野生動物を心から愛でているのが伝わってくる。停電が多かったり、雪が深かったり、自然は決して優しい顔ばかり見せてくれるわけではないが、それでも森の生活を心底楽しんでいる。
表紙や文章に添えられた写真を撮影したのは夫のグレン・サリバンさん。
野生のシマリスにジョーと名前をつけたり、熊が来たら呼んでと頼んだりするグレンさんの少年のような様子も微笑ましい(夫婦円満の秘訣は「夫を『少年だ』と思うこと」と本書に書かれている)。そして、とりわけ愛猫プリンを亡くした時の、「ふたりでいると喜びは確かに二倍になるが、(中略)悲しみは二十倍になる」という話は、仲良し夫婦ならではのことで胸を打つ。
「悩みも昔は彼に相談していたんです。でも、そうすると悩みが深刻化してもっと大きく膨らんでしまう。彼に言わないで自分で解決すれば小さく収まる。だから最近はつまんない話は打ち明け合わないようにしています。ただ、ここぞというときは相談します。それで彼の明快なアドバイス一言で解決することもあるんです」
ありとあらゆる生き物に優しいまなざしを向ける小手鞠さんに不躾ながら、「森の家にはゴキブリは出ないんですか」と尋ねると、ひとしきり笑った後に、「初めて聞かれましたよ。でもいい質問かもしれない」と応じてくれた。
「森にはいません。でも都会にはいます。ニューヨークのゴキブリは日本みたいに羽がツヤツヤじゃないんですよ。だからあんまり抵抗感がないんですけど、日本のゴキブリはどうなんだろう。やっぱりむやみには殺したくないわね」
(ライター・濱野奈美子)
■ブックファースト新宿店の渋谷孝さんのオススメの一冊
『不浄を拭うひと1』は、特殊清掃の経験から、人との繋がりを描いた1冊。ブックファースト新宿店の渋谷孝さんは、同著の魅力を次のように寄せる。
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孤独死──。人生100年時代、健康長寿を謳う日本が抱える社会問題のひとつであり、死後数カ月もたって発見されることなど、しばしばニュースにも登場する。
その現場に立ち入り、原状復旧をサポートするのがここに登場する「特殊清掃業者」だ。妻子を持ちながらも脱サラしてこの仕事を始めた山田正人(39)が、病死、変死、自殺などの現場となった住居に立ち入って目の当たりにした光景は、遺品に群がる女性たち、あきれるばかりの収集物、ゴミ屋敷、ペットの死骸、風呂場に貼りついた手袋のようなもの……といったさまざまな状態で死を迎えた人びとの「生活の跡」だった。
数々の特殊清掃の経験から感じ取ったその暮らしぶりや、人との繋がりを淡々と描く異色のコミックから見える現代社会の闇。これは私たち自身の物語なのかもしれない。
※AERA 2019年12月16日号
AERA
2019/12/11 17:00