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疲労、肩こり、腰痛軽減ストレッチ 運動の前後だけでなく日常生活でのメリットは?
疲労、肩こり、腰痛軽減ストレッチ 運動の前後だけでなく日常生活でのメリットは? (写真はイメージ/GettyImages) 身体を動かすのに気持ちのいい季節。ストレッチで筋肉を伸ばすだけでもスッキリする。実はストレッチには、私たちの身体にプラスの効果が多くあり、ぜひ日常生活にも取り入れてほしい。『今さら聞けない 人体の超基本』(朝日新聞出版)が、ストレッチはなぜ必要なのかを解説している。抜粋して紹介したい。 *  *  * ■運動の前後だけでなく日常生活にもメリットあり ストレッチは意識的に筋肉を伸ばす柔軟体操です。関節の可動域を広げ、筋肉の柔軟性を高める効果がありますが、それらが健康の改善になるといわれるのには理由があります。 おもにスポーツやトレーニング前にウォーミングアップとして行う動的ストレッチは、パフォーマンスの向上やけがの防止に役立ちます。 一方、スポーツ後などのクールダウンに用いられ、疲労した筋肉の張りをゆるめる効果があるのが静的ストレッチです。 静的ストレッチは、身体をリラックスさせる効果もあり、日常の中に取り入れれば、疲労の軽減や肩こり・腰痛などの改善が期待できます。 ■ストレッチで身体がやわらかくなるしくみとは? 筋肉には、筋線維(きんせんい)に沿うように筋紡錘(きんぼうすい)があります。筋肉を伸ばしたときに痛みを感じるのは、筋紡錘がもつ感覚機能によるもの。筋紡錘は伸縮をくり返すと次第に感度が低下し、筋肉を伸ばせるようになります。 イラスト/秋葉あきこ ■ストレッチの種類と効果 ストレッチには大きく2種類あり、関節を動かしながら筋肉の伸縮をくり返し行う「動的ストレッチ」と、筋肉をゆっくり伸ばす「静的ストレッチ」に分けられます。それぞれの効果は以下の通りです。 まずは、「動的ストレッチ」反動を利用したダイナミックな動きから。運動前のウォーミングアップに取り入れて可動域が広がると、ダイナミックな動きができるようになる。また筋膜や筋肉の組織などがほぐれることで、なめらかな動きが可能となり、けがの防止につながる。 <筋肉の血流促進> 血流を促すことで筋肉があたたまると、筋肉の神経伝達速度が上がる。筋肉の温度を1度上げるだけでその速度は20%上がるといわれる。 <呼吸数や心拍数を上げる> 心肺の活動を高めておくことで、運動時の負担を軽減する。酸欠の予防にもなる。 次に、「静的ストレッチ」。ゆっくり筋肉を伸ばすことで、運動後のクールダウンになる。ただ静的ストレッチは、やりすぎると筋力を低下させたり、運動のパフォーマンスを下げたりすることもある。とくにウォーミングアップではやりすぎないほうがよいとされています。 <柔軟性が高まる> 運動に使われた筋肉は収縮した状態なので、そのままにしておくと筋肉がこわばってしまう。筋膜や関節をほぐすことで、運動前の状態に戻すことができる。 <筋肉の血流促進> 血流をよくし、筋肉にたまった乳酸などの疲労物質を流して排出することで、疲労緩和や疲労回復につながり、筋肉痛をやわらげる。 <副交感神経が活発に> 血管が広がると副交感管神経が働き、リラックス状態になる。 クールダウンには温浴やマッサージも効果的。からだを動かすのに最適なこれからの季節、ストレッチを使い分けて健康なからだを手に入れたい。 (構成 生活・文化編集部 上原千穂)
「常識のないまま始めてしまった」 つけ麺のスープ割りも知らなかった店主が五つのラーメン店を成功させるまで
「常識のないまま始めてしまった」 つけ麺のスープ割りも知らなかった店主が五つのラーメン店を成功させるまで 「喜九家」の特製中華。鴨チャーシュー、豚チャーシュー、味玉、もみ海苔、ナルト、メンマ、三つ葉、ネギがのっている(筆者撮影  日本に数多くあるラーメン店の中でも、屈指の名店と呼ばれる店がある。そんな名店と、その店主が愛する一杯を紹介する本連載。極上の自家製麺が光る埼玉・北浦和の名店の店主が愛するのは、和食出身の弁当屋から転身した店主が長年の失敗の後にたどり着いた一杯だった。 ■天ぷら屋の黒舞茸に一目ぼれ「他店と似ているものは作りたくない」  JR京浜東北線・北浦和駅の西口から徒歩3分。「柳麺 呉田-goden-」は浦和を代表する大人気店だ。極上の自家製麺のファンが多く、「ざるチャーシュー」や「黒舞茸と近江黒鶏の昆布水つけ麺」などここでしか食べられない独創的な一杯を提供している。  神戸市出身の店主・中野憲さんは地元の老舗「もっこす」からラーメンのキャリアをスタート。その後上京し、護国寺に当時あった名店「ちゃぶ屋」の森住康二さんに師事。4年修業をした後、横浜家系ラーメンの名店「六角家」でさらに修業を重ね、2015年に独立した。バラエティーに富んだキャリアで、それがそのまま中野さんの作るラーメンの独創性につながっている。 「柳麺 呉田-goden-」店主の中野憲さん。神戸の名店「もっこす」で修行した経験も(筆者撮影) 「呉田」のラーメンは常に変化し続けていて、全てのメニューが創業当時と違う。同じものを愚直に追い求めていくよりは、常に新しくしていくのが「呉田」流だ。 「新しい食材が入ってきたらすぐに試したいタイプなので、いいものはどんどん取り入れていきます。変わり続けるのがうちのスタイルですね。変わり続ける中で、いつか自然と普遍的な一杯に行き着けばそれがベストかなと考えています」(中野さん) 柳麺 呉田-goden-/埼玉県さいたま市浦和区常盤9-16-7/火曜から金曜昼11時~14時30分、夜17時30~21時30分L.O/土曜昼11時~15時、夜18時~21時30分L.O/日曜祝11時~16時、月曜定休。詳細はお店のTwitter(@godenken)にて/筆者撮影  とにかく好奇心旺盛な中野さんは、ラーメン店だけでなく他の飲食店で出会った食材でも自分のラーメンに落とし込めないかを常に考えている。「黒舞茸と近江黒鶏の昆布水つけ麺」はある天ぷら屋で出会った黒舞茸に一目ぼれして作ったメニューだ。 「柳麺 呉田-goden-」の黒舞茸と近江黒鶏の昆布水つけ麺は一杯1200円。太め平打ちの自家製麺が特徴(筆者撮影) 「他の店と似ているものは作りたくないという考えが前提にあるんだと思います。常に何かを超えたいという気持ちでラーメンに向き合っているので。自分が思いついたアイデアでも、既に他の誰かがやっているということは本当によくあるんですが、諦めずに探し続けることで独創的なラーメンにたどり着けることがあるんですよね」(中野さん)  ラーメンは作る人によって十人十色。食べる側にも好き嫌いはある。その中で、中野さんは一人でも多くの人が好きと言ってくれる新しいラーメンを作ろうと日々試作を続ける。  そんな中野さんが紹介するのは、埼玉の和食出身の弁当屋の店主が始めた失敗の多すぎるラーメン店だ。 「喜九家」の特製中華。鴨チャーシュー、豚チャーシュー、味玉、もみ海苔、ナルト、メンマ、三つ葉、ネギがのっている(筆者撮影) ■3年間赤字続き、つけ麺の「スープ割」も知らなかった  東京都青梅市で2011年に創業した「喜九家」(「喜」は「七」を三つ並べたもの。以下、店名の「喜」はすべて同じ)。店名の「喜九家」は店主である大野喜久さんの名前「喜久」を旧字体で表現したものだ。  本店は青梅だが、「喜九八~garage~」、「拉麺 イチバノナカ」、「喜りん食堂」、「喜九八~エキチカ~」と埼玉県所沢市に四つの店を展開し、青梅、所沢エリアをリードする人気グループとなっている。  大野さんは所沢市生まれ。両親が共働きで、昔から自分で料理を作る生活だった。日々台所に立つのは当たり前で、将来の仕事として料理に非常に興味があったという。  ラーメンを好きになったのは、高校時代に東京・中野にある名店「青葉」に食べに行ったのがきっかけだ。その後高校を卒業し、大学進学に向けて浪人生活をスタートする。だが、親の会社が倒産寸前になったことで進学を断念。次の日には警備員のアルバイトを始めた。 「1年間お金をためて料理学校へ通って、料理の道を志そうと思いました」(大野さん)  もともとイタリアンがやりたくて料理学校に入ったが、バイト先の和食居酒屋で食べたアナゴの煮物にいたく感動し、和食にシフトした。その後、静岡県の東伊豆にある「稲取銀水荘」で3年半修業。その後、居酒屋やホテルなどを転々として、結婚。妻の実家が青梅で営んでいた弁当屋を継ぐことになった。27歳の頃だった。 「喜九家」店主の大野さん(右)(筆者撮影)  朝2時に起きて、弁当を作って配達し、夕方の4時頃に仕事が終わる生活。だんだんとそれに飽きてきて、弁当を作った後の時間でラーメン屋を開くことにした。これが「喜九家」である。2011年、34歳の頃だった。  イタリアンや和食、そして弁当屋とさまざまなジャンルを経験してきた大野さんだが、昔からラーメン屋をやってみたい気持ちがあった。いつか来るその日のために基礎作りをしていた。 「銀水荘では、まかないで勝手にラーメンを作って怒られたこともあります。でも、板長だけはその味を褒めてくれました」(大野さん)  念願かなって、いよいよラーメン店の開業。「喜九家」では、みそつけ麺と豚骨魚介の中華そばを提供した。  しかしその後3年間は赤字の日々が続くことになる。 麺は平打ちの手もみ風(筆者撮影) 「弁当屋をやっていなかったら確実につぶれていました。一日1万円の赤字を出していましたからね。そもそも、ラーメンに全く詳しくなく、みそつけ麺を最初に注文したお客さんに『スープ割りをください』と言われ、その瞬間にスープ割りが必要だということを知ったぐらいでした。常識のないままお店を始めてしまったんです」(大野さん)  メニューを何種類も作ったり、営業終了後には残ったスープも混ぜてみたりと正解を探し続けた。少しずつ味のブラッシュアップをしながらギリギリのところでお店を維持。3年目にブロガーの投稿とツイッターで火が付いて、徐々にお客さんが増えてきた。特に「鶏ポタつけ麺」が人気となり、これが大野さんの代表作となる。 「失敗の期間が長すぎる分、他店の味の研究などインプットの量はハンパではないことになっています。でも、パクらないのが私の信条です。あくまでお客さまに伝わる味なのかを意識しながらお店とメニューを増やしてきました」(大野さん) 喜九家/東京都青梅市今寺5-18-49/[平日] 11:30~14:30(L.O.)、[土・日・祝] 11:00~スープ切れまで/月曜定休※祝日の場合は営業。詳細はお店のTwitter(@wwwwinaka)にて/筆者撮影  今では5店舗を経営するオーナーとなった大野さん。お客さんのいない期間が長すぎたからこそ、お客に寄り添ったラーメンが作れるのだ。 「呉田」の中野店主は大野さんを“天才”と評する。 「大野さんは各地のラーメンを食べ歩き、その味をインプットし続ける探求心の塊のような人です。特にスープ作りについては天才。名店のスープを何でも再現できるぐらいの腕を持つすごい人です」(中野さん)  大野さんは中野さんを弟分としてかわいがっている。 「うちのお客さんが教えてくれて『呉田』に食べに行きました。今では腐れ縁のような関係です。『呉田』の麺は本当においしい。うちの店でも『呉田』の麺を使ってコラボさせてもらっていますが、麺がうますぎてそれに合わせるスープを作るのが本当に大変です(笑)。ファンも多いですし、良いお店作りをしていると思います」(大野さん)  常に新しいものを取り入れながらも自分の味を追い求める中野さんと、お客さんに伝わる味かを常に意識する大野さん。時代に合わせてブラッシュアップすることに変わりはないが、目線がブレないからこそそれぞれのラーメンがおいしくなり続けるのだ。(ラーメンライター・井手隊長) 「喜九家」店主の大野喜久さん。イタリアンや和食の経験もある(筆者撮影) ※AERAオンライン限定記事
コンビニはたんぱく質の摂取量を増やすための強い味方! 動物性も植物性もバランスよく
コンビニはたんぱく質の摂取量を増やすための強い味方! 動物性も植物性もバランスよく コンビニエンスストアに並ぶたんぱく質食品の数々。肉、魚、大豆と種類も豊富だ 「栄養バランスをきちんと」「たんぱく質を意識して」などというと、自炊のハードルが上がってしまう。もちろん、自炊には栄養バランスを配慮できるほか、添加物などにも気をつけることができる、節約になるなど、メリットがたくさんある。でも、頑張りすぎて続かなくなってしまうのは本末転倒だ。外食やお総菜も上手に取り入れながら、3食コンスタントにたんぱく質をとっていきたい。  早稲田大学の宮地元彦教授が監修し、栄養士で料理家のほりえさちこさんが料理を担当した『たんぱく質の基本とレシピBOOK』は、コンビニの活用をすすめている。今は低糖質ダイエットの流行や、たんぱく質の重要性がよく知られるようになったことで、たんぱく質が豊富な食品のラインアップが大幅に増えている。肉・魚といった動物性のものだけではなく、豆類・大豆製品など植物性のものも充実。確かに、活用しない手はない。  実際、コンビニの棚には、食卓の定番になったサラダチキンはもちろん、切り身魚やいかの焼き物、かまぼこ、卵焼きなど、そのままおかずになるものも揃っているので、活用すれば時短にも役立つ。片手でパパッと食べられるたんぱく質強化食品もずらり。朝食をとる時間がないとき、あるいは運動前後などにも食べやすい。  動物性と植物性、どちらのたんぱく質でも、筋肉を増やす働きは変わらない。意識したいのは、体内で合成できない「必須アミノ酸」がバランスよく含まれていることだ。肉、魚、卵、乳製品、豆、大豆製品は、いずれもアミノ酸バランスのよい食品。筋肉を合成するときに働く必須アミノ酸「BCAA」は動物性たんぱく質に多く含まれるが、脂質も多くなりがちというデメリットもある。動物性、植物性のどちらもバランスよくとって、いずれかに偏らないこと。 サラダチキンひとつとっても形状やフレーバーはさまざま。豆腐バーの種類も増えてきた  たんぱく質をとらない時間が長くなると、血液中のロイシンというアミノ酸が減り、筋肉分解のスイッチが入ってしまう。だから、たんぱく質は必要量を、できるだけこまめに分けてとるのが効果的。手軽にたんぱく質がとれる食品を常備しておき、「お腹が空いたな」と思ったときに利用するのもいい。  運動をほとんどしないという場合でも、たんぱく質を適量とることで、筋肉は増えていく。1日にとるたんぱく質の量を、今より体重1キロあたり0.1グラム増やせば、運動なしでも2~3カ月で390グラムほど筋肉が増加することがわかっている。体重50キロの人なら5グラム、60キロの人なら6グラム増やせばいい、ということになる。  とはいえ、運動をしたほうが、より質のよい筋肉が育つほか、血流をよくする、身体機能が整うなど、全身へのよい効果がある。コンビニを活用して手軽にたんぱく質の摂取量を増やしつつ、簡単な筋トレなどの運動もセットで行うといいだろう。 (構成 生活・文化編集部 森 香織/写真 キッチンミノル)
「手の届く場所にペットボトルやリモコンを置き始めたら要注意」とリハビリ医 実家の高齢親の危険な兆候
「手の届く場所にペットボトルやリモコンを置き始めたら要注意」とリハビリ医 実家の高齢親の危険な兆候 ※写真はイメージです(写真/Getty Images) 失われた機能の回復や、残った機能を伸ばし、日々の活動を育む医療であるリハビリテーション(以下、リハビリ)。リハビリ医で医療法人社団輝生会理事長の水間正澄医師は、「独居の高齢者から訪問リハビリを依頼されるケースが増えている」と言います。「リハビリを続けることで、自立した生活が維持できる期間が延びる」と語る水間医師に、現場で実施しているリハビリの実例から、高齢の親を持つ読者の皆さんに役立つアドバイスを教えてもらいました。 *  *  *  リハビリ科は内科や外科などと同じく、医療の専門分野の一つです。リハビリを専門とするリハビリ医が理学療法士や作業療法士、言語聴覚士たちとチームを組み、身体障害や病気でからだの機能を失った人や、高齢になって、からだが動かなくなってきた人などに、薬や治療機器を使ったり、機能訓練などをおこなったりして機能の維持や向上をめざします。 「リハビリというと、交通事故などで重い頸髄(けいずい)損傷となり下半身が不自由になった患者さんに対するリハビリや、脳梗塞の後遺症による片まひでからだが動かしにくくなったり、言葉が話せなくなったりした人に対するリハビリが知られていますが、実際にはもっと多くの人が対象になっています」  と水間医師は話します。 リハビリ医で医療法人社団輝生会理事長の水間正澄医師  水間医師が最近、受け持つことが多くなっているのは、独居の高齢者の患者です。こうした患者の自宅に医師や療法士が行き、リハビリをおこなうのが「訪問リハビリ」です。リハビリには脳梗塞など病気が原因で起こった障害に対して、医療保険(健康保険)でおこなわれるリハビリと、要介護認定を受けている人が受けられる介護保険によるリハビリの2種類があります。水間医師がおこなっている訪問リハビリは、主に要介護認定を受けた人が対象です。 「独居の高齢者は、『からだが動くうちはできるだけ長く、自分のことは自分でできる状態を保って1人で暮らしていきたい』と希望している人が多いのです。訪問リハビリでは、その希望をかなえるためのリハビリを患者さんと一緒に考え、療法士たちとともに取り組んでいます」  からだの機能が落ちてきた高齢者がおちいりやすいのは、動くのがおっくうになるあまり、自分で冷蔵庫や台所にも行かず、椅子に腰かけたままでも手の届く場所にペットボトルやテレビのリモコンなどの置く場所をつくってしまうようになることだそう。 「これは生活の中で活動する空間が狭まりつつある、危険な兆候です」  訪問介護をおこなうヘルパーに日常生活のサポートを頼んでいる患者の場合、ダイニングテーブルに移動する力があるにもかかわらず、料理やお弁当などをベッドの近くに置いてもらい、そこで食べている高齢者もいるといいます。 「こうなると一日中、トイレ以外はほとんど動かずに過ごすことになってしまい、一層手足が弱って不自由になっていきます。患者さんにはそのことをお話しし、テーブルの上を片付けたり、部屋の中を移動しやすいようにレイアウトをかえたりすることなどをアドバイスするのです」  このように、生活環境をチェックし、リハビリにつながるような動線を提案するのも、リハビリ医の役割の一つなのです。  からだの機能を維持するために、とくに大事なのは筋力と関節を動かすことです。  そのための基本となるのがリハビリ用語で、「基本動作」と呼ばれるもの。 「寝ている状態から起き上がり、立ち上がって歩く一連の動作のことをいいます。さまざまな動作の基本となるもので、例えば、大腿骨骨折や脳梗塞後のリハビリでも、この動作がまずはしっかりできるように、指導していきます」  1人でこの基本動作をすることが難しい場合は、家族や介助者に指導をし、本人には介助に協力しながらおこなう動作を身につけてもらいます。 「一方、患者さんに対する生活指導については、共通することがあります。とくに大事にしているのは『日常の生活の中で必要な活動を続けることを心がけてもらうこと』です。頑張って取り組んでもらうことで、長期間、自立した生活を送ることが可能になります」  一例を挙げてみましょう。公営住宅6階の2間の部屋で一人暮らしの男性(当時77歳)は脳梗塞を発症し、後遺症として重度の左半身まひが残りました。退院後、ケアマネジャーからの依頼で要介護認定による訪問リハビリを実施することになりました。  左半身まひを悪化させないためのリハビリとともに、一人暮らしを継続していくためのからだの機能の維持と、屋外に出るなど活動範囲を広げることが目的です。この男性を担当したのが水間医師でした。 「まひのために不自由になった左側は、動かしづらいため、使わなくなると固まってくることがあります。このため、手指も含め、使える範囲で使い続けていくことが大切です。こうしたリハビリをおこなうとともに、一人暮らしの生活を維持していくためのコツとして、生活の中でできることを続けてもらうことをアドバイスしました(詳しくは後述)」  男性は日中、ベッドの端に座っていることが多いといいます。しかし、ヘルパー(訪問介護員)の手も借りながら、提案したリハビリに取り組むことを約束してくれました。  洗濯物はヘルパーに頼んでベランダに干してもらいますが、取り込みは自分でやります。毎日のルーチンとして室内を定期的に歩くことを続けました(障害物がないように部屋を整理し、壁伝いに歩いてもらうようにしました)。食事は宅配弁当が中心ですが、冷蔵庫の中のものは自分で取りに行き、食事はテーブルで取ります。  週に1回は1階にある郵便受けに郵便物に取りに行くことも続けました。ベランダに小さなプランターがあり、毎日、水をあげています。 「私が訪問をするとき玄関のチャイムを押すと1~2分で、鍵が開き、迎えてくれます。リハビリ開始から3年余りたち、80歳になった現在も男性の生活習慣は変わらず、からだの機能の低下はみられません。転ぶこともなく、一人暮らしができています」  現在は向かいのコンビニまで行くことを目標に、歩行練習に取り組んでいます。  水間医師が高齢者にアドバイスをしている生活の中でできるリハビリには、次のようなものがあります。なぜいいのかという理由とともに紹介しましょう。(リハビリはやり方によってはけがを誘発することもあるので、安全な方法をきちんと指導しています) ○食事は食卓で取る  普段はソファやベッドで過ごしている人も、食事をするときはできるだけテーブルなどに移動し、椅子に腰かけて、よい姿勢で食事を取ります。 「椅子に腰かけ、立つ動作が、スクワットのような運動になります。食事タイムは1日3回ありますので、その都度、動くことで回数がかせげます。スクワットは腰まわりや下半身の筋力維持に有効です」(水間医師) ○自分でトイレに行き、排泄する  便座に腰かけ、排泄後、立ち上がる動作がスクワット運動になります。 「トイレに行く回数分、スクワット運動をしたことになります。なお、転倒防止のために便座にはできるだけゆっくり腰かけることが大事です」 〇ていねいな手洗い  石けんを使って、指の1本1本までていねいに洗います。コロナ対策で知られるようになった手洗いの方法がおすすめです。 「洗面所で一定時間立って手を洗うことが、からだのバランスを維持する訓練になり、転倒予防につながります。また、手指のまひなどがある場合、指をていねいに洗うことが関節の変形予防になります」  活動性の高い人には次のように洗濯物を干したり、取り込んだりという一連の作業をすすめています。一部の作業だけでも十分に効果があります。 ○洗濯物を干す  洗濯物を干すときは、立つ姿勢を保ちながら手を伸ばさなければなりません。実はこの動きが上半身と腕の筋力維持やバランスを維持する練習にもなります。 「洗濯ばさみのついたピンチハンガーを使うとよりいいでしょう。はさみを広げる動きを繰り返すことで、ものをつまんだり、つかんだりする力を維持することができます」  指の力を維持することで、料理をはじめとしたさまざまな日常生活が可能になります。 「指の関節を動かすことは、脳への刺激にいいという話もあります」 〇洗濯物をたたむ  洗濯物をたたむときに指を使うので、よいリハビリになります。ロール状に巻くたたみ方はとくにおすすめです。(写真) 「ロール状にきれいに巻こうとすると、指先により、力が加わります。たたみながら、タオルをたぐりよせることもやってみるといいでしょう」(写真) タオルをロール状にきれいに巻くことが、指先のリハビリになる。タオルをたぐりよせる動きも同様に効果がある(提供/水間医師)  タオルをロール状に巻くリハビリはリウマチ患者の指の変形の予防に効果があったことが研究報告されているそうです。 〇洗濯物を種類ごとにわける→わけた後、クローゼットなどに収納する  洗濯物を「下着」「タオル」という具合に種類ごとにわけ、別々にしまう作業は、頭を使うので認知機能の維持に効果的です。  また、クローゼットの引き出しを引くときには腰をかがめ、腕の力で手前に引っ張る姿勢になることが多いです。このときに全身の筋肉を使うので、いいリハビリになります。  ここまで紹介してきた各種のリハビリは元気な高齢者にもすすめられます。 「要介護の予防につながることは、間違いありません。この機会に読者の皆さんもぜひ、ご両親などにすすめてあげてください」 (文・狩生聖子)
たんぱく質はホルモンバランスを整えて眠りの質を高める 筋肉量を維持するだけじゃない健康効果
たんぱく質はホルモンバランスを整えて眠りの質を高める 筋肉量を維持するだけじゃない健康効果  私たちの体は60%が水分。そして、残りの40%のうち半分程度をたんぱく質が占めている。日本人はいま、そのたんぱく質の摂取量が不十分だということは、4月24日に配信した記事 日本人はたんぱく質の摂取量が「戦後と同レベル」 不十分だと起こる身体の不調とは? で詳報した。  たんぱく質は、体をつくっている物質の主成分。体を動かしたり、体それぞれの機能を調整する血液やホルモン、酵素などもたんぱく質からできている。早稲田大学の宮地元彦教授監修の『たんぱく質のきほんとレシピBOOK』が、たんぱく質をとることで得られる健康効果を詳しく解説している。ここでは、よく知られている「フレイル予防(筋肉量の維持)」に加え、「ホルモンバランスを整える」「睡眠の質を高める」という効果について、紹介したい。 筋肉量を維持してフレイルを予防  たんぱく質を意識してとっていると、筋肉量の低下を防ぐことができる。筋肉量が増えると血行が促進され、冷えや肩凝り、腰痛なども改善されるほか、基礎代謝量も上がるため、ダイエットにも効果的。また、筋肉量を蓄えておくと高齢になったときに筋肉の減少が抑えられ、フレイルやサルコペニアの防止になる。元気で生き生きと過ごせる時間、つまり健康寿命が延びるわけだ。  重要なのが、たんぱく質をとるタイミング。食事と食事の時間があけばあくほど、たんぱく質が足りなくなり、筋肉が分解されてしまう。1日の必要量をいっぺんにとっても、効果は半減。1日3回の食事に分けてとる必要がある。とくに、夕食のあとは10時間以上たんぱく質をとっていないことになるので、朝食ではたっぷりとって、不足を補いたい。  たんぱく質を多く含む食材で朝食に適しているのは、消化のよい卵や納豆、豆腐。目覚めたばかりの胃腸にもやさしい。昼食なら、カロリーはそれほど気にしなくてもいいので、筋肉をつくるBCAAが豊富な肉類を積極的に取り入れて。スパゲッティなど、たんぱく質を含む穀類もおすすめだ。カロリーを控えめにしたい夕食には、DH、EPといった良質な脂質を含む魚介類や、豆腐などの植物性たんぱく質を中心に。肉類は脂質の少ない部位を選ぶといい。 ホルモンの働きをスムーズにする  体内のさまざまな器官から分泌され、体の機能を調節しているホルモン。たんぱく質はホルモンの材料ともなっているため、たんぱく質を十分にとることでホルモンがスムーズに働き、体調が整っていく。とくにホルモンの働きの影響を受けやすいのが女性。エストロゲンとプロゲステロンという二つの女性ホルモンのバランスによって、定期的に月経やそれに伴う体調変化が起こる仕組みになっているからだ。  ホルモンバランスが乱れると、月経前症候群や生理不順のほか、自律神経が影響を受けることで、頭痛や動悸、のぼせといった不調が起こる場合もある。さらに更年期にはホルモンバランスが乱れやすくなり、こうした症状が表れることが多くみられる。女性ホルモンの材料であるたんぱく質に加え、コレステロールも適度に補給し、ホルモン変化の影響を少しでも減らしていきたい。  大豆や豆腐、油揚げ、厚揚げなどの大豆製品には、女性ホルモンの一つであるエストロゲンと似た働きをする「大豆イソフラボン」が豊富。低カロリーな植物性たんぱく質を補う意味でも、積極的に活用したい。また、女性ホルモンのもとになるコレステロールは肉、魚、乳製品、卵の動物性たんぱく質に豊富。カロリーが高いと敬遠しがちだが、まったくとらないとホルモンがきちんとつくられなくなる。適度にとるようにしたい。 メンタルも睡眠の質も高めてくれる  脳内で神経伝達物質として働いている、ドーパミン、セロトニンなどのホルモンもたんぱく質からつくられている。ドーパミンは意欲や幸福感をもたらすホルモン。幸せホルモンとも呼ばれるセロトニンは、精神を安定させて不安を抑える働きのほか、睡眠ホルモン「メラトニン」の材料になり、眠りに導く役割も持っている。たんぱく質をきちんととることで、これらのホルモンもつくられやすくなり、ストレスに強くなったり、よく眠れるようになるなどの効果が期待できる。  ここで注目したい成分が「トリプトファン」。大豆製品や乳製品、ナッツに含まれるトリプトファンは必須アミノ酸の一つで、セロトニンの材料。眠りに関与するメラトニンはセロトニンからつくられるため、摂取することで睡眠の改善も期待できる。動物性たんぱく質に含まれるBCAAは、トリプトファンが脳に取り込まれるのを邪魔する性質があるが、炭水化物、まぐろや鶏ささみ、鶏レバーなどに豊富なビタミンB6を一緒にとることで、その働きを抑えることができる。 (構成 生活・文化編集部 森 香織/写真 キッチンミノル)
東尾修「ベテラン選手は生きにくい」 プロ野球の世代交代を語る
東尾修「ベテラン選手は生きにくい」 プロ野球の世代交代を語る 東尾修  西武ライオンズの元エースで監督経験もある東尾修さん、過渡期を迎えたチームの「世代交代」問題について語る。 *  *  *  チームスポーツの世界でどう「世代交代」を行っていくか。その選手の存在が大きければ大きいほど、次世代の選手へどう切り替えるかの見極めは難しくなる。  例えば、巨人の坂本勇人はいま、日替わりでスタメンで行くかどうかとなっている。中途半端に見えるかもしれないが、これはチーム内部の人間にしかわからないことだ。腰やどこかが日によってコンディションが違うのであれば、日替わりで状態を見て使うべきだし、コンディション上の問題でないのであれば、中途半端なことはしなければいい。その見極めは原辰徳監督、首脳陣、そして本人にしかできない。  私も西武監督就任1年目の1995年、2年目の96年に清原和博がいた。何とか一番いい時の形に戻そうと、清原の入団時から指導していた土井正博さんに打撃コーチに復帰してもらい、期待したが、思った成績は残せなかった。FAで巨人移籍が決まったことは残念だったが、清原を失った就任3年目の97年、若手を思い切って起用できる状態になったのは不幸中の幸いだった。どこで主力に見切りをつけるのか、それとも使い続けるのか。それはチームを預かる監督にとって一番難しい作業になる。  チームの中心選手が衰えた時、自然とチーム力は落ちる。中心の人物は「大黒柱」でないとチームは安定しない。しかも今の野球界は著しく進化している。全盛期に155キロを打てなかった選手が、衰えてから打てるだろうか。パワー全盛の時代、ベテラン選手は生きにくくなっている。再びパワーをつけて対抗しようとするよりも、安定性、技術力をどう生かすかを考えたほうが、長い選手生活を送れる。ただ、パワーを売りにしていた選手が簡単に自分の「売り」を捨てられるかどうか。豪速球投手が、変化球投手にあっさりと変身できるか。それができるのは限られた者である。 巨人の原辰徳監督。「我慢」を乗り越えた先には笑顔が待っているはずだ  どちらにせよ、過渡期を迎えたチームは「我慢」が必要になる。それは主力選手を「我慢」して起用するケース、逆に若手に切り替えたなら、その若手にすぐに結果を求めない「我慢」だ。ただ、巨人は毎年、優勝が求められる。「Bクラスでもいいから5年後、10年後を見て……」という方針はとれないだろう。百戦錬磨の原監督だからこそ、できる決断もあろうかと思う。  リーグ3連覇を目指しているヤクルトにしろ、オリックスにしろ、次々と新しい選手が出てくる。ベテランに頼っているチームは長続きしないし、抜けた時にその穴がポッカリと開き、埋められない状況となる。  世代交代は遅れれば遅れるほど、その穴が大きければ大きいほど、立て直しに時間がかかる。ただスター選手も絡んだ世代交代に関しては、その判断にある程度の時間が必要である。まだ4月。ファンの方々も負けが込むとストレスに感じるかもしれないが、ここは監督、選手を信じ、もうしばらく「我慢」して見守ってもらいたいと思う。 東尾修(ひがしお・おさむ)/1950年生まれ。69年に西鉄ライオンズに入団し、西武時代までライオンズのエースとして活躍。通算251勝247敗23セーブ。与死球165は歴代最多。西武監督時代(95~2001年)に2度リーグ優勝※週刊朝日  2023年5月5-12日合併号
韓国出身のグーグル女性デザイナー 英語力が「ひどかった」のに米名門大学院に合格できた理由
韓国出身のグーグル女性デザイナー 英語力が「ひどかった」のに米名門大学院に合格できた理由 キム・ウンジュさん(写真/本人提供)  49歳のときに米グーグルのNo.1デザイナーになった韓国出身の女性がいる。彼女の名は、キム・ウンジュさん。韓国で勤めていた会社を27歳で辞めて、渡米。簡単な英語のフレーズすらまともに話せない状態で始まったアメリカ生活だったが、その後はモトローラやクアルコムなどでキャリアを積んだあと、グーグルに入社。25年間で10回の転職経験をした彼女がグローバル企業で身につけたこととは――。著書『悩みの多い30歳へ。世界最高の人材たちと働きながら学んだ自分らしく成功する思考法』(CCCメディアハウス)から、ここでは「英語のスコアが低い私がアメリカの名門大学院に合格できた理由」を紹介する。 *  *  *  私はアメリカで何とか生きていく方法を見つけなければならなかった。見慣れない光景ばかりだった。初めて出会ったアメリカ人も、初めて見たコインも。自分の背丈が何インチなのかもわからない。夫が大学院に行くと、アパートにひとり残された。最初の数カ月は外出もできず、ずっと家にいた。外で誰かに出会うと、話しかけられてしまうから。アメリカ中部特有のイントネーションで繰り広げられる、バリエーション豊かな「How are you?」の数々。「How’s it going?」「How’s everything?」「Whassup?」「Howdy!」が「How are you?」と同じ意味だと気づくのに1カ月、「I’m fine.」と返事ができるようになるまでにさらに1カ月かかった。  夫が研究助教として働いて稼ぐ月給でアパートの家賃を払い、裕福とは言えないまでも最低限の生活は維持できた。とはいえ、高い授業料を払って語学学校に通えるような境遇ではなかった。調べてみると、シカゴ市が運営するコミュニティカレッジ(2年制の専門大学、あるいは生涯教育院の役割を持つ市立教育機関)に無料の英語講座があるではないか。毎日4時間の授業がとてもありがたかった。これがアメリカでの最初の社会生活だった。  私はこのコミュニティカレッジに1年ほど通った。南米から移民してきた受講生が多く、韓国人はいなかったから、クラスメイトと会話をするには必ず英語を使わなければならなかった。  私の英語力はひどいものだった。会話にはいつも苦労していたが、特に恐ろしかったのは月曜日の授業。短いフリートーキングタイムがあり、どんな週末を過ごしたかをパートナーに話す。ぎこちなく微笑んで目をそらしながら毎週ごまかしていたが、このままではいけないと思って1つのフレーズを準備した。 「I went to church.」  うん、これなら大丈夫だろう。  月曜日の授業時間。いよいよ会話の時間だ。週末に何をしたのかとパートナーに聞かれた。私ははりきって準備したフレーズを言った。 「アイ・ウェントゥー・チャーチ」ひそかに満足していたが、さらに質問が。 「そうなんだ。きみの宗教は?」  What? 韓国では、教会に通っているといえば当然、キリスト教徒であることを意味する。仏教徒なら寺に通い、カトリックなら聖堂に通うのではないだろうか。私はうろたえた。 (えっと、教会に行ったんだから、キリスト教徒なんだけど……。宗教って?)  頭の中が真っ白になった。“キリスト教”の英語がまるで思い出せない。P で始まる単語だった気がするけど……。やむを得ず「アイ・ドン・ノー」と答えてしまった。  すると今度は「そっか。教会はどこにあるの?」と聞いてくる。ウソでしょ! どうしてこんなにいろいろ知りたがるの。今度はなおさら厄介だ。 (どうやって位置を説明すればいいんだろう?)  to不定詞と関係代名詞が頭の中でこんがらがって、何も思い浮かばない。だからこう答えた。 「アイ・ドン・ノー……」  オーマイガッ! まるでさらわれたみたいではないか。教会に行ったのに、宗教もわからなければ、位置もわからない……。週末農園の労働に無理やり駆り出されて帰ってきた人のようだった。幸い、パートナーからはもう何も聞かれなかった(涙)。  帰宅後、授業での出来事を夫に話しながら、キリスト教は英語で何と言うのか聞いたら、クリスチャンだという。オーマイガッ×100! ジーザス・クライスト!  そうよ、私はクリスチャン。母のおなかにいるときから聞いていたその言葉を言えず、「アイ・ドン・ノー」と答えた恥ずかしさで全身が真っ赤になった。このバカ、バカ!  そんなふうに英語と戦いながら、大学院へ行くための準備をした。運よくシカゴには、私が行きたい専攻分野を有する大学院が3つあった。問題はTOEFL のスコアだ。試験を受けると英語恐怖症が再発して、必要な点数が取れなかった。しかし、諦めるわけにはいかない。  先輩留学者が、「教授に会いに行って頼んでみるといい」とアドバイスしてくれた。現地にいる外国人学生に面談を申し込まれて断る教授はほぼいないし、大学院側としても新入生の確保が重要だという。やれることはすべてやってみよう。そこで、3つの大学院をすべて訪ね、乏しい英語力で自分をアピールした。入学させてほしいという切実な気持ちを込めて。  2校は不合格だったが、イリノイ工科大学(IIT)のデザイン大学院から2000年春学期の合格通知書を受け取った。アメリカ生活開始から1年後のことだった。やった!  あれほど欲しかった合格通知書を手にしたとはいえ、喜んでばかりはいられなかった。授業料を用意しなければならない。当時は学期ごとの授業料が約1万ドルだったので、1学期は両親が支援してくれた1000万ウォンで、2学期は韓国で働いて貯めた1000万ウォンで、3学期はアメリカでインターンとして働いて、最後の学期は学資ローンでまかなう計画だった。  ところが、アジア通貨危機で一気にウォン安となった為替レートが回復せず、300万ウォン足りない。これ以上、学費を捻出する方法はなかった。  私は大学院にメールを送った。すでにシカゴに来ていて合格通知ももらったが、為替レートの事情で入学金が足りない、奨学金を給付してほしいという内容だ。私がこの大学院を卒業した暁にはアメリカ社会でどんな人物となり、その成功が学校にどのようなメリットをもたらすかを書き添えた。切羽詰まっていたから、地元の方言でまくしたてるかのように英文メールが書けた。数日後、大学院から返事が来た。授業料の30%を奨学金として給付してくれるという。これでちょうど300万ウォンの不足分が補える。天はやっぱり自分自身で努力する者に力を貸してくれるのね! どんな結果になるかわからなくても、まずは思い切って行動してみることが大切だ。  ダメでもともと、無理ならいいや、の精神で。 ◯キム・ウンジュ韓国出身のGoogleの首席UXデザイナー。Googleの核心部署である検索と人工知能チームの首席デザイナーとして働き、2020年には社内の「今年のデザイナー賞」を受賞した。25年で10回の転職を経験。1998年に27歳で渡米。イリノイ工科大学(IT) デザイン大学院修士課程を修了し、モトローラ、クアルコムなどでキャリアを積む。2013年、韓国に帰国してサムスン電子で円形スマートウォッチの開発を主導。2018年、47歳で米シリコンバレーのGoogle本社に入社。
田原総一朗「岸田首相襲撃 民主主義維持と安全性確保のジレンマ」
田原総一朗「岸田首相襲撃 民主主義維持と安全性確保のジレンマ」 田原総一朗・ジャーナリスト  ジャーナリストの田原総一朗さんは、岸田文雄首相襲撃事件を受けて、危惧していることを語る。 *  *  *  4月15日午前11時25分ごろ、衆院和歌山1区補選の自民党候補の演説会場で首相が襲撃される事件が起きた。和歌山市の雑賀崎漁港で、演説台の近くで待機中だった岸田文雄首相に向かって金属製とされる銀色の筒状の爆発物が投げつけられ、爆発物は約50秒後に白煙を上げて爆発した。岸田首相は警護員らとその場を離れて無事だったが、男性警察官と聴衆の一人だった70代の男性もけがを負ったという。  新聞各紙の報道によれば、逮捕された木村隆二容疑者(24)は、2022年7月の参院選に立候補しようとしたのだが、30歳以上でなければ参議院の被選挙権はないため実現しなかったのだという。このことを不満として国に賠償を求めて訴訟を起こすも、請求を棄却されて、不満を募らせていたのだと見られている。  当然思い出されるのが、昨年7月に安倍晋三元首相が銃撃された事件である。山上徹也被告は、母親が旧統一教会の信者で、全財産を旧統一教会に投げ出し、そのために生活がぶち壊された。父親と兄を自殺で失っており、旧統一教会を憎悪した。幹部を殺害しようとしたのだが、それが不可能だったので旧統一教会の宣伝マンと見立てた安倍元首相を銃撃したのであった。  こうした事情が明らかなので、山上被告に同情的な論調も出ていたのだが、今回の事件は現時点ではどうも動機があいまいだ。とはいえ、山上被告同様にローン・オフェンダーと称されている。ローン・オフェンダーとは、組織的犯行ではなく、単独でテロ行為に及ぶ者を指す。木村容疑者は安倍元首相銃撃事件の模倣犯ということになるのだろうか。  自分の欲求不満を解消するために要人を殺害しようとした。一種の自己顕示欲の暴発ということになるのだろうか。  戦前には要人殺害事件が相次いで起き、時代を大きく変えてしまった。1921年に、格差問題に苦しんだ青年が財閥のトップを暗殺した。青年は非難されたが、財閥の遺産相続が話題になると批判の矛先は財閥へ移り、青年は英雄視された。1カ月後、別の青年による原敬首相暗殺事件が起き、五・一五事件や二・二六事件など戦前期のテロ連鎖のきっかけになった。 イラスト/ウノ・カマキリ  話がいささか脱線した。今、応援演説など、要人と国民が近い距離で触れ合うことが可能な選挙活動は危険ではないかという指摘も聞かれる。もちろん安全性は確保しなければならないが、私は変革の必要はないと考えている。  国政に関わろうとする者と、彼らを評価し投票する国民との間の距離が広がってしまえば、民主主義の崩壊につながるのではないか。ただでさえ緊張感のない政治が続き、投票率も上がらず、政治への関心が薄れていると叫ばれる中、政治と国民の間に距離を置いてしまっては、政治家たちの“顔”も見えず、ますますその傾向が進むばかりである。  もう一つ危惧することは、ローン・オフェンダーという言葉が一般に広がると、その言葉自体が何となく格好よく思えて、自分の欲求不満を解消するために、ローン・オフェンダーになりたい、つまり要人を殺害したいと思う若者が少なからず出てくるのではないか。極めて心配である。 田原総一朗(たはら・そういちろう)/1934年生まれ。ジャーナリスト。東京12チャンネルを経て77年にフリーに。司会を務める「朝まで生テレビ!」は放送30年を超えた。『トランプ大統領で「戦後」は終わる』(角川新書)など著書多数※週刊朝日  2023年5月5-12日合併号
スタンフォードで学んだ新たな「トラブル解決方法」 オンライン紛争解決(ODR)をデジタル社会のインフラに
スタンフォードで学んだ新たな「トラブル解決方法」 オンライン紛争解決(ODR)をデジタル社会のインフラに ※画像はイメージです。本文とは関係ありません(vectorikart / iStock / Getty Images Plus)  なぜ、スタンフォードは常にイノベーションを生み出すことができ、それが起業や社会変革につながっているのか? 書籍『未来を創造するスタンフォードのマインドセット イノベーション&社会変革の新実装』では、スタンフォード大学で学び、現在さまざまな最前線で活躍する21人が未来を語っている。本書より一部抜粋・再編して、立教大学法学部国際ビジネス法学科特任准教授の渡邊真由によるスタンフォードでの学びと、紛争解決の新しい手段、ODR(Online Dispute Resolution)についての解説を紹介する。 *  *  * ODRは紛争解決のイノベーションになる――スタンフォードロースクールで在外研究をしていた筆者は、デジタル化によって司法制度が大きく変わるであろうこと、そして、パソコンやスマートフォンといった端末でトラブル解決ができる未来が訪れることを強く感じていた。2014年のことである。  ODRとはOnline Dispute Resolution(オンライン紛争解決)のこと。紛争解決手続といえば、裁判に代表されるように、対面で行うのが基本である。それを文字通り、ICT・AI技術を使って、オンラインでそのプロセスを行おうとするのがODRだ。具体的には、法的トラブルに直面した当事者に必要な情報を提供すること、申し立てをすること、相手方と交渉すること、中立的な第三者(調停人等)を交えて話し合いをすること――これらのプロセスを専用のデジタルプラットフォームで行う。  この研究をはじめたのは在外研究中のことなのだが、はじめてODRについて知ったとき、強い衝撃を受けたことを今でも鮮明に覚えている。すぐれたデザインのODRが社会実装されれば、社会にさまざまにある法的トラブルのソリューションとなり、今まで泣き寝入りを強いられてきたような個人でも、技術の力で問題解決ができるようになる、そう感じたからだ。  国際的にも、SDGsのゴール16「平和と公正」に掲げられた目標と関連して、技術を活用して正義へのアクセス(access to justice)をひらこうという気運が高まっており、その実現に向けた取り組みがさまざまに展開されている。 ■トラブル解決のデジタル化がなぜ必要か  私たちの日常生活は便利なオンラインサービスであふれている。Amazonで商品を購入すれば次の日には手元に届く。旅行の手配も専用サイトを使えば自分でできる。だれかを応援したいと思えばネットで支援もできるし、マッチングアプリを使えばパートナー探しもできる。コロナ禍もあって、インターネットでできるサービスは格段に増えた。今では財布よりも、スマートフォンをなくすほうが困るという人も多いのではないだろうか。  他方で、裁判やADR(裁判外紛争解決手続)といった分野は、驚くほどアナログな世界である。それに、なにかトラブルに直面したとしても、個人が自分で法的紛争を解決するのは難しい。申し立て書類を準備するだけでも手間がかかるし、解決するには時間やお金もかかる。  そうすると、当事者はどうするのか。解決方法がわからずに「あきらめる」ことになる。たとえば、離婚紛争。将来的なトラブル予防のために、裁判所を通して離婚手続をしたいと考えても、平日の日中に裁判所に出向く時間が取れない、弁護士費用を捻出するのが難しいなどとなれば、たとえ「協議」ができていなくても、やむを得ず協議離婚を選択することになる(事後的にトラブルが起きないことを願いつつ役所に離婚届を出す。もしくは、そもそも離婚調停といった制度があることを知らない人もいるかもしれない)。  他には、電子商取引紛争。インターネットで購入した商品が破損していたのに、返金も代替品の手配もしてもらえないといったこともあるだろう。日本の事業者でも、個人が企業を相手に交渉をするのは難しい。それが海外の事業者ともなれば、英語でのやり取りが必要になるかもしれず、クレームをいうだけでも一苦労である(海外事業者が日本語の通販サイトを作っていることもあり、トラブルに遭うまで気づかないということも現実問題としてありうる)。 令和2年3月16日にODR 活性化検討会によりまとめられた「ODR 活性化に向けた取りまとめ」より  こういったトラブルに直面したとき、一般的には、なんとか解決できないものかと、まずは自分でできるアクションを取る。たとえば、インターネットで検索したり、家族や友人に聞いてみたり(なお、弁護士等専門家に相談する人の割合は少ない)。ところが、多くの場合、スムーズに解決までたどり着くことができない。結局、問題解決に至るまでの遠い道のりに直面し、「泣き寝入り」が合理的な選択肢だと気づくことになる。【図1】(※外部配信先では図版などの画像が全部閲覧できない場合があります。図版をご覧になりたい方は、AERA dot.でご覧ください)は「法的紛争の一般的解決フロー」を示したものだが、紛争が発生してから裁判を利用するまでの間にも、多くの段階があることがわかると思う。  インターネットの普及で私たちの生活は間違いなく便利になった。しかし、一度トラブルが起きると、その解決は容易ではないのだ。『ハーバード流交渉術』(三笠書房・2011年)の著者として知られるフィッシャー教授とユーリ教授は、1980年代に「紛争は成長産業である」と述べていたが、その言葉のとおりに、紛争の数は増えつづけている。  たとえば、国民生活センターには毎年100万件近くの相談や苦情が寄せられる。他にも全国各地に行政の各種相談窓口があり、民間企業もカスタマーセンター等で苦情等の受付をしていることを考えると、社会全体におけるトラブルの数は相当数に上るはずである。  デジタル社会は商品やサービスの利用を容易にしたが、その陰で多数のトラブルが発生している。まさにデジタル化による負の副産物である。他方で、2022年現在、一般人にとって使いやすくトラブル解決を容易にする、オンライン紛争解決の仕組みは、まだ日本社会で広まっていない。 ■スタンフォードでの研究のきっかけ  紛争解決に新たな選択肢をもたらすODRは、この分野のイノベーションになる。そう考え、筆者はこれまで法とテクノロジーの融合領域に関する研究をしてきた。そして、そのきっかけとなったのがスタンフォードロースクールのADRセンターでの在外研究である。  このスタンフォードへの留学の道を開いてくれたのが東京工業大学の博士課程学生向けリーディングプログラム、グローバルリーダー教育院だ。海外研修として、d.school主催のデザイン思考ワークショップに参加する機会を得たのだが、せっかく行くのならと、ADRセンター長のジャネット・マルティネス先生に面談を申し込んだのがはじまりである。  もともとは個人的な経験から民事紛争解決の仕組みに興味をもち、一橋大学大学院で日米のADR制度について研究をしていたのだが、その際にマルティネス先生のDispute System Design(紛争システムデザイン)に関する論文を拝読して感銘を受け、ぜひ直接お会いしてディスカッションをしたいと考えたのだ。先生は、一学生の突然の依頼にも快く応じてくださり、ありがたいことに現地でお会いする機会を得ることができた。そして、研究をはじめた動機や問題意識、今後の展望をお話ししたところ、幸運にもスタンフォードで研究するチャンスをいただけたのである。 ■日本での社会実装が研究テーマの中心に  研究をしながら、強く感じたことがある。それは、ODRをサービスという形にまで落とし込み、広く一般に普及させるには、社会実装に関する研究を行い、その情報を発信することが必要だということである。  筆者がこのような考えをもつにいたったのも、まさにスタンフォードのカルチャーの影響が大きい。ODRは、紛争解決手続にICT技術を活用するところからスタートし、近年ではAI(人工知能)技術の利用も模索されている。そうすると、必然的に学際的な研究が必要になるのだが、そのような研究体制はスタンフォードではよくみられている。日本にありがちな縦割りの組織運営ではなく、研究目的を達成するために、学内外の研究者が分野を超えた連携をして、有機的なつながりを生み出しているのである。  たとえば、筆者が研究に使っていたブースは、ロースクールが入る建物の3階にあったのだが、同じフロアに各種研究センターが集められている。カフェスペースを中心に別々のセンターが配置されているので、ちょっとした休憩時間等に研究者同士が会話をしやすい環境だ。 令和2年3月16日にODR 活性化検討会によりまとめられた「ODR 活性化に向けた取りまとめ」より  学際的な研究センターも多く、筆者の研究に関連するところでは、リーガルテックに関する研究及び社会実装を行うCodeXや法分野にデザイン思考を融合させたプロジェクトを手がけるリーガルデザインラボがある。他にも従来の学術領域を超えた研究が多数行われているのを知り、このような環境がイノベーティブな研究を可能にし、それが社会にとってインパクトあるものとして還元されていくのだと強く感じたのである。また、スタンフォードらしく、「ユーザー中心」や「デザイン」といった概念が浸透しており、研究を行う社会的意義が明確に掲げられているのも新鮮な発見だった。  こうして「ユーザー中心」の法的サービスとはなにか、技術を生かして「正義へのアクセスをひらく」とはどのように実現できるのか、ということが大きな関心となった。そして、「ODRが新たな紛争解決の方法として社会に受容される」ためにはどう考えればよいのかということへ、研究テーマがシフトしていったのである。 ■ODRのプロセスと技術  研究をしていると、ODRとはなにか、どのような技術を使うのかといった質問をされることが多くある。【図2】(※外部配信先では図版などの画像が全部閲覧できない場合があります。図版をご覧になりたい方は、AERA dot.でご覧ください)はODRの進行フェーズをイメージしたもので、縦軸(1~4)に紛争解決のプロセスが示されている。先ほどの【図1】とも併せて、自分でなんらかのトラブル解決をしようとしたときに取るであろうアクションを想像すると理解しやすいかもしれない。  これまで、これらの紛争解決プロセスは、主に対面(一部電話等)で行われてきた。裁判であれば裁判官、ADRの場合は仲裁人や調停人が手続きを進める。他方で、これらの手続きを利用するには、経済的、心理的、時間的障壁等があり、使い勝手のよい仕組みとはいえないのが実情だった。そこで、技術を活用して、法的サービスへのアクセスの改善や利便性の向上を実現しようとするのがODRである。  たとえば、申し立て書類をネット上で、自動作成ツールなども使いながら自分で作ることができたり、それをオンラインで登録できたりすれば、利便性は格段にあがる。法的情報を得ようにも、ネット上の情報は玉石混淆だ。しかし、専用サイトであれば適切な情報収集が可能になる。  相手方との交渉も、対面では交渉力の差や心理的負担で思うように話せないということがあるかもしれない。この点、ODRでは交渉時にチャットを使うことが多いが、自分のタイミングで返事ができるので、考える時間を確保できる。記録を残すこともできるため、事後的な紛争を予防することもできるだろう。海外では、交渉の自動化に関する技術開発も進んでいる。たとえば、当事者が合意可能だと考える金額をAIにレコメンドしてもらえるツールが実用化されているので、相手と腹の探り合いをする必要もなく、早期に和解にたどり着くことができる。  第三者を交えた手続きをする際には、調停人が当事者間交渉のチャットに加わり、話し合いを促進することもあれば、ビデオ会議等を使うこともある。法的問題はともかく、技術的には、裁判官や調停人が行っているプロセスの一部または全部の自動化を支援するようなツール等も、そう遠くない未来に利用ができるようになるだろう。  使われる技術にも段階があり、【図2】の横軸は、技術のレベルに合わせて三つに分類したものである。単に既存のITツールを使うだけでなく(導入フェーズ)、ODRプラットフォームを構築して1から4までのプロセスをシームレスにつなげようとする段階(発展フェーズ)、さらには、AI等の技術を活用してプロセスの自動化を図ろうとする段階(進化フェーズ)が示されている。  将来的には、プロセス全体で、AI等の先端技術を使うことができるようになるだろうが、利用可能な技術や自動化の程度については、その他関連法規との調整もあり、政策的な議論が必要なところである。他方で、海外に目を転じると、特定の紛争類型においては自動化することを前提に、政策的な議論や技術開発を進めている国もみられており、日本国内における政策的議論よりも速いスピードで、関連技術の開発や社会実装が進展していくものと思われる。 <strong>渡邊真由/立教大学法学部国際ビジネス法学科特任准教授。交渉、メディエーション、ODR等、民事紛争解決に関する授業を担当。法務省ODR推進検討会・ODR推進会議委員、一般財団法人日本ODR協会理事、一般財団法人日本ADR協会調査企画委員会委員、Weinstein International Foundationシニアフェロー 、マサチューセッツ大学NCTDR(National Center for Technology and Dispute Resolution)フェロー。ICODR(International Council for Online Dispute Resolution)理事等、国内外での活動を行う。一橋大学大学院国際企業戦略研究科経営法務専攻博士課程修了(博士・経営法)。東京工業大学グローバルリーダー教育院修了。スタンフォード大学ロースクールADRセンター(Gould Negotiation and Mediation Program)元客員研究員。  紛争解決手続をデジタル化しようという動きは、特にコロナ禍を契機として急速に進んでいる。世界中で裁判所や各種行政窓口が一時的にでも閉鎖されることになったが、公的サービスへのアクセスを閉ざしてはならないと、技術活用をする方向へ大きく転換したからだ。ODRを社会実装する意義からいうと、めざすべきは、発展フェーズ以降の段階であり、筆者の研究も、主にこの第2段階と第3段階を対象としている。ODRプラットフォームの具体的な中身は、運営主体が達成したいと考えるゴールによるので、そのデザインのあり方について、研究をすることも重要だと考えている。 ■日本での議論の進展、国内外での活動  海外から遅れはあるものの、日本でもODRの社会実装に向けた議論が進展している。日本ではじめてODRをテーマとした国際シンポジウムが開催されたのは2018年のこと。前任の一橋大学で「AI・ビッグデータ時代の紛争ガバナンス―Online Dispute Resolution―」というイベントを企画し、スタンフォードの恩師であるジャネット・マルティネス先生とODRにおける世界的パイオニアである、コリン・ルール氏に来日していただき、京都大学法学研究科特任教授の羽深宏樹さんにもご登壇いただいてパネルディスカッションを行った。  このイベントも一つの契機となり、その後、2019年に政府の成長戦略にはじめて「ODR」という言葉が入り、内閣官房に「ODR活性化検討会」が設置された。2020年には法務省が「ODR推進検討会」を発足し、そこでの議論を経て、2022年3月に「ODRの推進に関する基本方針~ODRを国民に身近なものとするためのアクション・プラン~」が公表された。この基本方針では、短期目標としてODRの認知度の向上及び推進基盤の整備、中期目標として、世界最高品質のODRの社会実装、そして、スマホ等の身近なデバイスが1台あれば、いつでもどこでもだれでも紛争解決のための効果的な支援を受けることができる社会の実現を掲げている。筆者もこの検討会の委員として議論に参加してきたが、ようやく日本でも、ODRの社会実装に向けて動きはじめたことを感じている。  今後は、政策的な議論から具体的な社会実装のフェーズに入っていくことになるだろうが、それにはユーザーを中心としたODRの「デザイン」が重要となる。これもスタンフォードでの研究がなければ、気づくことができなかった視点だ。  研究以外にもODRの普及に向けた活動を行ってきた。2020年には、日本ODR協会を設立し、各種講演を行ったり、関連イベントの企画や研修を実施したりしている。国際的なところでは、APECにおけるODRの議論やISO規格に関する議論に委員として参画したり、マサチューセッツ大学附設のODRに関する研究センター(NCTDR)のフェローやODRの国際コンソーシアム(ICODR)のボードメンバーに就任したりするなど、さまざまな活動に参加している。これもすべて、ODRの社会実装を実現するための取り組みだ。 ■紛争解決のこれから──ODRをデジタル社会のインフラに  研究者としてもまだまだ駆け出しで、学外での活動についても、やりたいことのほんの一部しかできていない現実に、もどかしさを感じることもある。それでも、焦らずに研究を積み重ねて、その成果を社会に還元するというのが今の目標だ。  近年でこそ、裁判手続のIT化等を含む司法のデジタル化の議論が進展しているが、研究をはじめた当時、紛争解決手続をIT化するというアイデアを話しても、なかなか受け入れてもらえなかった記憶がよみがえる。これまでの道のりを振り返ると、決して平坦なものではなかったし、これからも、たくさんの山を乗り越えていかなければならないのだろうと感じている。  先端的研究や新たな仕組みの社会実装に向けた活動をしていると、思うように進められずに苦しい思いをすることも当然あるのだが、そんなときに、一歩でも先に、前にと、あきらめずに進むことの大切さを思い出させてくれるのがスタンフォードでの学びだ。そういう意味でも、研究者としての私の原点は、間違いなくスタンフォードにある。 未来を創造するスタンフォードのマインドセット イノベーション&社会変革の新実装※Amazonで本の詳細を見る  諸外国では急速に社会実装が進んでいるものの、カルチャーの違いもあり、日本社会でODRが広まるには、もう少し時間がかかるかもしれない。それでも、これからも変わらずに、利用者を中心とした法的サービスのあり方に関する研究を積み重ねていくのだろうと思っている。トラブルで困る人を少しでも減らすためにも、ODRをデジタル社会に必須の仕組みとして、広く受け入れてもらえるように、働きかけていきたいという思いがあるからだ。  それにODRがカスタマーサービス機能をもつ企業や各種相談センター等で導入されれば、オペレーション効率が高まりコスト削減ができるだけでなく、利用者の満足度を向上させることもできるだろう。実際に、アメリカで行われた研究によると顧客に特別な体験を提供して喜ばせることよりも、顧客が抱える問題の解決にかかる作業負担を減らすことがロイヤリティを高めるということが明らかになっている。ODRも同様に、デザインの工夫をすれば、事業者や紛争解決サービスの運営主体と個人、その双方にとって、メリットのある仕組みにすることができるものと考えている。  ODRには、紛争解決手続をオンライン化するということ以上に、大きな可能性があると感じている。制度設計をする側のビジョンやアイデア次第で、イノベーティブなサービスを創造することができるからだ。ODRがリーガルテックの一領域として今後発展していくこと、そして、社会システムとして必要な仕組みだと認識してもらえる時代が来ることを信じつつ、研究の成果がODRの社会実装へとつながるよう、また、技術を活かして法的サービスへのアクセスをひらくというビジョンが形になるよう、少しずつでも前に進んでいきたいと思う。
春から初夏は【肌トラブル】が起きやすい 身体の中から改善する方法を漢方の専門家が紹介
春から初夏は【肌トラブル】が起きやすい 身体の中から改善する方法を漢方の専門家が紹介 外で過ごすのが気持ちいい季節だからこそ、肌トラブルに注意したいですね ※写真はイメージです (c)GettyImages  新緑がまぶしい、爽やかな季節になりました。旅行や行楽へと出かける機会も多くりますが、この時期は紫外線や気温の上昇などによる「皮膚のトラブル」にも注意が必要。そこで今回は、春から夏にかけての皮膚トラブル対処法をご紹介します。この記事では、日本の漢方のルーツである中国の伝統医学「中医学」をもとに、4つのタイプ別【春のストレス対策】を専門家が分かりやすく説明します。 *  *  * ■ 気候や環境の変化、身体の不調が肌トラブルの原因に  春から初夏にかけての季節は、木々が芽吹き、すべてのものが伸びやかに成長を始めます。人の身体も動きが活発になり、エネルギーを外へと発散するように。この働きによって体内の老廃物が外に排泄されやすくなり、皮膚のトラブルが起こりやすくなるのです。  肌トラブルは、気候や環境の変化、アレルゲンといった外からの要因である「外因」と、身体の不調、アレルギー体質などの体内の要因「内因」、この2つの原因によって現れるものと中医学では考えます。  例えば、五行学説では「皮膚」は「肺」にあたるため、まず肺を健やかに保ち、肌トラブルの外因で、邪気のひとつである「風邪(ふうじゃ)」を寄せ付けないことがポイント。  一方、ジュクジュクした症状は「湿邪(しつじゃ)」が原因となるため、身体の中にたまっている余分な湿(しつ)を排泄するため「脾胃(ひい)」(消化器系)の機能を高めることも大切です。また、皮膚の炎症などは、皮膚に停滞する「毒素」が原因となるため、解毒作用を持つ「腎」(腎臓)の働きを高めることも改善につながります。  このように、肌トラブルは、表面的にケアをして症状を抑えるだけではなく、身体の中から改善していくことがとても大切。少し時間はかかりますが、日頃から健康に過ごす対策をして、しっかり体質を改善していきましょう。 【チェック】春から夏の肌トラブル対策  春から夏にかけて、気温はぐんぐん上がります。梅雨の時には湿気も多くなり、肌トラブルが悪化しやすい時期。気候の変化に応じて症状別の食材を参考に、体質改善を心がけ、つらい症状をなるべく抑えるようにしましょう。 【タイプ1】身体のあちこちにかゆみ「風(ふう)」タイプ <気になる症状>身体のあちこちが痒くなる、上半身に症状が出やすい、症状の変化が早い <改善ポイント>風邪(ふうじゃ)が原因の初期症状  肌トラブルの多くは、邪気(じゃき)のひとつである「風邪(ふうじゃ)」が引き起こすものと中医学では考えます。風邪が体内に侵入すると、身体表面の機能が低下し、皮膚の「気・血(き・けつ)」の巡りが悪くなることでトラブルが現れるのです。  動く性質をもつ風邪(ふうじゃ)による症状は、身体のあちこちに痒みがある、上半身に症状が出やすい、発疹が出たり治まったり症状の変化が多い、などが特徴。肌トラブルの初期段階でもあるので、風邪の発散を心がけ、慢性化しないよう早めに対応してください。 <摂り入れたい食材>香りの良いもの、辛味のあるもので、風邪(ふうじゃ)の発散を心がけましょう。脂っこい食事はできるだけ控えるようにしてください。スイカズラの花(金銀花)茶、薄荷、菊花、しそ、三つ葉、香菜(シャンツァイ、パクチー)など 香りのよい食材、しそ 写真 PhotoAC 【タイプ2】ジュクジュクする「湿(しつ)」タイプ <気になる症状>ジュクジュクした症状、下半身に症状が出やすい、慢性化しやすい、食欲不振、口の中がネバネバする、軟便 <改善ポイント>身体に溜まった余分な水分が原因  梅雨から夏にかけては湿気が多くなり、「湿邪(しつじゃ)」となって皮膚の症状を悪化させる大きな原因となります。体内の水分調節をする「脾胃(ひい)」(消化器系)の機能が低下していると、「湿邪」が身体に入り込んでも、余分な水分をうまく排泄することができません。そのため身体の汚れである「湿」が皮膚に溜まってしまい、肌トラブルを引き起こすのです。 <摂り入れたい食材>味の薄いもの、利水作用(身体の中から余分な水分を排泄する)のあるものを中心に選びましょう。甘いものの食べ過ぎに注意してください。ハトムギ、どくだみ、おおばこ、冬瓜(とうがん)、小豆、もやし、緑豆、春雨など 体内の水分調節をする食材、もやし 写真 PhotoAC 【タイプ3】赤みや熱感のある「熱」タイプ <気になる症状>皮膚の熱感・赤み・痛み・炎症、ニキビなど化膿しやすい、口の渇き、尿が黄色い、便秘気味 <改善ポイント>初夏から夏の暑さで症状が悪化  初夏から夏本番の暑い時期は「熱邪(ねつじゃ)」による肌への刺激に注意が必要です。また、外気の暑さだけではなく、イライラやストレスなどで体内に熱が発生しないようにすることも大切。熱が皮膚の表面に滞ると、肌トラブルを引き起こすばかりでないく、症状が悪化する原因にもなります。身体の余分な熱を取り除き、症状をなるべく抑えるよう心がけましょう。 <摂り入れたい食材>苦みのあるもの、身体の熱を冷ます働きのある涼性(りょうせい)のもの、身体の中から余分な水分を排泄する利水作用のあるもので、身体の熱を取り除きましょう。刺激のある辛い食事は、なるべく避けるようにしてください。ごぼう、苦瓜、レタス、すいか、豆腐、緑茶、たんぽぽ茶など 身体の熱を冷ます働きのある食材、ニガウリ 写真 PhotoAC 【タイプ4】乾燥からくるかゆみ「燥(そう)」タイプ <気になる症状>皮膚の乾燥、乾燥によるかゆみ、口や鼻の乾燥、から咳、便秘気味 <改善ポイント>体内の潤い不足で、皮膚が乾燥  潤いは、肌を守る大切な要素。夏の時期は湿度が高いので、空気の乾燥によるトラブルはあまり心配ありませんが、体内の潤い不足には注意が必要です。慢性的な肌トラブルがある場合は、肌が弱く乾燥しやすい状態になっているので、特に気をつけましょう。  この時期の乾燥の症状は、体内の「血(けつ)」が不足し、皮膚の潤いや栄養が足りなくなることが原因。毎日の食事で十分に栄養を摂り、身体の中の潤いを保つよう心がけてください。 <摂り入れたい食材>潤いを与える食材、コラーゲンを豊富に含むものなどを選びましょう。しっかり食べて栄養を摂るようにしてください。ほうれん草、りんご、白きくらげ、なつめ、蜂蜜、豚の皮、大根など 潤いを与える食材、白きくらげ 写真 PhotoAC 【ポイント】暮らしの工夫で、良い肌の状態を保ちましょう  皮膚を良い状態に保つためには、まず外からの要因を取り除くことがポイント。ホコリやペットの毛などが室内に溜まらないよう、こまめな掃除、換気を心がけましょう。入浴で皮膚を清潔に保つことも大切です。その際、石けんは低刺激で保湿性の高いものを選ぶと安心です。  おしゃれにもちょっとした工夫を。洋服は肌に優しい綿素材を選ぶ、アクセサーは素材選びや付け方に注意する、化粧を控えめにする、などの気配りをしましょう。また、洗濯用洗剤も自分に合うものを選び、衣類に残らないよう少量を使うようにしてください。  身体を整えるためには、まずバランスの良い食生活を。体内に毒素が溜まらないよう食物繊維などを多く摂り、便秘をしないよう気を付けましょう。また、甘いもの、油っこいもの、コーヒー、アルコール、タバコなどは控えめに。  そのほか、睡眠を十分にとる、ストレスを溜めないといった生活の心がけも大切なポイントです。これからは新緑の美しい季節。緑が香る爽やかな空気を一杯に吸い込んで、毎日をいきいきと過ごしましょう。 監修:菅沼 栄先生(中医学講師) 監修:菅沼 栄先生(中医学講師)1975年、中国北京中医薬大学卒業。同大学附属病院に勤務。1979年、来日。1980年、神奈川県衛生部勤務。中医学に関する翻訳・通訳を担当。 1982年から、中医学講師として活動。各地の中医薬研究会などで薬局・薬店を対象とした講義を担当し、中医学の普及に務めている。主な著書に『いかに弁証論治するか』『いかに弁証論治するか・続篇』『漢方方剤ハンドブック』(東洋学術出版)、『東洋医学がやさしく教える食養生』(PHP出版)、『入門・実践 温病学』(源草社)など。 本記事は、イスクラ産業株式会社監修の中医学情報サイト「COCOKARA中医学」より、一部改変して転載しました
25年間で10回転職したグーグル首席デザイナーが教える「面接官の心をつかむテクニック」4つの方法
25年間で10回転職したグーグル首席デザイナーが教える「面接官の心をつかむテクニック」4つの方法 キム・ウンジュさん(写真/本人提供)  49歳のときに米グーグルのNo.1デザイナーになった韓国出身の女性がいる。彼女の名は、キム・ウンジュさん。韓国で勤めていた会社を27歳で辞めて、渡米。簡単な英語のフレーズすらまともに話せない状態で始まったアメリカ生活だったが、その後はモトローラやクアルコムなどでキャリアを積んだあと、グーグルに入社。25年間で10回の転職経験をした彼女がグローバル企業で身につけたこととは――。著書『悩みの多い30歳へ。世界最高の人材たちと働きながら学んだ自分らしく成功する思考法』(CCCメディアハウス)から、ここでは「面接官の心をつかむテクニック」を紹介する。 *  *  * 【1】面接をリードする  応募者の切実さや努力とは対照的に、面接官は採用活動に無関心である。非常に申し訳ないが、それが現実だ。言い訳をさせてもらえるなら、社員はトイレに行く暇もないほど会議のスケジュールが詰まっている日がほとんどだ。  1名を面接するには6~7人の社員が必要だが、応募者数が多く、対応できる面接官の数は限られているので、どうしてもスケジュールがタイトにならざるを得ない。事前に履歴書をしっかりチェックできないこともよくある。  ほとんどの応募者が自分のことを“質問を受ける立場”だと考えて、「聞かれたことに答えよう」という姿勢で面接に臨む。そのため、面接官が会話をリードするのを待ってしまう。  そうではなく、インタビューの進行役を務めるのは自分だと考えてみよう。「面接官は自分について何ひとつ知らず、履歴書を読んでもいないし、会話の内容について何の準備もしていない人だ」という前提で面接を受けるといい。  面接官は、実はあなたに興味がない。次の会議の案件、報告書、プロジェクトのデッドラインのことで頭がいっぱいだ。それが面接というゲームのルールであり、自分だけが不利なのではなく、どの応募者も同じ条件だ。だから、質問されるのを待つのではなく、自分から会話を引っ張っていくスキルが求められる。自分を評価する企業や面接官の立場に立ち、自分という人間をどんなふうに見せたいのかを考えて、会話を誘導しなくてはいけない。 【2】印象づけたいスキルをアピールする  面接官は、応募者についての意見書を提出することになっている。これはかなり時間をとられる作業だ。私が面接官を引き受けたくない主な理由でもある。そこで、逆転の発想をしてみよう。自分に関する所見を面接官の代わりにまとめて、自分の思いどおりに意見書を書いてもらえるように仕向けるのだ。あなたについて、いちばんよく知っているのはあなたなのだから。 キム・ウンジュさん(写真/本人提供)  意見書は通常、大きく3つの項目に分かれている。  まずは、技術について。職務に合った能力があるかどうかを評価する。主に、専門知識や創造力、コミュニケーション能力、プレゼンテーションスキル、実行力などのチェックが行われる。面接官のノートに書いてもらいたい自分の能力を面接時に繰り返し強調しよう。このとき、他の応募者にはない自分ならではのスキルを“ストーリー仕立て”で伝えるとなおいい。単語を覚えるのは難しいが、ストーリーなら記憶に残りやすいからだ。  2つ目は、ソフトスキルだ。主に性格や開放性、態度、価値観などをチェックする。この項目は、特別に優れた部分を選ぶのが容易ではないため、目立った点を報告書に記入する場合が多い。そのため、悪目立ちする発言や行動がないように気をつけたい。面接官がしきりに首をかしげたり、眉をひそめたりするような状況にならないだけでもひとまずは成功だ。  それでも、キーワードを1つ印象づけておきたい。とてもポジティブな人だとか、おもしろい人、他の応募者の話に熱心に耳を傾ける人、など。自分について、面接官に覚えておいてほしいソフトスキルを印象づけるようにする。ただ漠然と「いい人だった」という印象だけでは足りない。面接官の記憶に残る何かがなければならない。  最後はリーダーシップ。会社の長期的なビジョンのためにかなり重視されるスキルだ。成長のポテンシャル、ビジョンを提示して問題を解決する能力、チームワークと協業のスキルなどを主にチェックする。面接官が意見書に記載できるように、リーダーシップの高さを裏付ける具体的なエピソードを用意しておこう。 【3】最後の5分で好印象を残す  心は記憶の産物だ。人間は論理的でも合理的でもない(そう見せかけているだけ)。それに、とても感情的で情緒的だ。そのため、政治や経済、マスコミ、広告などはすべて感情を刺激して、人々の心を動かすことに焦点を合わせる。  認知心理学の巨匠ダニエル・カーネマンが提唱した「ピーク・エンドの法則」は、面接にもあてはまる。ある出来事についての人間の評価や印象は、何を記憶するかにかかっているという法則で、この記憶に最も大きな影響を及ぼすのは、感情が昂った絶頂の瞬間(ピーク)と最後の瞬間(エンド)だという。つまり、終わりよければすべてよし、ということだ。  そのため、面接の最後の5分が重要になる。時間に追われてあたふたしていたり、緊張したままおどおどしていたり、「最後に質問はありますか?」と面接官に聞かれたときに曖昧な笑顔で「ありません」と答えて、気の抜けた印象を残してはいけない。記憶のエラーによって、最後の5分が1時間の面接全体の評価を左右する。ポジティブなエネルギーとこの人は信頼できるという印象がたっぷり残るように締めくくろう。 【4】「逃したくない人材」だと思わせる  複数人の意見を集めるとはいえ、1時間の面接で採用すべき人材かどうかを100%確信するのは簡単なことではない。こんなとき、他の会社があなたを欲しがっているという情報があれば、面接官の確信を強めることができる。「売り切れ間近」というテロップで視聴者を焦らせるテレビショッピングの手法と同じだ。  そのため転職活動をするときは、第一希望以外の会社にもエントリーしておいたほうがいい。入社する気のない会社でもかまわない。「自分は多くの企業が欲しがる優良物件だ」ということを第一希望の会社に見せられればいい。複数の企業を同時に受けると、一社で学んだことを別の会社でも活かせるし、面接に慣れて失敗を減らすこともできる。何と言っても、自分に有利に面接を進めていくことができる。  私を採りたいなら急げ、というサイン。売り切れ間近。他人が欲しがっていれば、自分も欲しくなるというのが人間というものだ。  面接とは人と人が会い、人の心を動かすものだ。そして何より、自分に対する相手の心を動かさなくてはならない。ここで最も重要な点は、自分への愛情と自信が欠かせないということ。自分ですら愛していない自分を、誰かに認めてもらいたいと願うなんておかしな話だ。そして「面接は面接官のものではなく、自分のものだ」という姿勢を忘れないこと。あなたこそがストーリーを構成する脚本家であり、監督であり、主人公だ。幸運を祈る。 『悩みの多い30歳へ。世界最高の人材たちと働きながら学んだ自分らしく成功する思考法』(CCCメディアハウス) ◯キム・ウンジュ韓国出身のGoogleの首席UXデザイナー。Googleの核心部署である検索と人工知能チームの首席デザイナーとして働き、2020年には社内の「今年のデザイナー賞」を受賞した。25年で10回の転職を経験。1998年に27歳で渡米。イリノイ工科大学(IT) デザイン大学院修士課程を修了し、モトローラ、クアルコムなどでキャリアを積む。2013年、韓国に帰国してサムスン電子で円形スマートウォッチの開発を主導。2018年、47歳で米シリコンバレーのGoogle本社に入社。
ChatGPTに潜む5大リスクと開発競争の行方 AIが原理的に理解できない「人間らしさ」とは?
ChatGPTに潜む5大リスクと開発競争の行方 AIが原理的に理解できない「人間らしさ」とは? イタリアで一時使用禁止になった「ChatGPT」(ZUMA Press/アフロ)  ネット上にある膨大なデータを基に学習するChatGPT(チャットGPT)などのAI。さまざまな作業を効率化するメリットがある一方で、プライバシーや企業情報の漏洩、雇用の喪失などを懸念する声が上がっている。そして、サイバー攻撃など犯罪に悪用される危険性も指摘されている。私たちはこのようなリスクに、どう向き合えばいいのだろうか。(桜美林大学教授 平和博) <<前編:社員が機密情報をChatGPTに入力、上司の知らぬ間に漏洩も 生成AIの安全対策は可能?>>より続く *  *  * ■犯罪に悪用されないか  チャットGPTは、その悪用のリスクも指摘されてきた。ユーロポール(欧州刑事警察機構)は3月27日付で公表した報告書で、その具体的な事例を明らかにしている。 「大規模言語モデルによって、フィッシングやオンライン詐欺は、より迅速に、ずっと本物らしく、そして極めて大規模に作成できるようになった」  詐欺行為やサイバー攻撃では、標的に対して企業や他人になりすましたメールを送付し、それを足がかりにすることが多い。従来なら人の手で作成していたそのような文面も、チャットGPTなら、即座に、より自然に、何件でも、さらにはさまざまな言語で、作成することができる。「これらの犯罪行為に加え、チャットGPTの機能は、テロリズム、プロパガンダ、偽情報の分野で多くの潜在的な悪用ケースに適している」  チャットGPTを開発する米企業オープンAIも安全対策を講じているが、それらの回避策も存在するという。さらに自然言語だけではなく、サイバー犯罪に使用できるプログラムの作成も可能だという。その機能は、専門知識のない犯罪者の参入のハードルを下げる一方で、高度なサイバー犯罪の手口をさらに巧妙なものにすることもできるとしている。  サイバー犯罪対策とフェイクニュース対策にも、進化が求められている。 ■「社会と人類へのリスク」 「猛烈なスピードで(AI)開発が進むのとは対照的に、ガバナンスのための対策はおおむね動きは鈍く慎重姿勢だ。より強力なAIシステムの開発を一時停止することは、ガバナンスの対策がこの分野の急速な進化に追いつくための、重要な機会になる」  米NPO「未来生命研究所(フューチャー・オブ・ライフ・インスティチュート、FLI)」は、4月12日付で公開したAI開発停止をめぐる政策提言書で、そう指摘する。提言書の中では、「(AI開発に対する)第三者機関による厳格な監査と認証」など7項目の政策を掲げている。  同研究所は3月22日付の公開書簡で、「人間並みの知能を持つAIシステムは、社会と人類に重大なリスクをもたらす可能性がある」と指摘し、GPT-4よりも強力なAIシステムの学習を半年間停止するよう求めた。公開書簡に賛同する署名者の数は、開始から4週間で2万6千人を超えた。  署名者として注目を集めるのは、世界的に知られる専門家たちだ。  同研究所所長でマサチューセッツ工科大学(MIT)教授のマックス・テグマーク氏と、同研究所理事でネット通話サービス、スカイプの共同創業者、ヤン・タリン氏、同研究所アドバイザーでもあり、テスラやスペースX、ツイッターCEO、そしてオープンAIの創設にも携わったイーロン・マスク氏、AI研究で知られるカリフォルニア大学バークレー校教授、スチュアート・ラッセル氏。  さらに、ディープラーニング(深層学習)のパイオニアでモントリオール大学教授のヨシュア・ベンジオ氏、アップル共同創業者のスティーブ・ウォズニアック氏、画像生成AI「ステイブル・ディフュージョン」を開発したAIベンチャー「スタビリティAI」CEOのエマード・モスターク氏、『ホモ・デウス テクノロジーとサピエンスの未来』などの著書があるヘブライ大学教授のユヴァル・ノア・ハラリ氏の名前もある。  ただし、中には「習近平」など虚偽のものも含まれており、署名者の確認作業も進めているという。  同研究所の名前は、2017年に公表されたAI研究・開発の先駆的ガイドライン「アシロマAI原則」とともに知られる。23項目におよぶガイドラインは、「高度な人工知能は、地球上の生命の歴史に重大な変化をもたらす可能性があるため、相応の配慮や資源によって計画され、管理されるべきである」など、今回の公開書簡につながる問題意識を示す。 「アシロマAI原則」も、やはり公開書簡の形で公表し、テグマーク氏、タリン氏、マスク氏、ラッセル氏、ベンジオ氏のほか故スティーブン・ホーキング氏ら5千を超す署名を集めている。今回の未来生命研究所が出した公開書簡の実質的な宛て先となるオープンAIのCEO、サム・アルトマン氏も「アシロマAI原則」の署名者の一人だ。 「この数カ月、AIの研究機関は、誰も(その開発者でさえ)理解できず、予測できず、確実に制御できない、より強力なデジタル知能を開発し展開する、制御不能な競争に陥っている」  今回の公開書簡は、そう指摘している。  一方でウォールストリート・ジャーナルは4月14日、署名者に名を連ねるマスク氏が、AI開発のための新会社「X.AI」を設立した、と報じている。オープンAIへの対抗の狙いがあると言い、複雑な思惑もうかがわせる。  また、米NPO「AI・デジタル政策センター(CAIDP)」は3月30日、米連邦取引委員会(FTC)に対し、オープンAIが「商取引における不公正、欺瞞的行為」を禁じたFTC法に違反しているなどとして、同社への調査を行い、必要な安全対策が行われるまで、新たなモデルの公開を防ぐよう求める申し立てを行った。同センターも、AIが制御不能になることへの懸念を指摘し、FTCにルール策定を求めている。 ■ワイゼンバウム氏の警告 「AIは病気や気候変動のような非常に難しい課題への対処に役立つが、我々の社会、経済、国家安全保障に対する潜在的なリスクにも対処しなければならない」  米国のバイデン大統領は4月4日、専門家グループとの会合でこう述べたという。米商務省国家電気通信情報庁(NTIA)も11日から、「AIのアカウンタビリティー(説明責任)」を担保するための規制策について、パブリックコメント募集を開始した。  来日したオープンAIのアルトマン氏は10日、岸田首相と面会し、チャットGPTの「利点と、欠点を軽減する方法」について説明したという。  プライバシーの侵害、企業秘密の漏洩、雇用の喪失、サイバー犯罪、そして制御不能な進化への懸念。ここまで見てきたチャットGPTの5大リスクに、どう備えればいいのか。  プライバシー侵害や企業秘密漏洩に関して、ユーザーの立場では、開発元であるオープンAIの対応も見極めながら、チャットGPTに入力しても支障のないデータかどうかを意識しながら使う必要はあるだろう。  そして仕事への影響については、どの部分がどれだけ効率化されるのか、それによって作業を見直し、生産性をどれだけ上げていくことができるのかを考える必要もある。一人ひとりが自分のスキルを改めて見直すきっかけにもなるだろう。  サイバー攻撃やフェイクニュース増大のリスクは、個々のユーザーにとっても、一層のセキュリティー意識とリテラシーが求められることになる。  AIが制御不能となるリスクに対しては、加速する一方の開発レースや熱狂に、社会として一定の冷静さを保つことも必要だ。  そして、AIにできることと人間にしかできないことの整理が、これまでにも増して重要になってくる。 「人間の生活には、コンピューターには理解できない側面がある。不可能なのだ。人間であることが必要だ。愛と孤独は、人間の生物としての特性と非常に深く関わっている。コンピューターは、原理的にそのようなことは理解できない」  1960年代半ばに、チャットボットの原型となる対話型のコンピュータープログラム「イライザ」を開発したMIT教授、故ジョセフ・ワイゼンバウム氏は、1977年5月8日付のニューヨーク・タイムズの記事で、こう述べている。  人間らしさ、人間への理解は、チャットGPT時代への大事な備えになるだろう。 ◯平 和博(たいら・かずひろ)/早稲田大学卒業後、1986年、朝日新聞社入社。社会部、シリコンバレー(サンノゼ)駐在、科学グループデスク、編集委員、IT専門記者(デジタルウオッチャー)などを担当。2019年4月から桜美林大学リベラルアーツ学群 教授(メディア・ジャーナリズム)。主な著書に『悪のAI論 あなたはここまで支配されている』『信じてはいけない 民主主義を壊すフェイクニュースの正体』(いずれも朝日新書)などがある
人生につきまとう不安や心配はどうすれば消せる? ブッダ流"心との向き合い方"
人生につきまとう不安や心配はどうすれば消せる? ブッダ流"心との向き合い方" 『心配しないこと』アルボムッレ・スマナサーラ 大和書房  世の中を見渡せば、新型コロナウイルスに物価高騰、少子高齢化......と気がかりなことがいろいろ。自分自身を振り返ってみても、仕事に健康、お金の問題など心配の種は尽きません。毎日、先のことを考えて漠然とした不安で苦しくなる人もいるのではないでしょうか。この心配や不安はどこから生まれて、どうすれば取り去ることができるのでしょう。  その手助けとなってくれるのが、今回紹介する書籍『心配しないこと』。同書は、日々の落ち着かない心を手放し心身ともに軽やかに生きる術を、ブッダの教えをもとに記した一冊です。  著者のアルボムッレ・スマナサーラさんは、1945年にスリランカで生まれ、13歳で出家得度。スリランカの国立ケラニヤ大学で仏教哲学を教えた後、1980年に国費留学生として来日。現在は日本テーラワーダ仏教協会で初期仏教の伝道と瞑想指導に従事しながら、全国で講演やセミナーなどもおこない、ブッダの根本の教えを説き続けています。日本に長く住んでいるからか、同書も日本の文化や情勢、日本人の習性などを理解したうえで書かれており、仏教に詳しくない人でも理解しやすい部分も多いはず。  さて、心配や不安をなくすために必要なものとして同書に何度も出てくるのが「慢」という言葉です。自慢、傲慢、慢心......といった言葉にも使われる漢字ですが、仏教心理学では、人間のみならずあらゆる生命の心に「慢」という煩悩があると教えているそうです。 「『私とはいったい何者なのか?』と知るために、自分と他人を比較して測ろうとする心の働きが慢です。つまり、慢とは自己評価の煩悩なのです」(同書より)  お金、食べ物、衣服、家屋、恋人、友人、仕事、若さ、美しさ......あらゆる物を測り、価値を入れ、その価値のラベルに合わせてどんな行動をするか決めている私たち。中でもいちばん高い価値をつけているのは「自分」に対してなのだそうです。しかし実はその「私」という存在自体、思い込みでしかないのだと著者は言います。なぜなら、私たちの体や心は絶えず変化し続け、そこに確固たる実態は見出せないからです。価値をつけようとする自分そのものが錯覚かもしれないと思えれば、慢という悪感情を繁殖させる心の隙も小さくなるだろうと記します。  こう聞くとなんだか抽象的ですが、要は慢の奴隷にならないための理性や客観的な物の見方を身につけることが大切です。同書には、慢を制御するための具体的な方法が紹介されています。他人や世の中は自分でコントロールすることはできませんが、自分の心であればコントロールすることは可能。心のしくみや働きを理解し、理性で感情を抑えられれば、管理のおよばない未来に対しての不安を減らすことができます。実践するのはなかなか難しいですが、普段の生活の中で意識するだけでもずいぶん違うのではないでしょうか。  第5章「心配事をブッダに相談してみよう」では、老後の生活やパンデミック、孤独死などにまつわる現代らしい心配ごとがQ&A方式で書かれていて、この考え方がさらに腑に落ちやすいことと思います。  新しい環境での生活が始まる人も多い今の時期。日々を心穏やかに過ごすためには自分の心の持ちようをどうすればよいか、ぜひ同書を参考に考えてみてはいかがでしょうか。 [文・鷺ノ宮やよい]
新井恵理那は「授かり婚」、カトパンは「妊活」…変わりゆく女性アナウンサーの「出産と仕事」のカタチ
新井恵理那は「授かり婚」、カトパンは「妊活」…変わりゆく女性アナウンサーの「出産と仕事」のカタチ 新井恵理那アナ  朝の情報番組「グッド!モーニング」(テレビ朝日系)のメインMCなどで活躍するフリーの新井恵理那アナウンサー(33)が、一般男性との結婚および妊娠を発表した。  4月16日、新井アナは自身のインスタグラムを更新し、「私、新井恵理那は、友人による紹介をきっかけに昨年夏から交際してきた方と今年に入り結婚致しました。また、みなさまへのご報告を予定していたなかで、お腹に命を授かったことがわかりました」と報告。喜びをあらわにするとともに、お相手について「同世代で大阪出身、現在は都内に会社勤めをしている、非常に陽気な方です」「好きなアニメの話で意気投合するなど、わたしは出会ったときから長年の友人のような印象を抱いており、純真な彼の人柄に惚れ込んでおります」などとつづっている。  新井アナは、昨年10月に“マッチョな彼氏”とのスーパーでの買い物デート姿をキャッチされて“ほぼ同棲愛”と写真週刊誌に報じられた。当時は同棲については否定し、「今回のことは盗撮されて勝手に書かれたもので、わたしとしては怖いです」「お相手のこともありますし、間違った内容も多くとても不快に思っています」など記事に対して不快感を示していた。  スポーツ紙の芸能担当デスクは語る。 「結婚した1歳下の大阪出身の会社員は、この時にキャッチされた“マッチョな彼氏”と同一人物だとみられています。新井アナは自身も芸能ニュースなどエンタメ情報を扱う番組のMCを担当している立場ですから、当時、自身の報道について『盗撮』や『不快』といった厳しい言葉も使ってマスコミを批判したことは意外な観もありました。ただ、それだけ多忙な中でひそかに育んでいた彼との恋路を邪魔されたくなったのでしょう」  結果、結婚だけでなく、妊娠という“ダブルおめでた”を実らせたわけだが、気になるのは今後の動向だ。   新井アナといえば、大学時代には「ミス青山学院」でグランプリを獲得するなど輝かしい経歴があったものの、民放キー局のアナウンサー試験は全敗。その後、下積み時代を経験しながらフリーアナとして徐々に認知され、朝の情報番組のMCを務めるまでブレークしたという経緯がある。今では、ニホンモニターが発表している「2022タレント番組出演本数ランキング(関東)」で女性タレントとして最上位にランクインされており、アナウンサーとしてトップクラスの人気を誇るまでになった。それだけに、仕事への影響も決して小さくないだろう。 「妊娠中ということで、当然、仕事は徐々にセーブしていくでしょう。ブレーク後はずっとフル稼働で働いてきましたし、本人は真面目な性格ゆえ、結婚や妊娠ほどの大きな出来事がなければ、仕事をセーブするという選択もしにくかったでしょう。これを機に、お休みはもちろん、なかには降板する番組もあるのではないでしょうか。実際、すでに業界内ではその穴を埋める“ポスト新井アナ”の行方にも注目が集まっています」(放送作家)  かつて人気女性アナは30歳くらいを境に第一線を離れ、結婚や子育て中心の生活に移行することも少なくなかった。それゆえ「女子アナ30歳定年説」などという、今となっては時代錯誤な言葉が流布した時期もあった。  それが近年では年齢を重ねてからも第一線でバリバリ働ける環境が整うようになり、女性アナウンサーの活躍期間も長くなった。その一方で、激務で知られる売れっ子アナウンサーは、結婚や出産のタイミングを自分で図る必要が出てきたとも言える。 「『NEWS23』のキャスターを務める小川彩佳さんは、出産にあたり約3カ月の産休をへて復帰しました。小川さんは同番組のオファーを受けた際、番組スタッフから『小川さんがもし子を授かって、番組に帰ってきてくれるとしたら、それは新しい視野や視点を身につけて、より強くなって帰ってきてくれるということ。それは番組にとってプラスのことだと思う』という言葉をもらったことを明かしています。また、夕方のニュース番組『Live News it!』のキャスターを務めていた加藤綾子さんも、家庭の時間を優先することを理由に昨年9月から休業状態に入っています。加藤さんは、長年共演してきた明石家さんまさんに『要するに妊活やな?』と聞かれて『そうですね』と答えていることから、今は仕事よりも妊娠、出産を第一に考えているのでしょう。新井さんもそうですが、人気アナウンサーも妊娠のタイミングを自分の意志で選択できるようになったことは、とてもいい傾向だと思います」  人気アナウンサーでも「妊娠」や「妊活」を堂々と言える時代。ママとなった新井アナが、またキャスターとして復帰する姿も見てみたい。 (立花茂)
「コロナ後」景気回復のカギに? 「大人女子」の消費が大きく伸びる可能性
「コロナ後」景気回復のカギに? 「大人女子」の消費が大きく伸びる可能性 ボクシングジムでトレーニングする山本貴代さん(本人提供)  コロナ禍を経て元に戻るもの戻らないものがありそうだが、50代から70代の「大人女子」たちの元気ぶりはどちらか。様子を探ると活発さは相変わらずで、コロナ後の生活を見越してウズウズしている向きもある。さらなるパワーアップも垣間見え、「女性は年を重ねるほど元気になる」とする仮説まで登場している。 *  *  * 「最初は“コロナ太り”解消が目的だったんです」  女性生活アナリストの山本貴代さん(57)は、ボクシングを始めた動機についてこう話す。 「巣ごもり生活」で少し体重が増えた。ボクシングは究極の痩せるスポーツとは聞いていた。事務所の近くに元世界チャンピオンの川島郭志氏が経営するジムがあることも知っていた。ただ、「男の世界」を前にあと一歩が踏み出せないでいた。 「でも一昨年の暮れ、今やるしかないと思って入門しました。『カッコよくなりたい』という欲望がありましたから」  以来、週4~5日、まるで学校の部活のようにジムに通う。縄跳び、サンドバッグ、パンチングボール、シャドー……。約1時間半、みっちり汗を流す。  最後は決まって、元世界チャンプがミットでパンチを受けてくれる。バチーン。その音を聞くだけで気持ちがよくなり、その日の「マイナス」が全部消えていく。 「ボクシングは『自分との闘い』の面があり、それが楽しくなって続けています。おかげで体幹が鍛えられた気がします。ゴルフも飛距離が伸び、100を切るスコアを出せるようになりました」  つくづく「いい時代」を生きていると思う。ボクシングのように、やりたいことは何でもできる、いや、やれる時にやっておいたほうがいい……。 「私だけじゃありません。今の50~70代の女性って総じて元気で、『もう一花咲かせたい』とか『最後まで「女子」でいたい』とか思っている方がいっぱいいます」  マスクの着用が個人の判断に委ねられ、5月にはコロナの感染症法上の位置づけが2類相当から5類に下げられる。今後、いろいろなものが徐々に「日常」に戻っていくとみられるが、「コロナ前」に勢いがあったものは再び活気を取り戻すのか。  その一つとして気がかりなのが高齢世代、とりわけ「大人女子」といわれる女性たちの活発な活動ぶりである。対象は、75歳の節目を迎えつつある「団塊の世代」以降、山本さんが言うように50~70代の女子たちだ。  日本に若者文化をつくり、お見合いではなく自分の意思で相手を選ぶ恋愛結婚を主流にした団塊は、それ以前の世代とは意識がまったく違う。「OL→結婚して“寿退社”→専業主婦」が多かった彼女たちが、子育てを終えて自由になったころから活発な活動ぶりが目立ち始めた。2000年代の「韓流ブーム」を主導したのを皮切りに、旅行やグルメなどで旺盛な活動を展開、以降の世代もパワーアップしながら同じ路線を歩み、「大人女子」は注目度合いを高めていた。  そこに襲ったコロナ禍。「重症化リスク」を抱える世代でもあり、この3年間、「大人女子」の活発な活動はしぼんだ格好になっていた。冒頭の山本さんが言う。 「もちろん、このままではないでしょうね。そろそろどのマダムも、うずうずしていらっしゃるのではないですか」  山本さんは「女の欲望」の研究家でもある。 「女の欲望は広くて深い。私のボクシングのように新しい活動を始めたり、旅行などの計画を立てたり……。コロナがいろいろ考える時間を与えてくれたといえるのかもしれません」  元気な「大人女子」たちはコロナ以前と同じ生活をしたがっている。  例えば神奈川県に住むA子さん(65)は、週3日程度「チョイ働き」したお金で趣味を楽しむ「名人」だ。 「50歳から乗馬を始めました。子育てをしている時からの夢だったんです。韓国で食べ歩きするのが好きで、年に4回は行きますね。温泉は夫と月に1回ぐらい。いいものに出会えば買っちゃいます」  毎月の稼ぎは8万~9万円程度。物産展の販売員をしたり、フードショーで調理補助をしたり……。派遣から始めるケースが多いが、よほど「売る」のがうまいのだろう、働き先から次々に「ご指名」が入るという。ジビエの会社から鹿肉の販売を頼まれた時は、各部位を試食するために自ら北海道行きを志願し、解体から調理まですべて体験したという。 ■同じ趣味で集う一大社交クラブ  今は来年、夫と行く「パリの美術館巡りの旅」に思いを巡らしている。2人ともアート好き。2週間程度の滞在でルーブルには4日間、オルセーは……、などと計画中だ。 「75歳までは、今のような『働いて遊ぶ』生活をしていたい」  趣味といえば、同じ趣味を持つ人たちがネット上で集まり、オンラインやリアルで交流する「一大社交クラブ」が存在するのをご存じだろうか。  50~70代を中心に会員数36万人を誇る「趣味人(しゅみーと)倶楽部」がそれ。主宰者となる「管理人」が仲間を募り、「コミュニティ」を組織する。その数は約3万5千。最近はリアルイベントもすっかり復活していて、ここでも人気を集めるのは「大人女子」のコミュニティだ。  60代後半のリンダ・ミーアさんが主宰するコミュニティ「ラヴィアンローズ(薔薇色の人生)」の会員は2千人を超す。リンダさんが次々に繰り出すイベントが人気なのだ。 「観劇や美術展、コンサートなど文化的なものにお食事会をくっつけるイベントが多いですね。イベントは月に15程度で、コロナ前に戻りつつあります。今まで我慢していたのを発散させたいのでしょう、最近は参加希望が多い。20人ぐらいはすぐ集まってしまいます」  計画はリンダさんが一人で立てる。いろいろな劇場の会員になって早めにいい席が取れる体制を整えたり、観光ならネットで実際に訪問した人のブログを読んだりして日程を組んでいく。以前、旅行会社にいた経験が生きていて、「大変わかりやすい」と評判だ。 「自分がプログラミングしたものを参加者が楽しんでくれるのが嬉しい。快感です。もはやコミュニティを運営するのが生きがいになっています。これがなくなれば、どうやって生きていけばいいのか、とすら思います」  こうした声に、趣味人倶楽部を運営するオースタンスの菊川諒人社長(35)はこう言う。 「言ってみれば、趣味人倶楽部には小中学校の学級委員長みたいな人がいっぱいいらっしゃるんです。報酬はなくても誰かに喜んでもらえるのが好き。そんな人が『この指とまれ』でコミュニティを立ち上げ、そこにフォロワーが集まり一つのテーマを楽しむ。大人世代の皆さんがデジタルで交流するのに、とてもいい『場』になっています」  大人世代のスマホ保有率が飛躍的に上がったのもコロナ禍の最中だったが、「大人女子」たちはデジタル時代にもしっかりついていっている。 「趣味」だけではない。そこから発展させる格好で「社会活動」に取り組む人もいる。  都内の殿村りんごさん(61)はマンションの一室を借りて、元ママ友らが習い事を教える場として有償で提供している。 「皆さん、いろいろな資格があったりして教えることをお持ちなんですが、一人で場所を借りて家賃を払うとなると採算を取るのが大変になります。元保育士の当の私も『ベビーマッサージ』を教えたかったので、それなら私が借りて皆で使ってはどうかと思ったんです」 ■「年をとるほど元気度アップ」  英会話の先生は殿村さんの隣人だ。元航空会社のCA(キャビンアテンダント)で英検の検定員も務める。ほかにも習字、アロマなどのカルチャーからワイン、カラオケなどのエンタメまで十数講座がある。 「私たちの世代って、仕事ができても結婚すると専業主婦にならなくちゃいけなかった。だからスキルが眠っているんです。子育てを終えてふと考えると、得意技があるのだから、それを使って新しいコミュニティを作ろうとなったわけです」  まだコロナ前の4割程度の稼働状況というが、より若い世代も巻き込んで心が通じ合える場所にしていきたいという。 「福祉」に貢献したいとする「大人女子」もいる。都内の三竹眞知子さん(75)で、長年、障害者にコンピューターを教えるボランティアをしてきた経験などから、社会に役立つ事業を手掛けたいという。 「親の住んでいた土地が茨城県にあるので、そこを拠点にしたい。高齢者か女性支援か、あれこれ模索中です」  どうだろう、元気な「大人女子」たちは、コロナ後を見据えて準備万端整っているようだ。こうした姿に、先の女性生活アナリストの山本さんは持論である「女性の年齢別パワー度」とでもいうべき仮説に自信を深めている。 週刊朝日 2023年4月21日号より 「これまでは高齢になるほどパワーダウンして先細りしていく感じでしたが、団塊以降は丸きり逆で、年齢を重ねるほどに元気度がアップしています。リタイアする夫とは正反対に、羽が生えたように外を飛び回っていらっしゃるマダムたちが大勢います。『見せたい』や『磨きたい』、『見渡したい』といった『み』のつく“み力”もどんどんオンされています」  確かにコロナ前の勢いが復活すれば実現しそうなイメージだ。 「イメージだけではありません。実際、それが現実になりつつあります」  こう話すのは、大人女子に詳しい「人生100年時代 未来ビジョン研究所」の阪本節郎所長だ。 「わかりやすいのが女性誌の世界です。以前なら考えられなかった60代向けのファッション誌が登場していますし、今や漫画誌を除く全雑誌で販売部数第1位は50代以上向けの女性誌です」  ファッション誌は19年に創刊された「素敵なあの人」(宝島社)で、全雑誌で部数1位は“老舗”の女性生活情報誌が名前を変えた「ハルメク」だ。それぞれ発行会社の発表によると、「ハルメク」は昨年12月号で定期購読者数が50万人を超え、「素敵なあの人」も昨年9月時点でコロナ下にもかかわらず売り上げが前年比で1.5倍を記録したという。 ■雑誌や旅行から消費爆発の予感 「素敵なあの人」の神下敬子編集長が言う。 「3回目のワクチン接種を終えたあたりから潮目が変わったように思います。近場のお買い物から始まって、60代の素敵な読者がおしゃれして街に繰り出すようになっています。必要なものには、お金を使う傾向も以前と変わっていません」  女性誌の好調さが「先行指標」になっているとすると、「大人女子」の活動、とりわけ消費は今後大きく伸びる可能性がある。大人女子に的を絞った統計はないが、高い可能性を予見させるのが京都市が毎年行っている「京都観光総合調査」である。男女ごとに40代、50代など年代別の観光客シェアが載っているのだ。 「平常時」を知るためにコロナ前の19年の同調査を見てみよう。それによると、この年、同市を訪れた日本人観光客は日帰り・宿泊の合計で4466万人。このうち半分近い44.8%が50代以上の女性、すなわち「大人女子」だった。その数、実に「2千万人」。同年に同市を訪れた外国人観光客(インバウンド)は886万人だから、軽く2倍を超えている。先の阪本所長が言う。 「インバウンド消費がコロナ後の日本の景気回復を左右するなどとよく言われますが、本当かと言いたいですね。『大人女子』の消費のほうがよほどインパクトは大きいと思います」  阪本所長によると、日本人全体の国内旅行消費のうち50代以上の消費額は全体の44.7%、約10.3兆円(推計)。男女合わせてこの数字だから、仮に京都市のように「大人女子」が大挙して全国の観光地を訪れるようになれば、旅行消費は跳ね上がることになる。  さらに可能性を高めるのが「大人女子」への「新勢力」の参入だ。80年代のバブル経済を知っている「新人類」世代が60代に突入し、その下で就職バブルを経験した「バブル世代」が50代の中盤になりつつある。  先の阪本所長が、 「新人類は若者消費がもっとも活発化した時代に青春を過ごしました。バブル世代はさらに強烈で、日本人の中で唯一、『貯蓄より消費』と言われるほどの消費好きです。しかも、すでに『40代女子』というトレンドワードを生み出した実績もある。そんな世代の『大人女子』たちが自由を獲得したらと思うと大いに楽しみではあります」  と期待を示せば、先の山本さんも、 「彼女たちはディスコでお立ち台に上って踊った世代で、今でも意識の上では『ずっと舞台に乗っていたい』と思っている人が多い。彼女たちが消費を引っ張るようになると大きな波及効果を望めそうです」  やはり「大人女子」たちからは目が離せそうもない。(本誌・首藤由之)※週刊朝日  2023年4月21日号
「キャッシュレス貧乏予備軍」の危険行動、絶対やってはいけない3つのこと
「キャッシュレス貧乏予備軍」の危険行動、絶対やってはいけない3つのこと (写真はイメージ/GettyImages) 「キャッシュレス化」に関するニュースが4月に入ってから多数報じられている。キャッシュレス決済は、個人にとってメリットが多いが、使い方を誤ると「貧乏予備軍」の仲間入りをしてしまう。ファイナンシャルプランナー(FP)として多くの家計の相談に乗ってきた経験から、「お金持ち予備軍」がやっている正しい使い方をお伝えしたい。(ファイナンシャルプランナー<CFP>、生活設計塾クルー取締役 深田晶恵) デジタル化促進は国にとっての急務の課題  4月に入って「デジタル給与解禁」「キャッシュレス決済利用増加」といったニュースが立て続けに報じられた。   給与のデジタル払いとは、PayPayなどのQRコードによるスマートフォン決済アプリや、電子マネー口座に給与を支払う仕組みのこと。厚生労働省が4月1日に解禁した。  続いて、経済産業省は4月6日、「2022年の国内のキャッシュレス決済額が111兆円(前年は95兆円)、決済利用比率36.0%(前年は32.5%)」となったことを公表した。25年までに比率を4割程度にする目標を掲げている。  こうしたニュースを目にすると、お金のデジタル化が進み、収入の受け取り方、支出の決済手段が多様化していくことを実感する。今後はさらに加速するのかもしれない。だとすると、私たち個人は、選択肢が増えるほど上手に取捨選択する必要がある。一緒に考えてみよう。  便利なキャッシュレスには落とし穴がいろいろとある。ファイナンシャルプランナー(FP)として多くの家計の相談に乗ってきた経験から、「貧乏予備軍」になってしまいかねない、「絶対やってはいけないこと」を三つにまとめた。  あなたは大丈夫だろうか?ぜひ確かめてほしい。 「給与のデジタル払い」利用する?FPとしての現時点の結論は…  キャッシュレス決済の普及、利用率アップは国の急務の政策だ。キャッシュレス化が進むと、紙幣や硬貨の製造や現金輸送にかかるコストが軽減されるメリットがある。訪日外国人観光客のインバウンド需要に対応するにもキャッシュレスは欠かせない。  国としては、まずキャッシュレス化ありき。それをさらに普及させるために、給与のデジタル払いが解禁されたのだろう。  給与のデジタル払いが解禁されたといっても、今月から資金移動業者の指定申請が始まったばかり(解禁とは、法律上の手はずが整ったということ)だ。業者の申請を厚生労働省が数カ月かけて審査を行い、基準を満たせば指定を受けることができる。  給与のデジタル払いを導入したい企業は、指定を受けた資金移動業者を選定し、事業場ごとに労使協定を締結する必要がある。このようにいくつものプロセスがあるため、実際に実現するには1年近くかかりそうだ。  では、勤務先がデジタル払いをするとなったら、みなさんは利用するだろうか。人が物事のやり方を変えるのは、「困っているとき」か「特典をもらえるとき」だ。特に困っていない、メリットがないときは動かない。  多くの人は、給与を銀行振込で受け取ることに問題は生じていないだろうから、困っていない。では、デジタル払いされると何かいいこと(特典)はあるのだろうか。  メリットを考えてみたが、「決済アプリへダイレクトに入金されるため、銀行口座から資金を移す手間が省けること」の一つしか思いつかなかった。審査の通った業者が複数出そろったところで、導入キャンペーンとして「給与をデジタル払いにするとポイント付与」といった特典が付くかもしれないが、現状では分からない。  企業にとってみると、デジタル払いの方が銀行の振込手数料よりコスト軽減になるメリットがありそうだが、導入時の手間(労使協定など)や導入のためのシステム構築のコストが負担になりそうだ。導入するにしても銀行振込の選択肢は残るので、振込手数料のコストが大幅ダウンするとは考えにくい。  ファイナンシャルプランナーとして、長年にわたり個人の家計を見続けている筆者の結論としては、給与のデジタル払いは「様子見」。現状ではデジタル払いで受け取ったお金は消費に直結しそうだからだ。貯蓄や投資をするなら、銀行口座や証券口座に移す手間が発生する。   もちろん、各資金移動業者はグループ内にインターネット銀行やインターネット証券会社があったりするから、グループ内なら大きな手間はかからないとアピールするだろうが、それは資金移動業者のメリットだ。  今、みなさんが使っている金融機関に満足するなら、お金を移す手間がかかることになる。  今後、給与のデジタル払いを導入する企業が増えてくると、ユーザーから使い勝手やデメリット、思いがけないメリットが話題に上ってくるはずだ。そうしたリアルな情報を得てから、利用するかしないかを考えればいいと思う。  給与のデジタル払いは、国と資金移動業者にメリットがあると言えそうだ。 キャッシュレス決済をうまく使いこなすには?  キャッシュレス決済は、日常生活で欠かせない支払い手段になっている。つまり「ないと困る」し、「ポイントが付く」メリットもあるので、使わない選択肢はないだろう。であれば、上手に利用したい。  種類は、クレジットカード、デビットカード、電子マネー、QRコードで支払うスマホ決済アプリなど。冒頭に書いた通り、22年の決済比率は36.0%で、12年の15.1%に比べると10年間で約21ポイントも伸びている。 出所:経済産業省「我が国のキャッシュレス決済額及び比率の推移(2022年)」 コロナ禍に突入した20年以降は、支払い時に現金に触れる機会を減らしたい人が増えたため、キャッシュレス決済の普及が進んだ。スーパーマーケットなどで、いつもなら数千円の代金であれば現金払いしていたのをクレジットカード払いに切り替えたという人は多いだろう。  国がキャッシュレス決済推進策を実行したのも20年。導入する企業や販売店は、国が機器導入の費用を補助してくれるというインセンティブがあった。その結果、キャッシュレス決済できる「場」が増えたのも比率増加の大きな要因だ。  キャッシュレス決済は支払いの手段。うまく使いこなさないと、手元にお金が残らなくなる可能性がある。実際、クレジットカードの使い過ぎをコントロールできずに貯蓄ができていない相談者も少なくないのだ。  生活に欠かせないものになった今こそ、上手に使いこなすコツを身につけたい。お金を上手に貯められる「お金持ち予備軍」になるため、裏返せば「キャッシュレス貧乏」にならないために「絶対やってはいけない三つのこと」を伝授する。 【絶対やってはいけないこと】その1 ●決済手段が4~5種類以上ある  決済手段は「お金の出口」なので、出口が増えると管理が煩雑になり、「何にお金を使ったのか分からない」状態になりやすい。  決済手段がクレジットカードしかない時代に筆者が手がけた家計診断では、ポイント欲しさにクレジットカードを4~5枚持っている人は家計管理がうまくいかず、貯蓄できていない傾向があった。近年は、これに交通系電子マネーやQRコードの決済アプリの登場で、決済手段がさらに増えた。  筆者の元に相談に来る人には「年間決算シート」で費目ごとに支出をまとめてきてもらうのだが、キャッシュレス決済の手段が4種類以上の人は、支出を振り返る作業ができていない。特に事前にお金をチャージしてから使う電子マネーやQRコードで支払った場合は、ほぼ使途不明金…。  さらによくないのは「1カ月にいくら使ったのか把握できていない」状態に陥ること。複数の決済手段に残高が減ったらお金をチャージすることを繰り返していると、何がなんだか分からなくなる。  家計管理が上手でお金が貯まる「お金持ち予備軍」になりたいなら、お金の出口は増やさないこと。クレジットカードは1~2枚、デビットカード1枚、電子マネーかQRコード決済はいずれか一つに絞り込むのがいい。 【絶対やってはいけないこと】その2 ●クレジットカードの請求明細の「総額」しかチェックしない 「貧乏予備軍」は、クレジットカードの請求明細の「請求総額」しか見ない。銀行の残高が足りるかどうかをチェックするだけだ。これは絶対やっていけないこと。 「お金持ち予備軍」は、何に使ったのかを振り返る作業をするため、明細を1行ずつ漏れなく目を通す。納得して使ったお金なのか、ストレス発散のための衝動買いだったのかなど、クレジットカード決済をしたときを思い出しながら振り返り、反省点を明日からの生活に取り入れる。  おすすめは、マーカーペンを使ってカテゴリーごとに仕分けする方法。家族のための支出は黄色、自分の趣味はピンクなどとペンで色分けして、それぞれの集計をすると、後で決算しやすくなる。ぜひ、やってみてほしい。  【絶対やってはいけないこと】その3 出所:経済産業省「我が国のキャッシュレス決済額及び比率の推移(2022年)」  最近は、ほとんどのクレジットカード会社がコスト削減のために「紙」の請求明細書の郵送を有料化し、無料のウェブ明細への移行を促している。請求明細を郵送で受け取る選択をすると、金額は各社によって異なるが1通88円、99円、110円などの費用がかかる。 「有料」となると、わずか100円程度でも無駄な出費の気がするし、ウェブ明細を見ればいいやと、「紙は不要」の選択をする人が多い。ところが「貧乏予備軍」は、ウェブ明細をプリントせず、請求金額しかチェックしない。  一方、「お金持ち予備軍」の人は、ウェブ明細を自宅でプリントして「紙」の請求明細を手元に置き、使ったお金を振り返る作業をしている。くどいようだが、お金が貯まる人は、支出の振り返りを欠かさないのである。  自宅にプリンターがないなら、コストをかけても紙の請求明細を受け取ろう。月100円程度の節約は、他の支出でやればいいのだ。  キャッシュレス決済は、国にとっても個人にとってもメリットが多い。使い方次第で「お金持ち予備軍」にもなるし、「貧乏予備軍」にもなる。上手に使いこなす術を身に付けてほしい。
プロが選ぶ中高年にお薦めの資格は? 80歳でも20代の能力をキープ
プロが選ぶ中高年にお薦めの資格は? 80歳でも20代の能力をキープ ※写真はイメージです (GettyImages)  長年仕事をもらってきた雑誌の休刊が決まったり、はたまたAIに仕事を奪われそうだったり。コツコツ経験を重ねてきたベテランライターだって、明日をも知れぬ時代になってきた。50~60代も資格を手にして、どんどん長くなる定年後を生き抜くチャレンジ、してみませんか? *  *  *  例えば、技術者として長年勤めていた馬車メーカーが自動車会社に商売替えすることになったとしよう。馬に引かせる車両のことは知り尽くしている技術者も、エンジンの仕組みについてはほぼ素人。でもこの会社で生き残っていくには、自動車についての学び直しをしなくては……。  とまあ、かなり大ざっぱなのだが、これが最近よく聞く「リスキリング」だ。再び技術を手に入れるから、Re+スキル+ingで、リスキリングと呼ばれる。  馬車が自動車に置き換わったのはだいたい100年前の話だが、今はあらゆるものがデジタルに置き換わるDX(デジタルトランスフォーメーション)の時代。昨年10月、岸田文雄首相が「(DX人材育成などの)リスキリングに5年で1兆円の資金を投じる」と表明し、さらに熱い注目を集めるようになった。  約30年前には「人生80年」だったのが、今や「100年」に延び、かつての老後は長くなるばかり。人生の武器となり、リスキリングにも役立つ、50~60代におすすめの資格を紹介する。  社会保険労務士や行政書士、中小企業診断士など自身が持つ多くの資格を組み合わせて中小企業のコンサルタントなどを手がける「はやし総合支援事務所」の代表で、資格ソムリエの林雄次さんによると、社労士や行政書士などは「40代というとむしろ若く感じるほど」。50~60代が有資格者のボリュームゾーンを占めるという。 「社労士などが扱うのは主に人に関わる問題。中高年が資格を取得しその仕事に就いたとき、人生経験が生きてくることも多いのです。反対に大学を出たばかりの人が、『問題社員をどう解雇したらいいか』などという相談に乗るのは、難しいケースもありますね」  たしかに人生経験なら、中高年というだけでアドバンテージあり。ただし物覚えとなると、悔しいけど悪化の一途。これで試験、受かります? 「資格を与えるための試験ですから、若い人でも簡単ではない。ただし私の経験では、中高年になると新しいものを受け入れたがらない人が増えてくる。能力以前の問題でモチベーションが低下した結果、覚えられない、理解できないと思い込んでしまうケースも少なくない気がします。そんなときは自分が興味を持てる分野を選べば、覚えの悪さをある程度克服することもできると思います」  社会人経験が浅く、テキストを丸暗記しなくてはいけない若い世代と比べ、中高年は実体験で得た知識の量も格段に多い。例えば社労士試験では、年次有給休暇の知識など、暗記しなくても解ける問題に出合う可能性は高い。さらにこんな朗報も。 「理解力、洞察力など、過去の経験や学んだことから得た『結晶性』と呼ばれる知能は、加齢による低下が緩やか。80歳になっても20代の能力をキープすることがわかっています」 ■始めるならまずITパスポート  自信を取り戻したところで、中高年にお薦めの資格を教えてもらった。まず、リスキリングで多くの人が目指すジャンルといえば、やはりIT。 「興味のない分野は選ばないほうが効率的だと言いましたが、ITだけは別。どんな種類の仕事とも、毎日の生活とも切っても切り離せない存在になっています。読み・書き・そろばんのようなもので、避けては通れない現代の学びのひとつです」  IT系のおすすめ資格の一つはITストラテジスト。経営者らにIT戦略のアドバイスなどを行う資格で、情報処理技術者試験という国家試験のうちで最もレベルが高い資格として知られる。 「IT分野にある程度明るく興味のある人が最後の目標とする資格として薦めています。それまでITに関わったことのない人は、入門編とも言えるITパスポートから始めるのがいいでしょう」  ITパスポートより1レベル上の情報セキュリティマネジメントも、トライしがいのある資格だ。  大学生や高校生でも、軽々合格することがあるというITパスポートと比べると、対象は企業のマネジャーや係長クラス。プログラマーのノウハウなどより、セキュリティーに特化した試験となっている。どちらもITの仕事に就く予定がなくても、社会人の「読み・書き・そろばん」を装備した証しに持っていれば、何かのときに役に立つ可能性はありそうだ。  IT関係ではAIやディープラーニングに関する知識に特化したG(ジェネラリスト)検定という民間試験もある。近い将来、記者の代わりに記事を書いてくれるようになるかもしれないChatGPTの登場で注目を集めるAIやディープラーニング。その仕組みを本腰入れて学ぶためにはぴったりの資格だ。 「時流に乗って資格を選ぶのは大事ですが、流行に振り回されるのは考えもの。AIに特化した知識を身につけるより先に、そのベースになるITの基礎知識をしっかり身につけたほうがいいとアドバイスしています」  直接ITに関わる資格ではないが、これまでの人生経験を生かせる前出の社会保険労務士や中小企業診断士も難関ながら、中高年にぴったりの資格だと林さんは言う。  社労士は労働問題と社会保険制度の専門家で、企業のパートナーとして「人」の面で企業の発展をサポートする。中小企業診断士は、専門知識を生かして、企業と金融機関や行政などをつなぐ手助けをすることもある。 「どんなDX化を進めるにしても、まずはその企業の仕事内容を分析する必要がある。それを手がける中小企業診断士は、どんな時代にも必要とされる仕事です」 ■キャリア相談の資格も役立つ  もうひとつ、社会人経験を生かせる資格として林さんが挙げたのが、キャリアコンサルタントという国家資格だ。企業やハローワークなどでキャリアについての相談に乗る資格で、国も2024年度末までに資格保有者を10万人に増やす計画を打ち出している。 「とはいえ、受けなくてはいけない講習時間も長いせいか、2月時点のキャリアコンサルタントは目標の6割程度。この先、求められる資格かもしれませんね」と林さん。  1部上場企業で部長を務めた男性(64)は、2年前に企業を退職。国の給付金を受けて、キャリアコンサルタントの資格取得のためのスクールに通い始めた。  5カ月間、講座に通って試験に合格。「資格取得だけでキャリアコンサルタントとしての就業はむずかしいものの、幸運にも関連の職に就けた。社会貢献に少しでも寄与しながら、さまざまな考え方の相談者と会える。自分にとっても勉強になりますね」(男性)  このほか資産運用などの相談に乗るFP(ファイナンシャル・プランニング)技能検定も、人生経験を生かしながら、自身の人生設計の見直しなどにも役立つ国家検定。100時間前後の勉強で合格できる人もいる3級から狙うのが得策だ。 「資格を取ったからといって生まれ変わろうとするのには無理がある。これまでの人生経験を資源として活用できる資格がベストと言えますね」(林さん) (ライター・福光恵)※週刊朝日  2023年4月21日号
進学率8割でも「大学は贅沢ですか?」 60年前と運用変わらず、認められない生活保護
進学率8割でも「大学は贅沢ですか?」 60年前と運用変わらず、認められない生活保護 厚生労働省への生活保護の運用見直しを求めるオンライン署名にあわせて描いた儚さんのイラスト(illustration 儚さん提供)  大学生は原則、生活保護を認められない。大学・短大の進学率が8割に達した今も60年前のルールが適用されている。若者たちは「大学は贅沢ですか」と声を上げる。AERA 2023年4月17日号の記事を紹介する。 *  *  * <大学は贅沢(ぜいたく) なんですか?>  地方の国立大学に通う「儚(はかない)」さん(21)は昨年9月、少女がこうつぶやくイラストをツイッターに投稿した。 「ずっと、大学は贅沢だという問題に向き合わされてきました」  3歳の時に両親が離婚。母親(53)と一緒に暮らし始めたが、母親は心的外傷後ストレス障害(PTSD)などを発症し、働けなくなり生活保護を受けるようになった。電気などライフラインが止まることもよくあった。  貧困から抜け出すには学歴が必要と考え、勉強して国立大学に進もうと決めた。 ■待ち受けた過酷な現実  しかし、高校1年の時、生活保護世帯の子どもは原則として大学進学が認められず、進学するには「世帯分離」しなければいけないと知った。世帯分離とは、住民票に登録されている一つの世帯を二つ以上に分け、保護から外れることだ。 「こんなに頑張っているのに、生まれてきた環境だけで選択肢を狭められるんや──」  ショックだったが、現実を受け止めて猛勉強した。2020年春、第1志望の大学に合格。返済不要の給付型奨学金や授業料の減免措置を受けることができ、世帯分離の手続きもした。ようやく手にした未来への切符だった。  だが、待ち受けていたのは過酷な現実だった。  母親からの仕送りは望めないので、生活費も教材費も国民健康保険料までも自分で支払わなければいけない。世帯分離したことで、家族に支給される保護費の減額分(約4万円)を母親から求められた。塾の講師やキャバクラなどバイトに追われ、睡眠は1日4、5時間。食費を切り詰め、体重は36キロまで落ちた。心と体が悲鳴を上げ、摂食障害とうつを発症し、1年で休学を余儀なくされた。 「儚」のハンドルネームで、ツイッターに投稿を始めたのはこのころから。自分の感情を見つめ直すため幼い時から大好きだった絵を描いて投稿し、思いも発信するようになった。 「生活保護世帯の子どもが原則大学進学できない仕組みになっているのは、今の時代にそぐわないと思います」(儚さん)  一方、厚生労働省は昨年12月、5年に1度の生活保護の見直しについて中間報告を取りまとめ、生活保護を受けながら大学に進学することを認めないルールは現状のままとする方向性を示した。 頑張ったら体調を壊す、頑張りたいのに頑張れない自分に対しての思いを表現した(illustration 儚さん提供 ■「均衡論はおかしい」  生活保護は「最後のセーフティーネット」だ。1950年に施行した生活保護法は第1条で「生活に困窮するすべての国民」に最低限度の生活を保障すると規定する。それなのになぜ、大学生は排除されるのか。  厚労省保護課の担当者は、AERAの取材にこう答えた。 「まず一般世帯にも大学に進学せず働く人がいたり、進学してもアルバイトや奨学金で学費や生活費を賄う学生もいたり、そうした人との均衡が取れないため認められないという考えです」  均衡が取れない──。「均衡論」と言われ、生活保護を論じる際にしばしば出てくる問題だ。  生活保護行政に詳しい立命館大学准教授の桜井啓太さん(社会福祉学)は「より厳しい人がいるから認めない、という均衡論はおかしい」と指摘する。 「現在、高校への進学率は98.9%(21年)で中学卒業後に働く人もわずかですがいます。しかし、生活保護世帯の高校生の生活保護は認められます。均衡論でいえば、高校生の生活保護も対象から外されないといけないことになります」  大学生は生活保護の対象外とするルールは、60年前の63年に出された旧厚生省の通知に基づく。当時の大学や短大への進学率は15%程度で大学は「贅沢品」。だが、今は83.8%(21年)と大きく伸びた。それにもかかわらず、制度の運用は変わっていない。生活保護世帯の大学などへの進学率は39.9%(21年)にとどまる。 「しっかりとしたエビデンスをつくり、それに基づき判断するべきです」(桜井さん) ■「修学支援制度」も理由  厚労省が大学生を生活保護の対象から除外するのは、もう一つ理由がある。国が20年度から始めた返済不要の給付型奨学金などで支援する「修学支援制度」だ。先の厚労省担当者は、「教育政策の中で支援していきたい」と話す。  だが、桜井さんは「そこから漏れる人を救うのが生活保護だ」と語る。 「奨学金は手続きから支給まで何カ月も要し、それに対し急場をしのぐ制度としてあるのが生活保護です。例えば、奨学金やバイトで生活が安定するまで支給する。困っている人が困っている時だけ、一時的にでも利用できる制度であるべきです」  大学生の生活保護は、親から子への「貧困の連鎖」を断つためにも不可欠だと桜井さんは指摘する。 「生活保護の申請すら受けてもらえないことが、大きな問題だと考えています」  そう話すのは、NPO法人「虐待どっとネット」(大阪市)代表理事の中村舞斗(まいと)さん(34)。生活保護を受けられずに大学を中退した経験を持つ。  幼い頃、祖母や親族から虐待を受けてきた。それを乗り越えて働きながら学費を稼ぎ、22歳の時に看護大学に進学した。だが、授業で小児や母性の授業を受けると、幼少期の虐待のフラッシュバックから体調が悪くなりバイトができなくなった。収入が途絶え、生活費に窮し、救いを求めて役所の生活保護課に行くと、担当者から「大学は贅沢品です」「大学をやめるか休学してからまた来てください」と言われた。  絶望し、自殺を図ったが未遂に終わった。結局、学費を支払えなくなり、中退せざるを得なかったという。  昨年、10年経っても変わらない現状に憤り、生活保護の運用見直しを求めるオンライン署名を行った。2万6千筆以上が集まり、厚労省に提出した。 「自分の努力以外のところ、生まれた環境によって若者の将来が狭まるのはおかしい。大学生だから生活保護を受けられない現状は変えるべきです」 ■「当事者の声を聞いて」  こうした現状について、虐待を受けた子どもや若者を支援する弁護士の飛田桂(ひだけい)さんは「これから羽ばたこうとする若者の、夢や希望を奪うことになります」と指摘する。生活保護が必要な若者の中には虐待を受けた人も少なくない。飛田さんによれば、虐待に耐え、大学などに進もうとする若者は学びたい気持ちが強く、社会のためにも頑張ろうと思っているという。進学を認めないのは若者の翼をもぎ取ることになる。 「心が折れ、希望を失い、心身を壊しやすくなります。自暴自棄になれば、薬物やアルコールに依存し、何らかの犯罪に加担することもあります。そうなると、医療費や法務省関連の費用に跳ね返り、社会にとってもマイナスです」(飛田さん)  生活費を賄うためカードローンで多額の借金をする若者もいるという。  飛田さんはこう語る。 「生活保護と大学生の問題は、私たち社会が抱える課題でもあります。課題を解決するには、なぜそうした事態が起きているか理解し、若者にとって本当に必要なセーフティーネットのあるべき姿は何なのかを考え、社会全体で取り組み解決することが必要です。そうすることで若者も社会もどちらも幸せになるウィンウィンの関係を築け、その先によりよい社会があります」  冒頭の儚さんは2年間の休学を経て大学に今月復学した。この間、先の中村さんらと生活保護の運用見直しを求める署名活動などをしてきた。儚さんは言う。 「当事者の声を聞く社会になってほしい。次の世代の子どもたちが生きやすい社会になってほしい」 (編集部・野村昌二) ※AERA 2023年4月17日号
【安眠七つの秘訣】遅寝早起きで安定、長い昼寝で認知症リスク2倍
【安眠七つの秘訣】遅寝早起きで安定、長い昼寝で認知症リスク2倍 ※写真はイメージです (GettyImages)  健康のためにと必死に睡眠時間を確保しようと頑張っていませんか? たしかに睡眠不足は病気の元。認知症の発症リスクを高めることにもつながることが明らかになっている。だからできるだけ長く寝ているという人がいたら、それも要注意。実は睡眠過多も認知症リスクを高めるらしい。 *  *  *  睡眠不足が負債のようにたまることが心身に悪影響を与えるとして「睡眠負債」という言葉が広がった。 「睡眠不足はアルツハイマー型認知症を発症させるリスクが高いということが明らかになっています。最近の研究で、睡眠には覚醒時に生じた脳の疲労を軽減し、認知症を予防する効果があることがわかってきました」  こう話すのは、睡眠医療に詳しい中部大学生命健康科学研究所特任教授の宮崎総一郎さんだ。  睡眠時には脳の中でゴミ掃除が行われているという。脳の細胞の隙間から老廃物が排泄(はいせつ)されることによって、異常なたんぱく質の蓄積を防ぐ。それがうまく行われなくなると、長い時間をかけて脳の中にゴミがたまり、脳神経が衰えてアルツハイマー病(認知症の一つの類型)になってしまうようだ。  つまり、しっかりとした睡眠をとることが認知症予防に効果があるということだ。  また、睡眠時無呼吸症候群は認知症になりやすいという。  睡眠時無呼吸症候群は、睡眠中に呼吸が止まったり、再開したりを繰り返すため、深い睡眠がとれない「熟眠障害」を引き起こす病気だ。眠りは浅く、いびきが強く、いつも疲れる。そんな症状が続く人は、睡眠時無呼吸症候群を疑ってみてもいい。血中の酸素濃度が低下し、動脈硬化が進み、心筋梗塞や脳梗塞を起こしやすくなる。血糖値やコレステロール値も上がる。  これだけでも体にとっていいことはないのだが、さらにはこんな危険性もある。 「不眠症や睡眠時無呼吸症候群になると、そうではない人に比べて認知症発症率が1.2~1.51倍に上がることが知られています」(宮崎さん)  ただ、その一方で、 「睡眠時間が長い人も認知症のリスクが高いという指摘もあるんです」  とも話す。どういうことだろうか。  東北大が宮城県大崎市の65歳以上の高齢者7422人を対象に、平均5.7年の経過観察で睡眠時間と認知症発症について調査した結果によると、 「睡眠時間が1時間、2時間と増えた人ほど発症リスクが高まったことがわかりました」  と宮崎さん。  睡眠時間が増えたことでリスクが上がった別の調査結果もある。 「認知症でなかった男女1517人を最長10年間追跡調査を行った『久山町研究』によれば、睡眠時間が5時間未満の人は認知症リスクが2.64倍、死亡リスクが2.29倍に、10時間以上の人はそれぞれ2.23倍、1.67倍に上昇していることが明らかになったのです」(同)  睡眠不足だけでなく、「寝すぎもよくない」とは意外に感じる人も多いだろう。  認知症予防には、睡眠不足も、睡眠のとりすぎも避けたほうがいい。問題は睡眠の「質」なのだ。  そこで、改めて見直したいのが睡眠の基本中の基本。 「朝日を浴びて体内時計をリセットし、メリハリをつけた睡眠リズムを確保することが大事です」と宮崎さんも強調する。まさに睡眠の基本だが、「なかなか朝日を浴びに散歩に行けなくて」という人もいるだろう。 「カーテンを10センチほど開けて寝るだけでいいんです」(同)  自然光で目覚めることが望ましく、室内やテラスに出て浴びる光でも十分という。  朝日を浴びた14~15時間後にメラトニンが分泌され眠くなる。起床後に日光を浴びると、その分泌が止まり日中に覚醒して活動が始まる。高齢者にとって日光浴が大切なのは、睡眠のリズムを整えるだけでなく、骨粗鬆症(こつそしょうしょう)の予防にもつながるビタミンDの生成にも有効だからだ。 「朝食はたんぱく質、ビタミン、脂質、炭水化物をバランスよくとることが大切です。私はいつも患者さんに『朝ごはん、4品食べましたか?』と言っています。そして日中は適度な運動をする。非常に基本的なことですが、これが体内時計を動かす3大要素」(同) 週刊朝日 2023年4月21日号より ■遅寝早起きで安定する睡眠  とはいえ高齢者の多くが、寝床に入ってもなかなか眠れず、寝ても(トイレなどで)途中で起きてしまう。朝起きてそのまま眠れない。こうした3大お悩み「入眠障害」「中途覚醒」「早朝覚醒」が、良質な睡眠を遠ざけてしまう。  理解しておくべきことは「年齢を重ねれば睡眠時間は減る」ということだ。若い頃のように長時間続けてぐっすり眠ることを求めないほうがいい。 「必要な睡眠時間は、年齢や体質、季節によっても変わります。一般的には10代で8~10時間、成人以降50代までは6.5~7.5時間程度、60代以降は6時間程度で十分と言われています。春から夏は睡眠時間が少し短くなり、秋から冬にかけては少し長めになります」(同)  宮崎さんはこう指摘する。 「日中に眠気がなく、朝に疲れを感じなければ(その睡眠時間で)大丈夫。睡眠時間は人それぞれ違って当たり前なんです。理想的といわれる睡眠時間にこだわらないこと。ただ、前にも述べましたが、眠りすぎはよくない。活動量も少なくなりますし」  宮崎さんが勧めるのは、「睡眠制限療法」だ。薬を使わない不眠症治療のひとつで、中途覚醒が多く、睡眠が浅い人に対し、遅寝早起きをさせて寝床で過ごす時間を適正化する。これにより、睡眠が安定すると言われている。 「起きる時間を変えずに、眠くなってから寝床に入る。手先を動かすなど能動的な活動を適度に行い、脳も使ってほどよく疲れた感じで布団に入るのが理想です。すると深い睡眠につながります。私のところに相談にみえる患者さんにも『寝床に入るのを遅くしたらゆっくり眠れるようになった』という例があります。写真の整理をしたり、人形に着せる服を縫ったり。あとはテレビよりラジオです。ラジオを聞きながら手先を動かして何かをするといいですね。寝すぎによる認知症リスクの回避にもつながります」  そしてこう続ける。 「睡眠外来をしている近江草津徳洲会病院にも70~80代で『眠れない』と悩まれる患者さんが多くいらっしゃいます。睡眠薬を飲むことに罪悪感を覚えている方もいます。ある女性(78歳)に『毎日飲んでもいいですよ』と言うと、逆に安心したのか、やめたんです。睡眠制限療法にして飲まなくても眠れるようになったそうです。『楽しみが増えたのでついつい遅くなってしまって、あっという間に眠れるようになった』って。『眠れない』と悩まず、高齢者こそ夜更かしをしてほしいですね。70歳以上の人がどうすれば楽しみながら起きていられるか。そちらが大切になってきますね」  極端に遅い時間まで起きている必要はないが、適度な夜更かしなら試してみてはどうだろう。  ただ昼寝については注意が必要だ。 「昼寝をすれば、その後のパフォーマンスは上がります。ただあくまでも30分以内にとどめましょう。30分以内の昼寝の習慣がある人は、ない人に比べて認知症の発症率が6分の1になるという研究結果が報告されています。ただ1時間以上の昼寝を習慣化していると、今度は認知症のリスクが2倍になるそうなので気をつけましょう」(同) ■食事のとり方も快眠には重要  最後に日本眠育普及協会代表理事で、睡眠改善インストラクターの橋爪あきさんに聞いた。  橋爪さんは10代の頃から40年近く睡眠障害に悩み、ストレス性胃炎、胃潰瘍(かいよう)、過敏性腸症候群に苦しんできた。その体験を経て、現在は睡眠に関する知識を講演や書籍などを通して発信している。  橋爪さんは、快眠には食事も重要だと言う。 「食事も規則正しく。朝食は起きて1時間以内に食べ、夕食は眠る3時間ぐらい前までに済ませます。夜遅い食事は体内時計が狂うだけでなく、肥満を招いたり、腸内細菌のバランスが崩れたりします。栄養は、特に良質のたんぱく質やビタミンB群の摂取を忘れないようにします」  安眠につながる環境づくりについては、 「陽光が十分に差し込み、通気がよく湿気もこもらない部屋にすること。健康によい建材だと理想的です」  とのこと。寝具や寝間着も心地よいものを。 「敷物、掛け物と夜着は、いずれも通気や放湿もよく、冬は保温、夏は放熱に優れたものを選びます。マットレスや布団などは、寝返りと体圧分散のためにもやや硬めのほうがいいです。枕は高すぎるとよくないので、バスタオルの即席枕が便利です。1枚ずつ外したり、足したりして、高さ調整ができます」  そしてこう補足する。 「睡眠を大切に考えて、睡眠不足を起こさないよう、周囲の人も一緒に気を使ってほしいですね」  橋爪さんの「安眠七つの秘訣(ひけつ)」も下で紹介しているので、ぜひ参考にしていただきたい。 【安眠七つの秘訣】 一、体は時計仕掛け、規則正しい早寝早起き 二、肝心なのは、朝日の力 三、日中明るく、夜は暗めの環境で 四、昼は活発、よく遊び、よく動け 五、夜は、まったり、こころも静かに 六、体冷やさず、ごはんは楽しく 七、明日の自分は眠りがつくる  日頃から適度な運動をして、食事もバランスよく。眠れない時は眠れないことにとらわれないように。そういう生活を自然にしていくことが、生活習慣病や認知症予防につながりそうだ。あまり考えすぎずに、ゆっくりいこう。(大崎百紀)※週刊朝日  2023年4月21日号
小学校入学グッズに「名前の手刺繍」求める私学も 親たちの“駆け込み寺”に聞く「手作り」事情
小学校入学グッズに「名前の手刺繍」求める私学も 親たちの“駆け込み寺”に聞く「手作り」事情 写真はイメージです(Getty Images) 入学シーズン真っ盛り。幼稚園や小学校の子をもつ親には、子どもに持たせる袋物などの準備に追われた人も多いだろう。学校による指定が細かいと既製品では代用できず、私立の小学校では「手作り」を指定するところも。「仕事や育児で忙しい」「裁縫ができない」といった親の“駆け込み寺”になっている都内の専門店に、私立小学校の「手作り事情」について聞いた。 *  *  * 「ふだんミシンを触らない、針も持たないというお母さまたちが、毎年たくさん相談しに来られます。働いているお母さまも多いですから、3月を過ぎてぎりぎりの時期に慌てて駆け込んでくる方もいらっしゃいます。安心して新生活をスタートできるよう、なんとかお手伝いできればという思いです」  そう話すのは、東京・目白本店ほか2店舗を構える「マムエモア」の代表取締役、郷司泰子さん。開店来30年、私立・国立の幼稚園や小学校のお受験アイテムを取りそろえるほか、主に私学の入学準備品や学用品を扱っている。例年、準備品だけでも数百件のオーダーを受ける人気店だ。 ランドセルの代わりになる通学用のバッグも手作り指定。リュック、ショルダー、手提げと使い勝手のよい3WAY仕様で、人気の「花かご」刺繍のあしらい(マムエモア写真提供) 「とくに私立は、“手作り”を求めることが多いようです。それぞれの学校の指定は昔からほとんど変わりません。入学説明会から入学式までに1カ月ほどしかない場合もあり、凝った作りですと準備が間に合わないことも。早めに、学校ごとにどういったものが必要かをお伝えし、オーダーを受けるようにしています」  指定は、学校ごとにさまざま。体育袋、給食袋、音楽袋、図工袋といった袋物に加え、はさみケース、聖書カバー、辞書バッグ、紙ばさみといった細々したものまで準備が必要になることも。さらに、「ランドセルの代わりになる通学用バッグやスモックのような大物は、それなりの裁縫の技術が要りますので、ご自分で作るとなるとなかなか難しいかと思います。この店を紹介してくださる学校さんもあるようです」。  持ち物には、手刺繍を入れることが一般的という。 「手作りの良さは、お子さんの好みを取り入れられること。お気に入りの飾りがあれば、自分の持ち物という目印になるだけでなく、嬉しくて大切に使うのではと思います」 お弁当用のショルダーバッグも、好みの刺繍を入れてオーダーできる(マムエモア写真提供) プロの技が光る、刺繍作家の美しい手刺繍。(マムエモア写真提供)  学校から示されるアイテム見本や在校生の持ち物に入った美しい刺繍を見て、構えてしまう親も多いという。ワンポイント刺繍から練習できる初心者用キットも扱ってはいるが、プロの手を借りたくなるのが正直なところ。オーダーで、刺繍も、フリルやレースなどの飾り付けの希望も受けている。  店では、60人ほどの刺繍作家を抱える。子どもを私学に通わせている女性が大半のため、手慣れている強みがある。各作家の得意とするオリジナル刺繍図案が、分厚いサンプル帳にまとめられ、オーダーの際には、そこから好きな図案を選ぶシステムだ。小花や動物、乗り物といった可憐なものから、一枚絵のような複雑なものまである。 「お父さまが息子さんの好きな車をモチーフに図案を描いて、持ってこられたこともあります。お子さんへの思いがあふれる作品ですので、なんとか刺繍に落とし込めるよう、相談を重ねて実現させました」  ただし、私学の場合、デザインに校風を意識する必要があると、郷司さんはいう。落ち着いた校風の学校には、紺色の生地に刺繍を品よく施す。刺繍を入れる面積にも気を使うという。バッグの裏地一つでも、表面と同じ紺色にすべきか、ストライプ柄など少し遊び心を取り入れてよいか、違うのだ。比較的自由な学校には、鮮やかな色柄の生地を使っているそうだ。 「わが子のためにいろいろと凝りたくなるのが親心ですが、校風にそぐわないときは、きちんとお伝えするようにしています」と話す郷司さんは、長年の経験や学校からの情報を基にふさわしい雰囲気を把握し、準備に不安な親たちに寄り添っている。 色々なデザインが楽しめるレッスンバッグ(マムエモア写真提供)  持ち物一つひとつに、ペン書きでなく、手刺繍で名前を入れるよう指定があることも。 「とまどう方も多いですから、名前刺繍に向いている糸の品番や太さ、ステッチの方法など、細かいところまでアドバイスしています」  かつて自らも息子を私立の小学校へ通わせていた郷司さん。当時、クラスの母親の多くが、持ち物の手作り指定に頭を悩ませていた。裁縫を得意としていた郷司さんが手伝うと喜ばれることが多かったという。  入学準備時期を問わず、定規を入れる袋など急遽必要になったアイテムをお客さんから聞くと、すぐに図面を引き、直接工場に生地を持ち込んで商品化。数日後には店頭に並べることもあるという。ネット上で、個人作家に注文できたり、ハンドメイド品を購入したりできる便利な時代でも、そのスピード感が親たちに受けている。 刺繍とフリルの組み合わせが目を引く通学用バッグ(アーニー アンド エッシー写真提供)  東京・恵比寿に店を構える「アーニー アンド エッシー」も、お受験アイテム、入学準備品をともにそろえ、オーダーには「どなたとも重ならないデザイン」をうたい、親たちの支持を集める。  チーフマネジャーの大森和江さんは、数百とある刺繍図案や生地見本を用意して、親子のこだわりに向き合う。何度かの相談を経てオーダーを受けたカルテには、個々の要望がびっしりと書き込まれている。このカルテで過去の注文を細かく把握し、小花など人気の刺繍図案は、糸の色や配置バランスを変えたり、個数を増減させたりして、全く同じデザインにならないように職人に発注し、希望をかなえていく。  「やはり毎日使うものですから、お子さんの好みをどうにか形にしたいと常に考えています。学校のイメージに沿うように仕上げることが腕の見せ所になります」 鮮やかな生地で華やかに仕上げるデザインも(アーニー アンド エッシー写真提供)  入学後にも、相談は舞い込むそうだ。 「お母さまがお手製で準備したものの、ここで作ったお友達のバッグのデザインにお子さんが惹かれて、オーダーにいらっしゃった方もいます。撥水性のある生地も、長持ちすると好評です」 (AERA dot.編集部 市川綾子)

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