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埼玉県在住の20代男を事情聴取  池袋ホテル死体遺棄事件
埼玉県在住の20代男を事情聴取 池袋ホテル死体遺棄事件
 現場のホテル=撮影/本誌・今井良  池袋のホテルで女性の遺体が見つかった死体遺棄事件で動きがあった。    警視庁は、部屋に出入りしていた埼玉県内在住の20代の男が事件に関わった疑いが強いとして任意同行し、現在、事情を聴いている。死体遺棄の容疑が固まり次第、逮捕する方針だ。  9月12日午後8時半ごろ、東京都豊島区池袋1丁目のホテルから、「シーツにくるまれたものがあり、遺体かもしれない」と110番通報があり、2階の一室から30~40代ぐらいで身長約165センチの女性の遺体が見つかった。  司法解剖の結果、首の圧迫による窒息死で、足首はビニール製のひもで縛られ、手首にも粘着テープが巻かれている状態だった。  捜査関係者によると、ポリ袋は布団圧縮袋のような大型のもので、ホテルに備え付けのものではなかったという。男が事前に準備し、持ち込んだ可能性があるのだ。  捜査本部によると、ホテル内の防犯カメラの画像には、12日午後3時40分ごろ、現場となった部屋に黒っぽい上下の服に、白いマスク姿の男が入る姿が記録されていた。そして午後5時50分ごろに、死亡したとみられる女性が入室。その後の午後7時40分ごろには、男が1人で部屋を出ていたのが確認されていた。  男は出入り時に黒いリュックとキャリーバッグを所持。女性は「COBRA」と書かれたTシャツに黒いスウェットのズボンを着用。水色のキャップをかぶり、緑色のリュックを背負っていた。室内には26・5センチのスリッポン型の黒い靴も残されていた。女性が履いていたとみられるが、本人のサイズよりも大きめという。室内に争った形跡はなく、女性の帽子とリュックは見つかっておらず、男が持ち去った可能性があった。  現場はJR池袋駅の北、約400メートル。多くのラブホテルが立ち並ぶ一角だ。  その後の捜査本部の調べで、女性は江東区に住む36歳と判明。事件の報道を見た親が「自分の娘かもしれない」と警視庁に連絡してきたという。捜査関係者によると、同居する親に「病院に行ってくる」と告げて家を出ていたという。(本誌・今井良) ※週刊朝日オンライン限定記事
週刊朝日 2019/09/18 19:12
高校野球ファン必見! 甲子園で威力抜群の「魔曲トップ10」を選出してみた
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高校野球ファン必見! 甲子園で威力抜群の「魔曲トップ10」を選出してみた
今大会では国学院久我山の「一本」が話題に(撮影/写真部・東川哲也)  8月6日に開幕し、連日熱戦が行われている全国高校野球選手権大会。今年も星稜の奥川恭伸ら注目選手を中心に大会が盛り上がりをみせているが、甲子園を彩る要素が他にもある。それは、スタンドで観戦する野球部員、チアダンス部員、ブラスバンドによる応援曲だ。  各学校が工夫を凝らした応援はどれも魅力があるが、試合の流れを変える「魔物」を呼び出さんばかりの「魔曲」は、高校野球ファンなら誰もが知る存在。最も有名なのは「魔曲」という概念を生み出すキッカケを作った智辯和歌山の「ジョックロック」だが、その他にも奇跡の大逆転などを演出した「魔曲」といっていい応援曲も存在する。  そこで今回は、独断と偏見ではあるが独自で「魔曲トップ10」のランキングを選出させて頂きたいと思う。前述の智辯和歌山の「ジョックロック」はあまりに有名なため、殿堂入りとし、ランキングからは除外した。(※応援曲は複数の高校が使用している場合もあるため、代表的な高校を一つ選んだ) 10位:「サスケ」埼玉・花咲徳栄  第99回大会(2017年)で、埼玉県民の悲願であった夏初制覇を果たした同校を後押し。優勝の原動力となった強力打線の中軸を任された西川愛也(現・埼玉西武)ら、主にチームの核となっている打者が打席に立った際に使用され、相手投手を威圧。1968年にテレビアニメ化された同名作品の曲を上手く応援に取り入れるなど、選曲にセンスがうかがえる。 9位:「タイガーラグ」秋田・金足農業  伝統的に秋田県代表の高校が使用しているジャズの名曲。それぞれの高校でアレンジが違うのも面白いが、この応援を一躍有名にしたのはなんといっても昨年の“金農フィーバー”。前回大会のハイライトシーンといっても過言ではない準々決勝の近江戦、サヨナラツーランスクイズが決まった時も流れていたのはこの曲だった。 8位:「ワッショイ」奈良・天理  高校野球ファンならずとも、野球好きなら一度は耳にしたことのある応援曲。アルプススタンドから「ワッショイ!」の掛け声とともにこだまするこの曲は相手にとって脅威だろう。夏4度の準優勝を誇る広陵(広島)の中井哲之監督も、選手時代に天理戦で敗れた際、この曲に追い込まれたとの思いがあり、広陵にもオリジナル応援曲の作成を依頼したほどだ。 7位:「戦闘開始」愛知・東邦  この応援曲を一躍有名にさせたのは、3年前の甲子園での出来事。対八戸学院光星戦で最終回の大逆転劇を生んだといってもいい。相手投手も試合後「球場全体が敵に見えた」と語ったが、観客を巻き込んで味方につける魔力がこの応援曲にはある。 6位:「第五応援歌」神奈川・横浜  1998年には“怪物”松坂大輔(現・中日)らを擁し、春夏連覇を果すなど、高校野球界を代表する名門を象徴する応援曲。男子校(2020年4月より共学化)だけあって、ブラスバンドも含め少し硬派な感じがあるが、それと同時に伝統校らしい気品も感じられる。高校野球モノマネで有名なタレントの柳沢慎吾も、同校が登場するレパトリーでは必ずこの応援曲を口ずさんでいる。 5位:「ハイサイおじさん」沖縄県代表  沖縄県代表といえば、この曲。アルプス席のどこからともなく鳴り響く指笛とともに、応援が始まると一気に甲子園が“沖縄ムード”に包まれる。伝統的に打撃が強いイメージのある沖縄代表のチームだが、特にこの曲が流れた時に破壊力が増すのは気のせいではないはず。強豪校の明徳義塾を長年指揮する名将・馬淵史郎監督も、かつて同県代表の嘉手納高校と戦った際“プレッシャー”を感じたと語っている。 4位:「You are スラッガー」大阪・大阪桐蔭  どの曲でも完成度の高い応援を見せてくれる大阪桐蔭だが、その中でも重厚感があり、相手を圧倒する空気を作り上げる。昨年は根尾昂(現・中日)らとともに大会を盛り上げ、春夏連覇に大きく貢献した藤原恭大(現・ロッテ)の打席で使用された。近年圧倒的な強さを誇る同校のユニフォームをまとった選手が打席に立ち、この曲が演奏された時の迫力は凄まじい。 3位:「怪しいボレロ」京都・龍谷大平安(旧校名は平安高校)  高校野球の中でも最も“威圧感”がある応援曲の一つ。春1回、夏3回の甲子園優勝を誇る同校だが、今までこの曲によって生み出された雰囲気に押しつぶされた相手投手も少なくないだろう。昨年の第100回大会で、史上2校目となる甲子園通算100勝を達成したサヨナラ勝ちのシーンでも、もちろんこの曲が使用されていた。 2位:「レッツゴー習志野」千葉・習志野  夏を2度制覇した経験もある同校だが、野球の実力もさることながらブラスバンド部を中心とした応援は、それを目当てに甲子園に足を運ぶファンもいるほど。「美爆音」と呼ばれる演奏は他の学校にはない異次元のキレを見せる。その中でも、球場全体の雰囲気を飲み込む疾走感あふれるこの曲の魔力は抜群である。 1位:「ヴィクトリー」大阪・PL学園 「魔曲」という概念が生まれる前ではあるが、確実にそれに該当する名応援曲。清原和博と桑田真澄の「K.Kコンビ」ら、高校生離れした怪物選手たちによくマッチしていた。残念ながら同校は暴力事件など度重なる不祥事から事実上の廃部となってしまったが、この曲が再び甲子園に鳴り響くのを夢見るファンも少なくないはずだ。  今回は数多くあるものから独自でトップ10を選ばせて頂いたが、他にも素晴らしい応援曲が溢れている。それぞれの曲が今後「魔曲」に成長するためには、やはりチームの躍進やドラマチックな勝利が必要である。今大会もそんな場面が生まれることを期待したい。
甲子園
dot. 2019/08/15 17:00
「四十八願」ってなんて読む? 夏の甲子園に現れた“珍姓球児”たち
久保田龍雄 久保田龍雄
「四十八願」ってなんて読む? 夏の甲子園に現れた“珍姓球児”たち
全国から選手があつまる甲子園では珍しい姓の球児も登場する(写真はイメージ/(c)朝日新聞社)  第101回全国高校野球選手権大会が開幕し、今年もどんなドラマが生まれるか大いに楽しみだが、懐かしい高校野球のニュースも求める方も少なくない。こうした要望にお応えすべく、「思い出甲子園 真夏の高校野球B級ニュース事件簿」(日刊スポーツ出版)の著者であるライターの久保田龍雄氏に、夏の選手権大会で起こった“B級ニュース”を振り返ってもらった。今回は「甲子園の珍姓球児編」だ。 *  *  *    日本全国から球児たちが集まってくる甲子園大会は、その土地ならではの珍姓が話題になることも少なくない。甲子園で覚えた名字の知識をもとに、仕事の取引相手に「〇〇県のご出身ですか?」と尋ねたことがきっかけで、「よくご存じですね!」と意気投合するケースもある。高校野球ファンは、名字マニアでもあるのだ。  小学生のころから約半世紀にわたる高校野球観戦歴の中で、イチ押しの珍姓は、1973年に日大一の6番レフトとして春夏連続出場をはたした四十八願(よいなら)隆である。  センバツ2回戦の丸子実戦で7回に値千金の右中間タイムリーを放ち、1対0の勝利の立役者になったときは、朝日、毎日、読売の各紙がいずれも「四十八願(よいなら)」と読み仮名付きで記事を掲載した事実からも、全国でも屈指の難読珍姓と言えるだろう。  ヒーローインタビューで名字について質問攻めにあい、「小さいころは、イヤな名前と思っていたけど、今はそんなことないです」と答えていた本人だが、それではなぜ「よいなら」と読むのだろうか?  四十八願は栃木県佐野市の小字名で、もともとは黄泉野原(よみのはら)という地名だったが、この地に阿弥陀寺があったことなどから、阿弥陀如来の四十八願(しじゅうはちがん)に掛けて、「よいなら」と訛って読むようになったといわれる。発祥の地・栃木県には、約100人の四十八願さんがいる。  数字にまつわる珍姓では、10年夏の準優勝投手・東海大相模の一二三(ひふみ)慎太の名も挙げられる。ただし、熊本県、兵庫県をはじめ、全国に約830人いるので、それほど珍しい名字ではない。一二三自身も父の実家は熊本県だった。  14年に春夏連続出場した岩国の4番・二十八(つちや)智大も記憶に新しい。その由来については、古語で「十」を「つづ」と読んだことから、埼玉県に多い廿楽(つづら)姓同様、「二十」も「つづ」に転用したようだ。もともとは「つづや」だったと思われる。  甲子園出場がきっかけで、ご先祖様のルーツ探しにもひと役買ったのが、80年に滋賀県勢で初の4強入りをはたした瀬田工の三塁手・若代(わかしろ)悟だ。  広島市在住の会社員・若代芳朗さんは、太平洋戦争中に亡くなった父から「我が家の先祖は3、4代前に滋賀県大津市から広島にやって来た」という話を聞かされて以来、「ぜひ墓参りをしてみたい」と熱望していたが、長い間、手掛かりを得ることができなかった。  そんな矢先、たまたまテレビ観戦していた夏の甲子園3回戦、瀬田工vs秋田商で、同姓の選手が7番サードで出場していることを知り、一縷の望みを託して、同校に電話連絡。西宮市の宿舎にいた本人にコンタクトを取った。  同姓の見知らぬ人からの突然の問い合わせに「何のことかわからない」と目を丸くした本人だったが、大津市在住の父・寅雄さんに事情を説明してバトンタッチすると、その後、本家の伯父や地元の研究家の協力も得て、芳朗さんのルーツと墓所が判明。お互い遠い親戚同士であることもわかった。  寅雄さんは「息子が甲子園に出してもらっただけで、うれしいのに、こんなおまけまでついて」と思いがけない出会いを喜んだ。準々決勝の浜松商戦で、1対0の1回に勝利につながる2点タイムリーを放った息子も「野球をしたことで、まったく離れた人と関係があることがわかるなんて不思議ですね」(同年9月4日付朝日新聞夕刊)と感慨深げだった。  ごく普通の名字だったら気づかないのに、「ひょっとしたら?」と気になったのは、まさに珍姓がもたらしたご利益だった。  ちなみに同年の瀬田工には、橘高(きったか)淳というもう一人の珍姓選手(捕手)もいて、阪神で3年間プレーしたあと、審判に転身した。  審判といえば、かつての甲子園大会の審判も、西大立目(にしおおたちめ)永、達摩(だるま)省一、郷司(ごうし)裕と個性的な名字が多かった。  沖縄は独特の名字が多く、豊見城、沖縄水産を率いた栽(さい)弘義、興南の監督として10年に沖縄史上初の春夏連覇を達成した我喜屋(がきや)優の名将2人も、全国的に有名になったことで、珍姓のイメージが薄れた感がある。  そんななかで、今でも高校野球ファンに強烈なインパクトを残しているのが、04年に中部商の一塁手として出場した阿波根(あはごん)直幸だ。  180センチ、110キロの堂々たる体格に加え、青々としたスキンヘッドのいでたちは、まさに“怪童”の名にふさわしく、“アハゴン”は本名にもかかわらず、“ゴジラ”松井秀喜のような威圧感があった。  6番を打つ阿波根は、沖縄大会決勝の沖縄水産戦で、同点と勝ち越しにつながる2本の二塁打を放つなど4打数3安打と大当たり。甲子園でも活躍が期待されたが、初戦の酒田南戦で、2回1死三塁の先制機に、ベンチからスクイズのサインが出ていたにもかかわらず、「セーフティーと勘違いして」バットを引いてしまったのが祟り、三塁走者は本塁憤死。直後、甲子園初安打となる左前安打を放ったが、あとの祭り。6対11で無念の初戦敗退となった。  ちなみに同校のエース・金城宰之左(すずのすけ)も、漫画「赤胴鈴之助」に由来する難読の珍名として話題を集めた。(文・久保田龍雄) ●プロフィール 久保田龍雄 1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。最新刊は電子書籍「プロ野球B級ニュース事件簿2018」上・下巻(野球文明叢書)。
dot. 2019/08/10 16:00
青葉容疑者が作品応募で京アニを逆恨み? 生活保護、所持金は5千円足らずでも京都へきた理由
今西憲之 今西憲之
青葉容疑者が作品応募で京アニを逆恨み? 生活保護、所持金は5千円足らずでも京都へきた理由
京都府宇治市内の防犯ビデオに映った青葉真司容疑者(提供) 「響け!ユーフォニアム」の聖地巡礼マップ  京都市伏見区の京都アニメーション(以下は京アニ)第1スタジオで35人が死亡した放火殺人事件で、同社は7月30日、さいたま市在住のの職業不詳、青葉真司容疑者(41)と同姓同名の人物から、同社に作品の応募があったと明らかにした。  京アニの弁護士によると、容疑者名と住所が明らかになったため、社内で調べたところ、青葉容疑者と同姓同名で、住所もほぼ一致する創作作品の応募があったという。ただ、1次審査を通過していなかったため、社内では共有されていなかった。  また、京都府警が埼玉県の青葉容疑者の自宅を捜索した際に小説を書くためか、かなりの量の原稿用紙を押収していたこともわかった。  当の青葉容疑者は今も京都から転院した大阪の病院のICUで治療中だ。全身やけどで重篤な状態だという。 「やけど治療の場合、傷がある程度回復したら、皮膚移植をして、感染症を防ぐそうですが、まだその処置ができないようだ。当初は青葉容疑者が万が一、亡くなった場合の発表をどう広報するか考えていた。重篤ではあるが、容態は落ち着きつつある」(捜査関係者)  そんな中、青葉容疑者の事件前の行動が明らかになってきた。  青葉容疑者は事件3日前、7月15日に新幹線で京都に入った。午前10時半頃から約2時間、京都駅前のネットカフェに自身の免許証を提示して入店。その後、京アニ本社などがある宇治市の防犯カメラに青葉容疑者の姿が映るようになった。そして、事件前日のこと。 「午後3時ころだと思う。普段は地域の住民か京アニさんの社員しか通らないような路地で、赤のTシャツの男を見た。怖そうな顔をしていたので覚えている」(住民)  宇治市の京アニ本社から、京都市伏見区の第1スタジオまで1時間以上かかる中、青葉容疑者は徒歩で移動していたとみられる。そのルートは京アニのアニメ「響け!ユーフォニアム」の舞台となった場所を巡る「聖地巡礼」ではないか、という報道もあった。   報道によると、16日と17日に防犯カメラに撮影された青葉容疑者の足取りを追うと、16日は午後2時~2時10分ごろに宇治橋西詰、宇治橋西詰交差点、ファミリーレストラン前、JR宇治駅前バス停、JR宇治駅、宇治橋通り商店街の西端の6カ所の「聖地」を通過していたという。  17日午後1時ごろには、ガソリン携行缶を載せた台車を押し、京阪宇治線黄檗駅近くの新茶屋踏切を通過したとされる。  だが、アニメファンによると、青葉容疑者の足取りを2018年の公式の「響け!ユーフォニアム」聖地巡礼マップと照らし合わせると、本当に聖地巡礼だったのか、疑問符がつくという。 「一般の『ユーフォ』の巡礼者の場合、京阪とJRいずれの宇治駅に到着しても、宇治橋から宇治川沿いを南に歩いて行くルートになります。この平等院の裏手を散策するルートは普通の観光客も大勢、歩く足取りです。これだけで青葉容疑者が聖地巡礼していたとは言い切れない。一般的なファンであれば、宇治神社や大吉山展望台、観流橋や県神社あたりを歩き、写真を撮ります」(アニメファン)  青葉容疑者は事件直前にATMで現金を引き出していたという。 「京アニ、第一スタジオまでの土地カンを頭に入れていた可能性もある。ホームセンターで携行の缶を買ったりして、かなり計画的に準備をしていたようだ」(前出の捜査関係者)  昨年10月頃から京アニを脅迫するようなメールが送信されていた。発信者の特定を妨げる「Tor」(トーア)という暗号化ソフトが使用されいるが、現時点では青葉容疑者が送信したのか判然としないという。  一方で、青葉容疑者の自宅の捜索から、京アニ関連のものが複数、発見された。 「青葉容疑者は身柄確保時に財布に入っていたのは5000円ぐらい。定職もなく生活保護で厳しい生活の中で、わざわざ京都まで来て、犯行に及んだ。家宅捜索では京アニ関連の商品をかなり押収した。グッズ類が多く、DVDはなかった」(捜査関係者)    京アニ以外のアニメ関連のグッズもあり、かなりのアニオタではないかとみられている。 「青葉容疑者は犯行後、作品を盗まれたと言い、京アニに逆恨みする強い感情を持っていたのは間違いない。だが、それだけでなぜこんなひどい事件となるのか…」(同前)  スタジオ2階から命からがら逃げ出し、助かった京アニの社員の一人はこう話す。 「会社は避難訓練もきちんとしており、防火態勢にも問題がなかったと思う。当日、テレビ撮影のクルーが来るとかで、普段は閉じられているシャッターが開いていたのは、事実。それに加えて、第1スタジオはアニメーターが大半。朝9時から仕事がはじまり、昼休みは12時。事件のあった10時半というのは、最も集中して描いている。神経を研ぎ澄ませ仕事しているので少々、大きな音が1階でしても『なんだろう』と思うくらい。私も1階で何か大声が聞こえたが、さして反応はしなかった。急に黒い煙が入ってきて、目の前が真っ暗になり、なんとか窓を探して、2階から飛び降りて助かりました。思い出すだけで恐ろしい…」  犯行動機は今も闇の中だ。(今西憲之) ※週刊朝日オンライン限定記事
週刊朝日 2019/07/31 10:30
「京アニ放火殺人」息のむ現場、事件の声拾う捜査員
今西憲之 今西憲之
「京アニ放火殺人」息のむ現場、事件の声拾う捜査員
黒く焼け焦げた京都アニメーションの建物 (c)朝日新聞社 防犯カメラに写った青葉真司容疑者 (提供)  京都市伏見区のアニメ制作会社「京都アニメーション」第1スタジオが放火され35人が死亡した事件で、被害にあった人々の名前は、7月27日現在、まだ警察から発表されていない。捜査関係者は理由をこう説明した。 「ご遺体のすべてを解剖することとなったこと、損傷が激しく身元の特定に時間がかかっている」 「らき☆すた」などで知られるアニメ監督の武本康弘さんの安否もわからない。武本さんの父が心中を吐露した。 「いまは結果待ち、DNA(型鑑定)の。事件以来、京都の警察まで何度も行った。一報を聞いたのはテレビだった。発生後、(武本さんの)嫁さんが連絡、携帯に電話したけど出ない」  武本さんは出張が多く、京都にいないことも多かったというが、 「警察から電話がきて、やっぱりなと。もう言葉がないよ。ようできた息子ですわ。子供のころから絵が好きで。高校出て、アニメ専門学校に入って京アニにいった。最後に会ったのは、今年5月連休に帰ってきたときかな。相変わらず忙しいって言っていたね。こちらから、どないもできん。本当に、つらい」 ■小中学校の同級生「ごく普通の子」 「ごく普通の子だった、と思います」  というのが、埼玉県内の小中学校に通っていた青葉真司容疑者(41)の、同級生の印象だ。 「いつも同じ上下ジーンズの服を着ていたのを覚えています。家が貧しかったんじゃないかな。あと、水泳の授業はいつも見学していました。印象に残っているのはその2点くらい」  中学進学後は一人でいることが多かったようだ。 「いじめられていたのではなく、単に人が寄り付かなかったように思います」  それから25年余り、放火殺人事件の傷痕はあまりにも深い。  臨場した京都府警の捜査員は、その凄惨(せいさん)さに思わず息をのんだという。現場からは溶けた着火剤の残骸が見つかっていたことがわかった。  京都府警伏見署捜査本部は、現住建造物等放火、殺人などの疑いで逮捕状を請求している青葉容疑者がスタジオ1階で約10リットルのガソリンをまいた後、着火剤を使用して火を付けた可能性があるとみる。  鎮火後、京都府警捜査一課と京都市消防局が合同で現場検証を行った。  殺人と現住建造物等放火などの容疑での現場検証。放火犯罪捜査のプロフェッショナルたちが今回の事件捜査にも投入されている。 「いわゆる『アカ』の刑事は捜査一課に所属している。気苦労もかなり多い」(警視庁捜査関係者)  ちなみにアカとは警察用語で放火のことを指す。  放火事件の捜査では現場からの証拠集めに徹する。 「現場の『灰かき』を一日中やる。文字どおり灰になってしまった微物から事件を組み立てていくんだ」(警察庁関係者)  火災で灰になってしまったものから証拠となりそうなものを見つけ出し分析する。着火剤などの成分は、科学捜査研究所などに鑑定を依頼し識別するという。 「着火剤の有無が捜査のポイントになる。着火剤を使うということは立件する際に『殺意があったかどうか』を裏付けることにもなり得るから」(同)  もうひとつの重要なポイントは「実験」だ。 「現場で起こった放火と同じ状況を再現する。つまり全く同じ構造の建物を簡易に造り、同条件での燃焼実験を繰り返すんだ」(同)  客観性をより担保するために大学の研究者などを立ち会わせて意見も仰ぐのだという。導き出された燃焼実験結果に加え、容疑者の人となりの捜査、目撃情報、被害者の司法解剖の結果などを突き合わせ、起訴に持ち込めるように証拠を固めていくという。  青葉容疑者の容体回復を待っているため、取り調べに着手するまで時間を要する見込みだが、ブツから事件の声を拾う「アカ」の刑事たちの地道な捜査は粛々と続いている。(本誌・岩下明日香、羽富宏文/今西憲之) ※週刊朝日  2019年8月9日号
週刊朝日 2019/07/31 08:00
「ひきこもり小説家」50歳の告白 精神状態を無痛にして生きている日々
「ひきこもり小説家」50歳の告白 精神状態を無痛にして生きている日々
※写真はイメージです(GettyImages)  ひきこもりにまつわる事件を耳にするたびに、ザワッとする。  5月、川崎市登戸で、51歳になるひきこもりの男が、通り魔事件を起こして二人を殺害した直後、自ら命を絶った。  この事件から時を置かず、東京都練馬区では、元農林水産省事務次官の76歳の父親が、44歳のひきこもりの長男を殺害する事件が起こった。    この二つのケースでは、同居する家族から責められたのが引き金になったのだろうが、仮に独り暮らしでも、生活保護や障害年金などで暮らし、ひきこもる者もいる。働いてみたが挫折し、自信喪失から仕事を辞めてひきこもりになったケースもあるし、未成年の頃から不登校で、それがずっと続いてひきこもりにシフトしていったケースもある。  そんな私は一応社会には出たタイプのひきこもりというか、ひきこもりモドキだ。小説を書けないスランプがずっと続いたので、専門性のいらない、様々な「作業系」の職場(例えばファミレスやコンビニ、スーパーなど)で働いてみたが、ほとんどの職場で「戦力外」とされ、同僚に迷惑をかけ続けるのにも、白い目で見られるのにも耐えられず、仕事をリタイアしたのだった。それには、自分の発達障害が関わっていた。  あまりに仕事ができないので、精神的におかしいのではないかと思い、病院に行ったところ、知能テストを受けさせられたのだ。すると、驚くような結果が待っていた。知能指数の検査基準には「言語性知能」と「動作性知能」があり、前者は偏差値や学力の高さなどを司る。後者は臨機応変さや作業の素早さなどを司る。私の場合、前者の数値は比較的高かったが、後者の数値はかなり低く、言語性知能は114、動作性知能は74と、その差は40もあった。特に動作性知能のうちの「処理速度」という項目に関しては、「66」であり、「軽度知的障害級」であった。そのために、気が利かない上、仕事ものろく、働き続けることができなかったのだ。   「言語性知能が高いんだから、書く仕事をすればいいんだよ」  と医師は気安く助言をしてくれたが、そううまくは行かない。いつになってもさっぱり小説が書けない。こうなってみると、スランプと言うより、恐らく才能がもう枯渇してしまったのか、あるいは元々才能がなかったのかも知れなかった。  そんな発達障害の私の日常生活をざっと書いてみる。 ■暇な時はひたすら寝ている  食事は一日一回。外へ出るのはコンビニくらい、飲食店も店員の冷遇が何となく怖くて入れないほどのひきこもりぶりだ。だが、家の中はゴミ屋敷ではなく、こまめにゴミ出しをする程度のことはやる。入浴、歯磨きはするが、化粧はしない。郵便物と言えば、ほとんど電話料金のコンビニ払いの請求書くらい。毎日人と話さなくても苦しくはない。暇な時はひたすら寝ている。そうでなければパソコンやスマホでもいじっているか、わずかな友人たちと時々電話する程度だ。  本はほどんど読まない。そもそも私は読書家ではないのだ。文学をよく知りもしないのに、たまたま新人賞を獲り、他にやりたいこともなかったので、流されるように物書きの世界に紛れ込んでしまった感がある。そう考えてみれば才能がなくとも当然なのかも知れない。ただ、いくら暇でも、SNSは一切やらない。売文業に馴染んでしまったので、原稿料が貰えないのに文章を書くことに抵抗があるのと、編集者のチェックを経ていない文章を個人発信して炎上するのが嫌だからだ(SNSに関しては、やっている人たちの勇気に驚いてしまう)。  そういう私でも、たまには動くこともある。ゴールデンウイークには「わずかな友人たち」の一人とディズニーシーに行った。そして、年に1,2回程度、一人で映画を見に行く。今年は「翔んで埼玉」と「パタリロ!」を見た。キャラメル味のポップコーンとジンジャーエールを口にしながらスクリーンを眺めている時間は、ほどほどに楽しいものだった。 ■先進国にだけ許される特権階級  世間から、何とまあゆるい、幸福感溢れる甘ったれたひきこもりだとお叱りを受けるのは重々承知している。  それでも、敢えてレアケースのひきこもりというスタンスで自分のケースを考えると、資本主義・民主主義が成熟し、村落共同体がとっくに解体された先進国の日本だから生きていられるんだなあ、とつくづく感謝してしまう。発展途上国だったら他者に混ざって農業だの何だのをしなければ生きられないだろうし、ひきこもりだなんて甘えたことを言っていたら、飢え死にしてしまう。ひきこもりはおちこぼれではなく、むしろ先進国にだけ許される特権階級(?)で、だから日本でも問題視され始めたのが、かなり新しい年代、1990年代に入ってからだったのだと思う。  だが私の場合、親は二人ともこの世を去り、兄弟とも没交渉なので、自分のこのひきこもり生活を問題視したり、干渉したりする者はいない。  生活費に関しては、投資で賄っている。投資は親の死の前からやっていた。今の元手は自分の貯金と親の遺産9:1くらいだ。今はそこから出る配当金で何とかやっていけているので、小説を書けなくとも特に困ることもない。  殺人を犯して自殺した51歳の男、親に殺害された44歳の男性、彼らはそれぞれ苦しんでいた。  一方、私は今、取り立てて苦しんではいない。  勿論、私にしても、自分が何のために生きているのかよく分からない時がある。しかし、誰かをうらやましいとも誰かのようになりたいとも思わない。憧れるものもなりたいものも、やりたいこともない。友人には当然、結婚して家庭を築いている者もいるが、特に自分と比べて悩んではない。孤独も感じないし、老後はなるようになるだろう、と漠然と考えている。世間を騒がせている「年金では賄えない老後の不足金2000万円問題」を思って不安になることもない。  だから、ほぼ精神的に「無痛状態」にある。まあ、それも一種の病気だと思われても仕方ないが。  だが、私は自分の匙加減で、精神状態を「無痛」に操作しているだけで、潜在的な痛苦はあるのかも知れない。 ■そして急速にナショナリストになった  その「痛苦」と関連して、ひきこもりという状態によって引き起こされた「副作用」なるものがちょっと面白かったので、最後に挙げておきたいと思う。私は家にこもる様になってから、急速にナショナリストになった。本当に弱き者は、共産党には向かわない。現状への絶望に耐えかねたドイツ人たちが、「アーリア人至上主義」を掲げるアドルフ・ヒトラーを生み出したように、ホワイトトラッシュと呼ばれるアメリカの白人たちが、「白人至上主義」を掲げるドナルド・トランプを生み出したように、追い詰められた人々は強いリーダーを求める。私は安倍晋三のファンである。  こういう感情に駆られていくプロセスは、極めて単純明快である。弱い人間には、「大和魂」を惹起してくれる「日本人至上主義」は気持ちがよい。日本は常にアジア一の先進国であり、自分はその国民だ、だから大国たる我が国に噛みつく者は容赦なく力でねじ伏せて行くべきであり、従って日本政府が自分の代わりに代理戦争をして他国をねじ伏せてくれることは本当に素晴らしいことだと感じられる。そしてその「代理戦争」は普段はばらばらな国民の気持ちを、地位も名誉も年収も学歴も超えて、一つに統一してくれる作用を持っている。その時だけは、弱き者も「平等」を感じ取ることができる。こうした心理は、今メディアを騒がせている韓国への輸出管理強化が、強く国民に支持されているという現象にも象徴的に現れているように思われる。  このような状況を背景にして世間を見れば、この慢性的に逼迫した今の時代において、安倍首相が異例の長期政権を維持できているのも、歴史の必然と言えよう。 ●萱野葵(かやの・あおい)/1969年、東京生まれ。上智大学文学部卒。97年、新潮新人賞受賞。著書『ダンボールハウスガール』が米倉涼子主演で映画化された。他に『ダイナマイト・ビンボー』『非行少女を処刑しろ!!』「砂糖菓子の夏』『やる女』などの著書がある。
dot. 2019/07/31 08:00
「けいおん!」聖地に「京アニがんばれ!!」国内外のファンたちの祈り
「けいおん!」聖地に「京アニがんばれ!!」国内外のファンたちの祈り
「けいおん!」の舞台のモデルとなった校舎内の黒板(滋賀県豊郷町) (c)朝日新聞社 「らき☆すた」ゆかりの鷲宮神社に納められた絵馬(埼玉県久喜市) (c)朝日新聞社 「京都アニメーション」放火事件では、世界を魅了してきた作品に携わる35人ものスタッフが命を落とした。衝撃と悲しみは、国内外のファンや作品ゆかりの土地の人たちに広がっている。 *  *  *  埼玉県久喜市の鷲宮(わしのみや)神社は、京都アニメーションのテレビアニメ「らき☆すた」の舞台のモデルとされ、今もファンが通い続ける「聖地」の一つだ。同作の監督の武本康弘さん(47)は、いまだに安否が分かっていない。事件以来、神社には関係者の無事や京アニ復活を祈る絵馬が次々と納められている。  武本さんは、水泳に打ち込む少年たちを描いて人気の「Free!」シリーズの1本、「映画 ハイ☆スピード!‐Free! Starting Days‐」も監督した。公開時のあるインタビューでは「登場するキャラクターは全員ピュアでかわいらしい」と、主人公らへの思いを語っていた。  京都府宇治市に本社を置く京アニは1981年に創業。八田英明社長の妻陽子さんが、東京のアニメ会社で働いた経験を生かし、セルに色を塗る「仕上げ」の下請けを始めたのが出発点という。  徐々に人を増やし、アニメーターを雇って原画(動きのキーとなる絵)や動画(原画と原画の間をつなぐ絵)も担当するようになる。正確で丁寧な仕事ぶりは業界で評判を取った。やがて下請けから脱し、新しい世紀に入る頃から念願の自社作品を手がけるようになる。ここからは独立独歩だ。  東京一極集中の業界にあって、京都からの発信にこだわった。極端な分業化と人材の流動、非正規雇用が進む流れに背を向け、社内で制作を完結させる態勢を作った。正規雇用を維持し、人材育成、福利厚生に力を入れた。「働き方改革」の先取りだ。外からは閉鎖的とも見えるが、一つの家族のような会社が出来上がった。  2000年代半ばから、京アニはヒット作を続々と送り出していく。生え抜きスタッフの才能が花開き、手厚い職人集団がそれを支えた。  人気ライトノベルを映像化したテレビアニメ「涼宮ハルヒの憂鬱」は、学園ラブコメ、SF、オカルトなど様々な要素をギュッと詰め込み、凝った構成で何度見ても「発見」がある作りになっている。エンディング曲に合わせてキャラクターがキレのある動きで踊る「ハルヒダンス」は、日本のみならず世界各地で流行した。当時開設間もない動画サイト「YouTube」に「踊ってみた」と題した映像が競うようにアップされた。  事件後、京都市伏見区の現場、第1スタジオには京アニのアニメが日本語を学ぶきっかけだったという留学生ら海外のファンも次々と献花に訪れている。  4コマ漫画が原作の「らき☆すた」は、アニメファンにすっかり定着した「聖地巡礼」のさきがけであると同時に、女子高生のゆるーい日常をコミカルに描いて「空気系」「日常系」と呼ばれるジャンルが生まれるきっかけとなった。 「聖地巡礼」は、続いてのヒット作「けいおん!」でも起きた。部活でバンドを組む女子高生たちが、お茶とお菓子とおしゃべりを部室でまったり楽しむアニメだ。レトロで落ち着いた雰囲気の校舎は、滋賀県豊郷(とよさと)町の豊郷小学校旧校舎群がモデル。事件を知ったファンが続々と訪れ、黒板は「京アニがんばれ!!」といったメッセージで埋まり、献花台は花であふれている。(朝日新聞記者・小原篤) ※AERA 2019年8月5日号より抜粋
AERA 2019/07/30 07:00
孤独死は怖くない! 「孤立ゼロ」掲げた条例も登場…対策の最前線
池田正史 池田正史
孤独死は怖くない! 「孤立ゼロ」掲げた条例も登場…対策の最前線
右から、東京都の「高齢者等の見守りガイドブック」、神奈川県横須賀市の「エンディングプラン・サポート事業」のパンフレット 東京23区内における一人暮らしで65歳以上の自宅での死亡者数 (週刊朝日2019年8月2日号より) 孤独死を身近な問題と感じる世帯の割合 (週刊朝日2019年8月2日号より)  悲惨なイメージがつきまとう孤独死。少子高齢化で急増していて、将来に不安を感じる人も多い。でも、死ぬときはみんな一人。他人や地域社会とつながる力を磨いて精神的に自立すれば、恐れることはない。自治体も見守り対策などを強化している。孤独死なんて怖くはないのだ。  誰にもみとられずに自宅で亡くなる孤独死が増えている。東京都監察医務院によると、東京23区内の65歳以上の一人暮らしで、自宅で亡くなった人の数は2016年に3179人。10年前から7割増えている。  少子高齢化で一人暮らしの高齢者は増え続けている。内閣府の「高齢社会白書」によると、17年現在、65歳以上の高齢者のいる世帯は2378万7千世帯で、このうち単独世帯は全体の26.4%を占める。  一人暮らしの高齢者数は1980年には男性約19万人、女性が約69万人、65歳以上の人口に占める割合は男性4.3%、女性11.2%だった。それが2015年には男性約192万人、女性約400万人になった。65歳以上の人口に占める割合は男性13.3%、女性21.1%まで上がった。  生涯結婚しない人も目立っている。国立社会保障・人口問題研究所によると、日本人男性の50歳時点の未婚率(生涯未婚率)は15年時点で約23%、女性も約14%に上った。男性はほぼ4人に1人、女性は7人に1人が生涯結婚しない時代になっている。  離婚率も00年以降は約35%と高止まりしている。従来のような親子や夫婦で一緒に暮らす家庭は、どんどん減っているのだ。  ニッセイ基礎研究所は30年には3世帯に1世帯が単身となり、200万人の高齢者が社会的に孤立した状態になる恐れがあると予測する。 「何もしなければ孤立のリスクは一層大きくなるでしょう。互いに依存する度合いが高い夫婦や、他人に干渉されることを好まない人、仕事優先の志向が強い人ほど孤立するリスクが高い傾向があります」(前田展弘・主任研究員)  一人暮らしの高齢者は、社会とのつながりが薄くなりがちだ。退職によってそれまで付き合いのあった同僚や知人と疎遠になる。現役時代は仕事が忙しく、近所付き合いなど地域との関係が薄かった人も多い。こうした人たちにとって、孤独死は深刻な問題だ。  内閣府の調査では、一人暮らしをする60歳以上で孤独死を身近に感じると答えた割合は、「とても感じる」「まあ感じる」を合わせると45.4%に達した。一人暮らしの高齢者の半分近くが不安を感じている。  こうした状況を知ると、「やっぱり怖い」と思った読者もいるだろう。でも、心配しすぎることはない。国や自治体も対策に乗り出している。  神奈川県横須賀市は昨年5月、自分が入る墓の所在地などを市に登録できる事業を始めた。収入や資産が少ない市民を対象に、生前のうちに低額で葬儀の契約を結べる「エンディングプラン・サポート事業」もあり、行政が「終活」を積極的に支援している。  北見万幸・福祉専門官は狙いをこう語る。 「最近は身元が判明しているにもかかわらず、遺体の引き取り手のないケースが増えました。墓があるはずなのに場所がわからず、無縁仏として納骨されることもあります。墓の登録事業を通じて、こうした事態を少しでも減らしたい」  登録事業では、墓参りをしたい人が市に問い合わせれば、場所を教えてもらえる。開始後約1年で登録者は約150人に上る。  昨年秋に亡くなった一人暮らしの男性の事例では、埼玉県に住むめいから、「おじと連絡が取れない」と問い合わせが葬儀前にあった。 「緊急連絡先として登録されていた友人3人とも連絡が取れ、葬儀に参列してもらうことができました。登録している墓の所在地や、遺言の保管場所も伝えることができた。登録事業がなければ無縁仏になっていたかもしれません」(北見さん)  東京都足立区は「老い支度読本」や「エンディングノート」を住民向けに配っている。親族の連絡先や残す財産、希望する葬儀の形式などを書き込むことができる覚書ノート。急に亡くなっても本人の意向がわかり、死後の手続きもスムーズになる。  足立区では高齢者の遺体が長期間経ってから見つかる事件があり、孤独死や高齢者の所在不明問題への対策に力を入れている。区が持っている高齢者についての個人情報を町会や自治会に提供し、地域で見守り活動ができるようにする条例を12年に制定した。今では「孤立ゼロ」を掲げ、70歳以上の一人暮らし世帯などを対象とした実態調査や戸別訪問、ふれあいイベントなどをしている。 「区民一人ひとりが、老後の備えを考えておく必要があります。周りの人の見守りや気配りも重要。何か変わったことがあれば、『おせっかい』と思われてもいいので、医療や介護といった必要な支援につなげてあげてほしい」(足立区の島田裕司・絆づくり担当課長)  こうした見守り支援や安否確認の窓口整備は、全国に広がっている。これから導入する自治体もあり、一人暮らしでも行政や地域と結びついて孤立しにくくなっている。  企業も負けてはいない。離れて暮らす高齢の親らの見守りサービスが充実している。自宅に取り付けたカメラやセンサーなどを使って、高齢者の暮らしぶりを確認できる。警備会社や電力・ガス会社のほか、家電メーカーなども参入。調査会社の富士経済によると、見守りサービスの市場規模は18年は75億円で、25年には6割増の124億円に成長すると見込む。  損害保険会社は、賃貸物件のオーナーや入居者本人向けに、孤独死が起きた場合に部屋の原状回復や遺品の整理などをする商品を販売している。  行政や企業の取り組みは進んでいる。私たちにできるのは、孤独死に対する考え方を見直すことだ。(本誌・池田正史) ※週刊朝日  2019年8月2日号より抜粋
シニア
週刊朝日 2019/07/29 08:00
京アニ放火殺人 ”鬼畜男”の素顔 家賃滞納、悪臭、そしてコンビニ強盗
今西憲之 今西憲之 上田耕司 上田耕司 亀井洋志 亀井洋志
京アニ放火殺人 ”鬼畜男”の素顔 家賃滞納、悪臭、そしてコンビニ強盗
京アニの建物内部。焼け焦げたらせん階段(撮影/今西憲之) 第1スタジオの近くには供えられた花が山のようになっていた(C)朝日新聞社 中学生時代の青葉真司容疑者  アニメ界の多くの至宝が失われた──。  平成以降、最悪のテロとなった「京アニ放火殺人」。海外からも評価の高い日本のアニメ界の悲劇は、世界でも大きく報じられた。理不尽にも命を奪われた犠牲者を悼み、現場には多くの人が訪れている。容疑者にどんな動機があろうとも、絶対に許されない。  41歳の男による惨劇は、もはや鬼畜の所業というほかない。  京都市伏見区のアニメ制作会社「京都アニメーション(京アニ)」のスタジオ入り口に、青葉真司容疑者が侵入したのは7月18日午前10時半ごろである。 「死ね!」  青葉容疑者がそう叫びながらガソリンを1階にまき、ライターで火をつけると、瞬く間に炎が燃え広がり、スタジオの鉄筋コンクリート造り3階建てビルは火炎に包まれた。  その後の惨状は報道されているとおり、20日までに34人の死亡が確認され、重軽傷者は30人を超えた。  近隣住人の一人は唇を震わせてこう言った。 「もう地獄を見ているのかと思った……」  この惨劇を引き起こした青葉容疑者とは何者なのか。19日にあった京都府警の会見によると、全身にやけどを負い、病院に搬送された青葉容疑者は、「麻酔で眠っている状態」で意識がないという。警察も詳しい話を聴けていないといい、「住所・職業不詳」という以外、本人の情報はほとんど出ていない。  息子が青葉容疑者と一時期、同じ埼玉県内の中学校に通っていたという夫婦はこう話す。 「わかっているのは、(青葉容疑者は)地元の小学校を卒業後、地元の公立中学校へ行きました。そこからどこかへ転校されているようです。息子は同じ中学校に入って卒業しているけど、(青葉容疑者のことは)『全く記憶にない』と話していました」  その後の青葉容疑者の詳しい経歴はわからないが、この男が数年前に、特異な行動を起こしていたことがわかった。  青葉容疑者は過去に、茨城県内の雇用促進住宅に住んでいたことがある。低い賃金の非正規労働者や無職の人たち向けの低家賃の住宅だ。  青葉容疑者はここにいるとき、事件を起こしている。2012年6月、深夜に県内のコンビニに押し入り、店員に包丁を突き付け、現金約2万円を奪って逃げた。その後、警察署に出頭し、強盗容疑で逮捕された。  住宅の当時の管理人が振り返る。 「青葉がコンビニ強盗で逮捕されたので、退去通告をするため、勾留されている警察署に面会に行きました。青葉はぼそぼそと話しながらも素直に承諾しました」  後日、管理人は警察官立ち会いのもと、青葉容疑者の部屋に入った。 「部屋の中はひどい状態だった。電気が止められていたからか、冷蔵庫の中のものが溶けて液体が流れ出し、悪臭を放っていた。赤いノートパソコンの画面はめちゃくちゃに破壊され、部屋の壁にもハンマーで壊された跡があった。家賃は3DKで約4万円だが、滞納することが多かった」  同じ棟の住民によると、当時、夜中の0時4分になると、必ず目覚まし時計が鳴った。そして、大音量で音楽がかかるため、近隣住民はたびたび騒音被害を管理人に訴えていたという。  青葉容疑者は、さいたま市内の更生保護施設を経て、3年ほど前から今回の事件を起こす直前まで、同市内のアパートに移り住んだ。だが、ここでも特異な生活ぶりは変わらなかった。  アパートの住人が語る。 「青葉容疑者は自転車が好きなようで、深夜0時過ぎにロードバイクで出掛けていくのをたびたび見ました。休日の昼はゲーム音楽がくり返し流され、平日の夜はスピーカーのドンドンという振動音が聞こえてくるので、我慢できなくなって何度か警察に通報しました」  さらに今回の事件の数日前にも、近隣トラブルを起こしている。同じアパートに住む20代の男性がこう明かす。 「14日の昼ごろ、私の部屋のドアを思いっきりたたいたり、ドアノブをガチャガチャ回したりしてきました。部屋の中からもウワワァーッと叫び声を上げながら、壁をバンバンたたいてくる。耐えられなくなって苦情を言いに行ったんです」  男性が青葉容疑者の部屋へ行くと、いきなり左手で胸ぐらをつかまれ、右手で髪を引っ張られたという。 「おまえ、殺すぞ。うるせえんだよ。こっちは余裕がねぇんだからよ。黙れ」などと、10分間ほど同じ言葉をくり返されたという。  男性が続ける。 「殺すぞと言われ、本当にやられるんじゃないかと怖くなりました。カッとなって言ったというより、本気なんじゃないかと思いましたから」  こうした異常な行動が京アニの事件につながるのか、動機は不明のままだが、今回の犯行を頭に思い描き、実行に至った経緯は何だったのだろう。  現場付近に残されていた青葉容疑者のものと思われる手提げカバンには、包丁数本とハンマーが入っていた。ガソリンや多数の凶器を準備しており、犯行の計画性をうかがわせる。  ある捜査関係者によると、「犯行の何日か前に、公園に(青葉容疑者が着ていたのと似た)赤シャツを着た男がいたらしい」「同じ姿の男が事件前日、京アニ付近をうろついていた」との目撃談もある。  先の捜査関係者によると、青葉容疑者は、20リットル入りの携行缶2個分のガソリンを、近くのスタンドで買ったという。その際、店員が何に使うのか聞くと、「機械の関係、発電機で必要」などと言ったという。  青葉容疑者は、それを台車に載せて京アニに向かい、スタジオに押し入った。 「(青葉容疑者は)ガソリンをまいて、いきなり火をつけたようだ。入ってきてすぐ火をつけ、とんでもないスピードで火が回った。1階は火の海になるまで1分もかからなかったという人もいる」(先出の捜査関係者)  自身もやけどを負い、逃走した青葉容疑者は、現場から南へ100メートルほどの住宅街の道路わきで倒れ込んだ。そのときの様子を目撃した住人が語る。 「外に出ると、赤いTシャツの男が仰向けに横たわっていた。髪はちりちりで、Tシャツやジーンズにも焼け焦げた跡がありました。靴は履いておらず、足の裏側も真っ赤にやけどしていた」  そこへスタジオから追いかけてきた従業員が青葉容疑者を見つけ、駆け付けた京都府警伏見署の署員に「こいつが犯人だ」と説明した。青葉容疑者は署員から「どうしてこんなことをした?」と問われると、怒ったように「小説を京アニが盗んだ」「社長と話がしたいから京都に来た」などと言っていたという。  青葉容疑者は、一方的な思い込みから恨みを募らせ、異常な殺意を抱いていったということだろうか。 (本誌・岩下明日香、上田耕司、亀井洋志、羽富宏文/今西憲之) ※週刊朝日  2019年8月2日号
週刊朝日 2019/07/23 07:00
京アニ放火”テロ犯”のリュックに刃物数本 41歳男の素性と恨み
京アニ放火”テロ犯”のリュックに刃物数本 41歳男の素性と恨み
火が消えた後の京アニ(撮影・今西憲之)  33人の犠牲者が出たアニメ制作会社「京都アニメーション」(京アニ)の放火事件。火をつけたとみられ、身柄を確保された男は、関東地方在住の41歳の男だった。所持品とされるリュックなどには、刃物が数本入っていたという。 「10時半過ぎに、急にドーンという破裂音がして、びっくりして外をみたら煙があがり、火もみえた。近くに行くと、何人かの人が飛び出してきて路上に倒れこみ、動けなくなった人もいた。周辺の人がホースで水をかけていた」  火災当時の様子について、近所の女性はそう話し、続けた。 「中から出てきた女性は『男が急に入ってきて、バケツで油のようなものをかけてきた』『男が火をつけて、火事が起こった』『まだ中にたくさんの人がいるので、助けて』と興奮しながら話していた。しばらくして、2階から飛び降りたりする人もいた。飛びおりて、必死でビルから離れて、なんとか逃げようとしていたけど、火の手が激しくて、近寄れずなかなか助けにいけなかった」  その後、消防車が来て消火活動を始めたが、なかなか火の手はおさまらず、周囲には焼け焦げたにおいが充満し、体調不良を訴える住民もいたという。 「大やけどした人が号泣したり、放心状態になってたり、意識がない人に大声で呼びかけたり、もう地獄を見ているのかと思った」(先の女性)  身柄を確保された男が、京アニで犯行に及ぶまでの様子について、ある捜査関係者はこう話す。 「男は、京アニから800mほど離れたガソリンスタンドで携行缶2個にガソリンを入れ、台車を押しながら京アニに向かった。入り口近くで、缶からバケツのようなものに移し替えて、京アニの入り口ドアを開けてすぐにガソリンをまき、着火ライターのようなもので火を放った。何か大声で叫びながら、火をつけたとの話もある」  火をつけた後に逃げた男を、京アニの関係者が追いかけ、駆けつけた警官に「犯人だ、火をつけた」などと伝え、犯行がわかったという。 「男の持ち物は、携行缶の他に黒いリュック、カバンなど。リュックやかばんには刃物数本が入っており、先に数人を刺してから火をつけたとみられる」(先の捜査関係者)  犯行直後の男の様子について、ある目撃者はこう話す。 「火事だと大騒ぎなっていて、外に出ると赤いTシャツで顔がススだらけの男が道に横たわっていた。火事でやけどしたのかとホースで水をかけたが、何も言葉を発していなかった。シャツのおなか付近からは入れ墨が見えていた。髪はチリチリに焼けて、ズボン、Tシャツも焼けこげていた。両足の裏側も真っ赤になりやけどしていた」  別の目撃者はこう話す。 「男は道に寝そべり、ひざを曲げたまま立てなかった。警官や救急の人が抱えるように担架に乗せて運んでいった。意識はあったと思うが、十分な受け答えができているような感じでもなかった」。  男はやけどを負っており、意識不明との情報もある。動機などについては詳しくはわかっていないが、警察関係者はこう話す。 「身柄を拘束された男は、京アニの社員でも関係者でも、出入り業者でもない。男は2012年に茨城県内でコンビニに包丁を持って強盗に入り、逮捕され、服役。出所後は埼玉県に住んでいたようだ。いきなり京アニに入ってきて大声で叫び、灯油のようなものをまいて火をつけた。男のスボンに火がついて、かなりやけどしている。病院に搬送したが顔は黒く、興奮状態だった。犯行は認めていて、恨みがあると言っているが、詳しくはわからない」  アニメ業界では、「ストーリーやキャラクターが似ている!」などと、言いがかりのようなことを言ってくるケースもよくあるという。 京アニにも、よく脅迫めいたメールや電話があったといい、同社のサイトの掲示板にも、社員を殺すといった趣旨の書き込みがあったようだ。警察は、男が書き込んだものなのかどうか調べている。(本誌取材班) ※週刊朝日オンライン限定記事
週刊朝日 2019/07/19 06:30
虐待で子どもを死なせない大原則「48時間ルール」が守られない 札幌の2歳児衰弱事件でもなおざりにされた背景を検証
渡辺豪 渡辺豪
虐待で子どもを死なせない大原則「48時間ルール」が守られない 札幌の2歳児衰弱事件でもなおざりにされた背景を検証
札幌市の女児衰弱死事件の現場。国は48時間を超えて子どもの安否確認ができない場合は立ち入り調査の実施を求めていたが、その検討もされていなかった (c)朝日新聞社 鳥取県内に三つある児童相談所の中核的機能を持つ中央児童相談所。今後もスーパーバイズ機能や市町村との連携強化などレベルアップを図るという(撮影/編集部・渡辺豪) 虐待による子どもの死亡事件で通告後に対面での確認を…(AERA 2019年7月15日号より)  児童虐待のサインは、今回も見逃された。札幌市の女児衰弱死事件で、虐待の通告を受けてから48時間以内に子どもの安全を対面で確認するという大原則がなおざりにされていた。どうしたら守られるのか。 *  *  *  札幌市で池田詩梨(ことり)ちゃん(2)が衰弱死し、母親と交際相手の男が保護責任者遺棄致死などの容疑で逮捕された事件で浮き彫りになったのは「48時間ルール」の機能不全だ。 「泣き声が普通じゃない」  札幌市児童相談所は4月に近隣住民から情報提供(通告)を受けた際、母子と会えず、原則48時間以内に子どもの安全を対面で確認するという基本ルールが守られていなかった。虐待対応の「入り口」が作動しないのはなぜか。  その要因を探る前に、48時間ルールの原点をたどろう。全国に先駆け、埼玉県が1999年に導入したきっかけは「不名誉なランキング」だった。  児相が虐待通告を受理しながら虐待死に至った事例が、埼玉県は97年度4件で全国ワースト──。埼玉新聞が99年3月に報じたこの記事が引き金となり、まもなく県内の児相所長が集まって自主的に「48時間ルール」を決めた。  99年11月に衆議院で開かれた「青少年問題に関する特別委員会」。参考人招致されたのは埼玉県中央児相の今井宏幸所長(当時)だ。ルール導入の動機を問われた今井所長は、よどみなくこう答えた。 「行政の遅延、不作為は怠慢だと考えました」  傍聴席には、「全国ワースト」の記事をスクープした当時の埼玉新聞記者でジャーナリストの小宮純一さん(61)もいた。小宮さんはペンを持つ手が震え、涙がこぼれたという。 「行政の不作為を内部の人間が認めるのは大変勇気がいること。今井所長の並々ならぬ気迫が伝わりました」  今井所長は後日、48時間ルールを提案した背景には、1人の部下の影響があったと明かした。その部下が、越谷児相副所長だった藤井東治さんだ。2004年8月にクモ膜下出血で亡くなった藤井さん(享年56)と生前親交のあった小宮さんには、亡くなる前の年の暮れに酒席を共にした記憶が焼き付いている。「48時間」の意味を問うと、藤井さんは訥々とこう語ったという。 「どんなに厳しい状況にあっても48時間は生き延びてくれ。そしたら必ず助けに行くからっていう、子どもとの約束なんだ」  厚生労働省は当初、児相の負担などを考慮し、「埼玉方式」を一事例として紹介するにとどめていたが、07年に児童相談所運営指針を改正し、全国的なルールとした。だが、このルールは努力目標にすぎない。運営指針は「48時間以内とすることが望ましい」との表現にとどめている。離島など限られた交通手段しか使えない地域や、該当世帯を特定できないケースもあるため、一概に強制できないからだ。  しかしだからといって、このルールの形骸化を見過ごすわけにはいかない。  厚労省によると、過去の虐待による死亡事件のうち、「通告時の目視による安全確認」を行わなかったケースは、13年度から16年度までの4年間で計20例に上る。虐待の可能性を把握しながら、虐待死を防げなかったのは札幌のケースに限らない。 ●命に関わる安全確認は、仕事の最優先事項だ  一方で、多くは48時間以内に安全が確認され、最悪の事態を未然に防いでいるのも事実だ。  約15年前の冬、首都圏でこんな「事件」が起きた。 「未就学の女児がいる母子家庭で母親が帰宅していない」  児相に寄せられた電話に応対したのは40代のベテラン職員だった。  ネグレクト(育児放棄)が疑われる通告は、虐待に直結するシグナルだ。すでに日が暮れかかっていた。一刻の猶予もない。とっさにそう判断した職員はすぐに、別の職員を伴って現場に駆けつけた。  8畳ほどのワンルーム。暗がりの室内で電気ストーブのオレンジの光が目に付いた。すぐ前にティッシュの箱が転がり、側面が焦げていた。女児は少し離れたベッドで寝入っていた。母親の帰宅を待たず女児を緊急保護した男性職員は当時をこう振り返る。 「安全確認があと数時間遅れれば、間違いなく火災が発生していたでしょう。女児が焼死してしまうリスクも高かったと思います」  このケースはたまたま職員がすぐに動ける状況だったため奏功した。現場では「即応」を基本に、常にフレキシブルな対応が求められている。 「救急車や消防車は通報後すぐに現場に駆けつけます。児相の安全確認もこれと同じ。48時間以内であればいい、というわけではありません」  児童福祉が専門の東京通信大学の才村純教授(70)はこう話し、子どもの命にかかわる48時間ルールの順守は「仕事の最優先事項」と位置づけられているかどうかの問題だと強調する。7月1日には仙台市で、2歳の長女を数日間、自宅に放置して死なせたとして、25歳の母親が逮捕された。このケースでは虐待の通告はなく、周囲は手を差し伸べることができなかった。せめて、虐待を疑わせる情報提供があるのなら子どもを死なせる事態は防ぎたい。その基本となる48時間ルールをめぐる認識が児相内部で共有されていないのはなぜか。 「担当者が多忙を極める日本の現状は異常です。疲弊のあまり、基本ルールを守る感覚すら麻痺してしまう可能性も否定できません」(才村教授) ●ルールを定着させるには、まずは職員が定着すること  全国の虐待通告件数は99年度は1万1千件余だったのが、17年度は13万3千件超にはね上がった。1人当たりの担当件数が20件前後の米国、英国、カナダなどと比べ、日本では100件を超えるケースも珍しくない。6月の記者会見で「職員1人当たり100以上の案件を抱えており、非常に厳しい」とうなだれた札幌市児相の高橋誠所長の姿も記憶に新しい。  児相の虐待対応は、子どもの安全確認で終わらない。親との面談が不可欠だが、たいてい日中は電話に出てもらえない。手紙を書いても返信がない。仕方なく夜間や休日に訪ねる。会うのにひと月かかることも。そうなると、時間外勤務は際限なく広がる。そんな中、「全ての通告に48時間以内の安全確認を」と号令をかけられても、「対応は不可能」との悲鳴も上がる。  政府は19~22年度の4年間で児童福祉司を現在の3千人から5千人体制にする対策を決めた。しかし、それで解決が図られるわけでもないという。 「新人がどっと入ってきて研修教育に追われ、虐待対応がおろそかになるようでは本末転倒です」(才村教授)  前述のように、48時間ルールは虐待対応の入り口にすぎない。場合によっては親子を引き離す「介入」も必要だ。その際、重要なのは専門的な知識や技術に加え、それぞれの職員が培ってきた勘や経験だと才村教授は言う。  例えば、親子が一緒にいる場合、子どもを見る親の目が鋭い、親がそばに寄ると子どもがおどおどする、といった「場の空気」を察知する能力も現場職員に求められる。こうした判断を迫られる虐待対応を任せるには「最低10年」の経験が必要とされる。  だが、全国の児童福祉司の45%は3年未満の勤務経験しかない。一般行政職の職員を数年で配置転換する自治体もあれば、激務のため専門職の若手が離職してしまうケースも絶えない。才村教授は言う。 「48時間ルールを定着させるには、まず職員が定着しないといけません。国は人材育成の長期ビジョンを描く必要があります」  一方、虐待対応の抜本的な改革が必要との指摘もある。前出の小宮さんはこんな思いを吐露する。 「もし今、藤井さんが生きていたら、『48時間ルールはもう古い』と言うのでは」  虐待通告が急増する中、画一的に「48時間以内」の厳守を求めるのは実効性のある対応とはいえなくなっている、というのだ。そもそも埼玉県が48時間ルールを導入した際も「時間を区切る」のが主眼で、48時間という数字に虐待対応のデータや医学的裏付けはなかった。小宮さんは言う。 「今求められているのは、通告窓口を一本化して内容を1件ずつ吟味し、対応の優先度を判断できる人材(スクリーナー)の配置と、円滑に担当機関へ振り分けるシステムの構築です」  課題は認識していても、予算や人員の確保がおぼつかないのが多くの自治体の本音だろう。そんな中、「48時間」よりも厳しい「24時間ルール」を設定している自治体がある。厚労省によると18年4月現在、群馬県、福井県、鳥取県、長崎県、堺市の5自治体。その一つ、鳥取県の事例を紹介したい。 「本県では児童相談所のレベルアップを図ってきており、国のルールでは48時間で対応するところを24時間にして、基本的にはこの範囲内で対応できています」  6月19日の鳥取県議会一般質問。児童虐待への対応を問われた平井伸治知事はこうアピールした。  00年度に県内で起きた児童虐待死事件などを契機に、初期対応の見直しを図ったという。ただ、鳥取県の場合、その以前から手厚い児童福祉政策を続けてきた伝統がある。 ●苦しい状況からの脱却、早いに越したことはない  昨年度までは、管轄区域の4万人に1人配置する国の基準を4人上回る19人の児童福祉司を配置。今年4月には、1人増員し計20人体制にした。22年度までに4万人から3万人に1人に見直す国の新たな配置基準に率先して対応した形だ。加えてこの20人は、社会福祉の専門職として採用された職員ばかりなので、専門性の蓄積や組織の意思統一も図りやすいという。県中央児童相談所の川本由美子所長(56)は言う。 「24時間だから翌日の何時までに確認すればいいみたいな感覚は、どの職員にもありません。その日のうちに、という使命感が体に染み付いています」  鳥取県内には三つの児相があり、地域との連携も強い。学校は午前中の通告を徹底。警察からの通告は、正式な書類が届く前に口頭で説明を受けた時点で対応する。とはいえ、24時間ルールを厳守していても、リスク判定を誤り、虐待死事件を防げなかったケースを過去に経験している。県の担当課長補佐の西村耕一さん(44)は、「24時間」を旗印に掲げ続ける意義をこう唱える。 「24時間ルールはあくまで一つのツールにすぎません。それでも、子どもの立場で考えれば、苦しい状況から回避できる機会は少しでも早いに越したことはありません」  虐待通告の年間対応件数が1万件を超える東京都や大阪府などの大都市圏と比べると、鳥取県は18年度422件(このうち虐待認定は80件)と圧倒的に少ない。  地域によって事情は大きく異なるが、子どもの命を守るため「一刻も早く」対応しなければならないのは共通の使命だ。児童虐待にはここまでやればいいという線引きはない。行政の優先順位をどこに置き、児童虐待にどう向き合うかが問われている。(編集部・渡辺豪) ※AERA 2019年7月15日号
AERA 2019/07/11 11:30
【現代の肖像】大学院生・小林さやか「相手の力を引き出す究極の生徒」<AERA連載>
【現代の肖像】大学院生・小林さやか「相手の力を引き出す究極の生徒」<AERA連載>
「キャラ変する力と人を信じる力は自信がある」。受験を成功させたのも、望む自分になるため(撮影/岡田晃奈) ※本記事のURLは「AERA dot.メルマガ」会員限定でお送りしております。SNSなどへの公開はお控えください。  黒髪ボブの女子高生が泣きながら廊下を走ってきて、両手を広げた茶髪にセーター姿の若い女性にぎゅっと抱きつく。 「さやちゃん、話したかったよー」  茶髪の女性は生徒を抱きしめて秘密の打ち明け話に耳を傾けると、「よしよし」と頭を軽くたたき、肩を組みながら歩き出す。恋の悩みか人間関係の悩みなのか、ボディーランゲージで包み込む先輩力がひたすら眩しい。  この「先輩」が校舎を歩けば、ピースしながら飛び出してくる女子や、職員室の前で出待ちする体操着の3人組、はしゃぐ男子グループが次々に「さやちゃん、来てたんだ!」と寄ってくる。  こんな学園ドラマみたいな人気者キャラ、リアルで初めて見た! でもここはセットではなく実在する私立校、札幌新陽高校なのだ。  さやちゃんと呼ばれているのは昨年、「校長の右目」としてインターンをしていた小林(こばやし)さやか(31)。有村架純主演で映画化もされた『学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話』の主人公ビリギャル本人だ。  この本は名古屋にある個人塾講師だった坪田信貴(現・坪田塾塾長)が、高校の問題児でビリ周辺の成績を彷徨っていた小林と出会い、彼女が1年間で偏差値を爆上げして慶應義塾大学に合格を果たすまでを綴ったベストセラー書だ。1年半後には映画化、主演の有村が日本アカデミー賞の優秀主演女優賞を受賞した。  そのビリギャルだった小林が大学を卒業し、社会人を経て、大学院で教育を勉強したいと考えていた昨年、教師や生徒の頑張りを熱く語る札幌新陽高校校長・荒井優の日誌をFacebookで見て感動し、メッセージを送った。それがきっかけで昨年3月から4カ月間、同校のインターンに。教育現場を勉強するという立場で、すべて無償だ。 ●野球の才能のある弟に嫉妬を感じた小学校時代  それにしても校内でのモテっぷりは凄い。久しぶりの訪問なのに、生徒や教師からひっきりなしにイベントや相談の誘いがかかる。現在2年生の似奈は小林に、悩んでいた進路やイジメのことを保健室で相談したり、LINEでアドバイスをもらったりしたという。似奈(にいな)は、「少し前まで勉強をやる意味も学校にくる意味もわからず、遅刻ばかりでグレていた。さやちゃんはイジメる子たちを見下すと同じ土俵に立っちゃうから、その子たちより上に行け、と言ってくれてすごく楽になれた」  高校をやめて美容の専門学校に行きたかったが、サロンをやるなら経済学も必要と小林に言われ、勉強する意味がやっと分かったという。  カリスマっぷりがさらに立証されたのが、教師に呼ばれて「ちょっと行ってくる」と面談室に消えた時。30分後には「飲食店のバイト1本で生きたい」という退学希望の女子生徒を「社会を知らなきゃ店は成功できない」とものの見事に翻意させていた。小林はいつも、生徒の気持ちを否定するのではなく、肯定することからはじめる。だから説得力がハンパない。 「カルテルって何? カテーテルじゃないよね?」。社会の授業で生徒側に立って質問し、笑いをとる。小林が発言すればするほど、生徒の反応が盛り上がっていく(札幌新陽高校で)(撮影/岡田晃奈)  ビリギャルの本が出たのは小林が25歳のころ。突然の社会的な大ブームで、小林の人生はありえないほど大きく変化した。 「あの本がなかったら今ごろ名古屋から出てもいなかったし、講演活動も全然してなかった。ビリギャルがすべてをくれたからもの凄く感謝してる」  小林にとって、「学校」とは、中学教師の吐いた心えぐる言葉に傷つき、いつも教師の否定のまなざしが突き刺さる場所だった。慶大受験でやっとそこから脱けだした元ギャルが、教育の世界に自分を生かそうと決心したのは一体なぜなのか?  生まれも育ちも名古屋。飲食店などを経営する父と、専業主婦の母の長女として生まれる。2歳下の弟、6歳下の妹と3人きょうだいだが、幼いころから家の「スター」はいつも弟だった。父は野球選手を目指していた自分の夢を弟に託すため、つきっきりで野球を指導し、娘には関心を示さず子育ても母親任せ。食卓では弟だけ座布団があり、料理も品数が多いという明白な格差があった。 「弟は野球の才能もある上に、おちゃらけてて愛される人気者。何の才能もない私は、どうして男に生まれなかったんだろう、どうして弟ばかり愛されるんだろうといつも嫉妬していた。家族の中では弟の陰に隠れてハッピーじゃなかったし、小学校での私は自信がなくて引っ込み思案だし、みんなの中で意見が言えない子だった」  小学2年。同級生をイジメていた子に「何でそんなことするの?」と言ったため、矛先が自分に向くようになった。ある日そのイジメっ子にみんなの前で悪口を言われて、唯一信じていた子にまで笑われ、それに大きなショックを受けて、母の後押しで学校をやめた。何校も断られた末、母の送り迎えで学区外に越境入学することに。 「それでも時々、ハブにされたり嫌な思いもしていたし、教室にいる自分が好きになれなかった」  繊細な小林は毎日、自分に向けられる他人の視線が気になってたまらず、それを気にする自分との闘いで疲れ果てていたのだ。 「ああちゃん(母)だけは『さやちゃんは世界一幸せになれる子だから』と言い続けてくれたけど、理想と現実のギャップが大きすぎて。私の人生はこれじゃ終われないと思ってた」  公立中学に進学すると、小学校での人間関係がそのまま持ち越され更につらくなる。すべてをリセットしようと市内のお嬢様校を受験し合格したことが、人生初の成功体験だ。 「入学した途端、勉強をやめた。めっちゃ空気読んでセルフプロデュースして、憧れてた人気者の同級生を真似てはきはきしゃべる活発な子にキャラ変したら、クラスの中心にいる人気者になれた」 ●父や教師に何度怒られても友人は裏切らなかった  中3になると厳しい校則に反発してギャル化まっしぐら。映画の有村架純そのものの超ミニスカートに巻き髪と細眉で、更に身体だけ日サロで焼く。「キャラ変」に磨きをかけたのが中学生合コンだ。小林が幹事を務めて、主要な男子校と女子校からメンバーを集め、安い昼カラオケをハシゴしていたという。 「まつげエクステ、サービスで30本もつけられちゃった」(撮影/岡田晃奈) 「幹事の使命感で、どんな子たちと出会っても楽しくする自信がある。この合コン幹事のスキルが今の講演活動に生きてる」  この頃、文字通り学年ビリの成績を記録。大人から見れば最悪な落ちこぼれでも、仲間目線で見れば友達の中心にいる人気者キャラだった。  そのころ野球に自信をなくしていた弟は、監督でもある父の文字通り血を吐くようなスパルタ教育に苦しんでいた。試合でエラーすると、帰りの車の信号待ちでパンチが飛んできて口が血だらけに。自分は坊主頭でオシャレもできず父に半監禁状態なのに、毎日、友人と遊んでいるギャルの姉はキラキラしてて楽しそうに見える。  教師や父に否定され外のギャルライフに逃れた姉と、父に期待され過干渉に耐えていた弟。姉弟はお互いを羨んでいた。母は強い母性愛で3人の子どもを受容してくれたが、子育てを巡って父は母をなじり激しい口論が絶えず、母はいつもバッグの中に「離婚調停に勝てる」を謳ったマニュアル本を持ち歩いていたという。 「私は両親が一刻も早く離婚したほうがいいと思ってた。父親に『クソジジイ、ああちゃんに指一本触れたらただじゃすまねえから』とまで怒鳴ってた。今なら、父親は寂しかったと分かるけど」  小林は何度、父や教師に怒られてもギャルの仲間を大切にする正義を貫いたが、中3で教師を信用できなくなる大事件が起こる。  たばこの所持が見つかって約2週間の停学処分になり、校長室で「君は人間の屑だ」とまで言われた上、「君の親友がお前を売ったからたばこがバレた。一緒にたばこを吸った友達の名前を言えば退学を免除してやる」。裏切りを示唆するありえない恫喝に「卑怯すぎる」とガンとして口を割らなかった。学校に呼び出された母に心配をかけたことは悔いたが、教師への不信感は心に根深く焼きついた。  嫌いな学校で大学まで行くより就職したほうがずっとマシだ。そう考えていた高2の時、母に坪田を紹介され、坪田の薦める慶大受験を決心する。自分を遊べない環境に追い込むため、髪をおかっぱに切り落としメイクもやめ、塾と家で勉強して学校で爆睡するという凄まじい勉強っぷりで、合格判定をジリジリとあげていく。  一方、苦痛でしかない野球をやめた弟は、髪を伸ばして金髪にし、ピアスをつけて、ヤンキー仲間とつるむようになった。が、父はますます母の子育てを否定してキツくあたり、父vs.母・さやか・弟の対立関係は悪化の一途をたどる。 「ぼくは怖いし勝てないから、今まで父に正面から刃向かったことがない。でも姉ちゃんは家の中で一番気が強くて、1人だけ父にがんがん意見していた。ぼくはいつも姉ちゃんのあとを追いかけてた」(弟)  弟にとってのヒーローは、いつも閉塞した空気に突破口を開くかっこいい姉だったのだ。 ●ビリギャルが大ヒット 生活も意識も怒濤の変化  高3の冬。小林は慶大の総合政策学部(SFC)に見事合格、渾身の猛勉強のリベンジを果たす。 「受験は住む世界を一変させる便利なツール。ダンスやアートは才能やセンスに左右されるから結果が出ないことも多いけど、受験は暗記。勉強した分、わりと平等に結果が返ってくる。私は弟と違って飛び抜けた才能が何もなかったから、慶大という『外の世界』に留学するような気持ちで勉強していた」 埼玉県桶川市民ホールでの「手をつなごうPTAべに花講演会」(撮影/岡田晃奈)  シャンパンゴールドのスーツと金髪カールのド派手な名古屋嬢姿で入学式デビュー。その「留学先」で仲間たちと期間限定の飲食店運営やバイトにうちこんで、恋愛にのめりこむ。大学からの友人かな子(30)は、当時の小林を「明るくハジけてたけど、周りをよく見ていて面倒見がいいし、人に気が使えるから、仲間にもすごくモテた」という。  一方、家に帰らず生活が荒れていく弟に「このままでは死んでしまうのでは」と、両親は休戦状態に入り、弟の救済のために団結した。そこから弟の生活も徐々に落ち着き、小林が卒業してウェディングプランナーをやっていた25歳の頃、ようやく家族に雪解けの兆しが見えた。  弟は23歳で結婚、子どもも誕生して父の居酒屋で店長として働きはじめる。妹は上智大学に入学。その過程を経て父が劇的に優しくなり、両親の関係も和解へと一歩前へ進んだ。  この年、ビリギャル本が発売され翌々年には映画も大ヒットして、小林は怒濤のような社会現象のど真ん中に放り込まれた。次々にイベントやメディアに呼ばれ、体験を語る中で、小林の意識は急速に変化していく。講演では夫婦問題に悩んだ母に共感して泣く女性も、さやかちゃんに救われたと言う高校生も、そして小林が「クソジジイ」と呼んだ父に、娘との接し方が分からない自分を重ねる男性もまた多かった。 「ビリギャルは自分じゃなく家族の物語で、自分よりずっと大きなもの。だからそのメッセージをみんなに伝えて、教育や子育てに生かす使命を与えられたんだと思うようになった。私は敬語ができないし勉強もできなかったし、いつも何かが足りなかった。必死な姿を周りに見せているから、みんなが助けてあげなくちゃと思ってくれる」  本や映画から人々がイメージするビリギャルは、サクセスストーリーの主役だけにポジティブで屈託がなく、他人の目なんか気にせず目標にまっしぐら。いっぽう小林自身は、人の視線や感情を気にする繊細さを持つ。札幌新陽高校でも、「誰かに感情移入すれば、他の生徒たちを傷つけてしまうのでは?」とかなり悩んだ。  人を押しのけて、自分を前面に出すのも苦手だ。テレビの食レポコーナーに出演して一言もしゃべれずひどく落ち込んだこともあるし、自分のカメラ目線のドヤ顔写真は絶対見たくないという。  昨年、学生時代に出会い、25歳で結婚した男性と、話し合いを重ねて仲のいい友人に戻った。手をつないで離婚届を出しに行ったというブログが、SNSで大きな話題にもなった。好きな気持ちは変わらなくても、「結婚当時は一般人だった私が、ビリギャル本が出てから色々なメディアに出たり講演をしたりして、価値観や生活サイクルが変化したりズレてしまったのは大きかった」という。 ●エラそうな肩書よりずっと生徒側にいたい  ビリギャルと小林さやかの間でいつも揺れている気持ちを、どうすればもっと強く確かなものにできるのか? そう悩む小林をかな子は、「さやかは暗かった子ども時代を今も心に住まわせているから、ネガティブな子どもや、自分を強く見せようとするギャルやヤンキーの気持ちもわかるし、寄り添ってあげられる」と評する。 同世代の教師や飲み仲間とすすきのの居酒屋「ごんべゑ」で(撮影/岡田晃奈)  悩んでいるネガティブ要素が、子どもたちとの関わりで大きなプラスに転じつつあるのを、小林はまだ明確に自覚していない。 「私が体験したことを日本の教育現場にどうしたら落とし込めるかを学んで、教師や親に働きかけるメッセンジャーになりたい。なぜ学校へ行くのか、なぜ校則があるのか、イジメられたらどうしたらいいか? 教師や大人がそれにちゃんと答えられないから生徒が反抗する。生徒はいつも教師を見透かしてる」  現場を学ぶために経験した札幌新陽高校でのインターンでは、臨時担任としてクラスをサポートし、ホームルームや授業を担当したり、よさこい踊りの練習や青空学級、部活の応援、悩み相談など何でもやった。最後の日は「ずっとここにいて」と引き留め、泣いてくれた生徒たちとの絆に感動して号泣した。高校生の頃、教師の視線がつらくて逃げ出したかった小林が、初めて心から学校を好きだ、と感じた瞬間だ。 「話を聞いて救われたって言ってもらうと、すごく自己肯定感が持てるけど、ビリギャルをちゃんと社会に還元できてるのか時々、不安になる。まだ、腹をくくれてない」  元プロサッカー選手の友人で、札幌新陽高校勤務の中原健聡(たけあき)に、この悩みを打ち明けると、「そんなに気になるならこんな仕事やめちまえ」と一喝された。深夜3時まで話は続き、「死んでもやる」「じゃあ腹くくれ」。小林は中原の「俺も怖くて眠れない日もある。みんな一緒や」という言葉に、救われたという。 「彼女の純粋な共感力は凄いから、抱えてる課題に向き合うにはこっちが最大限の本気を出さなあかんと覚悟させられる。その才能が坪田先生に凄いコーチングスキルを発揮させたし、無関心だった俺を真剣な相談相手に変えたし、あなたも今まさに本気になっているでしょ?」(中原)  その言葉、すとんとおなかに落ちた。確かに小林の相手をまるっと信じる壁のなさ、教育の盲点へのピュアな問いかけは、どんな人の警戒網も瞬時に消滅させる。結果、相手からとことん本気なメッセージを引き出して、生きる力として消化してしまう。つまり彼女は凄まじい吸収力を持つ究極の生徒なのだ。 「今は体験談や成功体験でしか話せないから教育理論の支えが欲しくて、大学院に通う決心をした。一生、生徒側にいたい。エラそうな肩書なんかいらない。生徒代表として、子どもたちと学校や親をつなぐメッセージを発信し続けたい」  教師や校則ととことんぶつかった自分を忘れないから、悩みを抱えた生徒たちのヒーローになれる。そんな小林が、巨人化したビリギャルを駆け足で追い越す日はもうすぐだ。 (文中敬称略) 「子どもはいっぱい失敗して試行錯誤すべき。ギャルやヤンキーの反抗も他人と同じは嫌という自己表現。思春期に反抗心を隠していると、闇を持ったまま大人になる」(撮影/岡田晃奈) ■小林さやか 1988年/名古屋市で生まれる。 94年/名古屋市の市立小学校に入学。 96年/通っていた市立小学校から別の市立小学校に転校し、越境通学する。 2000年/市立小学校を卒業。受験し、名古屋市内の大学まで一貫教育の私立中学に入学。それまでのおとなしい性格が一転、キャラ変に成功。 02年/中学3年で学年ビリを体験。その後も底辺付近をうろつく。たばこの所持が見つかり、約2週間の停学処分に。 03年/私立中学を卒業し、そのまま付属の高校へエスカレーター入学。 04年/市内の個人塾で、当時、塾講師だった坪田信貴と出会う。この出会いをきっかけに、慶應義塾大現役合格を自らの目標に掲げ猛勉強を始める。 06年/1年半で偏差値を約30から約70にまで上げ、慶大総合政策学部(SFC)に入学。下北沢の居酒屋バイトでサービス業の楽しさに目覚める。 10年/慶大卒業。究極のサービス業に就きたいと、大手ウェディング企業に就職。プランナーとして働く。 13年/商社を経て、ウェディングのベンチャー企業に転職。坪田の著作『学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話』(KADOKAWA アスキー・メディアワークス)が出版され、100万部を超すベストセラーに。結婚。 15年/有村架純主演、土井裕泰監督で、「映画 ビリギャル」が公開され、大きな注目を集める(製作中はスタッフとして参加)。母、ああちゃんと連名の『ダメ親と呼ばれても学年ビリの3人の子を信じてどん底家族を再生させた母の話』(KADOKAWA アスキー・メディアワークス)を執筆、出版。 16年/子育てママ応援イベントや、学生や親向けの講演活動などで全国を駆け回る。 18年/札幌新陽高校で「校長の右目」という肩書で、3月から7月までインターン生として滞在。その傍ら年間100本以上の講演をこなす。生活リズムの変化に伴う互いの価値観とビジョンのすれ違いにより、話し合いの結果、円満離婚。現在は良き友人となっている。 19年/3月28日に、夢をかなえる法則や家族の物語とともに、後輩たちに向けて書いた初の単著『キラッキラの君になるために~ビリギャル真実の物語~』(マガジンハウス)を出版。 ■速水由紀子 東京都出身。現代人の意識変化を執筆する。著書に、『悪魔のDNA 園子温』(祥伝社)、『家族卒業』(朝日新聞出版)、『「つながり」という危ない快楽』(筑摩書房)など多数。 ※AERA 2019年4月22日号 ※本記事のURLは「AERA dot.メルマガ」会員限定でお送りしております。SNSなどへの公開はお控えください。
AERA 2019/07/04 13:10
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野村昌二 野村昌二
川崎殺傷事件で急増「不審者情報メール」 大阪が断トツ多い理由とは?
「日本不審者情報センター」が情報を提供する、スマホアプリ「Yahoo! MAP」の「防犯マップ」画面。「声かけ」「暴行」など事案別にアイコンで表示される(撮影/写真部・張溢文) 主な地域の不審者情報の配信数と内訳(AERA 2019年7月1日号より) <1人暮らしの女性の家に刃物を持った男性が侵入、女性が声を上げたので逃げてそのまま逃走中>  5月下旬、福岡県に暮らす女性(47)の携帯電話にこんな内容のメールが届いた。住んでいる街の警察から送られてきた「不審者情報メール」だった。  女性は、小学5年の長女(11)が帰宅すると、事件に巻き込まれないためにも極力周りに目を配りながら登下校するよう言い聞かせた。女性が不審者情報メールに登録したのは、長女が小学校に入学したとき。1人で登下校するので心配になったからだ。女性は自宅で英会話教室を開いている。仕事柄、多くの子どもが来るので不審者情報メールは重宝していると言う。 「保護者とともに情報の交換や対処などをするのにとても役立っています」  川崎市の登戸駅近くで5月28日、スクールバスを待つ小学校の児童ら20人が51歳の男に刃物で殺傷されるという痛ましい事件が起きた。事件の後、各地で「不審者」への対応訓練が行われているが、子どもが犠牲になるケースも多く、保護者や関係者の心配は尽きない。  そうした中、関心を集めているのが不審者情報メールだ。いつ、どこで、何があったのか。不審者情報や身近な犯罪発生情報などが、登録した人の携帯電話などに送られる。都内のある高校の教員(59)は、警視庁から配信される不審者情報メールを学校単位で活用していると言う。 「管理職と生徒部主任と情報共有、事と次第によっては生徒に情報提供、下校指導などで対策をとります」  不審者情報メールはネットの普及とともに2000年代に広がり、今では多くの警察や自治体、学校などが発信している。 「子どもを対象とした事案は全体の6、7割。登下校の時間帯に多い傾向はあります」  と話すのは「日本不審者情報センター」(東京)代表の佐藤裕一さん(44)だ。同センターは、16年から全国の警察や自治体が公表する不審者情報を独自に収集、すべて共通形式の記事に書き直し、ネット上で公開している。さらに、スマートフォンのアプリ「Yahoo! MAP」に情報を提供し、「暴行」「声かけ」などの発生場所が地図上に表示される。ほかにもニュースアプリ「ニュースパス」などにも記事を配信している。  佐藤さんによれば、全国の警察が公表する不審者情報の数は、18年5月に新潟市西区で小学2年の女児が23歳の男に殺害され線路上に遺棄された事件後、一気に2倍に増えた。そして今年5月の川崎市の殺傷事件を機に、さらに倍増したという。同センターが5月に配信した不審者情報は計3475本。6月は15日時点ですでに約2千本と、前の月を上回る勢いだ。  多いのは、声かけ、つきまとい、露出、痴漢──の四つ。なかでも川崎の事件を受け、刃物を持っているという不審者情報メールが増えたという。  同センターが5月1日から6月10日までに配信した不審者情報の件数を調べると、大阪は564件と断トツに多い。ただこれは、警察が積極的に公表しているかどうかによるところが大きい。つまり、不審者の情報を積極的に共有しようとすれば、メールの件数は多くなる。佐藤さんによれば、積極的に公表しているのは大阪と兵庫。また静岡、愛知、神奈川、埼玉、広島なども比較的アクティブだ。反対に、まったく積極性を感じないのは千葉だという。  こうしたメールは安全度を知るバロメーターとなり、先の女性や学校のように犯罪の未然防止として役立てることができる。(編集部・野村昌二) ※AERA 2019年7月1日号より抜粋
AERA 2019/06/29 11:30
東出昌大 23歳から役者“遅いスタート”で良かったことって?
東出昌大 23歳から役者“遅いスタート”で良かったことって?
東出昌大(ひがしで・まさひろ)/1988年生まれ。埼玉県出身。2012年俳優デビュー。連続テレビ小説「ごちそうさん」(13年)で注目される。出演映画「コンフィデンスマンJP ロマンス編」が5月17日から公開。主演舞台「二度目の夏」は7月20日から上演 (撮影/写真部・小黒冴夏、ヘアメイク/石川奈緒記、スタイリスト/檜垣健太郎)  東出昌大さんが役者としてのスタートを切ったのは23歳のときだ。朝井リョウさんの小説を映画化した「桐島、部活やめるってよ」で、キャリアは上だが、年齢的には年下の俳優たちに囲まれながら、高校生の役を演じた。 「最初は、お芝居の右も左もわからなくて、“はい”という台詞を言うのにも、タイミングや感情の込め方をどうするか迷ってばかりでした」  朝ドラや大河など、順調にキャリアを積んできた彼だが、ここ1~2年は、とくに新境地に挑戦している印象。昨春は、ドラマ「コンフィデンスマンJP」の“ボクちゃん”役でコメディーの才能を開花させ、秋には舞台「豊饒の海」で“美の象徴”とされる主役の松枝清顕を演じた。 「三島由紀夫の小説は思春期から愛読していたので、お話をいただいたときは震えましたし、役者人生最大の試練になると思いました。本番前は本当に緊張して、『劇場、停電にならないかな』とか、子供みたいなことを考えてばかりでした(苦笑)」  ところが、舞台の初日を終えた瞬間、特別な感情がこみ上げてきた。 「すごく不思議なんですが、カーテンコールを受けながら、『あ、今、俺はようやく役者になれた』と。そんな気がしたんです」  でも、感慨は数時間しか続かなかった。普段、作品に入っているときは、徹底して役のことを考える。作品に入っていないときは、「今自分は何者でもないな」と思う。演じることは仕事だが、それを「快感だ」と思ったことも、ましてや「役者は天職だ」と思ったこともない。 「役者をやっていて嬉しいのは、前にご一緒した監督に、別の作品で声を掛けていただくことです。今回の連続ドラマW『悪党~加害者追跡調査~』の瀬々敬久監督とは、映画『菊とギロチン』でご一緒しました。役者は“料理される側”だと思うのですが、イマジネーション豊かな名料理人に、『前回はこうだったから次はこう料理したい』と思っていただけることは、役者冥利に尽きます」 「悪党~」で東出さんが演じるのは、幼い頃に姉を殺され失った、元警察官の探偵役。探偵ものではあるが、一つの事件を境に人生が一変した人たちの心情にスポットを当てた、それぞれの再生の物語になっている。 「今回、犯罪加害者の現在の状況を調査する役を演じるにあたって、いろんな事件にまつわるルポルタージュやノンフィクションを読みました。そこでわかったのは、事件の加害者も被害者も、誰もが、生き続ける限りは、自分の人生を好転させたいと願っていることでした」  年齢を重ね、経験を積み、家族の形態が変わり、物事の感じ方は若い頃よりも深く激しくなっているとか。 「何でも吸収しようという貪欲さでやってきました。23歳と遅いスタートだったことで、恥をかくことを恐れずにいられた。それが、自分にとっては良かったのかもしれないです」 (取材・文/菊地陽子) ※週刊朝日  2019年5月24日号
週刊朝日 2019/05/22 11:30
THE YELLOW MONKEY、インディーズ時代の長尺名曲を地上波パフォーマンスへ――“コレはかなりの事件”
THE YELLOW MONKEY、インディーズ時代の長尺名曲を地上波パフォーマンスへ――“コレはかなりの事件”
THE YELLOW MONKEY、インディーズ時代の長尺名曲を地上波パフォーマンスへ――“コレはかなりの事件”  THE YELLOW MONKEYが、2019年4月14日に「THE YELLOW MONKEYスペシャル」として出演が決まっているフジテレビ系『Love music』でのパフォーマンス楽曲を明らかにした。  歌唱曲は計3曲。昨年、テレビ東京 『天 天和通りの快男児』の主題歌としても話題になった「天道虫」。THE YELLOW MONKEYの数多くある代表曲の中でもライブで絶大な人気を誇る「パール」。そして、「毛皮のコートのブルース」をテレビ初披露する。  楽曲「毛皮のコートのブルース」はインディーズ時代の名曲で、4月17日にリリースとなるアルバム『9999』の楽曲と共に、初レコーディングとなった音源。ボーナストラックとして、デジタルアルバムでの購入者のみ手に入る楽曲となっている。約7分の長尺楽曲で、地上波でこのサイズの楽曲がOAされるのは極めて異例のこととなる。  なお、トークでは各メンバーが初めて買ったCDや、影響を受けてたきた音楽、青春の1曲などが語られ、改めてバンドの魅力にふれることができる内容となっている。  また、『9999』収録曲のインスト音源が聴けるダイジェスト映像も同時公開された。今回公開された映像では、先日行われた“世界最速先行試聴会”でもパフォーマンスされ、ファンからリリースが待ち望まれている新録曲のインスト音源が聴くことができる。  iTunesでは、今回公開されたbacking track(インスト音源)13曲に加え、CD収録と同じ13曲、ダウンロード・アルバムのボーナストラックである「毛皮のコートのブルース」全27曲を収録した“プレオーダー期間限定盤”を4月16日まで販売中。 ◎『Love music』チーフプロデューサー三浦淳  地上波で「毛皮のコートのブルース」が放送されるって、コレはかなりの事件です…!!! THE YELLOW MONKEYの90年代からのファンも、活動休止後にハマったファンも、2016年の再集結以降のファンも、この凄さにピンと来ない人がいるかもしれませんが… 僕のように90年代初頭からTHE YELLOW MONKEYの毒にどっぷり犯されてしまったファンからしてみたら「毛皮のコートのブルース」というインディーズ時代からの伝説の未発表曲を、テレビの地上波放送で(しかもほぼフルサイズで!)観られる日が来るなんて…本当にもう奇跡のような出来事なんです。 「JAM」「SO YOUNG」「球根」を名曲として挙げる人が多いように、THE YELLOW MONKEYはミディアムナンバー、バラードの名曲が多いんです。 でもファンからしてみたら、もっとオススメのミディアムナンバーがあるんです。 「This Is For You」「真珠色の革命時代~Pearl Light Of Revolution~」「シルクスカーフに帽子のマダム」「MERRY X'MAS」「天国旅行」「花吹雪」…どれも名曲ばかりなのに、これまでテレビで披露する機会はほとんどなかったですし、ファン以外に知られる事もほぼありませんでした… そんな想いもあって、THE YELLOW MONKEYが解散してから5年後の2009年に『メカラ・ウロコ 20~THE YELLOW MONKEY 結成20周年特番~』というヒストリー番組を作らせてもらいましたが、その中で、初期の商品化されていないレア映像や、初めてテレビで放送するようなマニアックな楽曲をふんだんに使いましたが、番組の構成で肝となるところではミディアムナンバーの名曲をしっかり使わせてもらいました。 その時に「毛皮のコートのブルース」も放送させてもらったのですが、あれを作っている時はTHE YELLOW MONKEYが再び活動をするとは思ってもいなかったし、まさか、また一緒に仕事が出来るなんて1ミリも想像した事もなかったし、まさか、まさか「毛皮のコートのブルース」を自分の番組でパフォーマンスしてもらうなんて、夢にも思っていませんでした、いませんでした、いませんでした…!!! これまでもサプライズを仕掛けたり、いい意味で予想を裏切りながら、ファンを喜ばせてきたのがTHE YELLOW MONKEYの魅力の一つでしたが、今回この曲をテレビで披露するのもファンを狂喜させるビッグサプライズですし、そのサプライズの場に『Love music』を選んでくれたのは本当に幸せなことです。 この放送は間違いなくTHE YELLOW MONKEY史に残る放送になります。深夜ですが…出来ればいつもよりボリュームを少し大きめにして、55分間テレビの前の最前列で盛り上がっていただきたいと思います。僕も最前列で堪能します! ◎放送情報 フジテレビ系『Love music』 2019年4月14日(日)24時30分~ ※地域により放送日時が変わる場合がございます。 ◎リリース情報 アルバム『9999』 2019/04/17 RELEASE <初回生産限定盤(CD+DVD) > WPZL-31619/20 / 4,500円(tax out) <通常盤(CD) > WPCL-13119 / 3,000円(tax out) ◎ツアー情報  【THE YELLOW MONKEY SUPER JAPAN TOUR 2019】 4月27日(土)静岡 静岡エコパアリーナ 4月28日(日)静岡 静岡エコパアリーナ  5月11日(土)北海道 北海きたえーる  5月12日(日)北海道 北海きたえーる  5月25日(土)福井 サンドーム福井  6月07日(金)大阪 大阪城ホール  6月08日(土)大阪 大阪城ホール  6月11日(火)神奈川 横浜アリーナ  6月12日(水)神奈川 横浜アリーナ  6月29日(土)秋田 秋田県立体育館  7月06日(土)埼玉 さいたまスーパーアリーナ  7月07日(日)埼玉 さいたまスーパーアリーナ  7月13日(土)福岡 マリンメッセ福岡  7月14日(日)福岡 マリンメッセ福岡  7月20日(土)広島 広島グリーンアリーナ  7月21日(日)広島 広島グリーンアリーナ 8月03日(土)宮城 宮城・セキスイハイムスーパーアリーナ  8月04日(日)宮城 宮城・セキスイハイムスーパーアリーナ 8月27日(火)兵庫 神戸ワールド記念ホール  9月03日(火)徳島 アスティとくしま  9月15日(日)福島 あづま総合体育館  9月22日(日)熊本 グランメッセ熊本
billboardnews 2019/04/05 00:00
「生きていたら41歳。きっと孫も…」桶川ストーカー殺人事件から20年 被害者の父が語る思い
野村昌二 野村昌二
「生きていたら41歳。きっと孫も…」桶川ストーカー殺人事件から20年 被害者の父が語る思い
埼玉県上尾市の自宅の居間の一角には、詩織さんが好きだったヒマワリの花や、笑顔の写真がたくさん飾られている。今も命日には友人たちが来てくれるという(撮影/倉田貴志) 父親の憲一さん。「あっという間の20年でした」。二度とストーカーによる事件は起きてほしくないと語る(撮影/倉田貴志) 過去の主なストーカー事件(AERA 2019年3月25日号より) 全国の警察へのストーカー相談件数の推移(AERA 2019年3月25日号より)  ストーカー規制法が生まれるきっかけとなった、桶川ストーカー殺人事件から20年。警察が把握したストーカー被害は5年連続で2万件を超え、いまも増え続ける。娘を亡くして以来、講演を続ける父親に思いを聞いた。 *  *  *  埼玉県桶川市のJR桶川駅。西口駅ビル前に、いまも誰かがそっと小さな花束を供えていく。20年前、ストーカー被害を受けていた猪野詩織(いのしおり)さん(当時21)が、交際を断った男の仲間たちによって命を落とした場所だ。 「ずっと毎日毎日、いま詩織が生きていたら、と考えます。夢のある子に育ってほしい、そんな願いを込め『詩織』と名づけました。本当に家族思いのやさしい子で、生きていれば41歳。結婚して子どももいて……。私と妻は、孫の面倒をみているのではないかと」  父親の憲一さん(68)が静かな語り口で心の内を吐露する。同県上尾市の自宅の居間には、詩織さんの遺骨を納めた骨壺がある。いまだに墓に埋葬する気持ちになれず、憲一さんと妻京子さん(68)は居間に布団を敷き、毎晩一緒に寝ている。  1999年10月26日。  当時大学生だった詩織さんは、JR桶川駅前で元交際相手の男の兄やその仲間に刺殺された。交際を断られて逆恨みした男は事件前、仲間と共謀して詩織さんを中傷するビラを自宅周辺の電柱に貼ったり、憲一さんの職場に送りつけたりしていた。名誉毀損容疑の告訴を受理した警察が捜査に乗り出さなかったことや、調書の「告訴」を「届け出」と改竄し、告訴の取り下げを要請していたことが大きな社会問題となった。詩織さんの名誉を傷つけるような報道もされた。  事件はストーカー被害を見直す契機となり、詩織さんの死から約半年後の2000年5月、ストーカー規制法が超党派による議員立法で成立した。ストーカー行為を明確に「犯罪」と定め、警察による警告などの行政措置を盛り込んだ。法律は改正を重ね、現在はLINEなどSNSを使ったメッセージを繰り返し送りつけるといった行為にも規制の対象が広がっている。罰則はストーカー行為が懲役1年以下か罰金100万円以下、禁止命令に違反してストーカー行為をした場合は懲役2年以下か罰金200万円以下と、以前よりは多少厳しくなった。 ●全国のストーカー被害は、5年連続で2万件超  だが、さまざまな形でストーカーによる被害は続いている。全国の警察が把握したストーカー被害は17年に2万3079件と、5年連続で2万件を超え、ストーカー規制法が成立して以来、過去最多を記録した。殺人に至るような事件も後を絶たない(表参照)。  13年10月に東京都三鷹市の高校3年の女子生徒が元交際相手の男に刺殺された事件や、17年1月に長崎県諫早市の女性(当時28)が元夫に刺殺された事件も、被害者がつきまとい行為を警察に相談していたが、未然に防ぐことはできなかった。なぜいまも、被害は増え続けているのか。  ストーカー問題に詳しい常磐大学元学長の諸澤英道(もろさわひでみち)さん(被害者学)は、「これまで表に出にくかった被害が顕在化したことが背景にある」と見る。ストーカー行為から発展した凶悪事件がメディアで報道され、社会の意識も徐々に高まり、隠されていた被害が掘り起こされた結果だと言う。 「しかも、表面化しないものを含めると、5倍近いストーカー被害者がいると考えられます。山に例えると、支援を受けられるのは8合目から上にいる被害者、それが2万3千人という数なのです」(諸澤さん)  残りの被害者が駆け込める「受け皿」がほとんどないことが問題だと、諸澤さんは言う。各都道府県に被害者支援センターは置かれているが、積極的な対応に欠けることが多いという。かと言って、警察が全ての相談に応じるのは物理的に難しい。 「支援窓口の設置、日常生活の支援、住まいや仕事の安定……。被害者にとって最低条件となる支援をどこでも等しく受けられることが必要で、そのためには、都道府県レベルでの条例の制定が不可欠です。条例をつくることで、いままでNPOやボランティアに頼ってきた被害者支援を行政が担うようになる」(同) ●1千通超のメール送信でも、違法性を問えなかった  また、ストーカーを取り締まるストーカー規制法には致命的な欠陥がある、と諸澤さんは指摘する。  同法第2条は、つきまとい、監視、面会や交際の要求など八つの行為を「つきまとい等」とし、それを反復して行うと「ストーカー行為」と定義した。警察が加害者にやめるよう警告し、逮捕することもできる。しかし、八つの行為に限定したことによって、条文に明記されていない行為はストーカー行為に当たらないという運用になっている点だ。  12年11月、神奈川県逗子市で当時33歳の女性が元交際相手の男(当時40)に刺殺され、男は直後に自殺した。この「逗子ストーカー殺人事件」で、男は「結婚を約束したのに別の男と結婚した。契約不履行で慰謝料を払え」などと書いた1千通を超えるメールを女性に送りつけていた。  だが、当時ストーカー規制法では電話やファクスで繰り返す嫌がらせについては禁じていたが、メールは対象外だった。担当した神奈川県警逗子署はすぐに違法性を問えないとして、捜査を終了。その後もパトロールを続けたものの事件を防ぐことはできなかった。  この事件などを機に13年、ストーカー規制法は改正され、メールを繰り返し送る行為も「つきまとい行為」の対象となった。 「ストーカー行為を限定的に定義したことで、警察の介入をきわめて消極的にしてしまった。すべてのストーカー行為に対応できるよう、さらに法律を改正すべきです」(諸澤さん) ●「娘に代わってしゃべる」その使命感で人前に出る 「娘は見殺しにされた」という思いを抱いていた詩織さんの父憲一さんは長い間、警察では講演をしてこなかった。だが、いつか現場の人たちに思いを伝えたいという気持ちもあった。初めて警察で体験を語ったのは、17年9月。京都府警察学校で200人近い警察官や警察学校の生徒らを前に、命を奪われた娘と家族が強いられた苦しみを語り、市民の嘆きや悲しみを聞いてほしいと訴えた。犯人と直接対峙し、捕らえることができるのは警察だけなのだ、と。  約13年前に胆管がんが見つかったとき、「もう死んでもいいと思っていた」と憲一さんは振り返る。 「当初は法律ができたから何なんだ、そんなことよりも娘を返してくれ、という思いが強かった。それが徐々に、じゃあ娘のために親として何ができるのか、と考えるように心が変わっていきました」  被害を食い止めるには捜査を通じた対応だけでは限界があるとして、警察庁は16年4月から加害者に、精神科医による治療やカウンセリングを勧める取り組みを始めた。  こうした加害者の更生支援について、憲一さんはどう考えているのか。 「治療によって治るのであれば治してほしい。被害者を増やさないために、強く反対しない立場をとっている。ただ、加害者に言いたいのは、愛していようが何だろうが、相手はお前の持ち物じゃないということ。このことを理解できなかったら、何をしてもだめです。それを擁護するような考えを持つ人間を強く恨みます」  事件から20年経ついまも、憲一さんは学校や行政機関などで講演を続け、「命」の大切さを訴えている。人前で話すのは勇気がいる。だが娘はもっと苦しい思いをした。それに比べれば人前で話すくらい何でもない、と力を込めた。 「いまは、娘に代わってしゃべらないといけないんだという使命感で話しています。ストーカー被害で苦しむ人がいる限り、活動していきます。それが、かけがえのない私たちの娘、詩織との約束でもあります」  21歳の無念に、私たち社会も応えていかなければいけない。(編集部・野村昌二) ※AERA 2019年3月25日号
AERA 2019/03/25 11:30
ゴーン氏の変装保釈は弁護団の周到な戦略 ミスター・ビーン風“埼玉作業着”の狙い
ゴーン氏の変装保釈は弁護団の周到な戦略 ミスター・ビーン風“埼玉作業着”の狙い
作業着に変装して東京拘置所から出てきたカルロス・ゴーン氏(c)朝日新聞社  日産自動車のカルロス・ゴーン前会長(64)が6日、東京拘置所から保釈された。ところが、108日におよぶ勾留から開放されてはじめて公の場で見せた姿は、イギリスの人気コメディー番組「ミスター・ビーン」の主人公を彷彿とさせる作業着姿と白いマスクだった。予想外の姿に、日本のみならず世界で衝撃が広がっている。  ゴーン氏が着用していた帽子は、埼玉県川口市の鉄道車両整備会社・日本電装のもので、作業着も実在する企業のものだと思われる。乗り込んだ車は、日産ではなくスズキの軽自動車。出発後に多くのマスコミの車両とヘリコプターが小さな車を追いかける様子を見て、まるで滑稽な喜劇をながめているように感じた人も多いのではないか。  その結果だろう。昨晩から今日にかけて、ニュース番組やワイドショーの話題はゴーン氏の変装に集中した。その多くは「拘置所から堂々と出てきてほしかった」などと批判的なものがほとんどだ。だが、まったく別の見方もある。政治ジャーナリストの田中良紹氏は言う。 「変装は弁護団が綿密に準備した戦略でしょう。おそらく、ゴーン氏としては保釈後に『私は無罪です』と堂々と言いたかったのではないか。欧米流ではそれが正しいが、日本の司法で無罪を勝ち取るには裁判所からも国民からも“同情”してもらった方が有利。弁護団としては、ゴーン氏を日本の司法のやり方を理解してもらいたい。その儀式の一つとして、作業着の着用をしてもらったのではないか」  日本の司法が「世論」に左右される傾向があることは、これまでも専門家から指摘されてきた。もし、昨日の保釈でゴーン氏が日産会長時代の堂々とした姿で登場し、無罪を主張すればどうなったか。おそらく、多くのメディアはゴーン氏に批判的なトーンで報道しただろう。それが今ではゴーン事件の報道は「変装」の事実ばかり。「保釈後に報道がゴーン批判一色」という事態にはなっていない。  ゴーン氏の弁護を務める弘中惇一郎弁護士は、報道陣に対し7日、「(変装は)テレビで見てビックリしました」と自らのアイデアではないと話した。また、「あれはあれでユーモラスで、いろいろなアイデアがあっていいんじゃないかと思う」とも語っている。  弘中氏は、報道では小沢一郎自由党代表や厚生労働省の村木厚子元事務次官の裁判で無罪判決を勝ち取ったと紹介されることが多いが、過去にはロス疑惑銃撃事件の三浦和義氏や薬害エイズ事件の安部英(たけし)氏の裁判でも勝利している。両者ともメディアに徹底的に批判された人物で、それを覆した実績がある。最近では、女優の高畑淳子さんの息子・高畑裕太氏の弁護士も務め、メディアスクラムを回避するための対応にも経験がある。前出の田中氏は言う。 「ゴーン氏の変装劇は、弁護団が無罪を勝ち取るための並々ならぬ決意のあらわれです。ゴーン氏と同時に逮捕され、先に釈放されたグレッグ・ケリー氏(日産前代表取締役)の弁護は、喜田村洋一氏が担当しています。弘中氏と喜田村氏は小沢氏の事件でも一緒に弁護人を務め、無罪を勝ち取った。ゴーン氏の保釈は『6月ごろ』と予測されていましたが、3カ月早まったことの意味は大きい。両弁護団は、2人から日産内部の詳細な情報を得られることになり、次の戦略を練り始めているでしょう」  弘中氏は、ゴーン氏による記者会見について「検討します」と話している。ゴーン氏は会見で、日本だけではなく世界に向けて何を語るのか。その時、「無罪請負人」の異名を持つ最強弁護団の戦略の一端が明らかになるはずだ。(AERA dot.編集部/西岡千史)
dot. 2019/03/07 19:48
猫と住むため「事故物件」に… 41歳女性の快適な選択とは?
猫と住むため「事故物件」に… 41歳女性の快適な選択とは?
猫が飼える賃貸物件を探し続け、たどり着いたのは…(写真:getty Images) 「ペット可だけど猫はNG」という賃貸物件は結構多いらしい。都心で好条件の部屋にネコと住むため、事故物件を借りたという人まで。「#猫の日」だから考えたい。猫との生活の現実とは。 *  *  * 「猫とそれなりの部屋に住むためには、何かを大きく妥協するしか無いんです」  東京都内に住む女性(41)はそう話す。猫を飼い始めたのは10年前。小さなころからずっとネコと一緒に暮らしてきて、猫がいない生活に「禁断症状」が出始めたからだった。公園で拾った猫と住み始めた最初の部屋は、明らかに傾いていた。しかもベランダのガラス窓が勝手にカラカラと音をたてて閉まる程……。それでもそこそこの広さがあり、駅近の猫可賃貸は希少。契約更新まで住み続けた。  仕事の転勤で東京に引っ越すことになり、そこでも苦労した。駅近だと学生向けアパートのような、手狭なワンルームしか残っていない。しぶしぶ決めた部屋は、最寄り駅から徒歩20分。内見中に「最初に見た物件はいま決まりました」と不動産屋に揺さぶりをかけられたが、猫可物件はそこそこの条件でもすぐに決まってしまうのが現実。即決した。仕事でヘトヘトになって帰る玄関先で、あの子が「にゃー」と迎えてくれる暮らしは、何物にも代え難い!  住み始めてからも定期的に不動産屋に通い、物件探しを続けていたが、店員たちは 「ちょっと今は(空きが)出ていませんね」 「猫を飼うと相場より2、3割は家賃が高くなるんですよ」  そう言って煙に巻こうとする。大家さんに隠れて飼ったりしたら、ご近所トラブルに発展したり、発覚して退去させられたりしても次に行くところが無い。だから「猫可物件」にこだわった。  数年後、彼氏と住むため少し広めの部屋を探そうとしたら、さらにハードルは上がった。  2人で訪れた不動産屋で「無い」と一点張りの店員に、彼氏がしびれを切らした。 「無いはずは無い」 「明日、別の不動産屋で契約するからもう一回探して」  その言葉に押された店員が1枚の資料を取り出し、渋い顔でこう口にした。 「ただ、ご説明が……」  ピンときた。ああ、事故物件か。強盗だとしたら、防犯面で問題があるマンションと考えられ、また狙われると困る。でも病死や自殺なら、私たちにも猫にも関係ない。 「強盗ですか? そうじゃないなら自殺か怨恨ってことですね」  聞くと同じ建物の別の階の部屋で、2件の“事故”が起きていた。部屋が違うからなのか詳細は教えてくれなかったが、後でネットで調べてみると、飛び降り自殺が1件と怨恨と思われる殺人事件が1件ヒットした。内見しても違和感は無い。それどころか猫が大好きな日当たりの良い広々した部屋。そこに決めた。  不動産屋の店員が契約内定を電話で事務所に伝えると、先輩らしき人の驚いた声が電話口から漏れ聞こえてきた。 「あんた、アレ言ったの!? 2件だよ、2件!!」  絶対に決まるはずのない物件だと思われていたのだろう。しかし、女性はあっけらかんと言う。 「事故物件でも私にとっては全然問題が無いんです。夜中に変な音とかもしないし、猫も私たちも元気に暮らしてる。お隣りさんも犬や猫を飼っているから、毛が生え変わる時期もお互い様。すごく快適です」  不動産・住宅サイト『SUUMO(スーモ)』を運営するリクルート住まいカンパニーによると、首都圏(東京都、埼玉県、神奈川県、千葉県)の賃貸物件数は186万4千件(2月18日現在)。そのうちペット飼育可の物件は約15%、28万2千件だった。 「10年ほど前から、賃貸でもペット可の物件は増えてきていますが、猫が飼える物件はまだかなり限られています」  そう話すのは、さくら事務所の不動産コンサルタント、土屋和馬さんだ。 「ペットが飼える物件のうち、半数以上は猫NGと考えていいと思います。最大の理由は爪とぎ。部屋の障子や襖、壁紙でもつめとぎをしてしまうので、犬などほかの動物と比べても補修費がかなり高額になってしまうのです。さらに、大家さんにとっては退去後に敷金の返還額などで賃借人ともめたり、交渉したりする可能性があるということ自体も手間に感じ、事前に避けようとするわけです」  希少な物件に出会えたとしても、猫飼いたちの受難は続く。冒頭の女性が言われたように、敷金や賃料が通常よりも高額に設定されるというのだ。 「敷金・礼金は1カ月ずつというのが一般的ですが、猫を飼うと敷金はさらに1~2カ月分が課されることが多い。大家さんとしては原状回復費用を賃借人から取れない場合を考慮して、高ければ賃料が1万円ほど上乗せされるケースも見られます。ただ、賃貸物件の空室が増えているという現状もあり、ほかの物件と差別化するために『猫可』をアピールする大家さんも今後は増えてくるのではないでしょうか」(土屋さん)  冒頭の女性も、猫不可だったはずの両隣りの賃貸マンションで飼い猫を見かけることがあるという。 「コンビニには必ず猫砂が置いてあるし、飼っている人は結構いると思うんです。それなのに、こんなに物件が少ないのはおかしい。もっと条件の良い部屋が増えてほしいと思います」  人を癒やし、たくさんの生活を支えている猫たち。その暮らしがもっと自由で快適であってほしい(AERA dot.編集部・金城珠代)
ねこ
dot. 2019/02/22 11:34
NGT48・山口真帆騒動で指原莉乃が問題提起! 警視庁「防犯アプリ」はベルより使えるか?
福井しほ 福井しほ
NGT48・山口真帆騒動で指原莉乃が問題提起! 警視庁「防犯アプリ」はベルより使えるか?
山口真帆さん (c)朝日新聞社 「ブザー使用時の場所」として表示されたのは実際に鳴らした「築地市場」からは少し離れた隅田川の上だった 画面をタップするとけたたましい音が鳴り響く  時代は「ベル」ではなく「アプリ」になったということか。  いまだ収拾がつかないアイドルグループ「NGT48」メンバーの山口真帆さんへの暴行事件。その再発防止策として、グループの運営会社AKSは全メンバーに防犯ベルを支給すると発表していたが、HKT48の指原莉乃さんは自身のTwitterで<防犯ベル、わたしは怖くて震えて、取り出すことさえできないと思う。。>と吐露。運営会社の対応に賛否の声が上がっている。  そんな中、にわかに注目が集まっているアプリがある。警視庁公認の防犯アプリ「Digi Police」だ。  2016年3月にリリースされたこのアプリ。スマートフォンで犯罪発生情報や不審者情報などがわかる機能が実装されているが、何より警視庁の“お墨付き”という安心感も強い。NGT48騒動のあとにSNS上で話題となり、インストール数が急増。17日時点で16万件になった。  さまざまな機能がある中でも「防犯ブザー」が便利だと話題になっている。  アプリ内の「防犯ブザー」をタップすると、登録したメールアドレスに位置情報が届く仕組み。たとえば、親族や知人などのメールアドレスを登録することによって、不測の事態が起きたときに、ブザーをタッチするだけで登録された人にお知らせメールが届くというわけだ。  いったい、どんなメールが届くのか。試しに記者が使用すると、ブザーを鳴らして約1分後にメールが届いた。 <このメールは警視庁犯罪抑止アプリより自動送信でお送りしています。只今、○○○○(設定した名前)さんが防犯ブザーを使用しました>  シンプルなメールの下部には<ブザー使用時の場所>としてグーグルマップのリンクも貼られている。クリックしてみると、現在地から徒歩13分ほど歩いたところを流れる「隅田川の上」にピンが表示された。残念ながらピンポイントで位置を特定するまではいかなかったが、万一の事態が起きた際に有力な手掛かりになりそうだ。アドレスは3人まで登録できる。  だが、SNS上では、すでに意外な使い方を提案する声もある。 <食事の準備ができた時に押せば、旦那と子供と犬に専用ルートで連絡できて便利?>  つまり、「ごはんできたよー」代わりに、防犯ブザーを押して家族を呼び出すというわけだ。これには警視庁の担当者も「想定外」と驚きを見せる。 「いろいろな使い方を聞くと開発の参考になります。普段から使っていただくことで、本機能に慣れていただき、本当に必要なときの活動につながればと思います」(警視庁総務部広報課の担当者)  ほかにもこんな機能がある。アプリ内の「痴漢撃退」を開くと、黒い背景に白色の文字で、<痴漢です 助けてください>と表示される。声を出すことなく、画面を見せるだけで周りに伝えられるようになっているのだ。さらに画面をタップすると、高めの女性の声で、<やめてください! やめてください! やめてください!>と、再びタップするまで繰り返される。なかなかの音量に一瞬ドキッとする。  埼玉県が2016年に実施した調査では、痴漢被害者488人のうち292人が「何もできなかった」「我慢した」と回答。限られた地域の調査ではあるが、実際、高校生のころに電車で痴漢に遭ったという女性は「恐怖でいっぱいになり、何もできなかった」と言うほど、犯人に対して何らかのアクションを起こすのは想像以上に難しい。それだけに、こういったアプリ機能に期待が寄せられるのか。  なお、アプリ画面には「痴漢です 助けてください」と表示されるが、音声では「やめてください」の一言を繰り返すのみ。画面表示と言葉は「あえて違うものを選んでいる」と前出の担当者は説明する。 「被害者の心情を考慮しました。また、音声では間違っていた場合のトラブル防止のため『痴漢』の言葉をいれないメッセージを選びました」(同上)  他にも、最寄り警察署への最短ルートや近隣コンビニの情報などが分かるようにもなっている。「もしも」のときの駆け込み先を指南してくれる心強い味方というわけだ。  スマホの片隅に忍ばせておくのはいかがだろうか。(AERA dot.編集部・福井しほ)
dot. 2019/02/04 15:40
「自己過大評価」エリート公務員が元恋人の首を切った本当の動機【22歳女性殺害】
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殺害された金井貴美香さん(高崎経済大HPより)  ここまで強い殺意を持ったのはなぜなのか。さいたま市大宮区のビルで会社員の金井貴美香さん(22)が23日午後6時ごろ、首を刃物で刺され、約1時間後に死亡した。殺人未遂の現行犯で逮捕されたのは、鳥山裕哉容疑者(25)。驚くべきことに、群馬県前橋市役所に勤務する公務員だった。  前橋市によると、鳥山容疑者は昨年4月に採用され、建設部道路管理課の技師として働いていた。上司や同僚からの評判は「まじめでおとなしい人」だったという。前橋市の関係者はこう話す。 「事件当日は、通常通り出勤しましたが、吐き気がするなど体調不良を訴え、インフルエンザが流行っているので上司から早退の許可が出ました。午後1時15分に退勤したとのことです。22日までは通常通り出勤していて、何かに悩んでいるような様子もなかったそうで、みんな驚いています」  鳥山容疑者は、早退後に犯行現場であるさいたま市に向かったと思われる。ただ、前橋市は、鳥山容疑者が女性トラブルを抱えていたことはまったく把握していなかったという。ところが、事件前には別れ話をめぐって鳥山容疑者が金井さんに怒りをぶつけ、警察に相談が寄せられていた。  鳥山容疑者のものとみられるSNSによると、群馬の名門校である前橋高校を卒業後、筑波大学に入学。その後に公務員になった。エリートとしての人生を歩んできたはずだ。それがなぜ、こんな凶行におよんだのか。  精神科医の片田珠美氏は、こう話す。 「子供の頃から勉強ができてエリート意識が強く、プライドが高い。そういう人が女性から別れ話をされると、『なぜ、こんなに偉い人間である自分を捨てるのか』という怒りにつながります。怒りは自分への過大評価から起こるもの。包丁で首を刺すという行為は強い殺意のあらわれです。プライドを傷つけられた怒りで、感情をコントロールできなくなったものと思われます」  それにしても、鳥山容疑者の二面性には理解できないことが多い。 「DV(家庭内暴力)やストーカー行為を繰り返す人は、外面がいい人が多い。ストレスを感じることがあってもふだんは我慢しているが、一度、感情が吹き出すとコントロールできない。『打たれ弱いエリート』だったのでしょう」(片田氏)  鳥山容疑者のものと思われるSNSには、2015年3月にこんなこともつづられていた。 <川の周辺には人間を追い詰める全てのものが排除されていてやっぱりいいなぁ> <みんな忙しそうですが僕はゆ~っくりやっていきます>  埼玉県警などによると、鳥山容疑者は警察の捜査に対し、別れ話を持ちかけられて「生きていられない」と思ったと供述しているという。 (AERAdot.編集部 西岡千史)
dot. 2019/01/25 20:30
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