運動会の“かけっこ”で速く走るコツは? 専門家に聞く「足の速さは『遺伝』だけじゃなく『走り方』で決まる」
(写真はイメージ/GettyImages)
近ごろは5月に運動会をおこなう学校も増えています。かけっこ・徒競走で速く走れるようになりたい、リレーで勝ちたい、そう思っている子どもは多いはず。「速く走るコツ」について、日本女子体育大学学長の深代千之(ふかしろ・せんし)さんに聞きました。
足の速さは「遺伝」とともに「走り方」で決まる
――足が速い、遅いという差はどのように生まれるのでしょう。遺伝は関係ありますか。
オリンピックの短距離走に出場するような選手は遺伝的要素がありますが、子どものときに足が遅い一番の理由は「走り方が下手」だから。適切な走り方を覚えれば、必ず以前の自分より速く走れるようになります。
たとえば、右利き、左利きというものがありますが、皆さんは生まれたときから利き手を上手に使えましたか? 最初からうまく使えるのではなく、生活のなかで、おはしを持ったり、練習したりするから、利き手が上手に使えるようになるのです。九九もそうですよね。走り方も同じです。
――足の速い、遅いに身長は関係しますか。
身長が高いから足が速いとは限りません。背が高い人でも遅い人はいるし、反対に背が低くても速い人はいる。足が速い人は走り方がうまいからです。
そもそも、背の高さは運動において有利と言われがちですが、「スケール効果」という言葉はご存知でしょうか。例えば、ちょっと極端な例ですが、ある人より身長が2倍高いとします(例えば子どもと大人)。面積は2×2の4倍、体積は2×2×2の8倍になります。筋力は面積に比例し、体重は体積に比例するので、背が高くなるほど、体重を動かすための筋肉量が追いつかなくなります。
――足が速くなる「適切な走り方」とは、どのような走り方ですか。
ポイントは二つあります。まず、後ろに蹴った脚を前に持ってくるときに、ひざが曲がっていることが重要です。振り子をイメージしてもらうとわかりやすいのですが、腰から地面までの長さを、ひざを曲げて短くしたほうが、脚が速く前に出ます。だからといって、このひざは無理に曲げようと思ってはいけません。脚のひざと足首をリラックスさせ、股関節を使って速く足を前に出そうとすると、ムチのようにひざから下が勝手に巻かれて、ひざが曲がるのです。
次に地面の蹴り方です。脚全体を前から後ろに振り戻し、母指球の部分でしっかり地面を蹴ること。そのため、靴は指の付け根あたりで曲がる弾力があるものがいいと思います。足が速い人はこの2点ができています。
しかし、これを口頭で説明してもすぐにうまくはできません。だから私は、特にスキップと競歩に取り組むことを提案しています。図は私が作ったドリル(『スポーツができる子になる方法』から)ですが、このように、脚を前に出す感覚は「スキップ」のドリル、地面を蹴る感覚は「競歩」のドリルを行うことでそれぞれつかむことができます。この練習で感覚をつかんだら実際に走ってみる、うまくできなかったらまたドリルに戻る、を繰り返すといいでしょう。
『スポーツができる子になる方法』から
『スポーツができる子になる方法』から(※脚注は、深代さんのお話をもとに編集部で追加)
保護者が運動会前に子どもと一緒に練習するのも効果的
――小学校低学年の子など、なかなか理解が難しい場合はどうしたらよいでしょう。
もしコツのつかみ方が難しいようだったら、まずお父さん、お母さんがやってみせることが重要ですね。子どもより先に練習しましょう(笑)! そして「競走しよう」と声を掛けてあげれば、子どもは楽しくなって、一生懸命練習しますよ。
ここで気をつけていただきたいのは、できるようになるまで付き合うこと。すぐにできるようになる子もいれば、1週間、2週間かかる子もいます。自転車と同じで、一度できるようになるとずっとできるのですが、途中でやめるとダメなんです。
――手の握り方や振り方はどうでしょうか。
手をグーにして走る子もいれば、パーで走る子もいますが、私のおすすめは「チョキ」です。グーだと緊張してぎゅっと握り締めてしまう場合がある。そうなると腕が上手に触れません。パーでもいいのですが、小指側は少し力が入っていたほうがいいので、そう考えると「チョキ」がベストですね。程よく力も抜けてリラックスできます。
走るときの腕の振りは、大きく振ることより、振ったときに腰をひねることのほうが重要です。腰をひねることで脚が前に出やすくなるんです。
リレーはバトンを受け取るとき、「後ろを見ない」
――高学年になるとリレーを行う学校も多いと思います。リレーも何かコツはありますか。
リレーはバトンの受け渡しがポイントですね。バトンを上から取る(オーバーハンドパス)とか下から取る(アンダーハンドパス)とかが話題になりがちですが、それは重要ではありません。走ってきた人がバトンを渡す際の、受け取り側のダッシュのタイミングが重要なのです。
よくあるのは、バトンを受け取ってから走り出すパターン。そうではなく、受け取る側は、走ってきた人がバトンの受け渡しをするのにちょうどよい位置を通過したら全力で走り出します。バトンを持って後ろから走ってきた人のほうが、走り出す人より速いから、そうすることで減速せずにバトンを渡すことができるのです。バトンを受け取るとき、走ってきた人が「ハイ」と声をかけたら、腕を後ろに伸ばしてバトンを取る準備をします。もちろん後ろを見てはいけません。
走り出すタイミングとなる通過位置は、何度も練習して、あらかじめ決めておきます。競技会ならテーピングの白いテープなどを貼って「印」をつけられますが、運動会だとそうもいかないので、例えば事前にグラウンドの土に靴で線を書いておくなど、自分でわかる目印を残しておけるとよりよいですね。
実はこのバトンパスは、日本チームがとても技術が高かったので、オリンピックでのメダル獲得にもつながりました。しかし今はほとんどの国がバトンパスの練習をしているので、走力の勝負になってきています。
まずは過去の自分と今とを比べることが大切
――運動が得意な子にとっては楽しみな運動会ですが、苦手な子にとっては参加したくない、恥ずかしいと思うこともあると思います。そんなとき、親ができることはありますか。
最近はみなさん、スマホやビデオなどで動画を撮っていらっしゃいますよね。周りと比べるのではなく、まずは動画で、子どもの昨年のタイムや走り方と今年とを比べてみるのがよいでしょう。
先ほどのドリル練習に取り組まれたら、昨年より速くなるはずですし、もし過去より少しでも速くなったのなら、それを大いに褒めてあげてください。まずはご自身のお子さんがどういうふうに変わったかに目を向けることが一番大事だと思います。
手をつないでみんなでゴール! というようなやり方をするところもありますが、私は反対です。確かに運動は、「できる」「できない」が目立つものです。ペーパーテストの点数は廊下に貼り出されない限り結果はわかりませんが、スポーツは勝敗が明らかです。スポーツのみならず、社会に出ると競争は避けられませんし、負けたときに「悔しい!」と思うからこそ、ではどう工夫したらもっとよくなるかを考えたり、次も頑張ろうと思えたりすると思うんですよ。
また、日本は勉強と運動は別物だと考えているケースが多く、運動ができない子は「親も苦手だから仕方ない」と理由をつけて運動させないご家庭もあります。しかし、例えばアメリカではハーバード大学に行った後にオリンピックに出たりとか、プロのスポーツ選手をした後に弁護士になったりとか、両立しているケースも数多くあります。勉強か運動かの二択ではないことも多くの親御さんにわかっていただけるとうれしいですね。
――都心部では中学受験に挑戦するご家庭が増える中で、これまで頑張ってきたスポーツを小5、小6でやめる子も多くいます。
それも勉強か運動かの二択ですね。チームでプレーするのは難しいかもしれませんが、一人でできることを続けたらよいと思います。例えばサッカーなら、壁に向かってボールを蹴ったり、リフティングをしたり。
もちろんヘトヘトになるまで体を動かすのではなく、適度に運動を取り入れるとリフレッシュにもなりますし、実際に同じ内容を覚えるとき、間に運動をはさんだほうが、記憶力がアップするという研究もあるんですよ。なにより本当に好きならやりたくなるはず。ぜひうまく両立させてください。
(聞き手/稲垣飛カ里)
※外部配信先で図(ドリル)がご覧いただけない場合は、AERA with Kids+をご覧ください
〇深代千之(ふかしろ・せんし)/1955年生まれ。日本女子体育大学学長。東京大学名誉教授。スポーツ動作を力学・生理学の観点から解析し、動作の理解と向上を図るスポーツ科学の第一人者。著書に『子どもの学力と運「脳」神経を伸ばす魔法のドリル』(カンゼン)、『身体と動きで学ぶスポーツ科学:運動生理学とバイオメカニクスがパフォーマンスを変える』(共著、東京大学出版会)など多数。
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2024/05/11 11:00