収録後に記念撮影する(左から)永田豊隆記者、松本俊彦さん、司会の松尾由紀・朝日新聞ネットワーク報道本部次長=2023年3月21日、東京都中央区、塚本和人撮影
収録後に記念撮影する(左から)永田豊隆記者、松本俊彦さん、司会の松尾由紀・朝日新聞ネットワーク報道本部次長=2023年3月21日、東京都中央区、塚本和人撮影

 松本さんは「自己治療仮説」という米国発祥の理論を紹介して、くぎを刺しました。

 自己治療仮説は、依存症の本質が快楽ではなく苦痛にあると考えます。松本さんは「快感がご褒美となるのではなくて、その行動をとると苦痛がやわらぎ、『やめられないとまらない』状態になる」と解説しました。

 裏付ける統計もあります。一例をあげると、幼少期の過酷な体験(小児期逆境体験)の影響に関する米国での調査(1998年)では、複合的な体験者は一般の人と比べてアルコール依存7.4倍、薬物注射10.3倍などリスクが上がります。根底にある苦痛を示す結果といえるでしょう。

 こうした側面を知れば、人格や意志の問題にしてしまうことが偏見そのものだとわかります。ところが残念ながら、今でも「本人が痛い目にあわなきゃ治らない」などと考える人が医療や福祉の現場にすらいます。

 こうした偏見は当事者に深刻なダメージを与えます。松本さんは「(社会の偏見は)セルフスティグマ、つまり自分たちに対する偏見をもたらす」と指摘しました。

 スティグマは「烙印」と訳されます。差別や偏見で社会的にマイナスの意味づけをされることです。「セルフスティグマ」は当事者がスティグマを内面化して、自分の価値を低く考えてしまうことをさします。

 松本さんによると、それは「『どうせ俺なんか』『こんなクズな俺はお医者さんに診てもらう価値がない』となって、助けを求めた方がいい局面で助けを求めなくなる」という結果をもたらします。

 依存症は「否認の病」といわれます。病気だと認めない。病院に行きたがらない。入院したがらない。その間、本人だけでなく家族も苦しい思いを強いられます。

 この否認についても、松本さんは「一般に否認とか治療抵抗といわれるものも、実は偏見を内面化したものでできあがっている」と解説します。

 こうして社会の偏見はセルフスティグマとなって当事者を支援から遠ざけます。やっと支援につながったときには心身ともに重症化しているうえ、それまでの過程で家族との関係が険悪になったり、仕事を失ったりして、生活環境が悪化しています。当然、治療はより困難になるでしょう。

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支援につながる前に命を落とす人も…