オンラインイベントにのぞむ、(右から)永田豊隆記者、松本俊彦さん、司会の松尾由紀・朝日新聞ネットワーク報道本部次長=2023年3月21日、東京都中央区、塚本和人撮影
オンラインイベントにのぞむ、(右から)永田豊隆記者、松本俊彦さん、司会の松尾由紀・朝日新聞ネットワーク報道本部次長=2023年3月21日、東京都中央区、塚本和人撮影

 摂食障害やアルコール依存症で闘病する妻の姿を記録した、朝日新聞記者・永田豊隆さんによる渾身のルポ『妻はサバイバー』。2022年4月の発売後、多くの反響が寄せられました。今年3月下旬には、この本が問いかけるものを専門家の視点も交えて考えたいと、朝日新聞のオンラインイベント「記者サロン~『妻はサバイバー』の記者、精神科医・松本俊彦さんと語る」を開催。松本さんから宿題をもらった思いだと明かしたイベントの様子を、著者の永田さんにご寄稿いただきました。

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 始まりは結婚4年目、2002年に妻の摂食障害が明らかになったことでした。過食嘔吐や自傷行為、大量飲酒がやまず、精神科病院に入退院を繰り返し、アルコール性認知症になるまでの約20年間を描きました。

 妻のサポートと記者の仕事のはざまで救いになったのが精神科医・松本俊彦さんの本でした。『薬物依存症』(ちくま新書)など一連の著作には回復に向けたヒントがあるだけでなく、専門である薬物依存症や自傷行為への偏見を事実によって反証する力強さを感じました。

 その姿勢に共感して、「妻はサバイバー」を書く際はオンラインで取材にご協力をお願いしました。記者サロンが企画された際には、ゲストとして真っ先に松本さんが浮かびました。

 収録当日、リアルで初めて対面。精神科医療のあり方、トラウマと回復、人とのつながりと孤立などについて、松本さんは豊富な臨床経験をもとに解説してくれました。

 とくに力がこもったのが、精神疾患に向けられる偏見や差別に話がおよんだときでした。

 精神疾患による苦しみは症状だけにとどまりません。偏見がつきまとい、当事者も家族も差別にさらされます。私も妻の救命治療を拒否されたり、人混みの中で嫌悪感に満ちた視線を浴びたり、「甘やかすからだ」と見当違いの説教をされたりしてきました。

 人種やジェンダーをめぐってよく指摘されるように、現実からかけ離れたステレオタイプは偏見や差別を強化します。依存症患者に対する「意志が弱い」「人格破綻者」「快楽におぼれている」といったイメージはその類いです。違法性の問題もある薬物依存症はとりわけ強い偏見の目で見られがちです。

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依存症の本質は快楽ではなく苦痛にある