【デビュー40年目】中森明菜がひょうきんキャラから「不機嫌な歌姫」に変わるまで

うっせぇわ

2021/05/01 11:30

中森明菜(C)朝日新聞社
中森明菜(C)朝日新聞社

 中森明菜(55)は1982年5月1日「スローモーション」でデビューした。歌手生活も40年目に突入、というわけだ。

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 デビュー前、彼女はオーディション番組「スター誕生」(日本テレビ系)に三度挑戦している。最初は中2のときに岩崎宏美の「夏に抱かれて」を、二度目は翌年に松田聖子の「青い珊瑚礁」を歌った。そして、高1の夏、山口百恵の「夢先案内人」を歌い、番組史上最高得点で合格。11月の決戦大会でもこの曲を歌って、翌年の歌手デビューが決まる。

 デビュー曲の「スローモーション」は名曲との評価を得たものの、オリコンチャートでは最高30位にとどまった。しかし、3カ月後に発売されたセカンドシングル「少女A」は最高5位のヒットを記録。一躍、トップアイドルになった。

 ブレークの決め手は、歌唱力やルックスに加え、この曲の不良っぽくて不機嫌そうなイメージがピタリとハマったことだろう。おかげで彼女は「ぶりっこ」キャラで君臨していた松田聖子の対抗馬として持ち上げられた。「ツッパリ」キャラという正反対なタイプの歌姫の出現が面白がられたのである。

 しかし、ブレーク前の彼女に「少女A」のイメージはなかった。デビュー1カ月前に行われたインタビューでも、芸能界の印象についてこう語っている。

「みんな優しい方ばかりです。やっぱりこう、忙しくて辛いことがいっぱいあるんじゃないかナと思ってたんですけど、楽しいことが多いんで。でもこれからなんですけど、今は楽しいことばかりです」(「よい子の歌謡曲」9号)

 実際「昨日、目をあけてイビキかいて寝てたって(略)よっぽど疲れてたんでしょーね」と明かしたうえで、その姿を再現して「すごい笑われちゃったんです」と自ら笑い話にしてみたり、デビュー曲がロサンゼルスで録音したという触れ込みなのは「ただ言ってるだけなんです、カッコつけてね(笑)」と一種のハク付けだったことをぶっちゃけたりしている。本人いわく「一応レコーディングをやってきた」ものの「帰ってきたときには試聴盤がもうできてた(笑)」らしい。

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急にそっけなくなったインタビュー対応

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