さまざまな思いを抱く人々が行き交う空港や駅。バックパッカーの神様とも呼ばれる、旅行作家・下川裕治氏が、世界の空港や駅を通して見た国と人と時代。下川版「世界の空港・駅から」。第53回はキルギスのビシュケク駅から。
* * *
セキュリティチェックを受けて、ビシュケク駅に入った。切符売り場は4カ所ほどあったが、職員は誰もいなかった。平日の午後3時。キルギスという国の首都にある中央駅である。こんなことでいいんだろうか……。窓口の前で悩んでしまった。
駅舎の入り口にいたガードマンのおじさんがやってきて、切符売り場のガラスをこんこんと叩いた。しばらくすると、おばさんの職員がひとり現れた。「明日のシムケント行きはありますか」
英語で伝えると、私は英語が苦手……といった表情で、隣の窓口を指さした。そこで待っていると、少し若い女性の職員が笑顔を湛えて椅子に座った。
切符は簡単に買うことができた。
キルギスなど中央アジアの国々が独立したのは1991年のことだ。専門家は、「たなぼた」というが、不思議な独立劇だった。
それまでキルギスはソビエト連邦を構成するひとつの共和国だった。ソビエト連邦は自壊するように崩壊し、中央アジアの5カ国は、「あなたたちはひとり立ちしなさい」と勝手に背中を押されたような独立だった。
キルギスにしても、別に独立などしたくはなかったという。独立をめざすナショナリズムの高揚もなければ、国家になる準備も整っていなかった。
しかし梯子を外されてしまったら独立しか道はない。
独立後、キルギスの経済は一気に落ち込む。ソ連式の工場で生産されるものに競争力はなく、次々に閉鎖に追い込まれていく。多くの人が失業していった。残る道は出稼ぎしかなかった。
ロシアとキルギスを結ぶ小さな窓口がビシュケク駅だった。男たちは家族と離れ、ここからモスクワで働くために列車に乗っていった。