経済成長が著しいアジアでは、医療ニーズが高まるだけでなく、子どもに高いレベルの教育を受けさせられるからだ。
例えば、シンガポール国立大学は、いまや彼らの母校である東京大学とレベルは変わらない。英語で教育を受けることができるため、アジア全域から優秀な若者が集う。また、高校のレベルも急上昇していて、英国のケンブリッジ大や米国のハーバード大など、世界中の一流大学に進学するようになった。グローバル化する世界に対応する子どもを育てたいと考えれば、彼らの判断は合理的といえる。
彼らが日本を出たいと思った理由は、これだけではない。きっかけは「新専門医制度」をめぐる議論だ。
新専門医制度とは、大学教授たちが中心となって、初期研修を終えた医師たちの教育カリキュラムの見直しを図ったもので、厚生労働省も、これを支援した。お題目こそ立派な改革だったが、実態は、専門医育成と医師偏在問題を絡めて、大学病院で働かなければ、専門医資格を取れなくしようとする、いわば大学医局の復活を目指したものだった。
大学教授と厚労省が当初提示した枠組みで新専門医制度が実施されれば、夫妻らは自分で勤務地を選択できなくなる。教授の意向次第では、福島県の被災地で働くことができなくなるかもしれない──。
■医師は肉体労働。活動寿命は短い
これに立ち向かうべく、彼らは新聞の読者寄稿欄やウェブメディアなど、さまざまな媒体で、自らの意見を発表し続けた。さらに、二人の共著で米国の医学誌に論文を投稿し、受理された。塩崎恭久厚労大臣が、彼らに意見を求めたこともあるほどだ。
ただ、医学界を仕切る教授たちには、まったく通じなかった。「批判ばかりしていると、君たちの将来にとってよくないよ」とわざわざ“忠告”する人もいたらしい。夫妻には「専門医資格を盾にとり、徒党を組んで、若手医師の稼ぎの上前をはねようとしている」ようにも映った。
読者の皆さんは、「医師免許さえとれば、将来は安泰だ」と考える人も多いだろう。だが、実態はそんなに甘くない。これまでは医師免許さえあれば、食いっぱぐれることはなかった。だが今後は、そんな保証はない。