赤津の家には書生(住込みで家事手伝いをしながら学校に通う人)がいたのだが、この男は美味いものが好きだった。彼は赤津が麦飯を食べていたときも、麦飯など食いたくないと、普通に白いご飯を食べていた。
そんな書生に食べさせてみても、評判が良い。その美味さに動かされ、ついに書生も研究に参入する。この書生、赤津と違い美味いものと料理が好きだったらしく、彼の参戦でレパートリーが一挙に増える。焼いたりおはぎにしてみたり、雑煮もどきを作ってみたりすると、やはり美味い。二人はこれを卯の花餅と名付け喜んでいた。
書生と赤津の卯の花餅生活は三年も続いた。二人はなんの不満も持たず、また飽きることもなく、卯の花餅を食べ続けた。
『一日十銭生活:実験告白』の中に描かれる彼の情熱は、他人から理解されるようなものではない。滑稽味すら感じてしまうものの、失敗しようとも謎の情熱を持ち続け、幾度も果敢に立ち上がる彼の姿には、なんとなく心動かされるものがある。
そして出版の後も赤津政愛は、自らの手で開発した卯の花餅を、書生とともに改善させつつ、大喜びで食べ続けた。
私はこの事実に、妙な感動を覚えてしまう。
忙しい現代人が、赤津のような大規模な実験をするのは難しいかもしれない。しかしその奮闘ぶりを眺めていると、小さな実験を楽しんでみる気になってくる。
赤津が食という日常を対象にしていたことに注目すると、実験の題材も見付けやすい。しばらく無駄なものを買うのを止めてみる、普段は選ばない缶詰、例えば鯖缶を食べてみる。意外な好物が発見できたり、生活の質が上がることすらあるかもしれない。不要不急の外出を自粛するよう求められている今ならば、自宅にある家電のマニュアルを引っ張り出し、これまで使ったことのない機能を使ってみるのも楽しい。オーブンレンジの新しい活用法や、知らなかった洗濯機やドライヤーの機能に魅了されることもあるだろう。非日常が続く日々ではある。しかし自宅で普段はしないことをする良い機会として捉えてみると、少しだけ楽しい日々が送れるはずだ。