遠藤は優しい声で続ける。
「最初に訪問診療をはじめた3年前はあんなに嫌味を言う人ではなかったんです。お父さん思いのとても優しい人で」
「そうなんですね。いまの姿からは全然想像がつきませんが」
日中の加藤の態度を思い出してぼくは少なからず嫌な気分になった。遠藤が好意的に解釈をしているだけだろう。3年で性格が全く変わるなんてことは、たぶんない。もともと嫌なやつが更に嫌なやつになっただけだ。
「お父さんの認知症が少しずつ進んで、ほとんどコミュニケーションがとれなくなってしまってから、あんなふうに偏屈になっていってしまったんです」
「そうなんですか」
「お父さんのことを尊敬してたようですし、ショックなんでしょうね。ああやって会話ができなくなっていくのが」
遠藤の言葉に自分の考えの至らなさや未熟さをわずかに感じたが、ぼくは気が付かなかったふりをしてもう一度ぼんやりと窓の外を眺めた。
加藤家の2回目の訪問は散々なものだった。
「全然良くなってないぞ」
ぼくの顔を見るなり、加藤は開口一番に不平を言った。
「そうですか、もう一度診てみます」
できる限り冷静に、声を落としてぼくは答えた。
「父は今週も夜中の間ずっとかゆがって一睡もできていないんだぞ」
「すぐ診ますね」
「本当に君は大学病院で働く医者なのか? 高い給料もらってるんだろう。俺らが払った税金から」
「お父さんの皮膚病はとても珍しいタイプなんです。今日、皮膚の一部をとって検査をするかもしれません」
靴を脱いで玄関をあがり、居間を通り抜け加藤の父が横たわるベッドへ向かう。
「今回のお父さんのブツブツでなにか思い当たるフシはありますか?」
「皮膚科なんだから見ればわかるだろ? お前はいちいち人に聞かないと診断もできないのか」
加藤のあまりに横柄な態度にさすがのぼくもカッとなった。
「加藤さん、いちいち怒鳴らずに普通にしゃべってもらえませんか?」