怒りで震える声をできる限り抑え、加藤をにらみつけながら言った。
「なんだと!?」
「お父さんの皮膚病は珍しいものなんです。加藤さんからの情報がないと診断できないですし、治すこともできません」
「みればわかるだろ!」
「そういうものではないんです。かゆいか、かゆくないか、いつからはじまってどういう変化をしているか、体のどの範囲にぶつぶつが出ているか、どんなときに発疹が悪くなるのか、そういうすべての情報を踏まえて疾患を絞り込んでいくんです」
だめだ。さすがに我慢の限界だ。加藤は非協力的なうえにすべてが喧嘩腰だ。こちらが知りたい情報に対してもまともに質問に答えてくれない。友愛会病院の鈴木には悪いが、もうこのバイトもやめよう。大学病院に戻ったら医局長に相談し、バイトをかえてもらうよう話をしよう。
「加藤さん、お父さんのおむつ交換しておきますね」
遠藤が静かにぼくの腰に手をかけ助け船を出す。
「すみません、お願いします」
ここでぼくも深呼吸をする。病気がわからないのも、遠藤がいる前で露骨に感情を出してしまったことも、すべて最悪だ。
「先生、ここを見てください」
「はい」
「また新しいぶつぶつができています」
おむつのなかで蒸れたアンモニア臭がもわっとたちこめる。ぼくは遠藤が指差す太ももの内側を覗き込んだ。誠一の左大腿には、しっかりと紫斑が残っていた。それは先週見た、なぞのぶつぶつではなく、明らかな紫斑。表面に鱗屑もない、大人のこぶしほどの紫斑だった。
「もう1回先週の発疹みせてもらっていいですか?」
急いでぼくは誠一の背中側のベッドに回り込んだ。
遠藤と力を合わせ誠一の体位変換を行い、湿ったパジャマをまくり先週の発疹を観察した。
そこには紫斑が縮小し鱗屑が環状に広がった発疹があった。
そうか。
ひとつの仮説がぼくの頭の中で浮かんだ。
「遠藤さん、セロハンテープありますか?」