■S字カーブが続く行路
そんな条件を満たしているというのが、大分県と熊本県を横断するJR豊肥(ほうひ)線の豊後竹田-宮地間。輸送密度は109人と、JR九州では豪雨災害で運休となっている区間を除いて、最も低い。
「大分を出発した列車は豊後竹田駅を過ぎると、くねくねと等高線に沿ってS字カーブが続く行路をぐんぐん上っていきます。太陽の光の具合でレールが光ったりすると、本当に美しい」
列車はやがて、標高754メートルとJR九州で最も標高の高い波野駅に着く。次の宮地駅までは、いくつかのトンネルを抜けていく。すると視界が広がり、雄大なカルデラ、それを取り囲む外輪山……。車窓に広がる光景にもワクワクすると、子どものように無邪気な笑顔を見せる。
中学の頃からSLを追って全国を回った松本さんが勧める区間は、秋田、青森両県の日本海沿岸を走るJR五能線の能代-深浦間だ。輸送密度は177人。
「岩礁地帯で変化に富んだ海側の海岸線を楽しめます。一方で、山側の景色も美しく、世界自然遺産の白神山地が続き、その迫力も見逃せません」
五能線は73年までSLが走る秘境感のある路線だった。だが、今も十分に旅気分を満喫させてくれる。普通列車が駅に停車しドアが開くたびに、海の香りがフワッと入ってくる──。そんなところも魅力だという。
地方鉄道が苦境にあえぐ中、松本さんは運営を継続するには様々な工夫が必要と指摘する。有力な方法の一つというのが「上下分離方式」。駅や線路などインフラは国や自治体が引き受け、その上を走る列車の運行を鉄道会社に委ねる仕組みだ。鉄道を道路などと同じ社会の資産と位置づける欧州では、一般的となっている。
松本さんが最後に挙げる福島県と新潟県を結ぶJR只見線の会津川口-只見間は、上下分離方式が採用される区間だ。同線は2011年7月の豪雨水害で橋や線路が流され、この区間は不通となった。一時は廃線も議論されたが、17年に土地や設備を地元自治体が保有しJR東が運行する上下分離方式での復旧で合意した。こうして今年10月、およそ11年ぶりに全線で運転を再開する。
■代行バスにも乗りたい
今、同区間は代行バスが走っている。松本さんは、それに乗ってみたいと話す。
「あくまで『代行』ではあるものの、列車と列車をつなぐもう一つの『列車』です。代行ということで恒常的ではない希少性もあり、路線バスとは違った乗り物という感じ。貴重な代行バスを体験するのも楽しいです」
鉄道の魅力は三者三様だ。
そして最後。鉄道好きの筆者が今乗りたいと思っている路線は、千葉県の房総半島の真ん中を貫くJR久留里線の久留里-上総亀山間だ。首都圏を走る列車ながら、輸送密度はわずか62人。
久留里線は、木更津から房総半島の山中へと進む。
ガタン、ゴトン……。
車窓の両側には田んぼが広がる。久留里から先、列車は川を渡り、山間に分け入っていく。絶景を見られるわけでもない。しかし、なぜかこんな情景に魅せられる。終着の上総亀山は無人駅。ただ、夏の入道雲が旅人を迎えてくれる。(編集部・野村昌二)
※AERA 2022年8月8日号