■鈍そうなカピバラが5メートルの大ジャンプ
一方、岩合さんはジャガーがカピバラを襲う様子を何度も目撃した。しかし、狩りが成功したことは一度もなかった。カピバラはジャガーに対して非常に警戒心が強く、意外なことに俊足だという。
「カピバラって、鈍そうじゃないですか。ところがすごく敏感なんです。カピバラの家族が川上のほうを見ていたので、視線の先を追いかけたら、『あっ、ジャガーだ』って、気がついたことがあります。500メートルくらい先でした」
ジャガーは木立の影からカピバラを狙い、俊敏に動く。ところが、カピバラの瞬発力もそれに負けない。
「鉄砲玉のように走ってきて、崖の上から5メートルくらいジャンプして、水に飛び込み逃げるところを見たことがあります」
一方、観光客を乗せたボートが水を蹴散らして近寄ってきてもカピバラは逃げない。
「カピバラを写していたら近づいてきて、レンズをのぞき込まれたこともあります。なぜ、カピバラは人間のそばに来るかというと、そうすることで、ジャガーに襲われないことを分かっているから。面白い関係だと思いますね」
カピバラを撮影している岩合さんの背後にワニがうようよいる写真がある。襲われないのか?
すると、「ここでは、彼らは魚専門です」と言う。パンタナールの川には魚が豊富にいるので、わざわざほかの動物を襲う必要がないらしい。
「雨期が終わって、乾期になると、川の水がどんどん減ってくる。すると魚は細い流れから、太い流れに逃げてくる。そこでワニは何をするかというと、流れが変わるところで口を開けて待っている。すると、魚が口の中に流れ込んでくる。それを水中カメラを真正面50センチくらいにかまえてアップで撮りました。もう彼の頭の中には魚しかなかったと思いますね」
■害獣から金のなる木になったジャガー
ある朝、川面を何かがぽっかりと流れてきた。
「なんだろうと思ったら、ワニの死体でした。死因は分かりませんが、ひっくり返った状態で流れてきた。そばに行ったら臭いぞって言われたんですが、近寄って感じたのは、このワニはパンタナールで生まれて、パンタナールで死んだ、ということ。命の循環を改めて感じました」
初めてパンタナールにやって来たとき、縦貫道はでこぼこで、木造で朽ち果てそうな橋が架かっていた。でも、通った4年間で、道路は平らに整備され、橋は立派なものになった。
「観光業が盛んになって、いろいろなことが変わりました。昔は牧場主がウシを襲われないように、ジャガーを見つけると撃ち殺していたんです。ところが、いまパンタナールでロッジを増やしているのは彼らです。ジャガーを見せることがお金になることを知ったから。それでジャガーは殺されなくなった」
人間の都合で害獣から金のなる木になったジャガー。一方、カピバラはジャガーから身を守るため、人間に近づく。動物たちは、人間と関わりながらたくましく生きている。
(アサヒカメラ・米倉昭仁)
【MEMO】岩合光昭写真展
「PANTANAL パンタナール 清流がつむぐ動物たちの大湿原」
東京都写真美術館 6月4日~7月10日
「こねこ」
角川武蔵野ミュージアム 6月18日~9月4日
「岩合光昭の世界ネコ歩き2」
角川武蔵野ミュージアム 9月7日~11月27日