「なんで私が作ったものをそのままやらないんだー!は、1ミリもないんですよ。むしろダメ出しがない方が怖い。私、チキンなんです。クソほどマークシートやってきた受験勉強世代だから、与えられた課題をこなすのは得意なんですよ」
宮藤官九郎と同じ学年の森下は、団塊ジュニア世代の入り口の生まれでもある。が、3歳下のTBSの石丸彰彦は、「それは、いい格好言ってるんですよ。脚本をけなしたら怒ります」と、笑う。
綾瀬はるかを人気者にした「世界の中心で、愛をさけぶ」から「義母と娘のブルース」まで森下と組んでヒット作を連発したプロデューサーで、現在、編成部長の席にある石丸は、自他ともに認める森下の盟友だ。15年間、打ち合わせの度に大喧嘩を繰り返してきた。森下が社内電話を投げようとしたのを、「それだけはやめてくれ」と止めたことも。しかし、最終話の決定稿は、2人して「これだよね」と泣きながら読むことになる。
「彼女の台詞は生きていて、登場人物の心臓の音がドクドクと聞こえてくる。同じ時代を生き、一番最初に彼女の脚本が読めるのは幸せです」
と、石丸にこうまで言わせても、森下の鼻が高くなることはない。
「自信なんて全然ないですよ。次はダメかもしれないって、毎回、そんなんですよ。私は原作ものが多くて、原作に恵まれてるんです」
カズオ・イシグロ、重松清、東野圭吾、村上もとか……、森下作品の原作にはきら星の如く作家名が並ぶ。だが、朝ドラはオリジナルだし、史実がほとんど残されていない人物を主人公にした大河もオリジナルのようなものだった。両作のプロデューサーであるNHKの岡本幸江(現・編成局)は、書き直しの度に全編ダイナミックに書き換えてくる森下に心底感心した。
「物語が湧いてくる人で、原作ものをやってるのが不思議でした。でも、森下さんはテーマは人から与えられた方がラクだと言う。大河の執筆にかかった1年半、書く苦労は見せませんでした」
気さくなくせに怜悧なしゃべりっぷりで、初対面の人にも持ちネタを披露して笑わせ、たちまちのうちに心を掴んでしまう。頭がよくて大酒飲み、武勇伝と酒の上の失敗には事欠かない愛されキャラとは、周囲の森下評。小心と大胆の振れ幅が大きい脚本家を物語の世界に向かわせたのは、物心つく頃には心にすみついていた「世界は私を愛していない」という感覚だった。
「自己承認欲求というか、私が期待しているものが世間から返ってこないという感覚です。生まれたときから、親以外から優遇された覚えもないし、うまく世の中とコミュニケートできてない感じがずっと続いています。味方は家族だけ」