「背丈も大きくないですし、高校時代にすごい数字を残したわけでもありませんから。そんな自分を阪神が拾ってくれたという感覚。ですから入団した瞬間、これが自分のゴールだと感じましたよね。あとは一年でも長くプロとしてプレーしてクビだと言われたら仕方ないと。入団当時はホームランをたくさん打てるなんて思っていませんでしたからね。いまだにあれだけ打てた現役時代に対して、不思議に思う自分がいるわけですよ」
そんな掛布に単刀直入、もっとも記憶に残る一球について訊ねてみる。すると、こちらの予想を完全に裏切るような答えがすぐさま返ってきた。
「そういう質問に対して、やっぱりバックスクリーン3連発でしょうとか言う方は多いんだけど、僕にとっては入団四年目(一九七七年)のヤクルトとの開幕戦。初回に打った満塁ホームランですよね。これはもう絶対に忘れられない」
掛布が口にしたのは、よほどのファンでもなかなか記憶から引っ張り出すのが難しいシーン。あまりの即答ぶりに、この一球が本人にとってどれほど重みを持つものだったか、瞬時に推察できた。
「その前年に3割を打って、ホームランも27本打ち、レギュラーとしても認められて、急激にチヤホヤされだしたわけでしょう。二十一歳の若者だった自分にとっては野球が楽しくて仕方なかったんですよね。でも、四年目のシーズンに入る前、いきなり野球が怖くなっちゃうんです。オープン戦でも四割近く打ってホームランも打ててた。だけど打てば打つほど怖くなる。自分に期待する怖さもあるし、周囲からのプレッシャーも感じる。マスコミのペンだってもちろん怖い。だから開幕なんて恐怖で一杯で、生まれて初めて野球が怖いっていう感覚を味わうようになっていたわけです」
一九七七年の開幕戦では初回に二死満塁というチャンスが巡ってきた。次の打者は六番の掛布。ところがベンチに座っていた本人は恐怖にさいなまれ、ひたすら自分に打順が回ってこないことを直前まで願っていたという。