自信どころか、ミスタータイガースは野球に対する怖さを吐露し続けた。そこで聞きたいのが、最大のライバルとの対戦についてだ。プロ野球史に残る名勝負を演じた宿命の相手はもちろん、巨人の江川卓。江川との対戦は掛布にとって果たして恐怖の瞬間だったのか、訊ねてみる。

「楽しみなんていう気持ちは全くなかった。できれば江川という単語さえ聞きたくないというのが本音でしたね。それはもう正直、一番、怖い相手。彼も僕と対戦するのは怖かったと思うんです。だけど宿命でしたからね、彼との対戦は。今はね、とても楽しい思い出として話せますよ。もちろん江川には感謝もしてるんです」

 通算では167打数48安打14本塁打で巨人のエース・江川に対して好成績を残した掛布。それでも当時は対戦するのが怖かったというのは正直、驚きだ。でもだからこそ江川を攻略するため、努力を重ねられたのだろう。強力すぎる相手を意識し、恐れおののき、恐怖を振り払うために打ち勝つ方法を考え、精進する。「自信」というより「恐怖」が、この対戦をヒートアップさせたわけである。

■江川こそが、自分の長所を引き出してくれる

「でも彼との対戦は僕にとっていろいろな意味を持ってもいたんです。たとえば西本(聖)だったらストレート、シュート、スライダーと球種がいろいろあるからこちらも配球を読むし、考えますでしょう。だけど江川だったらストレートしかない。その直球は他とは別格だから打つのはやっぱり難しいんだけど、余計なことを考えなくていいんです。打てるとしたらベストなスイングもひとつですし、タイミングもひとつ。それを目指そうとするから無駄なものが削れていってシンプルに考えて向かっていけるんです。だから、とてつもなく怖い相手なんだけど、自分の一番いいものを引き出してくれるのもまた、江川なんですよね」

 かつて食事する機会を得た二人は、いろいろな会話を交わすなかでひとつの合意にたどり着いたという。それは「俺たちの勝負が一球で決まってしまったら、面白くない」という結論。ファンが何を期待しているかをいつも真剣に考える二人だったからこそ、得られた結論だった。

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