「親から受け継いだ遺伝子は、絶対に変えられない」――そんな遺伝にまつわる常識は、もはや時代遅れだとしたら? いまゲノム編集と並んでホットな遺伝子のトピック「エピジェネティクス」を解き明かした極上のノンフィクション『遺伝子は、変えられる。』から、著者の「遺伝学者×医師」シャロン・モアレムがその豊富な研究・臨床経験で出会ったあるひとりの男性のエピソードをご紹介しよう。なんと、彼は「健康的な食生活」でがんになったというのだ。いったい、どういうことなのだろう。

●「正しい」食べ方を実践してがんになった 「シェフのジェフ」がぼくのもとに担ぎ込まれるまで

 ニューヨーク中のレストランというレストランが、菜食、グルテンフリー、3段階の有機認証取得からなる超ヘルシー主義の迷路というウサギ穴に客たちを追い込もうとしている。一時期、少なくともぼくにはそんなふうに見えていた。メニューには星印や脚注がつき、給仕人は、原産地や風味ペアリングやフェアトレード認証の名称のみならず、混乱をきたす各種の脂肪に関する見解、中でも「あれにはいいけど、これには悪い」という紛らわしい性質を持つ各種オメガ脂肪酸に詳しい専門家に変身していた。

 けれどもジェフは、そんな時流には乗らなかった。といっても、十分な訓練を積み、この大都市のレストランに繰り出す客たちの絶え間なく変わる嗜好に精通していたこの若いシェフは、特段ヘルシーな食事を毛嫌いしていたわけではない。単に「体にいい」メニューが最優先されるべきだとは思っていなかっただけだ。というわけで、ほかのだれもがスーパーフードの「フリーカ」や「チアシード」を試していたときにも、ジェフは食欲をそそる、うっとりするほどおいしい、山盛りの肉、ジャガイモ、チーズからなる料理をはじめ、天国で作られたとしか思えない(そして動脈を詰まらせがちな)美食をせっせと作りつづけていた。

 あなたはお母さんから、「人に言うことは、自分でもしなさい」と聞かされて育ったのではないだろうか。ジェフも母親から「人に作る料理は、自分でも食べなさい」と常に言われていた。そこで、ジェフは母の教えに素直に従ったのだった――それも限りなく忠実に!

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