「小麦の質は毎年天気などによって変わります。小麦の質が多少悪くても、小麦粉の質を一定に保つのが品質管理です」
と、同所長の大楠秀樹さんは説明する。大楠さんらは、毎年5月末から10月にかけて、日本各地や世界中の小麦産地を飛び回り、小麦の生育情報やサンプルを集める。容積重量やタンパク質分、水分、灰分、アミラーゼ活性などを調べ、小麦の質を評価する。質が悪い小麦を選別したり、他の産地の小麦を混ぜたりして、小麦粉の質を一定に保つようにするためだ。
「原料は自然のものなので、毎年変動があるものです。昔は職人技で調整していたところを、安定的な品質の小麦粉をおいしく供給するために、きちんと分析評価をして定量化する必要が出てきたんです」
と大楠さん。大楠さんは、うどんの評価方法の世界基準化にも取り組んでいる。
「おいしさの感じ方は国や人によって違いますが、それが食文化をつくってきました。それをデータ化して説明できるようにするのが仕事です」(大楠さん)
●和食で副交感神経優位
そうはいっても、「おいしさ」を科学するのはとても難しい。
伏木さんは30年にわたって研究に取り組んでいるが、「おいしさが一番やっかい」と話す。
高橋さんは修士論文でこんな研究をした。食事をしているときの心拍数などの計測から自律神経の活動を調べることで、食事の心理効果を調べたのだ。調べた対象は、高級レストランや料亭にはあまり行かないが、きちんとした食生活をしている学生ら。
その結果、レストランの洋食や中華料理を食べているときは興奮時に作用する交感神経が優位になるが、料亭の和食を食べているときだけはリラックス時に作用する副交感神経が優位になっていることがわかった。
「和食でこの傾向が見られるのは、日本人だけかもしれませんが、おいしいと思いながらほっとしているんですね。毎日食べている出汁よりもおいしいけれど、同じ出汁という安心感があるのではないでしょうか」
と高橋さん。「おいしさ」の効果は、その人が育った環境や文化に左右されるため、評価が難しい。
「おいしさは人の頭の中にある」と伏木さんは話す。なお、伏木さんにとって最もおいしいものは、「夏の生ガキ、冬のカキフライ」。おいしさを感じる仕組みの解明が、今後は進みそうだ。
(編集部・長倉克枝)
※AERA 2017年7月10日号