手話通訳士の中野佐世子と歌う(撮影/山本倫子)

 小学6年生だった時、こんなことがあった。

 12月のある日、クラスのみんなで「よみうりランド」にスケートに行くことになった。朝、近くの都営住宅に住む友だちを迎えに行ったら、寝坊したようで、なかなか出てこない。冬空の下、玄関の前でぼんやりと待っていた新沢は、ふと歌いたくなって、思い浮かんだ情景にそのままメロディーをつけて歌ってみた。そうしたら友だちが玄関を出てくるより早く、1曲がほぼ完成してしまったという。ソワソワした気持ちのままスケートに行った新沢は、帰宅後の夕方、お風呂の湯舟の中で、朝に作った歌を思い出しながら大声で歌った。

「なにを歌ってるの? 上手だね」

 お風呂場のドアをガラガラと開けた姉のいずみは、自作の歌だと聞くと、驚いて自分の日記に「1974年12月9日」という日付とともに、歌詞を書き留めてくれた。タイトルは「何も言わないで」。歌詞には、小学生とは思えない感性が光る。

♪何も言わないでね

 涙が止まらないわ

 けして 見つめないで

 ふりむきたくなるから

 いずみは言う。

「本物の歌謡曲みたいで驚きました。この子は何かが違うな、と。口には出さないけれど、才能を感じ、あの頃から尊敬していました」

 新沢と姉、弟の3人は仲の良い姉弟だ。新沢は優しい姉が大好きで、放課後は姉が友だちと遊ぶのに交ざって、一緒にままごとや折り紙をしたり、人形ごっこをしたりして過ごした。忙しい両親に、良い意味で“放置”されていたので、時間はたっぷりあった。

「姉はソウルメイトのような存在で、2人でひとつ、一心同体だと思っていました。幼い頃から、僕は自分の中にとても邪悪で汚れた部分があることに気づいていたけれど、姉が本当に優しくてきれいなものを持った人だったから、大丈夫、僕は僕のままでいいんだ、と信じることができた」(新沢)

 子どもの頃から、自分を客観的に俯瞰(ふかん)して見ていたことに驚かされるが、新沢は、こう続ける。

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