避難を拒む丸畑さんの父
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 異常な事態が起きているのに「大したことはない」と思い込んでしまう「正常性バイアス」と呼ばれる心理。災害時の逃げ遅れの要因としてたびたび焦点が当たるが、なぜ人はその状態に陥ってしまうのか。専門家や、家族が正常性バイアスに陥った被災者は「情報だけでは人は動かない」と、人間が抱える複雑な特性を指摘する。

【写真】怖っ! 水は来ない、と言っていたのがあっという間に

息子「もうはよう(早く)逃げよう。死んだら終わるで!」

父「死ぬわけねえがな」

息子「(川が氾濫した)水、まだ来るんで!」

父「来る言うても、(川の)土手を超えるわけなかろうが。(中略)アホじゃねえか」

息子「もうここ全員逃げとんじゃけん! みんなと違う行動するのが一番危ない!」

 2018年夏の「西日本豪雨」で川の堤防が決壊し、51人が死亡した岡山県倉敷市真備町。7月7日の朝、丸畑裕介さん(41)は、自宅に浸水の危機が迫るなか、何事もないかのように家に残ろうとする父を必死に説得していた。

 前日の6日。ゲリラ豪雨のような雨が続き、川が急速に増水していった。「経験したことがない事態が起きるかもしれない」と、恐怖を感じた丸畑さん。

川が決壊しても普通に寝ていた家族 

 その日の午後、同居する両親と弟に、家具を2階に移動させようと提案したが、「考えすぎや、と相手にされませんでした。しまいには、しつこい!と怒られてしまうほど、家族に危機感はありませんでした」と振り返る。

 夜になり、真備町の一部に避難勧告が出され、午後10時には勧告の範囲は全域に広がった。そのすぐあと、倉敷市などに大雨特別警報が発令された。

 危機感を募らせた丸畑さんは深夜、車に息子を乗せ高台に避難した。

 日付が変わったころ、川が決壊した。SNSを見ると、家屋が浸水し救助を求める切迫した投稿の数々が目に飛び込んできた。

 状況を伝え、急いで避難させようと自宅に電話をしたが、誰も出ない。

「みんな、普通に寝ていたそうです。家族にとっては、ただの日常が続いていました」(丸畑さん)

 夜が明け、自宅に戻ろうと車を走らせたところ、真備町の中心部はすでに浸水していた。丸畑さんはその光景をスマホで撮影した。

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國府田英之

國府田英之

1976年生まれ。全国紙の記者を経て2010年からフリーランスに。週刊誌記者やポータルサイトのニュースデスクなどを転々とする。家族の介護で離職し、しばらく無職で過ごしたのち20年秋からAERAdot.記者に。テーマは「社会」。どんなできごとも社会です。

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水が来てると伝えても家族は動かず、母は化粧中