宮内悠介著『ラウリ・クースクを探して』(朝日新聞出版)
宮内悠介著『ラウリ・クースクを探して』(朝日新聞出版)
※Amazonで本の詳細を見る

西:なるほど、切実さがあったんですね。小説の中のある登場人物が、「領土を失っても、国と国民のデータさえあれば、いつでもどこからでも国は再興できる」と言いますよね。それはどこまで宮内さんの想像かはわからないけれども、例えばユダヤ人は、迫害されてきた歴史の中で、簡単に持ち運べるものや目に見えないもの、例えば権利とか、そういうものを財産にしてきたという話を聞きました。「国と国民のデータさえあれば、いつでもどこからでも国は再興できる」という発想も、この国の歴史的背景から出てきたのかもしれないとか、いろいろ考えました。

宮内:「データ大使館」は、実在しているんです。

西:そうなんですか!!

宮内:国の領土は不確かなものだし、すぐ隣にはロシアもいる。ですから、国と国民のデータを同盟国に置いておいて、いつ国が侵略されても国そのものは滅びず、データとして存在し続けるみたいな考えが本当にあるようなんです。私も驚きました。

西:「じゃあ、国って何だろう?」ってなりますよね。領土は必要なのか、誰が国民として見なされるのか、とか。国ごと亡命するってなると、一人一人の体はどうなるんだろう。

宮内:いつの日か再興したときに、復旧が簡単になるということでしょうかね。亡くなってしまった人は残念ですが、生き延びた人は、データ大使館のデータを使って、従来の生活を取り戻すことができる。

西:すごい考え方ですね!

宮内:今回コンピュータを題材として扱うにあたって、「人類にとってコンピュータとは何だったんだろう?」と考えてみたんです。そういえば、今まで考えたことがなかったな、と。もちろん無数に答えがあるんでしょうけれども、この「データ大使館」の考え方は一つの有力な答えになり得るものだと思いました。電子投票といいマイナンバーカードといい、この国の現在は、もしかしたら日本人の未来にも繋がっているかもしれません。

私小説的な小説を書くとき

宮内:『ラウリ・クースクを探して』は、私の作品の中ではかなり異質なものになってると思います。これまでの作品は、先にテーマとかアイデアがあることが多かったんです。デビュー作の『盤上の夜』だったら盤上ゲームを扱おう、『〜大和撫子』だったら「国家をやろうぜ!」みたいなプロジェクトを扱おう、と。今回は「英雄ではない、ただの一人の人間を書きたい」という思いが先にありました。その人の半生を描き出す、伝記的なものを書いてみたかった。そもそも、一人の人間を掘り下げて書いていくような話自体、今までほとんど書いたことがなかったんです。

西:ラウリって、私たちと同世代の設定ですよね。

宮内:1977年生まれですので、私自身より2歳上です。

西:先ほど話した当事者性とも関わってきてしまうのだけど、同世代の主人公を書くとき、主人公が思っていることをやっぱり信頼できるって感覚になりませんか? 例えば、阪神大震災を30歳で経験した人と5歳で経験した人と17歳で経験した人とでは、感じ方が絶対違うじゃないですか。

宮内:全く違いますよね。

西:同世代であれば、自分は17歳で経験したってことを、信頼して主人公に託せる。でも、それを私はエストニアを舞台にやろうとは思わないから、宮内さんの選択はすごく興味深い。ラウリが幼い頃に感じたことは、宮内さんが感じたことと共鳴するところはあるんですか?

宮内:ラウリの幼少期の思い出は、僕が子供の頃やってきたこととほぼ一緒ですね。子供の頃からコンピュータが好きで、プログラミングに熱中していたんです。

暮らしとモノ班 for promotion
みんなが買ったのは?「Amazonプライムデー」売り切れ注意!注目商品ランキング1~30位(本日7/17(水)23:59まで)
次のページ