西:えっ!?(笑) でも、クリシェって、クリシェになり得るぐらい大切ってことじゃないですか。「人生はたった一回しかないんだ」とか、人生で今まで何回聞いたかなって思うけど、何回聞いても大切なんだと思うんですよね。「暗闇の中ではわずかな光も強烈に感じる」とか、何回もリマインドしなければいけないぐらい大切なことなんだと思うんです。

宮内:いや、おっしゃる通りです。私はもう少しクリシェと向き合わなければいけない。セラピーはクリシェだから恥ずかしいとか、そういうしょうもない自意識を脱しないとダメですね。

西:わかります。クリシェには強さがあるけど、強いがゆえのゴシック体の感じの押しつけがましさもあるじゃないですか。若い頃に、年上の人から「人生は一度きりだぞ」と言われても、うるせえって思ってた気がするんですよ。例えば、宮内さんご自身が仰ったからいいけど、誰かに「小説を書くことは、あなたにとってのセラピーですね」って言われたら腹立ちません?

宮内:腹立ちます(笑)。

西:例えば偶然見かけたポスターか何かで「人生は出会いがすべてである」ってゴシック体で書かれてたら、やかましいわ、ほんまその通りやけどおまえに言われたないねんって気持ちはあるじゃないですか。でも、そのベタを、どういうふうに表現するか。小説という形態は、ゴシックを明朝にするぐらいのことは、できると思うんですよね。どういう文脈でクリシェに巡り合ったかが大切だと思うので。

宮内:小説にはちゃんと、全てに文脈がありますからね。

西:そうそう。だから、対談とかインタビューって難しいんですよね。喋ったことが文脈なしにぽんっとタイトルにされたり、抜き出しでゴシックにされちゃうから。この対談のタイトルが「書くことは私にとってのセラピー」になっていたら地獄じゃないですか。

宮内:(笑)。

西:どういう文脈で出たかがわからないと、クリシェって、ものすごく危険ですよね。誰かから与えられたものではなく、自分から本当に理解して獲得していったものじゃないと、クリシェってなかなかうまく扱えないものなのかもしれない。がんの告知をされたとき、「まさか私が」って思ったんです。くっそベタやな自分、とびっくりしました(笑)。でも、それが、本当に私が思ったことだから。だからこそその辺り、私はこれから書く小説で、今まで以上に意識的に向き合おうと思っているんです。

宮内:私もこれから、そういったものを再発見していきたいですね。自分にとっては自明すぎて目に付かなかったものって、たくさんあるんだと思うんです。それは得てして、ベタなんですよね。その意味では、私の小説にしては珍しくエモさがあると思っていた今回の作品は、そこへ半歩踏み込んだものだったのかもしれません。

2023年7月10日 東京・築地にて

(聞き手・構成/吉田大助)

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