宮内:日本人である私がエストニア人を書くことについては、細心の注意を払わなければいけないとは思っていました。ただ、先ほど西さんに言及していただいた『あとは野となれ大和撫子』を書いた時に、主人公を日系の女性にしたんですね。その選択が、日本人である自分が海外を舞台に書くことに対する言い訳っぽいな、と後になって感じたんです。それもあって今回は、日本人ではなくエストニア人の男性を主人公にしたんです。
西:言い訳っぽい、とおっしゃる宮内さんはすごく公正な方だなって思います。
宮内:今回ラッキーだったのは、作中のラウリと同い年ぐらいのエストニア人の方に発表前の原稿を読んでもらうことができたんですよね。その方にいろいろとツッコミを入れていただけたおかげで、リアリティを底上げすることができました。
宮内:あまり時勢とはリンクさせたくないんですけれども、今回は避けられないところがありました。エストニアはロシアの隣国ですから、次は自分たちの番ではないかと恐れている。その現実は、無視できるものではないとは思います。
日本人の未来に繋がるかもしれないエストニア
西:エストニアには行かれたことがあるんですか。
宮内:ないんです。本当は取材に行きたかったんですけれども、コロナ禍で海外旅行が制限されている時期だったので、断念しました。行ったことのない国を書くのは、たぶん二作目の南アフリカ以来ですね(『ヨハネスブルグの天使たち』)。
西:私は一度だけあるんです。フィンランドへ行った時、ヘルシンキからタリン(エストニアの首都)行きの船が出ていて、確か二時間ぐらいで着くんですよね。ちょっと行ってすぐ帰ってきただけなんですけど、街並みがとても綺麗だったし、日本語英語がすごく通じた記憶があります。
宮内:ジャパニーズ・イングリッシュって意外と世界各地で通じるんですよね。
西:当時は旧ソ連圏だとすら思っていなかったかも。宮内さんの小説を読んで、こんな歴史や文化があったんだと初めて知ることばかりで驚きました。例えば、Skypeってエストニア発祥なんですよね。それも知らなかった。あの手のものは、だいたいカリフォルニアあたりでできてると思ってました。
宮内:エストニアって不思議な国なんです。私と同い年の人間が革命を経験して、そこから急速な自由化と経済的な混乱を経て、今やIT大国となっている。一つの国が短い時間の中で、ものすごい変遷を経験していて。
西:結構前から、電子投票も実現しているんですよね。エストニア版のマイナンバーカードについての記述を読んで、これなら必要かも、と思ったりしました。読む前までは、日本のマイナンバーカードについて「何や、これ!」とか、けんけん言ってたんですけど(笑)。
宮内:エストニアは島がとても多い国なんです。突然の自由化を経て、2000くらいある島々に行政サービスを届けるためには、コンピュータを利用するしかなかったんですよね。そうする以外に仕方がなかった、という面があったようです。あと、とても小さい国なんですよ。島々を全部合わせても面積は日本でいう九州ぐらいで、人口も少ないから社会実験がしやすい。だから他国より一歩先んじて、eIDカードというマイナンバーカード的なものも普及できたみたいです。